第4話 異世界人との遭遇

オレが降り立ったのは大陸の南東エリアで、大森林という名のついた場所だ。

ここから北へ行くとディスティナ公国、西にはアルフェリア王国がある。

今居る場所は大森林の中でも人里寄りであるため、いずれの国境へも歩いて数日で辿り着くとの事。


これらの情報は全部脳内マニュアルが教えてくれた。

他にも、両国の軍隊をどれだけ血祭りにあげれば制圧可能かとか。

そこにどれだけ人間の女が居るかも教えてくれた。

そんな生々しい話を聞かせんなよ。

耳塞いでも意味ナシとか拷問じゃねぇか。



「それはそうとお前。名前は、ええと……」


ーーはい。私はVISmー186です。


「それそれ。覚えにくくってしょうがねぇ。何か名前つけて良いか?」


ーー名称変更、承りました。新しい呼び名をどうぞ。



おお、呼び方を変えられんのか。

ダメもとだったが言ってみるもんだ。



「そうだなぁ。ミソ小町(こまち)ってのはどうだ? オレの住んでた世界に素晴らしい調味料があってだな……」


ーーすみません。理解が追い付きません。


「いや、ミソ小町だよ。お前の名前」


ーーすみません。理解が追い付きません。



こいつ、やんわりと拒否してやがる。

聞こえないフリする程嫌かこの野郎。



「何だよ。じゃあ、シンプルにミソ子と名付け……」


ーーすみません。理解が追い付きません。


「くい気味に拒否すんな!」



単なる名付けがメチャクチャ難航した。

散々に頭を捻るが全部拒否。

ミソらさん、ミソコージ、ミソッカス娘(こ)と挙げてみたが全部ダメだった。

随分と反抗的な態度じゃねぇかクソが。



「えーっと、えーっと。じゃあアリアにするか。これは飼ってた犬の名前……」


ーー名称変更、受理しました。以後アリアとお呼びください。


「お、おう。ようやく気に入ってくれたか」


ーー名称変更は一度きりの機能となります。再度の変更は不可となりますので、ご注意ください。


「それ嘘だろ。完全な後付けだろオイ?」


ーー不可ですので、ご注意ください。


「……わかったよ、別に変えたりはしねぇよ!」



こうして、オレとアリアの2人旅は始まった。

といっても街や村は目指さない。

食い物を探し、魔獣を撃退し続けながらさまよっているだけだ。


ホームレス同然の身分だが、意外と快適だったりする。

敵は弱く、あちこちに果物が成ってるおかげだろうか。

不安定さと発見の楽しさが絶妙で、真新しいゲームでもやっているような気分になる。



「アリア、こいつは何者だ?」


「キシャァアー!」


ーーお答えします。鉄トカゲです。群れると脅威ですが、単体であれば問題ありません。


「ありがとうよっと」


「グェエーー!」



苦もなく鉄トカゲをヒト振りで撲殺。

弾ける体液。

戦闘が楽なのは良いが、もうちょっとスマートにいきたいとも思う。


それからも、木の棒をフル活用して敵を葬り続けた。

ブラックベア、デスワーム、そして鉄トカゲ。

手傷を負うことなく倒せるのは良いんだが、敵の死に様が生々しい。

早い段階で刃物を手に入れたいものだ。



「ところでアリア。リンゴだのトカゲだの、オレに耳馴染みのある単語なんだが、現地でもそう言うのか?」


ーーお答えします。これらは現地語ではございません。ミノル様にご理解いただけるよう、私が変換を担っております。


「マジか。何気に多機能だな」


ーー原住民との話し言葉や書き言葉も同様となります。よって、人里に降りられた際も問題なくお過ごしいただけます。


「それはありがてぇな。興味本意に聞くが、現地の言葉とどれくらい違うんだ? たとえばリンゴはなんて言う?」


ーーリンゴはこの世界で『デル・マルナ・ブプリシアヌス・リーガット』となります。ご要望でしたら機能を停止致します。


「ふぅん。そんなに違うんだ。おもしれぇな」



オレらの世界でも通称と学名があるけど、今の言葉もそれと同じかもしれない。

恐らく、普段は通称の方を使ってるはずだ。

リンゴひとつ指すのに長い単語を求められるのは、非効率だからな。

書くにしても話すにしてもだ。



ーー生体反応を確認。不測の事態に備えてください。


「マジかよ、今度は何だ。クマか? トカゲか?」


ーーデル・ガイアナ・オクトが2体、ソロ・ガイアナ・ジューロが2体です。


「現地語やめろ! 翻訳してから言え!」


