第9話 頼るべき騎士団

レジーヌについてだが、話によると相当なトラブルメーカーらしい。

今回のように植物に祝福を与えて騒ぎになることはもちろん、彼女の失敗談は多岐(たき)にわたる。


本を読ませようなら、毎度クシャミで表紙ごと破ってしまう。

料理をさせてみれば、常に鍋を大爆発させてしまう。

他国へ親書を出した時なんかは大騒ぎで、あわや世界大戦になりかけたそうだ。


……なんでだよ。


それらは狙ってやっているとしか思えないが、本人に悪意は一切無いらしい。

だから尚更タチが悪いな。

さらには本人は行動派なためにアレコレと頑張ってしまう。

そのせいで、付き人のシンシアなんかは大変なんだとか。



「キャァァアーー! 助けてぇえーー!」



すっかりお馴染みとなったレジーヌの叫び声が響く。

小屋の裏手の方からだ。

オレはシンシアと顔を見合わせ、深いため息を並べてから向かった。



「ミノルー、たっすけてよぉーー!」



今度は逆さ吊りだ。

スカートが木の枝に貫かれてしまい、頭を軸に180度回転してしまっている。

何を遊んでんだか。



「はぁーー。これで何度目だっての」


「ごめんなさい……でも今はとりあえず助けてぇーー」



どうやって降ろそう、肩を支えながらはずせばいいのか。

尻の拭い方について考えていると、アリアから警告がもたらされた。



ーー生体反応あり。人間の男5人、うち1人が先行して接近中。不測の事態に備えてください。


「なんだと、また山賊か?」


「えぇ!? こんな時に!」



途中で手を離したので、レジーヌが振り子のように揺れる。

ちょっとした拷問の体(てい)になってしまったが、今はそれどころじゃない。

森の奥から気配がする。

カチャリ、カチャリと鳴る金属音は、鎧から出てるものだろうか。


カチャリ、カチャッ、カチャッカチャ!

甲高い音の感覚が徐々に短く、そして大きくなってくる。

そして木々の間から抜剣した男が駆けてくる。

ソイツはそのまま足を止めることなく、オレに向かって斬りかかってきた。



「貴様ァ! 姫様に何をしたッ!」



オレは棒切れで迎え撃った。

カァンと乾いた音が響く。



「何もしてねえよ、つうかお前は誰だコラ」


「オレは、聖ミレイア騎士団の……」


「騎士団だと? それが攻撃してくるなんて、どういう了見だボケェ!」


「グハッ!」



相手の脇腹を蹴り飛ばしてやった。

すると男は吹き飛び、何回転も転がってから木の根元で止まった。

意識はあるが立ち上がる様子は無い。

騎士にしてはちょっと弱すぎないかね。


しばらくすると、再び人の気配が迫ってきた。

今度は4人の男たちが同じ方向から現れた。



「どうしたミゲル。大丈夫か!?」


「へ、平気だ。それよりも姫様を……」


「レジーヌ様! なんというお姿!」


「おのれ! 聖ミレイアが王女と知っての狼藉(ろうぜき)か!」


「あのさぁお前ら。話くらい聞け……」


「このような不敬、死ぬ覚悟は出来てるんだろうな!」



連中が次々と攻撃体勢に入る。

それを見てたら、段々イラついてきた。

これが恩人に対する態度かと思う。

最低限でも話くらいは聞くべきだろうが、人の言葉を遮っての抜剣だ。


……お前らこそ死ぬ覚悟はあるんだろうな?


