第3話 異世界に降り立って

空気が美味い!

最初に感じたことはそれだった。

すげぇ長閑(のどか)だ!

次に思ったのはそれだった。


木々の生い茂る森の中、オレ以外に誰も居ない。

鳥のさえずりや虫の鳴く声は聞こえるから、不毛の世界ではなさそうだ。

一番気になるのは人間が居るかどうかだ。



「まずは集落を……いや、食い物探すか」



身の回りを確認すると、所持品はひとつもない。

愛用していたバッグも尻ポッケに入れてた財布すらも消えている。

そもそも服装だって、Tシャツやジーパンではなく、小汚い革製の服だった。

金がなきゃ街を見つけても、メリットは半減する。

ひとまず水と飯の確保を第一とした。



「どこへ向かうか……とりあえず獣道を進んでみるか」



舗装された道なんか無い。

よく伸びた雑草を払いつつ、付近を探索した。

しばらく森の中を歩く。

すると、大きな木に赤い果実が実っているのを見つけた。

早速ひとつもぎ取ってから、じっくり観察をしてみる。



「うーん。リンゴっぽいな。食えそうだけど、毒があったら嫌だな……」


ーーお答えします。リンゴの果実、食べると魔力が微増。毒はありません。


「だ、誰だ!?」



辺りを見回すが、人の姿はない。

それなのに、まるで耳元で囁かれたような声がしたのだ。

落ち着いてるというか、体温の感じられない、若い女のものだった。

まるで機械音声のようなしゃべり方の。


とっさに足元の木の枝を拾う。

丸腰で居ることが不安で仕方なかったからだ。



ーーお答えします。私は転生者用マニュアルのVISmー183です。質問がありましたら速やかにお訊(たず)ねください。


「マニュアル、びずえむ……? と、ともかく。お前に聞けば色々と分かるのか!?」



空に向かってでかい独り言を放った。

我ながら、ちょっと危ない人だと思う。

もし知り合いに見られたとしたら、オレは大学を中退して引きこもるからな。



ーーお答えします。登録されている情報でしたら、回答することが出来ます。また、大声でなくとも私とのコンタクトは可能です。


「そ、そうか。そんなにでかい声だったか?」


ーー誰にも見られなかった事は幸運だったと言えます。


「……次からは普通に聞く」



八つ当たり気味にリンゴをかじった。

酸味が強いけど、ジューシィで割と美味い。

喉の乾きも癒えるから大助かりだ。



「ところでよ。オレの能力について聞いて良いか?」


ーーご質問をどうぞ。


「なんか、特別な力をくれたらしいじゃん。美味いもん食うと強くなる……とか聞いたが」


ーーお答えします。天上神(てんじょうしん)様より、特異な能力が授けられております。それにより、食事を摂(と)るほどに強くなられます。食事の質が良ければ、より効率的な成長が可能です。


「……言われてみれば、さっきリンゴ食ったら体が暖まったぞ。もしかして強くなったのか?」


ーー魔力が増加しました。僅(わず)かではありますが。



体の芯がほんのり暖まっている。

この感じは栄養ドリンクを飲んだ時と似ている。

ジンワリとしたものが、胃の方へ流れていくのが分かるようだった。



「そうか、食えば強くなることは分かった。もうひとつ聞いて良いか?」


ーーご質問をどうぞ。


「今のオレってどれくらいの強さだ? 年相応くらい?」


ーーお答えします。現在のミノル様はお強いとは申せません。


「だよなぁ。だってオレ、格闘技とかやった事ねぇし。転生しても村人Aみたいなもんだろ」


ーー能力より試算致します。現在は、大グマと殴り合える程度の力しかございません。


「おい、十分強ぇじゃねぇか!」


ーー残念ながら足りません。大陸中の王族と軍隊を皆殺しにし、全てのメスを孕(はら)ませるには不十分と言えます。



何コイツ怖い!

いきなり皆殺しとか、孕ませるとか言うんじゃないよ。

抑揚のないしゃべり方だから、尚更ゾッとするんだよ。


……というか今、王様がどうのって言わなかったか?



「おい。この世界には国があって、人が住んでるんだな?」


ーーお答えします。大小5つの国があり、そこには多数の人民が暮らしております。


「そっかぁ。なら良いんだ。もし人間の居ない世界だったらどうしようかと……」



その時だ。

茂みがガサリと揺れた。

そちらに目線をやると、その揺れが徐々に大きくなっていく事がわかった。

そして現れたのは……。



「グルァアーーッ!」


「うわぁあーー!」



熊だ。

真っ黒な熊が突然目の前に現れた。



「な、な、何だよコイツは!?」


ーーお答えします。魔獣ブラックベア、比較的小柄な個体です。


「小柄って、オレと大差ねぇじゃねぇか!」


「グァァアア!」


「うわぁーッ!」



ブラックベアが四つん這いで猛然と向かってくる。

手元にあるのは棒キレのみ。

とりあえずそれを顔めがけて投げつけた。

あくまで牽制のためで、逃げる切っ掛けを作ろうとしたんだが……。


ドブシャアッ!


熊が弾けた。

ズタズタ、ミンチ肉って言葉がお似合いの姿になってしまう。

ヤバイ、いよいよ肉料理を食う気が失せたぞ……。



「これは死んでる、よな。さすがに」


ーーお答えします。生体反応はありません。肉を食する事で物理攻撃力を増加させることが出来ます。


「これを食えと。冗談やめろよな」



早くも消耗してきた。

体力じゃなくて、気力の方がだ。

このアンバランスな疲労感が何とも気持ち悪い。

状況を飲み込むためにも、今は動かずじっとしていよう。


喉はまだ乾いている。

リンゴをいくつかもぎ取って、木に寄りかかりながらモシャリ。

強めの酸味に僅かな甘味が美味いと思った。

だから次々と平らげていくが……。


ーー魔力が微増しました。

ーー魔力が微増しました。

ーー魔力が微増しました。


うるさっ。

マニュアルの声がうるさっ。

オレは休みたいんだから、無用な報告は控えろよ!


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