ーー承りました。人間のメス2体、オス2体がこちらへ向かっています。


「なんだ人間か。だったら慌てる必要無いだろ」



そうこうしているうちに、人の気配が近づいてきた。

足音、そして息づかい。

声の高さからして女の人だろうと予想したが、それは正解だった。

獣道から若い女が姿を現した。



「ハァ、ハァ……追手!?」


「シンシア、どうかしたの?」


「レジーヌ様、お戻りください。先回りされてしまいました!」


「そんな、こんな所にまで!」



後からやってきたのも女の人で、2人揃って狼狽(うろた)えている。

追手? 先回り?

一体何の話をしてるんだか。

それにしても、人を見るなり不審者扱いとか失礼だと思わんのかね。



「ひ、ひ、引き返しましょう!」


「ダメよ、後ろにはもう……」


「面倒かけさせやがってぇ! もう逃がさねぇぞ!」


「キャァア!」



さらにその後ろから男が2人現れた。

大柄なのと小柄なヤツで、どちらも武装している。

山賊っぽい身なりからして、捕まったとしたら酷い目にあわされそうだ。



「なぁアリア。これは助けた方が良い?」


ーーお答えします。助けた方が利があります。もしミノル様の性癖として、他人の女を奪いたいというのがあるようでしたら、しばらく静観を……。


「よっし助けるぞー悪を許しちゃいけないもんな!」



方やロングソードに胸当てという、鉄器で武装した男が2人。

対するオレは棒キレ1本のみ。

清々しいほどに不利な戦況だ。

端から見たら自殺志願者にしか見えないだろうな。



「おいテメェ、それ以上近寄るんじゃねぇ!」



歩み寄るオレに向かって、大柄な男が叫ぶ。

コイツはかなり体格が良く、暴れる女性2人を制しつつも、余力を残しているのが見て分かる。


……どうやって助けようかな。


ひとまず様子を観察。

やや離れた所でプラン立てをしていると、小柄な方がオレの行く手を阻んだ。



「兄貴、ここはオイラに任せてくだせぇ。ヘヘッ」


「良いだろう。うまく追っ払えたら、召し使いの方はお前の好きにさせてやる」


「ウェッヘッヘ。話が早くて助かりやすぜ」



小柄な男がヘコヘコしたかと思うと、オレにはチンピラのような顔を向けた。

顔を歪ませつつ、ゆっくりとガニ股で迫ってくる。

全身で威嚇してるつもりだろうが、オレに恐怖心は湧かなかった。

地元の中学生を一瞬思い出しただけだ。



「おうおうおう! テメェ、死にたくなけりゃとっとと消えろ! オレたちはかの有名な、森の牙ファング団だぞ?」


「牙、ファング……? おいアリア。翻訳ミスってるぞ、ちゃんとやれ」


ーーお答えします。慎重に言葉を選びましたが、先程の単語で間違いありません。


「マジかよ、頭痛が痛くなるな……」


「なぁにゴチャゴチャ言ってやがる! あんまナメてっと、その首飛ぶぞオラァ!」



突きつけられる刃が、酷くつまらないものに感じた。

デスワームの牙や、鉄トカゲの爪の方がよっぽど脅威だと思う。



「まぁまぁ、カッカするんじゃないよ」



男の背中を強く叩いてやると、その体は超高速で4回転半して、頭から地面に突き刺さった。

あれ、これヤバイ?

絶対殺っちまったよな?

チラリと大柄な方を見ると、明からさまに怯んだ。

殺人犯でも見るような目付きになっている。



「ば、化け物! 覚えてやがれぇ!」


「おい、今のは正当防衛みたいなもんだぞ! オレは悪くないからな!」



逃げる男の背中に無実の訴えを乗せといた。

もし警察的なヤツらが来たら、徹底的に弁明しようと思う。

後は残された女の人か。

この2人には証人になってもらわないと……。



「ありがとうございます。おかげで助かりました!」


「え、あ、うん。どういたしまして?」


「申し遅れました。私はセント・ミレイアの第1王女、レジーヌと申します」


「侍女のシンシアです。この度は危ないところをありがとうございました! 一時はどうなるかと不安で不安で……」



彼女たちは咎める所か、感謝感激雨あられといった態度だった。

これがこの世界の倫理観なのか。

あの場面では殺っちゃうのが正解ルートだったとは。

やって良いことと悪い事の境界線が見えてこない。

後でアリアから学んでおくことにしよう。

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