第三章 仕掛けられた罠
第12話
ティモシーは元気よく、そしてベネットに言われたように固くならないように挨拶をして倉庫に入った。
「おはよございます」
「おはよう。ティモシーさん」
ティモシーは、エイブの挨拶に目を丸くする。
(今、さんって言ったよな!)
この王宮に来て『さん』付けで呼ばれたのは初めてだった。大人扱いされているようで嬉しくなる。
「倉庫の仕事ってした事ある?」
ティモシーは首を横に振る。
「じゃ、最初から説明するよ」
エイブは棚からマニュアルを出し、指差しながら丁寧にティモシーに説明をしていく。
まず午前中に、明日使う予定の材料を用意する。
午後からは、午前中に調合された材料を確認して棚にしまう。
それが終わると、在庫のチェックをする。
これを一日でしなくてはならない。
もし万が一、在庫が帳簿と違う場合は、各研究室に確認しなくてはならない。多くても少なくてもダメなのである。
「午前中に頑張って明日の用意を終わらせないと、午後から来た材料と混ざったら大変だから頑張ろう」
ティモシーは真面目な顔で頷く。
「じゃ悪いんだけど右側の棚お願いしていい? 踏み台はそこにあるから。それが効率がいいと思うんだ。お願いできる?」
「はい!」
嬉しそうに返事をするティモシーに、エイブはリストを渡す。
ティモシーは、特別扱いされない事が嬉しかったのである。見た目から男には優しくされるが嬉しくなかったし、子供扱いされるのも嫌だった。
それに二人っきりだが、仕事中は仕事の話以外はしなかったのである。まあ、忙しかったと言うのもあるが。
なのでティモシーはエイブに好感を持った。
本来彼の他にもう一人監督する立場の者いるのだが、研究が忙しくなったらしく一人でこなしていた。エイブにとっても、素人だが助かったのである。
そして、最後の日になった。
「一週間ありがとう。助かったよ」
「私もいい勉強になりました」
「あ、そうだ。これ興味ありそうかなって思って。俺のお古だけど……」
エイブは鞄から、本を取り出した。年季が入ってヨレヨレである。
ティモシーは受け取って、中身をパラパラとして読んでみた。それは調合の本だった。
「これ、俺の知らない調合も載ってる! 本当にいいの?」
興奮してつい『俺』と言ってしまったが、エイブは気づいていないようでにっこりと頷いた。
「俺にもう必要ないものだし、捨てようと思っていたから。ティモシーさん、結構熱心に仕事していたし、薬師の仕事好きなんだなって思ってさ。気に入ってくれてよかったよ」
「ありがとうございます!」
ティモシーは嬉しそうに言うと、早速その場で読もうとする。
「家に帰って読みなよ。もう鍵締めるし」
「あ、そっか。ごめん」
エイブは首を横に振る。
「そんなに気にいったなら、他にもあるから持ってこようか?」
「え? いいの?」
「でも、まだ必要だから貸すことになるけど……」
エイブはすまなそうな顔でそう返す。
「貸てもらえるだけでも嬉しいです!」
ティモシーは買い物に行きたくても一人では行けないし、ランフレッドもあまり外に連れ出したくないようで、未だに街に行った事はなかった。
先日仕事の帰りに寄って事件の発端になった、あの日だけなのである。
なので見せて貰えるだけでも嬉しかった。
「あぁ、でも人目につかない所で渡したいんだ。あ、変な意味じゃなくて、君の為に」
「え? 私の為?」
ティモシーは、不思議そうな顔をする。
「まあ、後で知ると思うから言うけど、俺良くない噂があってね。まあ、半分は自業自得なんだけど、半分は尾ひれはひれが付いてね……。俺と会っている所を見られると君が好奇の目に晒されると思うんだ」
「そうなんだ……あ、三階のバルコニーは? あそこよく行くんだ」
ティモシーはどうだろうとジッとエイブを見ると、彼は苦笑いをした。
「じゃ、そこにしようか。でも時間があわ合わないよね……」
「私、八時までは王宮内にいるよ! だからエイブさんの仕事が終わってからでも……」
「八時? 随分遅くまでいるんだね。何してるの?」
ティモシーの返答に驚く。
「ランフレッド……さんの帰りを待っているんだ。あの人一人帰らせてくれないんだよ」
「そう、ティモシーさんも大変だね」
ティモシーは、やっとわかってくれる人がいたと、嬉しそうに首を縦に振った。
「そうなんだ! もう待ってる間暇で! 本借りられたら凄く助かる!」
「なるほど。じゃ、俺は大抵六時には終わるから、六時十分ぐらいでいいかな?」
「はい! 宜しくお願いします」
ティモシーは元気よく返事を返す。
「じゃ、明日早速持って来るね」
「はい! ありがとうございます!」
ティモシーは飛び跳ねて喜びそうなほど嬉しかった。
待合室で待っているのが暇なのもあるが、ジロジロ見られるので本でも読んでいれば気にならないと思ったのである。
ティモシーは倉庫を出ると、嬉々として待合室に向かった。その後姿をエイブは、にやりとして見送る。
「ちょろいな……」
エイブはそう呟くと、こちらも嬉々として歩き出す。
ティモシーは、彼との出会いが自分の運命を狂わす事になるなんて、夢にも思っていなかった……。
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