第8話 それぞれの仕事ぶり
猟師小屋の周りだが、立地は悪くない。
オレたちは下り坂の方からここへやって来たが、反対側はなだらかな平地が広がっている。
あちこちに登り下りの傾斜はあるが、工夫すれば大勢で住めない事もないだろう。
左右には小高い山がふたつ。
そこは防衛拠点や見張りに調度よいと思う。
ここをわざわざ選んだレジーヌは、意外と目端(めはし)が利くのかもしれない。
「さぁて、何から手をつけますかねっと」
「まずは森を拓(ひら)いてもらえる? 平地が広がれば作物も植えられるし、倒した木は後々燃料になるわ」
「なるほどね。それが出来るのもオレだけだよな。じゃあ近いところからで構わんか?」
「そうね。お願いするわ」
小屋の前で見送られながら、裏手の森へとやってきた。
徒歩20秒の職場。
天気はまさに晴天、かつ涼しげで過ごしやすい。
ひと仕事する環境としては最高のはずなんだが……。
「あぁーー、腰いてぇ。体がバッキバキだな」
昨日は小屋で一晩明かしたが、そこにまともな家具はほとんど無かった。
だから寝具どころか布すらない床の上で、川の字になっての雑魚寝だ。
早急にベッドが必要だと感じた。
あと、自分の家も。
ーー腰が痛くなるほど励まれたのですか。早くも次世代の誕生に期待が持てます。
「テメェは知ってるだろ。フツーに寝てたっつうの」
ささやかなヤジには気を留めず、早速木と向かい合う。
立派に育った大木だ。
さて……どうやって倒そう。
とりあえず殴ってみるか。
「ヨイッショオーー!」
掛け声とともに幹に向かって正拳突きをしてみた。
すると、その部分だけ見事に弾け、大木がグニャリと揺れて倒れた。
右手を見ると怪我はしていないが、骨の部分がジンジン痛む。
殴り方を覚えないと辛くなりそうだ。
「おっと。上半分だけじゃなくて、根っこの方も取らなきゃなっと」
足で地面を蹴って穴を開けてから、根っこの部分を引き抜いた。
大きな体を支えているだけあって、地を這う根も立派なものだ。
……立派なものだ、じゃねぇか。
つい他人事のように考えたが、これ全部オレ1人でやったんだよな。
つくづく自分は化物になったのだと実感する。
「まぁ、それも今さらか。ワッショォーイ!」
それからよ木々を倒していく。
2本、3本と倒していくが、以降はさすがにペースが落ちてしまう。
途中で右手、左手と痛くなってきたから、終いには足で蹴り倒した。
それでも10本ほどを取り除き、目の前には家2軒くらい建てられそうなスペースができた。
「はぁーー、しんどい。木こりさんってのも大変な仕事だよな」
全身に乳酸さんが溜まっているのが分かる。
そろそろ休憩時かなと思っていると、レジーヌとシンシアが様子を見にやってきた。
2人は目とアゴを限界まで開いたような顔をしている。
それ、変顔のつもりかい?
「ねぇ……これ、あなたがやったの?」
「そうだよ。朝に話しただろ」
「すっごい……これを素手でやっちゃうんですねぇ。魔法は使わなかったんですか?」
「魔法なー。あれは結構疲れんだよ。だから素手でやろうと思って」
「はぁー。凄い以外の言葉が出てこないわ」
「ところで何か用事か?」
「あっ。お昼御飯ができましたよ、小屋まで来てもらえます?」
言われて気づいたが、お日様は南の高い位置まで昇っていた。
空腹も忘れて作業に没頭してしまったようだ。
小屋へと連れられて、昼食を貰うことに。
「はいどうぞ。たくさん食べてくださいねぇー」
大きな木椀に具沢山のスープが盛り付けられた。
トロットロのポタージュだ。
細かく刻んだ玉ねぎ、ニンジン、少し大きめのジャガイモ。
そこにスライスしたキノコと、少量の干し肉が混ざっている。
食ってみると濃厚シャキシャキのホックホクで、うんまぁい。
「うみゃいコレ、うみゃいコレ!」
「あぁー良かったぁ。お口に合うか不安だったんですよぉ!」
「うんみゃいコレをおかわりッ!」
「はい、ちょっと待っててくださいねぇー」
「ふふっ。久しぶりに明るい食事になったわね」
それからも食は進み、1人で3杯も平らげてしまった。
アリアの『物理攻撃力が増加、物理防御力が微増』との言葉を聞き流しつつ、床にごろ寝。
食休みサイコー。
「ところでレジーヌ。午後はどうすんの。まだ開拓やる?」
「いいえ。今度は私が頑張る番よ。あそこで作物を育てようと思うの」
「おう、本当に働いてくれるのか。現場主義の姫さんだな」
「3人しか居ないのに立場の貴賤(きせん)なんか無いでしょ。それでどうする、私はもう行けるけど?」
「うーん。もうちょい待って。お腹休めたい」
「じゃあもう少しお休みね」
オレがその場でゴロリと寝返りを打つと、足の先に固いものが触れた。
チラリとそちらを見る。
そこにあったのは木製のタルだ。
小屋の広さに対して不釣り合いなサイズだが、中身は何だろう。
「レジーヌ。これ何だ?」
「ええと……タルよね」
「そうじゃねぇよ。中身を聞いてんだよ」
「うーん。どうだったかしらねぇ」
「もういいよ。シンシア、お前なら知ってるだろ? このタルの中身」
「あー、それはですねぇ、お酒……だったかな? アハハ」
「なんだ酒か。お前らの?」
「うーん。まぁそんな所、ですかねぇ?」
なぜ言葉を濁す。
簡単なやりとりで済む会話をなぜ引き伸ばした。
これは何ですか?
