第15話

 くねくねと曲がる細い路地を五分ほど進むと、小さな小屋のような建物に突き当たった。

 「ここだよ。ただの小屋に見えるから隠れ屋的な?」

 エイブはにっこりほほ笑む。

 (本当にここ、道具屋?)

 看板もなければ、人がいる気配もない。噂を確かめようと思ってはいたものの、疑ってはいなかったティモシーは不安になった。

 エイブは、ドアを押して開ける。

 「お先にどうぞ」

 彼にそう言われて、ティモシーは怖ず怖ずと中へ入った。

 そこは残念な事に、道具屋ではなかった。というか、何もなかった。

 ティモシーが慌てて振り向くと、エイブはパタンとドアを閉めた。それを見たティモシーは目を見開く。

 閉めた行為ではなく、閉めた事によって発生した結界に驚いたのである。

 「う、うそ……」

 ティモシーは、信じられなくて呟く。

 「ごめんね。でもまさか今日偶然会えるなんて、運命だよね?」

 目を見開いたままティモシーは何も答えられない。普段なら『何が運命だ!』と叫んでいた事だろう。だが、思考が止まってしまっていた。

 (エイブさんが魔術師?)

 ドン!

 気づくとエイブに肩を掴まれ、床に押し倒されていた。それでも茫然としている。

 彼が魔術師だという事もそうだが、魔術まで使ってまでここに閉じ込めた事が信じられなかった。それだけ彼を信じていたのである。

 「余りにも順調だからちょっと疑がっちゃけど」

 そう言いながらティモシーの両手を頭の上に持っていき右手で抑え込むが、ティモシーは抵抗しない。

 「そんなにショックだった? お子様だから疑う事知らなかったもんね? 俺の噂聞いてるでしょ?」

 ティモシーの心を抉る様な台詞をエイブが笑顔で言うと、ティモシーの目から涙が零れ落ちた。大人の扱いを受けていると思っていたティモシーは愕然とする。

 「あぁ、とうとう泣いちゃった。じゃ泣き止む様に喜ぶような事教えてあげるよ。君はね、ご主人様の所に行けば本も道具も買い与えてもらえるからね。でも、その前にちょっと味見ね」

 そう言うと、器用に左手でボタンを外していく。

 ティモシーは抵抗する気も起きなかった。抵抗した所で魔術師のエイブには勝てない。それに、元々男だとバラす気でいたのだから……そう思うも悔しさと悲しさが込み上げて来て、嗚咽をあげて泣き出した。

 「ごめんね。泣いてもやめないから……ん?」

 一瞬抑えて付けている右手に力が掛かった。

 「君、男の子?」

 驚いたように呟くと、突然笑い出した。

 「この俺が騙されるなんて」

 「……俺……だ、騙す……つもり……なんて……」

 それを聞いたエイブは笑うのをやめ、一瞬殺されるのではないかと思うほどの殺気を込めて、ティモシーを睨みつけた。

 (殺されるかも知れない!)

 とティモシーは体を震わせる。

 「よく言うよ。君、俺の前では私って言っていなかった?」

 「そ、それは……ランフレッド……に、言われて……」

 ティモシーはどうしたらいいかわからなくなった。男だとわかれば解放されると考えていが、このままでは殺さるかもしれない。しかし逃げる術がないのだ。

 エイブを押しのけたところで、相手は魔術師。攻撃をしてくるかもしれない。かわしたところで、結界から外に出られる保証もないのである。

 ティモシーも魔術師だが、攻撃魔法なんて使えない。いや、使った事などない。魔術師だという事を隠して過ごしていた彼は、使ったとして体を強化する術ぐらいだった。一応、母親からは結界の類も習ったが、それも使った事などなかった。

 試してみるまでもなく、勝てる見込みがなかったのである。

 「君はランフレッドさんの言いなりだもんね?」

 そういうとエイブはクスッと笑い、右手から左手に抑える手を変えた。

 「さて、準備といきますか」

 「準備?」

 「ここに刻印を刻むんだよ。ご主人様に従うようにね」

 エイブは、ティモシーの左胸を人差し指で突いた。

 「刻印? え? ご主人様?」

 「あれ? さっきの話聞いていなかった? 色々買ってもらえるって教えてあげたのに。ダメだな。ちゃんと人の話を聞かないと。だからこんな目に遭うんだよ」

 ティモシーはエイブの言葉に信じられないと、彼をジッと見つめた。

 エイブを信じてはだめだと確かに皆に言われた。しかし、彼の言動は、噂とは結びつかなかった。もし先に噂を聞いていたならば、彼の印象は違っていたかもしれない。

 (噂の失踪した人って、もしかしてご主人様ってところに……)

 そう思いつくとティモシーは口を開いていた。

 「もしかして噂のいなくなった人って……」

 「そうだよ。自分に関連ある人を売ったら、色々面倒な事になっちゃってね。暫く大人しくしていたんだ」

 詫びれもなくエイブは、にっこり笑って言った。

 (噂は本当だった!)

