第5話 流浪の王女様
レジーヌとシンシアだが、姫様とその付き人だという。
こんな人さらいが出るような場所に、女だけで放り出す訳にはいかない。
すぐにでも安全な場所へと連れていくべきだろう。
「なぁレジーヌさんだっけ。アンタら帰る所はあんの?」
「ええ。あるにはあるのだけど……」
「ミノル様。私達は騎士団と行動を共にしていたのですが、はぐれてしまったのですよぉ」
「濃霧が出て視界の悪かった折に、賊に襲われてしまったの」
「ああ、さっき出た……なんだっけ。森のクマベア団だっけ?」
「ええと、森の恐い恐怖団でなかったかしら?」
「そこは別に重要じゃないです……」
「ミノル様。助けていただいた直後に重ねてのお願い、許していただけるかしら」
レジーヌが両膝を地面につき、頭を下げた。
長い髪がハラリと垂れる。
シンシアも主人のその姿に倣い、慌てて膝を着いた。
「どうしたんだよ急に」
「どうか騎士団と合流できるまで、私達を守っていただけないかしら? 十分に、とまではいかなくとも、ちゃんとお礼もご用意できるわ」
「お願いします、もう頼れる方は居ないんですよぉ……。このまま下衆な男どもの慰みものになるなんて、絶っっ対に嫌ですぅ」
「うーん、護衛ねぇ」
助けてやりたいのは山々だが、その役目を全うできるのかって話だ。
なにせオレは異世界に舞い降りて間もない存在で、ここでの知識量は赤ちゃんと大差ない。
一応オレ専用のヘルプはあるにしても、今ひとつ頼り無いというか、信用できないというか……。
「どうしたもんかなぁ」
ーーお答えします。報酬については『お前らの体で払え、満たされるまでな』と要求するのが宜しいかと。
「宜しいかと、じゃねぇよ。オレは鬼畜か何かかよ」
ーー王族に手を出せる又とないチャンス、お見逃しなく。
「まぁいっか。このまま放っておくのも嫌だし。しばらく宜しくな」
「寛大なお心に感謝するわ」
「ありがとうございます、これも天上神様のお導きですよぉ!」
こうして、拓けていない森の中を、騎士団たちが居ると思われる場所までいくことになった。
シンシアを先頭に、レジーヌとオレが続く。
確かに姫と侍女を名乗るだけあって、言動からは品が感じられる。
シンシアの逐一振り返る姿などは、主従のつながりが見えるようだ。
それでもだ。
人気のない場所をグイグイ進む姿を見て、段々と不安が募ってきた。
……まさかとは思うが、これは詐欺じゃないよな?
姫々詐欺(ひめひめさぎ)みたいなのが流行ってたらどうしよう。
気がついたら数百人の敵に囲まれて捕獲、そして奴隷にされちゃったりはしないか。
そもそも2人の情報を知らずに安請け合いしたのも問題だ。
だから道すがら、アリア相手に事実確認をする事にした。
「アリア。セント・ミレイアなんて国はあるのか?」
ーーお答えします。大陸中南部に位置する、実在する王国です。かつて各国の頂点に君臨していた大国ですが、現在は凋落(ちょうらく)の一途を辿(たど)っており、滅亡寸前となっております。
「ふぅん。国そのものは本当にある、と」
「あの、大変申し上げにくいのだけど、我が国はもうないの。先日の大戦で……」
「うん? てことは、亡国の姫様なのかい?」
「ええ。どうにか追手の目を避けつつ、逃亡生活を送っている始末で。今は大森林の中の猟師小屋をお借りしている状態なの」
「おいアリア。お前の話とズレがあったぞ。どういうことだ?」
ーーどうやら一部情報が古かったようです。さきほど修正対応を完了いたしました。
「……たく。しっかりしろよな」
滅亡寸前どころか滅びてた。
つうかアリアに聞いたつもりだったが、思いがけず重い身の上話をさせちまった。
2人の目の色がだいぶ沈んだものになっている。
嫌な事を思い出させてしまったらしい。
だがそれでも、レジーヌは場の空気を変えようとして新たな話題を持ち出した。
「ところで、先程から会話が少々噛み合っていないように思えるのだけど……まるで、どなたかとお話でもされているようで」
ーーミノル様。私の声はあなただけにしか聞こえておりません。独り言だとご説明なされた方が良いかと。
「あぁ、これはクセというか、独り言だ。気にしないでくれ」
「独り言……にしては妙に大きいような?」
「姫様。浮世で生きるというのは疲れるものなのです。時々心が弾けそうになるほど辛いものです。余計な詮索はやめておきましょうよ」
