第7話 国造りを始めました

やぁみんな、僕はミノルだよ!

若い身空で死んでしまったけれど、それを埋め合わせするかのように、超絶強いチート野郎として生まれ変わったよ!

役得とばかりに綺麗なお姫様を助けて、こうして隠れ家にやってきたんだぜ!



「キヒ、キヒヒ」


「フヒヒ、フヒ」



とりあえず積もる話やら報酬やらは置いといて、メイドのシンシアが料理を振る舞ってくれるってさ。

彼女は料理上手らしいぞ、やったね!

密室で女子が料理をする姿ってのは、こう……心をくすぐるよね。



主に警戒心とかさ。



「もっと混ぜて……。そう。後戻りできないくらい……」


「……理性が吹っ飛ぶ……。しばらく性欲が……」


「既成事実……。……やっちゃえば……こっちのもの……」



怖い。

断片的に聞こえる言葉の数々が、もはや新手の警報として耳に刺さるんだが。



「アリア。主のピンチだぞ、なんとかしろ」


ーーお答えします。夜の主導権を握れば、あの2人のコントロールも容易くなります。メイドの方をより寵愛しましょう。すると普段の立場が作用し、片割れのメスが尻尾を振ってなびくでしょう。


「あぁ足りねぇ……絶望的な相談者不足だ……」



脳内ナビといい邪悪に笑う2人といい、この世界の住人は性交渉をなんだと思ってるのか。

そういうのは何て言うか、ホワッとしてて暖かく、傷つきやすく、とにかくデリケートに扱うもんじゃないのか?

初めての時なんかもう、極めて特別なものだ。

一生の思い出になるような素晴らしいものにすべきじゃないのか!



「お待たせしましたぁ~ん」


「ヒェッ!?」



シンシアとレジーヌが笑顔で器を持ってきたが、背筋が凍るかと思った。

見目麗しいの美少女の微笑みや給仕に、ここまで恐怖した事があっただろうか。

ある訳無い。


事情を知らんヤツから見たら、メチャクチャ羨ましい光景だと思う。

もちろんオレは生きた心地がしていないが。


目の前には肉塊をスライスした、豪快なガッツリ料理がある。

肉の表面の白い粒は粗塩だろうか。

そしてさっきから目がしみるのは気のせいだろうか。



「ささっ。お腹空いてるでしょう? 遠慮せずにパクーッといっちゃってください、もう無我夢中で!」


「急かすなよ……って、顔怖いなお前!」


「それにしてもシンシア、この部屋は少し暑いわね」


「火を使ったからでしょうねぇ。こりゃもう薄着になるしかないですよねー仕方ないですよねー」



白々しい声とともに、2人が1枚身軽になった。

こっちはいよいよ後が無くなる。

今なら山賊に追われる少女の恐怖心が理解できると思った。



「アリア。これを食ったらどうなる?」


ーーお答えします。物理攻撃力の向上が見込まれます。さらに、3日間は果てない情熱が宿ります。ごゆるりとお楽しみください。


「はぁ……そんな前向きになれるかよ」



オレはナイフをテーブルに置いた。

そこで2人の顔を見たが、どちらの視線もスイーッと泳ぐ。

台本でもあるかのような仕草に、ちょっとだけイラッとした。



「ええとだな。オレは割かし温厚だと思うし、女性を丁重に扱おうと考えてるがふざけんなァ!」


「ヒッ!? 全然温厚じゃないですよぉ……」


「そのオレがこんだけ怒ってるって事だよ分かれよ! 恩人に一服盛るのがお前らのやり方か?」


「それは……ごめんなさい。確かにあなたの言う通りだわ」


「ごめんなさぁい……ちょっと盛り上がっちゃいまして……」


「心にブレーキ、手綱を常備しとけ! んで、妙な事企むくらいだから、お願いがあるんだろ? キチンと襟(えり)を正して頼むのが筋だろうが」


「そうね。まずは話をするところからよね。一計を案じるのはそれからでも遅くは無いわ」


「策謀(さくぼう)ありきで組み立てんのやめろ」



ここでレジーヌが居住まいを正した。

シンシアがそれに倣って、ピシッと背筋を伸ばす。

お姉ちゃんを見習う妹のようで少しだけ和んだが、オレはそれを顔に出さないように気を付けた。



「お願い……なんて言葉では収まらないくらい、大きな話になるのだけど」


「良いから相談してみな。ミノルさんが聞き届けてくれるかもしれないよ」


「私たちと一緒に祖国を、そして大陸の平和を取り戻して欲しいの」


「……ハァ? もしかしてオレに暴れまわれと。世界をマルッとブッ壊してこいって言いたいのか?」


「まさか! これから大森林に国を興そうと考えてて。ここは肥沃なのに魔獣の多さから、どこの国の支配下にも入っていないの。開発していくに当たって、あなたには魔獣の撃退、できれば戦にも同行して欲しいのよ」