 殺されてはいなかったが、失踪した原因は彼にあった。

 (皆が止めてくれたのに。俺、バカだ! ……そうだベネットさんと一緒だったんだ。このまま俺がいなくなったら迷惑がかかる! 何とかして逃げないと……)

 何とか逃れられないかと、今更ながら手や足をバタつかせるが無駄だった。

 「大人しくしなよ。逃げられないよ。俺、魔術師だから」

 ティモシーは、目を見開く。それは驚いたフリをしたのではなく、自分から名乗ったからである。ティモシーにしてみれば、信じられなかった。

 「俺がもし逃げ出したらって、考えないのか!」

 「逃げ出す? 無理だよ」

 エイブはおかしいと笑う。

 「さっき刻印っていたでしょ? あれ、人の体に魔法陣を刻むんだよ。君が死ぬか俺が死ぬまで有効だ。だけどね、俺が死んだら君も死ぬんだよ。心臓の上に描くからね」

 そう言って、ティモシーの左胸を人差し指でなぞった。ティモシーは、ゾッとする。

 「や、やだ!」

 「やだと言われてもなぁ……。決定事項だから。君の容姿にその薬師の腕なら今までで一番の値がつくかもね。楽しみだよ」

 ティモシーは、彼にいつもの笑顔でそう言われ、絶望しかなくなった。

 「少し痛いかも知れないけど、我慢してよね」

 「やめろー」

 エイブは叫ぶティモシーを無視し、人差し指を左胸に当てた。

 バチッ!

 「うん? なんだ? レジストされた?」

 ティモシーには思い当たる事があった。母親がくれたペンダントだ。ティモシーの魔力を封印するものだが、攻撃の魔術以外はレジストするよう付与してあった。本来はレジストしてもその事がバレる事はほとんどないが、直接触れたので気づかれたのである。

 エイブは、ティモシーの頭から胸まで見下ろし、首元に手を伸ばした。

 「これか?」

 ペンダントのチェーンを掴み、首から外す。

 「返せ!」

 その声を無視し目の前に掲げ、ペンダントをマジマジ見ると、エイブはニンマリとする。

 「これどこで手にいれたのさ」

 ペンダントから目を離すと、ティモシーを見てもう一度言う。

 「どこで手に入れたの?」

 「こ、この街に来た日に、父親が買ってくれた……」

 ジッと探るようにエイブはティモシーを見た。ティモシーは、嘘だとバレたらどうしようと息を飲む。

 「ふうん、そう。息子にペンダントか……。まあ、いいや。これは俺がもらっておく」

 そう言うとペンダントを自分のポケットにしまう。

 「ちょ! それ返せよ! 買ったのそれだけなんだ!」

 「これはね。マジックアイテムっと言って、貴重な物なんだ。君には必要ないものだよ」

 (何言ってんだ! 俺のだし! 必要あるものだし!)

 心の中で叫ぶが、今の台詞でエイブは魔力を抑える効果までは気づいていないのがわかった。つまりはティモシーが、魔術師だという事に気づいてはいない。だがそんな事がわかったところで事態は変わらない。

 ティモシーが魔術を使える状態になったが、歯向かう事さえできないのもわかっていた。

 ティモシーは、刻印という言葉さえ知らなかったのだから……。

 「さて、覚悟はいい?」

 「よくない!」

 エイブは聞いておきながら、ティモシーの返事は無視し、作業に取り掛かる。指先が胸に触れると激痛が走った!

