第13話
一週間ぶりの調合室のドアを開け、ティモシーは元気よく挨拶をする。
「おはようございます。今日からまた宜しくお願いします」
ランフレッドに言われた通り言うと、三人は振り向いた。だが、その顔は何か様子を伺う感じだ。
「おはよう」
アリックは挨拶を返して来るが……
「無事そうだな」
ダグは、意味不明な言葉を返して来た。
「無事って。手をちょっと怪我しただけだろう?」
ティモシーは、何を言ってるんだと返す。
「いや、毒牙にかからなかったみたいだなって」
「なんだよそれ……」
ダグを少し睨んだあと、ティモシーは席に着く。
「あのさ、エイブさんと一緒だったんだよね?」
何故かアリックは聞き辛そうに聞いて来た。
「うん。そうだけど?」
ティモシーは頷いて答えると、アリックは不安げな顔になる。
「何? 言いたい事があるならハッキリ言って!」
ティモシーはこういう態度をされるもの嫌だった。
「エイブって女にだらしないって噂があるんだ。まあ、王宮内では手を出してないみたいだけどな」
ダグはアリックが言いづらそうなので代わりに伝えるが、またもやティモシーが睨み付けた。
(エイブさんが言っていた噂ってこれか)
あの甘いマスクなら女の方から寄って来るのだろう。本人が言っていたように、変な噂が立ったのに違いないとティモシーは思った。
「知ってるよ」
ティモシーは、そっけなく答える。
「知ってたのか」
ティモシーの答えにダグが意外だなと呟く。
「みんなが誤解してるだけだよ。エイブさんは、そんな人じゃないよ」
ティモシーの言葉に三人は顔を見合わせる。
その噂通りなら今頃もう口説かれているはずだが、この一週間そういう素振りを見せた事はなかった。それどころかちゃんと、一人前の薬師として扱ってくれていた。それに自分のせいで迷惑がかかるとまで言っていたのだ。
なのでティモシーにしてみれば、彼が言っていたように尾ひれはひれが付いて、話が大きくなったのだろうと思ったのである。
「でもティモシー。この話、僕が王宮専属になる前から知ってる話だよ?」
「知ってるって、人から聞いた噂話でだろ?」
アリックの言葉に、ついムッとなり地の話し方になる。
「結局、ティモシーも普通の女の子だったか」
ダン!
ダグの呟きに、ティモシーは怒りでテーブルを叩いた。三人はその行動に驚く。
今までむくれたり睨んだりしてきた事はあったが、ここまで露わにした事はなかった。これはもう彼の虜になっていると三人は確信する。
ティモシーは男なので、三人が思っている様にエイブに恋心など抱いてはいない。ただランフレッドを信頼すると同じぐらい、彼にも信頼を置いていたのである。この一週間でティモシーの心をがっしりと掴んでいた。
なので三人が思った虜というのも、ある意味間違いではないかも知れない。
「はい! そこまで! 仕事始めるわよ」
ベネットが一回パシッと手を打ち、その話は終わりと仕事を始めるように言うと、三人は無言で調合を始める。真面目な仕事ぶりというよりは、気まずい雰囲気だった。
休憩時間になると、ティモシーは一人でサッサと部屋を出て行き、三人はそれを困り顔で見送る。
「大丈夫かな?」
「本人たちの問題だろう?」
アリックが不安げに言うが、ダグはさらっと言う。
「でも絶対ティモシー傷つくよ!」
「今のティモシーに何を言っても無駄だろう?」
「じゃ、ランフレッドさんに……」
アリックも自分が言っても無駄とわかっていた。
「そうしたかったらそうすれば? まあ、あの人だったら何としても止めるだろうけど」
「そうね。でも恋愛は自由だし。きっと今それをすると、私達の信頼関係は崩れるでしょうね。相手はまだ何もアクション起こしていないようだし……」
ベネットも心配するが、ここは見守ろうと提案する。
「まあ、初恋は実らないって言うしな」
三人から見てもティモシーはまだ子供で、今回が初恋だろうと予想をしていた。
「ほんと、他人事だよね?」
「他人事だろう? ティモシーが助けを求めて来たら手を差し伸べてやればいいだけだ」
アリックがムッとしたように言うと、ダグはいつも通りしらっと返した。
そんなやり取りがあった事など知らないティモシーは、どうやったらエイブをわかってもらえるか考えるのだった。
それから一か月ほど立ち、五日に一度程度に会う約束をしているエイブをバルコニーでティモシーは待っていた。風が心地よい。早く来ないかなっとエイブを心待ちにする。
「ごめん、仕事長引いた」
そう言って六時半ごろにエイブは現れた。
「はい。これ」
「ありがとうございます」
ティモシー達は、本を交換する。読み終わったの本を返し新しい本を借りる。いつもこれで終了で、その後エイブは普通にじゃっと帰っていたのである。だが今日は違った。
「ねえ、一つ聞いていい?」
「なんですか?」
「それってもしかして、調合する道具とか入っているの?」
エイブは、ティモシーが身に着けている、薄汚れた大き目なポーチを指差す。
「うん。村ではこうやって付けていたんだ。ここで全く使わないけど……。家でたまに練習するぐらい。だったら持って来る必要ないだろうってなるけど……」
「なるほど、お守りみたいなものなんだね」
わかってくれたと嬉しそうにティモシーは頷く。
「もしかして道具にも興味ある?」
「はい!」
「じゃ、そっちの本も今度持ってくるね」
ティモシーは、満面の笑みで頷く。
「あ、そうだ!」
突然エイブは、何かを思い出したように鞄から取り出す。
「これ、本じゃないけどカタログ。見る?」
「カタログ?」
不思議そうに受け取ると、食い入るように見始める。
「すごい! 道具って色んなタイプや色があるんだ!」
「え! あ、そっか。見た事ないんだ。まあ、王宮のもシンプルで使いやすい奴だし……。ねえ、本物見てみたい?」
「見たい!」
速攻である。エイブはそれに、にっこりほほ笑む。
「実はね、俺が買い付けに行っている所がそういう感じの所なんだ。今度一緒に行こうか? 休みいつ? 合えばいいんだけど……」
「えっと三日後」
ティモシー達は今、十日に一回ぐらいバラバラで休みをとっていた。
「え? 本当? 俺も! じゃ後はランフレッドさんに一緒に来てもらえるかどうかだね」
「え?」
ティモシーは、エイブの提案に驚く。
「きっと二人っきりじゃOK出ないと思うよ?」
ティモシーもそれはそう思うも、行くこと自体許可してくれないのだから言ってしまえば反対されるだろうと予想がつく。でも見には行きたい。
「あのね、ランフレッドさんは街中に行くこと自体許してくれないんだ。だから連れて行ってもらった事もないんだ……」
「え? そうなの? そんながんじがらめなんだ。うーんでもなぁ。俺は二人で行っても構わないけど、バレたら君が凄く叱らせそうだね」
そういうエイブの顔は、今回の話は無しにしようという顔つきだ。
「大丈夫! ばれないと思うよ! あの人休みなしだし!」
エイブは困ったなという顔をしてほほ笑む。
「わかったよ。一緒に行こうか」
ティモシーは、うんうん頷く。
もし万が一、エイブが変な気を起こして来たとしても今まで通り対処すればいいだけで、その万が一なんてないとティモシーは思っていた。
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