第14話

 次の日、ここ一か月ほぼ無言で仕事をしていたティモシーだが、鼻歌でも歌いながら仕事をしそうな程機嫌がよかった。

 「お前、ほんとわかりやすいな……」

 呆れたようにダグが言う。

 三人共、エイブとの間に何か進展があったと手に取るようにわかった。

 「わかりやすいって何だよ……」

 ティモシーは、チラッとダグを見てボソッと言うと……

 「デートの約束でもしたのか?」

 ダグは遠慮なく聞いた。

 「別にデートじゃない! 一緒に買い物行くだけだ! あ!」

 ついティモシーは、そう言ってしまって慌てる。

 「え! 二人で出掛けるの? いつ?」

 「べ、別にアリックさんには関係ない」

 ティモシーはそっぽを向く。

 「関係ないって……。僕は心配してるんだよ。君、本当に噂の内容知ってる?」

 「内容? ……この前、ダグさんが言っていた内容だ……よね?」

 アリックは、困惑した顔をする。ティモシーは、彼の事をただの女たらしだと思っているのだと。本当の事を言いたいが、またそれによって傷つけたくないとも思い言い出せない。

 「ティモシー、一つだけ言っておく。お前が傷つけば、周りも悲しむって事は覚えておけよ」

 「なんで私が傷つく話になってるんだ! 別に買い物にいくだけだろう? 二人っきりっていったって周りに人はいる! それに本人と話した事もないのに、噂だけ信じるなんて! エイブさんはそんな人じゃないから!」

 「ちょっと!」

 ダグの言葉にそう返すとティモシーは、バンッと思いっきりドアを閉め、ベネットが止める間もなく部屋を出て行った。

 「どうしよう。これ、まずいよね?」

 「いいんじゃないか? 恋愛は自由なんだろう?」

 「そういう問題じゃないだろう! やっぱり噂の内容知らなかったんだから!」

 「今更何を言っても聞かないだろう? 思いっきりのめり込んでるだろう?」

 「だからこれ以上のめり込まない様に、ランフレッドさんに言う! 僕じゃ無理だろうし」

 「好きにすれば? お前が恨まれ役買って出るって言うなら別に止めない」

 「あぁ、そうするよ。今、憎まれてもティモシーが助かれば!」

 「え、ちょっと、今?」

 アリックもまた、ベネットが止める間もなく部屋を出て行く。しかも、会話にすら入れなかった。

 ベネットは溜息をもらす。

 ティモシーの気持ちもアリックの気持ちも理解出来る。

 彼女も出来るだけティモシーを傷つけたくないし助けたい。と頭を悩ます中、何事もなかったかのように、ダグだけは調合を行っていた。



 「こうなったらエイブさんと皆で出掛けるとか……」

 ティモシーは、バルコニーで風に当たりながらブツブツと、何とかしてエイブに対するの誤解を解こうと考えていた。

 バンッ!

 「やっぱりここにいた!」

 乱暴に開いたドアに振り向くと、ズカズカとティモシーにランフレッドが向かってくる。

 (え! ランフレッド!)

 ドアの所に目をやると、心配そうにアリックが立っていた。

 「言いに行ったの?」

 その問いに静かに彼は頷いた。

 「あいつだけはダメだ!」

 ティモシーに近づいたランフレッドは、真面目な顔で言った。

 「なんでさ! 買い物に行くだけだろう! 本当はランフレッドも一緒にってエイブさん、言ってくれたんだ! でもあんた、買い物に行くのも許してくれないじゃないか! だから二人で行くことにしただけだ! そんなに心配ならついてくればいいじゃないか! それに、荷物を届けるのに街中は何度も通ってるけど、声なんか掛けられてないから!」

 そうティモシーは、たくしあげた!

 「そりゃそうだろう。王宮専属薬師におかしな真似しようなんて考えるやつなんてそうそういない! 俺が言ってるのは、エイブに近づくなって事だ!」

 「え? なんで?」

 ティモシーは心底驚いた顔をした。

 街に出掛けるのがダメなのではなく、彼と出掛けるのがダメだっといったからである。ランフレッドは、ティモシーが男なのを知っているし、それなりに強いのも知っている。もし迫られたとしてもいつも通り蹴散らすか、男だとバラせばすむ。