「……まぁ。お若いのに、大変な苦労をされているのね」
尊敬の眼差しが、捨て犬を見るような目に変わっていった。
『命の恩人』から『ちょっと可哀想な人』にクラスチェンジだ。
今後アリアと会話するときは工夫したほうが良いかもしれない。
それからも行軍は続いた。
草や枝を払い、小川があれば2人を担いで跳び、倒木は拳で砕きつつ。
互いに話題が尽きかけたころ、緩やかな上り坂の先に1軒の小屋が見えた。
そこでシンシアが声をあげる。
「見えました! あれが隠れ家ですよぉ!」
「小屋の前に誰か居るわね……あれは」
「ブレイド様、ブレイド様じゃないですか! おぉーーい!」
「姫様、シンシアさん! よくぞご無事で!」
シンシアが遠くの男に向かって手を振った。
上半身を鎧で固めた真面目そうな男が、呼びかけに反応して手を挙げる。
正規軍らしい装いから、騎士であることが察せられた。
安心したように2人がそちらへ駆けていく。
「……何だろ。このすげぇ違和感」
なぜ騎士は2人に気付いたのに、こちらに寄って来ないのか。
主人を危険な目に合わせた家臣の姿とは思えない。
サムライだったら切腹ものの失態なんだが。
そしてここで、オレの不安を擁護するような警告がアリアから報された。
ーー生体反応あり。前方に30、後方に10、こちらに迫っています。不測の事態に備えてください。
「もしかしなくても、これはヤベェんじゃねえの!?」
オレの直感はたぶん正しい。
騎士の不審な振る舞いに、こちらの動きに合わせて現れた小集団。
とりあえず前を走る2人を止めなくては。
「レジーヌ、シンシア、戻れ! これは罠だ!」
「わ、罠?」
「ミノル様。大丈夫ですよぉ。あの方は長らく姫様にお仕えしている騎士様で……」
「いいから戻れっての!」
強引に2人の手首を掴んで引き戻した。
ブレイドという騎士の方を見上げると、特に動きはない。
ただ、こちらの出来事を他人事のように眺めたあと、片手を挙げた。
すると、木々の間から武装した男たちが姿を現す。
それらは明らかに騎士ではない。
装備はバラバラ、汚らしい格好に下衆な笑い声。
問いたださなくとも山賊だと分かる。
「妙に勘の良いガキが居るな。おかげで手間が増えたぞ、どうしてくれる」
ブレイドが口を開いた。
そこから飛び出したのは、長年仕えた忠臣とは思えない程に冷たいものだった。
苦楽を共にした者には辛い仕打ちだろう。
レジーヌは直接殴られでもしたように胸元を抑え、叫んだ。
「ブレイド! 何故(なにゆえ)このような真似を!」
「ブレイド様ぁ、あなたのような立派なお方が……どうして!」
涙混じりの悲痛な声が飛ぶ。
行きずりのオレでさえ胸が痛むほどだが、肝心の相手には響いていない。
嘲笑う声が返ってくるばかりだ。
「どうしてって、金だよ。王家が滅びた今、忠義を尽くすことに何のメリットもない。お前ら若い女、特にレジーヌは金になるからな。前金だけでも大分稼がせて貰ったよ」
「この、卑怯者! 父様が、多くの兵が、人民がどのような想いで死んでいったか、あなたも見てきたではないですか! それなのに、それなのに……!」
「ハーッハッハ! 弱けりゃ殺される、貧しけりゃ飢えて死ぬ、それだけの事だ! 何が信義だ、博愛だ、協調だ。そんなもんで腹が膨れるわけないだろうが。テメェの親父も信義とかいうくっだらねぇモノに振り回され続けた愚王だ! 王がゴミなら家臣もクズ、無能なマヌケどもが何千と死んでも屁でもねえよ!」
「この……この……ッ!」
「レジーヌ代わろう。アレはもうダメだぞ」
「ミノル……様」
ブレイドという男の顔は、完全に歪んでいた。
魔が差したとか、そんな次元じゃない。
自ら進んで仲間を売ったような、強烈な悪意しか感じられない。
「腹たつよな、悔しいよな。あんだけ好き勝手言われたらさ」
「ですが、相手は多勢。どうにかして逃げなくては……」
「安心しろよ。オレが全部ぶっ飛ばしてやる」
右手に握りしめた相『棒』をブレイドに向けて突きつけた。
方々からさげずむ様な嗤(わら)いが起こる。
「おいお前。弱けりゃ殺されるって言ってたな。それにはオレも賛成だよ下衆野郎!」
再び大きな嗤い声があがる。
それでもオレは気にも留めず、棒の先をブレイドの首の方へと向け続けた。
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