それはお酒です。
誰のお酒ですか?
レジーヌとシンシアのものです。
それでお終いだろ。
異世界会話の初級レベルのやり取りで伝わるじゃん。
もしかして、懲りずに何かを企んでるのか?
そっと警戒をしておくことにする。
「そんな事より、作業の続きをしましょ!」
「なんだよ急に。引っ張るなよ」
何かを誤魔化すように、強引に外へと連れ出されてしまった。
ますます怪しいじゃねぇかオィ。
やってきたのは小屋の裏手、さっきまでオレが作業してた場所だ。
レジーヌはデコボコの地面に立つと、しばらく辺りを見回してから耕し始めた。
両手で大きな鍬(くわ)を振るう。
その姿は真剣そのもので、開墾作業は汗だらけになるまで続けられた。
「あぁ、姫さまぁ。そのような事なら私がやりますのに……」
「良いから良いから。シンシアは洗濯があるでしょ。そっちをお願いね」
「はい、わかりました……くれぐれもお気をつけてくださいね? くれぐれも、ですからね!」
「もう、分かったわよ。安心して行ってきて」
何がそんなに心配なんだか。
クワ振って苗か種植えるだけだろうに。
やっぱり王族ってのは、メチャクチャ大事に扱われるんだろうな。
箸より重いもん持たせませんってね。
「さてと。こんな感じで良いかな」
「随分耕したな。午前中広げた分を全部農地にすんのか」
「そうね。まぁリンゴは大きいから」
「リンゴ? どういうことだ?」
「まぁそこで見てて」
レジーヌはそう言うと、植物の種を2つ取り出した。
それを両手で包むようにして持ち、動きを止めた。
瞳は閉じられている。
気を集中させているようだが、これから何が始まるんだろう……。
固唾を飲んで見守っていると、状況が変化していった。
さっきまで無風だったのに、辺りにそよ風が吹き出した。
それはやがて強くなり、こちらに集まってきているようだった。
そしてレジーヌの手。
淡く緑色に光っている。
それから、口づけでもするかのように、両手に顔を近づけた。
そしてフウッと息を吹き掛けると、その光は消えた。
その瞬間に風もピタリと止んでしまった。
「あとはこれを地面に植えてっと」
先程の種が相当な間隔を空けつつ埋められた。
すると時を置かずして地面から葉が芽吹いた。
それはたちまちに、グングンとお空を目指して伸びていく。
「すっげぇ! 何だよこれ!」
「ウフフ。これこそ世界でも限られた能力。豊穣の加護の力よ」
「マジかよ、やるじゃん!」
「まだまだこんなもんじゃないわよ、ほらぁ!」
「おおー! また伸びた!」
「ホラホラどう? まだまだいくわよ……キャァァア!」
「おい、レジーヌ!?」
それは一瞬の出来事だった。
急速に伸びた枝がレジーヌを絡めとり、さらに急速に伸びた幹が、彼女を高々と持ち上げてしまった。
屋根より高いお姫様の誕生である。
「ひぇ~~ん、助けてぇ!」
「待ってろ。今助けてやるから」
「怖いぃ! ここすんごい高いのぉおーー!」
「危ねぇよ暴れんな!」
なんとか無事に助けられたが、話はそこで終わらない。
レジーヌはもう片方の木の成長に巻き込まれ、再び空に向けて再掲された。
なんて世話の焼けるヤツなのかと。
ちなみに、その顛末(てんまつ)をシンシアに話してみると、ため息が返ってきた。
心配するでもなく、どこか呆れたようだった。
こういった騒ぎは別に珍しい事ではなく、これまでも頻繁にトラブルを起こしてきたらしい。
「だから止めたんですよ、姫さま自らお仕事をされるのを……」
そう語る顔からは疲労感がにじみ出ている。
シンシアはお気楽そうに見えるが、意外と苦労人なのかもしれないと思った。
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