第5話 妻

冬は好きになれない。

亡くなった妻を思い出すから。

冬の匂いが妻との思い出を運んでくるのだろう。


出会った時の記憶。

同棲を始めた頃の記憶。

プロポーズをした時の記憶。

婚姻届を二人で出しに行った時の記憶。

家族になっていった時の記憶。


どれも美しくて幸せだった時の記憶。

でもこの夢を見ると俺は憂鬱になる。

だらっと続くと思っていた幸せはいつ間にか悪い芽に蝕まれていて終わりを迎えてしまうから。


妻が病に倒れた時の記憶。

病室で健気に笑う妻の記憶。

そして妻が亡くなった時の記憶。



辛くて悲しくて妻に何もしてあげることもできなかった自分の無力さにどうしようもなく打ちのめされる。


気がつくと涙が溢れていた。

いつのまにかソファで眠りにおちていたようで体の節々が痛くて怠い。

最悪な寝起きだった。


時計を見ると時間は16時。

重い体を起こして煙草を吸おうとベランダに出ると俺の煙草と同じ匂いがした。


「こんちわっす」


「こんちわ」


大きな欠伸が出る。


「今、起きたんすか?」


「社会人は疲れてるんだよ」


「おっさんっすね」


「まだぎり三十代だわ」


「三十過ぎたらおっさんすよ」


「…世知辛いね」



深雪、ひとつだけ訂正するよ。

言うほど冬が嫌いじゃなくなったんだ。







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