 「うわー!」

 ティモシーは、叫び足をバタつかせる。

 少しと言われたが、ナイフを突き立てらえたような痛みだった。

 「あのさ、声大きすぎ! 耳が痛いよ」

 「だったらもうやめろ」

 声が後方から聞こえ、エイブは驚いて振り向いた。

 そこには、ティモシーが見た事がない人物が立っていた。

 茶色い髪で渋めのおじさんだ。そして、王宮専属薬師なのは見てわかった。制服を着てバッチをつけていたからである。

 「ブラッドリーさん! どうやって入った!」

 本気で驚いた表情をし、エイブは叫んだ。

 「勿論そこの扉からだ。鍵が開いていたからな」

 「鍵だと? そんな事を聞いているんじゃないんだけどね!」

 ブラッドリーを睨みつつ、ティモシーの手を離す。

 ティモシーは今の状況が飲み込めず、唖然として二人を見ていた。

 っと、ブラッドリーがエイブに手を伸ばす。咄嗟にエイブは飛びのいた。

 ブラッドリーの手には、ティモシーのペンダントがあった。

 「ほら、あなたのだろう? 大事にしろ。かなりの良品だ」

 横になったまま茫然としているティモシーの上に、ブラッドリーはポトンとペンダントを落とす。

 「さて、さっきの質問の答えだが、これの事か?」

 ブラッドリーは、右腕を伸ばし、横にスッとずらすと結界が消滅した。

 「な!」

 (やっぱりこの人も魔術師だった! え? どういうこと? って、いうか王宮に魔術師が居過ぎじゃないか!)

 ティモシーは軽くパニックになる。本当は、魔術師って沢山いるんじゃないか? と思ってしまった程だ。

 「尾行を付けて正解だったな」

 ブラッドリーがポツリとそう言うと、エイブがキッと睨み付ける。

 「なるほどな。目を付けられていったって事か。俺とした事が気づかなかったよ!」

 「尾行を付けたのは彼にだけどな。なかなか尻尾を出さないから、思案を巡らせていたところだった」

 (え? 俺に尾行!)

 勿論ティモシーも気づいていなかった。

 次の獲物がティモシーだと感づいたブラッドリーが、エイブではなくティモシーに尾行を付けていたのだ。

 「っち。まんまと餌に飛びついてしまったってわけか……」

 憎々し気にエイブは、ブラッドリーを睨む。

 「いや、彼をあなたに預けたのは偶然だ。まあ、彼には気の毒だがな」

 「どうだか……」

 そうエイブが呟くと、ブラッドリーはまた手を伸ばしスッと動かした。

 今度は逆に建物に結界が張られ、さらにティモシーにも張られた。

 「そこを動くなよ」

 ブラッドリーはティモシーに一言そう言うと、今度はエイブに話しかける。

 「あなたに攻撃を先に譲る。好きに攻撃して来い」

 ブラッドリーは自信満々にエイブを挑発する。

 「あぁ、そうかよ! じゃ食らいなよ!」

 エイブは、右手を真横に伸ばし、少し後ろにそらす。その握った手に魔力が溜まっていく。そして、それをぶん投げるように手を前に出すと、開いた手のひらからは黒い小石のような物が投げられ、それは二人のちょうど中心ぐらいに叩きつけられ、砂のように粉々になった。その砂のような物が、氷の刃に変わりブラッドリーに向かい襲う。

 また、エイブの左手は右手とほとんど変わらずに前に突き出され、そこからは火の玉が発せられ、これもまたブラッドリーに向かい襲う。

 だが、彼は微動だにもしない。そして氷の刃と火の玉は、驚いた事にブラッドリーの前で消滅する。いや、ティモシーには、そこにある見えない結果に吸収されたのがわかった。

 「私の番だ!」

 そう叫んだブラッドリーは、手を前に振るった。するとエイブは見事に転倒し、彼に見えない結界が張られた。

 そしてティモシーは、恐ろしい攻撃を目撃する事になった。

 エイブが放った氷の刃が、彼に張られた結界の中で降り注いだのである。

 「ぐわぁー!」

 絶叫を上げ血だらけになったエイブは動かなくなった!

 (魔術師だとバレたら殺される!)

 それを見たティモシーは咄嗟にそう思い、ペンダントを首に掛けた。

 ブラッドリーは、その後何事もなかったように、建物の結界を解くとドアを開けた。

 「終わりました」

 そうドアの向こうに告げると、勢いよく人が入って来た。

 驚く事にそれはランフレッドだった。彼はエイブには目もくれず、ティモシーに駆け寄り抱きしめた。

 「バカ野郎! なぜ約束を破ったんだ!」

 怒っていると言うよりは安堵感から出た言葉に、ティモシーもやっと助かったとわかり、ランフレッドの腕の中でわんわん泣き出した。

 そしてティモシーは、『巻き込んでごめんな』と小さく呟いたのを確かに聞いた……。

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