見せしめに誰か犠牲になってもらおう。

この場を治めるには血を流す他はないと思う。


オレは相手方を観察するが、手前の3匹は問題じゃない。

後ろに控えている大男が厄介そうだ。

他のヤツより2回りは大きい体、全てを見透かすような鋭い目付き。

目があった瞬間に油断のならない相手だと確信した。

その男は立派なアゴヒゲに手をやりつつ、オレの事を凝視している。

冷静なタイプなのか、この流れにあっても武器を手にしていない。


……こいつを前にして、迂闊な動きはできない。


後ろ手に魔力を溜めつつ、先の手を探った。

上、正面、下、左右。

どこから攻めるべきかが見えてこない。

それは相手も同じなのか、構えを崩そうとはしなかった。


……まぁ良い。まずはジャブでもくれてやれ。


足を踏ん張って全力で跳ぼうとした瞬間、鋭い声が鳴り響いた。

その声はというと、空から降り注いだ。



「控えなさい! このお方は私たちを危機から救ってくださったのですよ。無礼は許しません」



異論を挟ませない程に強い言葉だった。

レジーヌに咎(とが)められるなり、騎士たち全員がその場に膝を着く。

例の大男までも意のままに操るとは……この時ばかりは流石に王女だなと思った。

だが、逆さ吊りだ。



「姫様、畏れ多くも申し上げます。そのお姿は尋常ではございません。何やら下衆どもの拷問のようではありませぬか!」


「これは、その……健康法です」


「真にございますか!?」


「ええもちろん。ですが、このままでは想定以上に元気になってしまいます。早く私を降ろしなさい」


「御意に……」



そこで大男が初めて口を開き、立ち上がった。

改めて見ると本当に大きい。

172センチあるオレと比べても頭一個分は違う。

目の前を歩かれた時なんか、軽く地響きがしたくらいだ。

化物かよ。


そんな恵まれた体格だから救出作業もスムーズ。

極めて丁重に扱いつつ、レジーヌを懐かしき大地へと戻し、再び膝を着く。

救出された姫様は、忠実なる僕(しもべ)の両肩に手を置いて目眩に耐えようとした。

じゃなくて、その労に対して報いた。



「はぁ、はぁ。グランド騎士団長。助かりました……もとい、よくぞご無事で」


「もったいなきお言葉」


「それから、ミノル様へ非礼に対するお詫びを」


「御意に」



そこでグランドという名のおっさんがグルリとこっちに向いた。

巨大なダルマの置物が、自発的に動いた印象を受ける。

だがその時、おっさんの後ろの騎士らが立ち上がった。

怒りに満ちた表情は、再び剣を抜きかねないほどだ。



「団長! そんなヤツに頭下げるこたぁねぇ!」


「そうだそうだ! 騎士たるものが貧民にへりくだるなど、もっての外!」


「あのみすぼらしく、貧相な見た目はどうだ! どうせ無一文の宿無し、流れ者に決まっている!」


「正体を現せ、この物乞いめ! 金が目当ての卑しいゴミ野郎!」



ひどい言われようだ。

無一文、宿無し、流れ者。

まぁその全てが当たりなので、オレには反論する口がない。

だから拳で答えることにしよう。


オレは拳をギュッと握るが、すぐにグランドによって邪魔された。

その巨体から想像も出来ない動きで、後ろの騎士どもとの距離を詰めた。

そして、鉄拳制裁。


おっさんは甲冑姿だからメチャクチャ痛いと思う。

それでもちっとも胸が痛まない不思議。



「見習いどもが。一端(いっぱし)の口をきくな」


「でも団長! 見習いでも、あんな下層民よりはずっと偉い……」


「黙れ。口を閉じねば、首が落ちるぞ」



その脅しは相当の凄みがあった。

外野席のオレでさえ寒気を感じたほどだ。

当事者たちは肝を凍らせたらしく、自分の歯を大袈裟なほどにカチカチと鳴らした。


おっさんは部下の醜態には目もくれず、オレの方を向いて膝を着く。

そして重みのある言葉が紡がれた。



「重ね重ね、済まぬ。そして、ご助力に感謝する」


「ふぅん。まぁ良いけどよ」



オレはそこでチラリとレジーヌを見た。

相変わらず青ざめているが、キチンと両足で立っている。



「なぁ姫さんよ。これが頼るべき騎士団のすべてかい?」


「いえ、もう20人程は居るはずよ」


「姫様。申し上げにくいが、残った兵はこれが全て。山賊どもに討たれたか、離散した模様」


「そんな……。何ということでしょう」



ほんとに何という事だよ。

あんな連中にやられる正規兵だなんて。

しかも護衛対象、自分らの御輿(みこし)を2日近く見失ってるんだから、酷いもんだと思う。



「姫さんよ。騎士団を核にして軍隊を創設しようと思ってたが、こりゃ役に立たんぞ」


「き、貴様! 言わせておけば!」


「お前ら。襲撃されたとき酒に酔ってたろ?」


「……どうしてそれを?」


「怪しいと思ったんだよ。ロクな準備がねぇのに、立派な酒タルがあったからな。しかも手もなくやられたようだし、急襲だったにしても惨敗しすぎだろ」


「ワシが許可した。配下どもの失意が激しく、士気を保つことすら叶わなかった」


「はぁー、戦う術を持たない姫さんが頑張ってるのに、お前らはなんだ」


「うるさい! 流れ者の貴様に何がわかる!」


「わかんねぇよ、お前らの考え方が。仕事はできねぇ、その癖一人前に威張る。いったい何の役に立つんだよ?」



今のは効いたらしい。

全員が目を伏せて押し黙った。

その代わり反省の色もないから、単純に拗(す)ねているだけだろう。

いやほんとレベル低いな。



「姫さん。山賊から助けた時の報酬だが、それを今くれ。こいつらの処遇を決める権利が欲しい」


「それは、その……」



レジーヌがおっさんを見ると、力強い頷きが返ってきた。

報酬が与えられた瞬間だ。



「お前らは外貨を稼いでこい。アルフェリアでもディスティナでも、どこだっていい。ついでに各国の情報も掴んでこい」


「……外貨とは何だ」


「出稼ぎだよ、金稼いで来いって話だ。たっぷり貯まるまで帰ってこなくて良いからな」


「なぜ騎士たる我らが、その様なあさましい真似を!」


「あのな、プライドってもんは見せびらかすもんじゃねぇ。自分の成果を背骨のようにして、腹の中に一本通す為のもんなんだよ。ふんぞり反りたきゃ、まともな働きをしてからにしろ!」



……って、漫画に書いてあった。

ネタバレの心配がないので、オレはマルッとパクるのである。


それから恨みがましい目で睨む連中を追い出し、面倒事は片付いた。

ちなみに、送り出したのは3人だけ。

おっさんと小柄な少年騎士1人だけ、オレらの元に残ることとなった。


オレとしては反抗的な連中を追い出せたので、それだけでニンマリだ。

更に言えば、これで報酬の件が片付いた。

つまり、これにかこつけて女性陣に襲われる心配も消えたため、一挙両得の名判断だった訳だ。


ミノルさんマジで切れ者やんけ。

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