第10話 戸建てが欲しい
日々の暮らしに騎士団長グランドと、騎士見習いであるトガリの2人が加わった。
それはつまり、人口密度の悪化を意味する。
特にグランドが超でかい。
だから全員で小屋に寝泊まりすることは出来ず、騎士連中は野宿ということになった。
それはそれで気まずいもんだ。
なので早急に新たな小屋を建てようと思い、朝イチで相談しようとしたが、それは別件で遮られてしまう。
騎士2人による日課のトレーニングによって。
「これより、朝の調練を開始する」
「はいぃ! よろしくお願いしますぅぅ!」
「まずは走る。ついてこい」
「はいぃ! どこまでもぉぉ!」
巨人のグランドの後を、小柄な少年が続く。
彼こそがトガリという名の騎士見習いだ。
まだ12・3歳くらいの子供らしい体つき、長くてボサボサの茶色い髪を紐で束ね、頭の真上で髪先を散らしている。
新種のパイナップルみたいな概形だと思った。
見習いにしても騎士とは思えない容貌だが、その実力はどうなのか。
「よし、止まれ。走りはここまで」
「はひぃ、はひぃ、ありがとう、ごじゃいますぅ」
完全に息が切れているトガリに対し、涼しい顔のグランド。
それもそのはず。
辺りをのんびりジョギングしただけだから、1キロも走ってない。
にも関わらず、トガリの消耗がヤバイ。
ちょっとスタミナ足りなくない?
「次、腕立て腹筋」
「ひゃ、ひゃぃい」
ここでも少年トガリは虚弱感を発揮する。
腕をついてはプルプルし、仰向けになってはプルプルと震えた。
ババロアかよ。
「よし、そこまで」
「ありがとう、ごじゃいますぅ……」
「マジかよ。腕立て2回に腹筋1回しか出来てないぞ。女の子でももっと出来やしないか?」
「これにて朝の調練終わり。しっかり体を休めておけ」
「はぃぃ、わかりましたぁぁ」
「調…練……?」
甘いなんてもんじゃない。
こんな動きだけで、戦争で命のやり取りが出来るようになるのかって話だ。
議論の余地はありそうだが、これに限っては適正の問題な気もする。
下手するとトガリはシンシアよりも弱いだろう。
健康増進レベルの運動で力尽きる少年を見て、何となくグランドに同情した。
それはさておき、次はオレの番だ。
どうにか建設プランの話だけでも片付けておきたい。
「おい、トガリ」
「ひ、ひゃぃぃい!」
後ろから声をかけたのが悪かったか、それともオレは怖がられてるのか。
名前を呼んだだけで跳びはねられてしまった。
そのリアクション、さすがにちょっと傷つきますよ。
「驚かせて悪かった。ところでお前は建築にくわしいんだって?」
「はいぃ! おっしゃる通りでございますぅ!」
「うーん。とてもそうは見えないが。大丈夫か?」
「あの、お言葉を返すようで、その、大変……大変に恐縮なのですが! ええと、私は、幼い頃より祖父に建築の全てを叩き込まれましたでございます!」
「そんなに緊張しないでくれよ。こっちまで疲れてくるから」
「はいぃ! 申し訳ございませんんん!」
「いや、だからさ。もうちょっと気楽に……」
「はいぃ! 申し訳ございませんんん! 気楽にさせていただきますぅぅ!」
うん、もういいや。
態度を改めさせるより、慣れる方が早いだろう。
それよりも話だ。
「んで、相談があるんだ。小屋をもう1軒建てたいんだが」
「ミノル様ぁ! 僕に……あ、いや、私にぃ発言をお許しいただけますでしょうかぁぁ!」
「はーいどうぞー」
「建設をするためにぃ、愛用の工具を使うことを、どうかお許しいただきたくぅぅ!」
「工具って、あれか?」
小屋の外壁に一本の木槌が立て掛けられている。
それは妙に大きく、槌は米俵くらいのサイズだし、取っ手の部分も1メートルくらい長い。
てっきりグランドの私物かと思っていたが、この貧相な少年の物だと言う。
……ほんとかよ?
