第5話

「おーい」


「おーい」


「誰かいますかー?」







どれぐらい時間が経っただろう。



僕達を深い眠りから目覚めさせたのは、見知らぬ人の声だった。


僕はルミを起こし、扉を開けた。





そこには、年齢も性別も人種も様々な11人の一行がいた。





長い間、長い距離を旅して、みんなは、その旅の途上で出会ったという。



僕とルミは外に出て風景を眺めた。



世界は長い時間を経て、以前の記憶とは違う風景となって目の前に広がっていた。


空は太陽と月によって点滅したりしていない。


かすかに憶えている、いわゆる平凡な風景だった。



僕とルミはお互いが、眠りにつく前と変わりないとこを喜んだ。



そして、何より、目の前の11人の訪問者達が、僕達と同じ速度で動き、話してい


た。




僕とルミは手を取り合った。




二人ともこぼれる涙を拭こうともせず笑った。






ルミと僕は缶詰や非常食でいっぱいに満たした食糧庫を開いて、11人のお客さん


を歓迎しようとした。


しかし、ほとんどの食糧が腐敗どころか風化していて、心底がっかりした。


11人のお客さんのうち、年配の男性2人が、食糧をたくさん持参しており、


それを軽く料理して振る舞ってくれた。


久しぶりに食べる出来立ての食べ物は、とてもおいしかった。




僕達は食卓を囲み、自己紹介をし、お互いの経験してきた事を話しあった。


個人差はあるにしても、みんな、時間に関してはほぼ同じ経験をしてきたことを確


認しあった。






他の人々は、皆消え去った。





今は同じ時間の属性に生きている人々だけが残っているようだった。


1日を刻む太陽の周期は30時間程度に変わっていた。


季節が変わる速度は、以前より遅くなったみたいで、一番長く歩いて旅をしてきた


ジョンミンさんによると、今は一年間ずっと夏で、少しずつ涼しくなっているとの


ことだった。







残された都市の風景は、腐食し摩耗した廃墟だった。




これからのことを、僕達は話し合った。



他の生き残りの人々を探しだそう。


そして暦をつくり、時計をつくり、僕達の属性に合った世界を創る。


その作業を一緒にできる人々がそばにいることに、僕は感謝した。



「こんな風に、いきなり新しい世界を与えられるとは、信じられません。


僕なんか、何もしていないのに・・・・」


僕は、無駄に終わった様々な努力を思い出しながら、ぎこちなく笑った。



「いいえ、あなたはよく耐えてきましたよ。


私も、ここにいる皆もそうやって耐えてきた。


泣きながらも強く強く、新しい世界の到来を願いながら生きてきたのよ。


私たちのような人間が生き残ったのは、戦ってきた証拠なんです。」



僕の母と同じぐらいの年齢だろうか。


セキさんと名乗った目の周りに深くしわが刻まれた中年女性がそう言った。


その隣に座っている中年男性、トミさんが、ゆっくりと僕の肩に手を置いてうなず


いた。










その時、11人のうちの一人、3歳ぐらいの女の子が、目を見張るほど遅い動きで


歩き出した。





「う・・・お・・・お・・・か・・あ・・・あ・・・さ・・あ・・・あ・・・


ん・・・・。」





僕達は皆一斉に子供を見た。



若い母親、メイさんがその子を抱き上げ、僕達にすまなさそうに切ない視線を送り


ながら、恐る恐る言った。




「この子の名前はチエンと言います。


私は皆さんと一緒にこの子を育てていきたいです。


どうか、皆さんの力を貸してください。」






僕達は全員、前もって打ち合わせ済みのように、ゆっくり力強くうなずきながら互


いに目を合わせた。



この子の為に。


この時、皆が各自、無言で覚悟を決めた。



同じ痛みの時間を経験して生きてきて、ここに集った人々が、新しい使命を授かっ


た瞬間だった。





いつかチエンも自分の時間を生きることになるだろう。


ここにいる僕たち皆が消滅した後に、自分と同じ時間帯を生きる人々が集まって、


また新しい世界を創り出すかもしれない。


その時までは、僕たちがこの子供の手をとって、次の時間のための準備をしなけれ


ばならない。








僕はルミの手を力を入れて握った。








ルミも力強く握り返してくれた。








END

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時の雪崩 @yumeto-ri

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