「して欲しいのって、サラッと言うけどさぁ」



ビックリするくらい壮大な話だった。

この世界では0歳児、乳飲み子ランクのオレに世界を救えと。

あぁ……目眩がする。

それはきっと、目の前の謎料理のせいだけではあるまい。



「頼みを受ける前に質問して良いか?」


「どうぞ。なんなりと」


「レジーヌ。お前は特別扱いされず、みんなと泥に塗れる覚悟はあんの? まさかお姫様だから遊んで暮らすとか言わねぇよな」


「もちろん、全力で汗水流すわ。こう見えてもね、農作物を育てるのが得意なのよ」


「へぇ、意外だな。てっきり嫌がると思ってたが」


「姫さま……、そればかりは思い留まっていただいた方がぁ」


「シンシア。場所を弁えなさい。懸念があるなら後にして」


「……はい、わかりましたぁ」


「じゃあレジーヌに聞くことは終わり。次はシンシアだ」


「はいッ! なんなりとぉ!」


「お前は、オレにもちゃんと奉仕してくれんの? それとも姫様専用って決めてんのか?」


「ええと、私はその、性交渉は未経験です! でもでも、妄想の中じゃもう完璧なのです! きっと、必ずやミノル様を満足させて……」


「違う違う! 飯とか作ってくれって話だ!」



どうしてこうも話がソッチに向かって溢れるんだ。

脳内ピンクかこの野郎。



「も、もちろんミノル様にもご用意しますよ。私、料理の腕は結構褒められるんです!」


「そっか。飯が美味いのは良いな。得意料理は?」


「色々ですねー。食材さえあれば何でも作っちゃいますよ!」


「ほんとか? じゃあ味噌料理も出来るか?」


「み、みそ? ……って何ですか?」


「マジか、味噌を知らねぇと。レジーヌは?」


「ううん。初耳だわ。ごめんなさい」


「いや……いいんだ。味噌を知らねぇか、そっか……」



薄々感じていたが、この世界は西洋風で彩られているようだ。

地名も、服装も、見かける人間の顔立ちも全てが。

だとすると、日本の食文化は、特に味噌の存在は絶望的か。


……いや、諦めるのは早い。


無ければ、作りゃ良い。

簡単に出来るはずは無いが、それでも構わない。

味噌のない人生など、オレにとっては地獄、あるいは空虚なものだ。

どれだけ時間をかけたとしても、完成させてみせる。



「じゃあシンシア。味噌を試しに作ってみたいから……大豆を用意してくれないか?」


「豆……ですか?」


「何だよ、置いてないのか。だったら街や村で買ってくる所から始めるか」


「あの、ちょっと良いかしら。あなた、本気で豆を探そうとしてるの?」


「そうだけど、何か変な事言ったかよ」


ーーミノル様。この世界では豆は稀少品です。各国の王が独占しているため、その入手は困難です。もしご所望であれば、国を攻め滅ぼす以外手段はありません。


「ええっ!? 国王が独占ってどういうこったよ!」


「え、ええ。その通りよ。国王のみが所持できるもので、国の象徴と言えるものだもの」



何て事だ……。

味噌が存在しないのは許せるが、まさか大豆が手に入らないとは……。

しかもそれは他国の王が独占しているって話じゃねぇか。


許せん。

絶対に許さんぞ、人間どもぉおーッ!

全てを滅ぼして、大豆を救いだしてくれるわーーッ!



「レジーヌ、オレはやるぞ。国造りをな」


「本当に!? 嘘じゃないわよね?」


「もちろんだ。人を集めて、兵を養って、あちこち攻める。そうだろ?」


「ええ、まぁ、大筋(おおすじ)そうなるかしら」


「オレの働きへの対価は豆だ、大豆だ、それ以外は認めん! 良いよな?」


「ええと、全部は難しいけど……分ける事なら出来るかしら」


「よし、約束だからな! 絶対だぞ!」


「分かった、分かったから! 顔怖いわよ!」



愛する大豆さん。

今は囚われの大豆さん。

必ず助け出すから、もう少しだけ待っていてくれ。


オレは熱い決意と共に、レジーヌによる国造りに加わるのだった。

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