「あちらで無くては、僕……あ、いえ私は物の役に立ちません! 決してミノル様に危害は加えませんので、なにとぞ! なにとぞぉお!」
「わかった、わかったよ。ここで待ってるから取ってこい」
「ありがたきぃ! しやわせぇぇ!」
危害を加えないってワザワザ言われると逆に勘ぐってしまうな。
だったら加えてくるパターンがあるのかよ、とか思う。
んで危害少年だが、木槌の柄を握りしめたまま動かない。
案の定とはこの事か。
あまりの重さに持ち上げることも出来ないのだろう。
「おい、無理すんな。怪我でもされたら敵わん」
「うぅ……、ウゥ……」
「つい張り切っちまったのか? 変に気張らないで、建設知識だけ教えて……」
「ウッシャァアーー! やるぞオラァーー!」
「えぇーーッ!?」
トガリの手元で木槌が超高速で回転した。
ビュオンビュオンと凶悪な風切り音を奏で、やがて彼の方にビタリと収まる。
顔つき、立ち振舞い、放つ気配が先程までと完全に別人だ。
イモリとティラノサウルスくらいの違いを感じる。
「おうおうおう、オレ様に一体何をさせようってんだ。早く言え、こちとら気が短けぇんだよ」
「えぇ? どうしたんだよトガリ、さっきまでとは……!」
その時、オレの顔の前を鋭い一閃が過ぎていった。
多少の焦げ臭さが生じる。
それからハラリと前髪が数本落ちた。
視界には横薙ぎのモーションを終えたトガリの姿が映っている。
「棟梁(とうりょう)と呼べ。次は頭を吹っ飛ばすぞ」
「……危害を加えないって言ってたろう。それからな、オレの体は特別製だ。簡単には殺せねぇぞ」
ーー補足致します。先程の攻撃を2度受けたとしたら、首から上がもげます。ご注意ください。
「えぇっ! マジで!?」
「グチャグチャとうるせぇな! 早ぇとこ用件を言いやがれ!」
「わかったよ棟梁。家だ、新しい家を建てたいんだよ」
「カァーーッ くっだらねぇ依頼だなオイ。城塞とか砦とか空中庭園とか持ってこいよボケ」
「すまねぇ棟梁。あとでレジーヌと相談しとくわ」
「チッ……なんつうか不景気だよな。んで、建材はどこにあんだよ」
「こっちだ、小屋の反対側にまとめてある」
そのまま江戸っ子風の親方を連れて、木材エリアへとやってきた。
そこには何十本も大木を一ヶ所にまとめて保管してある。
これだけあれば家くらい建てられるだろう。
きっとトガリもすぐに作業を……。
「こんのボケナス! ヘチマ野郎! 製材はどこだよ製材は!」
「せ、せーざい?」
「木の板に決まってんだろ! 枝まみれの丸太で何を作れってんだ!」
「あ、そうか。ここから切ったりしなきゃいけないのか。ええと、ノコギリは……」
「あーもう、しゃらくせぇな! 黙って見てろ!」
トガリはそう言って木槌を振り上げた。
そして、それを縦横無尽に振り回す。
目で追うのがやっとの早さで。
ちなみに驚くべきはそこじゃない。
アッという間に木板が目の前に積み上がったのだ。
しかも全てが均一のサイズで、不揃いなものは1つとしてない。
何だよその謎技術は。
「さぁてと。あとはコイツで建てるだけだな」
「なぁ棟梁。今のは魔法か何かかよ?」
「ド素人め。大工っつうのはな、これくらい朝飯前に片付けるもんなんだよ」
朝飯はもう食ったけどな、なんてクソ寒い感想を述べるのは止めといた。
指摘したところで誰も幸せにならない。
モジモジするオレは居ない人扱いされ、トガリは計測をし始めた。
その動きもキビキビとしていて迷いがない。
このまま順調に小屋が建てられる……と思っていたが、再び待ったがかかる。
「トガリ。組手を始める。用意しろ」
「あんだよ、グランドのオヤジ。今良いところ何だから後にしな」
「ダメだ。訓練を疎(おろそ)かにすれば、たちまち技術は衰えゆくものだ」
「……わかったよ。続きはまた今度だ」
グランドによる強制終了で、建築の方は後回しになった。
トガリがその場に木槌を置く。
するとドンッという重たい音が鳴り、近くの鳥が驚いて逃げていった。
「では始めるぞ。かかってこい」
「はいぃ! よろしくお願いしますぅぅ!」
木槌を離した瞬間に、また元に戻ってしまった。
北極グマがチワワにでもなったかのようだ。
うーん、訳わからんヤツだ。
「トガリ。もっと腰を落とせ。全く力が入っていないぞ」
「はぃぃ! こうですかぁぁ!」
「ダメだ。もっとだ」
「へうっ。へうっ」
身体能力もガタ落ちしてる。
グラントの両手に向かってトガリが拳を当てているが、それはかなり貧弱なものだった。
ペチリ、ペチリと情けない音が聞こえるばかり。
さっきまでの禍々(まがまが)しい力はどこへ行ったのか。
「なぁアリア。ひとつ聞きたい」
ーーご質問をどうぞ。
「あの木槌に何か、身体能力を高める呪いとかあるか?」
ーーお答えします。特に仕掛けや加護・呪いの類いは一切ありません。
「マジか。だったら今の変化は何なんだよ」
ーー自己暗示でございます。これには、彼の生い立ちに深く関わっていることでしょう。
「……壮絶な幼少期だったのかな」
子供の頃の話を聞いてみたくなったが、それは止めておいた。
もしかしたら彼にとってはトラウマなのかもしれないから。
ペチンペチン。
相変わらず軽い拳打が披露される。
途方もないか弱さに、少しだけ微笑ましさのようなものを感じてしまった。
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