 「なんでもだ! あいつには悪い噂もあるし……」

 「は? 噂? 意味わかんね……」

 男のティモシーには、その噂があったとしても気にする内容ではないはずだからである。

 「もう、イチイチうるさいんだよ!」

 「ちょ! お前!」

 ティモシーは、ランフレッドに対し蹴りを繰り出した。慌ててランフレッドが後ろに下がり交わす。

 『アリックがいるんだぞ』

 そうランフレッドが口パクをするもフンとそっぽを向く。

 「確かに父さんに厳しくって頼まれたかもしれないけど、一年しか……ううう!」

 ティモシーが話していると、突然ランフレッドが勢いよく近づき手で口を塞ぐ。そしてそのまま柵に背中を打ち付けたティモシーは、ズルズルと座り込んだ。

 「あ、わりぃ……」

 「っげほ、っげほ。ったく、何すんだよ!」

 「お前な、一年しか居るつもりないって言うのは、他人には言うな!」

 片膝をついて屈んだランフレッドは、ティモシーにそう囁いた。

 「ちょっと! ランフレッドさん、やり過ぎじゃ……」

 慌ててアリックが近づいて来た。

 「あはは。勢い余ってしまって」

 「大丈夫?」

 そう言って手を伸ばして来たアリックの手をティモシーは払いのけた。

 「ホント大きなお世話だよ! わかった! 二人がそこまで言うなら行かない!」

 そう言い切ると、ティモシーは立ち上がる。

 「約束すれよ」

 「わかったって!」

 ティモシーは唇をかみしめる。ランフレッドには、口でも力でも勝てないのが悔しかったのである。

 そしてその足で、エイブに断りに行ったのだった。



 次の日の午後、ティモシーは街中で目を輝かせていた。

 配達の帰り道に街中に立ち寄ったのである。

 今日はベネットと一緒で、気分転換に少しだけど言ってくれたのだった。

 「ねえ、ティモシー」

 「はい?」

 「よく聞いてほしいの」

 真面目な顔でベネットは、ティモシーを見つめた。ティモシーも真面目な顔で頷く。

 「怒らずに最後まで聞いてね」

 そう前置きすると、ベネットは語り出す。内容はエイブの噂話だった。


 彼は三年前、アリックと同じ二十三歳という若さで王宮専属薬師になった。そして女性を取っ替え引っ替え交際、薬師の腕は確かだが性格に問題ありと注意を受けた。

 だが彼は、二股を掛けている訳でもなく、どちらかというと振られているんですと言った。だがその後、ある事件が起こる。

 事件と言っても失踪事件で、彼が付き合っていた事のある女性の行方がわからなくなったのだ。

 そこでも彼は、自分は関係ないときっぱりと言った。別れた後のことだし振ったのは向こうだと。だが、どちらから別れを切り出したのか、本当に別れたのかは、わからないままだった。

 そして半年後、また失踪事件が起きた。

 今度は交際中の出来事だった。でも彼は、自分も探していると言ったのである。彼が関係あるかわからず、今でも二人は見つかっていない。

 そのうち、失踪ではなくて彼が殺したのではないか、という噂が広がった。王宮側も彼の処遇を悩んだが、彼が関わりがあるという証拠もまたその逆の証拠もない。

 そこに一緒に研究する者から抗議の声が上がった。そこで彼を倉庫係に部署替えをしたのである。


 話し終えると、何故かベネットの方が辛そうな顔をしていた。

 彼女はこのままだと、ティモシーはアリック達との関係もうまくいかなくなるし王宮内で浮く。皆をまとめるのは自分の仕事だと、アリックが敬遠していた内容を話したのである。

 (そっか自業自得ってそういう事だったんだ。確かにこんな噂ならアリックだけじゃなくて、ランフレッドもダメだって言うはずだ。でも……)

 ティモシーは悩む。彼は噂の人物とはほど遠かった。取っ替え引っ替えが本当だとしても失踪に関わっているようには見えない。

 それにこの噂、付き合ったあとの話である。ティモシーは、もし自分に下心があったとしても男だと知ればそれまでだし、もし万が一、切れて襲ってきた所で負ける気はしなかった。

 (振られた腹いせに殺すか? それに、他の振った人たちは何故無事なんだ?)

 付き合った事もないティモシーが俯いて必死に考えていると、『ごめんね』と呟く声が聞こえ顔を上げると、ベネットが心配そうにティモシーを見ていた。

 「あ、大丈夫です。話してくれてありがとうございます。皆が心配するはずだ……よね」

 「さあ、二人には内緒よ。三十分ほどだけど見て帰りましょう」

 ベネットが元気付けようとした言葉に、ティモシーは元気に頷き、それぞれ見て回る事にした。

 「ティモシーさん?」

 少しした頃、後ろから声が掛かり振り返った。

 「え? エイブさん? どうしてここに!」

 「今日が休みになったから色々と買い物をしにね。断りに来た時に話したよね?」

 驚くティモシーに、にっこりとして説明をした。

 ティモシーが断りに行くと、自分も休みの日が変更になって伝えに行こうとしていたと言われた事を思い出す。

 「仕事中にさぼり? いいなぁ。新人の特権だよね。俺なんて部屋から出る事ないし……」

 ちょっと寂しそうにエイブは言う。

 「ねえ、そう言えばこの前話した道具屋すぐそこなんだけど行く?」

 「え?」

 「あ、ランフレッドさんにバレたらまずいか……」

 エイブは苦笑いをするが、ティモシーは首を横に振った。

 (事実を確かめよう)

 道具屋に行っても行かなくても、男だと話そうと思ったのである。そうすれば、この悩みは解決する。だが、ティモシーはエイブを信じていた。だからとれる行動だった。

 「今、ベネットさんと来ているんだ。三十分は自由行動からちょっとだけ覗きたい!」

 「いいの?」

 ティモシーは、うんと頷くとエイブはこっちと街の奥を指差した。

 この判断が、ティモシーの運命を大きく変える決断となるとは知らずに……。

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