第11話

 「おはようございます!」

 翌日、ドアを開け元気よく挨拶をしたティモシーを三人は驚いたように振り向いた。

 「あなた大丈夫なの?」

 今日は休むと思っていたベネットは、目を見開いて言った。

 「ティモシー!」

 名を叫びながら凄い勢いで近づいて来るアリックに、抱き着かれるのではないかと思い身構えるが、右手をギュッと握られただけだった。

 「僕のせいで巻き込んでごめん。怪我をしたって……。大丈夫?」

 「うん。まあ……でも、アリックさんのせいじゃないし。相手の勘違いから逆恨みされたんだし、アリックさんも被害者だ……よね」

 昨日あれから薬師の会社の仕組みをランフレッドから学んだのである。

 エクランドは、薬師の国だけあって薬師のレベルが高いので、他国から来ると今までのようにいかない事が多く、また他国と違って完全な実力主義なので、それらを理解しない者達とのトラブルも少なくないと。

 「ありがとう」

 アリックは、ほほ笑んだ。

 「腕怪我したんだろう? 調合出来るのかよ」

 上手く纏まったのにダグは、そこへ水を差す。

 「あ、うん。暫くはダメだって……。オーギュストさんが大事を取れって」

 「そうなんだ……」

 その返答にアリックは項垂れる。自分のせいでと責任を感じたのである。

 「そ、そうよね? 今日は休むって聞いていたし……。何かあった?」

 ベネットも何と言っていいか、わからなかった。自分も被害者だが、ティモシーの怪我は自分せいだと思っていた。

 「え? それを伝えに……」

 「相変わらずだな……」

 この中で唯一関係のないダグだけは、他人事の様に発言をする。

 「わざわざ来なくても、ランフレッドさんが言いに来てくれるから大丈夫よ」

 ベネットがそう言うと、ティモシーは頷いた。

 「今日はこれから聴取? があって私だけ先に行うみたいだから、ついでに……。えっと……ご迷惑をお掛けしますが、私がいない間宜しくお願いします」

 そう言って頭を下げたティモシーを三人は驚いて見つめた。

 最後の台詞は、ランフレッドにそう言って来いと言われた言葉だった。



 ティモシーはアリック達に挨拶に行った後、五階にある第三応接室に向かっていた。応接室となっているが、実際は王宮内で起きた事件の聴取などに使われる部屋だった。

 今回は王宮内ではないが、務める者が関わっているのでこの場所で聴取である。

 また、五階以上はマイスターの研究室などしかなく、それ以下の薬師は普通は訪れない階だった。

 (静かだな。この階)

 ティモシーは、階を間違えたのではないかと、少し不安になったが、部屋を見つけ安堵する。

 ノックすると入るように言われ、失礼しますと中に入った。中にいる人物を見てギョッとする。

 グスターファスにルーファスそしてオーギュスト。勿論ルーファスの護衛のランフレッドもいた。

 (偉い人しかいないんだけど……)

 「そこへ座って下さい」

 グスターファスとルーファスの前に用意された椅子に座るように、オーギュストに促されぎこちなく座った。

 グスターファスを直接目にするのは二回目だ。

 「では、何があったのか順序立ててお話願います」

 ここでもオーギュストが進行役のようで、ティモシーに説明を求めた。

 チラッとランフレッドを見ると、軽く頷く。

 「はい。私とベネットさんで森の泉研究所に向かっている最中に、前日に絡まれた二人組の男が現れました。彼らは待ち伏せし、私達を森に連れ込みました。幸いにして巡回兵の皆さんに助け出され事なきを得ました。兵士の皆さんには感謝しています」

 ティモシーを知っている者なら驚くような内容だった。

 前日にランフレッドと打ち合わせをし、話す台詞を決めていたのだ。

 オーギュストだけは、眉間にしわを寄せている。まるで別人が話しているようだからである。

 「怪我をしたと聞いたが大丈夫か?」

 グスターファスが心配そうに聞いた。

 「はい。大丈夫です。ご心配ありがとうございます」

 「それはよかった。一つ聞きたいのだが、君を連れ去ったジェイクがあなたに投げ飛ばされたと言っていたのだが……」

 (あいつジェイクって言う方だったのか)

 グスターファスに聞かれてもティモシーは動じない。これも聞かれるだろうと返す言葉を決めていたからである。

 「それは、掴まれそうになり私は手を払っただけです。斜面でしたので勢いでひっくり返っただけだと思います」

 あり得ないような話だが、か弱い美少女に見える少年が、背負い投げをする方が現実的ではないように思えグスターファスは頷いた。

 「うむ。そうか。怖い思いをしたのに思い出させてすまなかったな」

 「今日は宜しいですよ。待合室でお待ちください」

 陛下の言葉にオーギュストは退出するように言って、すぐに聴取は終わった。

 実は両手を膝の上に乗せ、ギュッとズボンを掴み、ずっと俯いていたのである。

 これら全てランフレッドの作戦だ。ボロを出す前に退出するに越したことはないので、見た目を十分に生かした作戦だった。

 帰ってから事件の流れを聞いたランフレッドは青ざめた。薬師のする事じゃなかったのである。

 最後の背負い投げは、グレーゾーンだった。

 兵士を抜かした王宮に務める者は、余程の事がなければ暴力沙汰はご法度だった。今回余程の事に当たるかは微妙で、いわゆる正当防衛に当たらない可能性があった。

 (助かった。首になるかと思った)

 なのでティモシーは胸を撫で下ろす。

 応接室を後にし待合室に向かう。今日はこれから、明日から一週間仕事をする場所に挨拶をする事になっていた。



 しばらく待っていると、待たせたと言ってオーギュストが現れた。それから二人は、明日からの仕事場になる二階の第二倉庫に向かった。

 この倉庫にあるのは、薬草を調合したもので混ぜ合わせる材料である。そのまま薬になるものもあるが、大抵は数種類混ぜるのが普通だ。

 部屋に入ると、眼鏡を掛けた男性が一人で作業をしていた。金髪で長身。そして、いわゆる甘いマスクで女性にはモテそうだ。

 「エイブ。彼はティモシーだ。明日から一週間宜しくお願いする」

 オーギュストがティモシーを紹介すると、エイブは驚いた顔をしていた。

 「え? 俺に預けていいの?」

 その質問に、オーギュストは溜息を漏らし、ティモシーは意味がわからずキョトンとする。

 「……後見人はランフレッドですから。それと、見た目に騙されない様に……」

 ティモシーとエイブは気が付いていなかったが、ティモシーを紹介する時に『彼は』と紹介していたのである。オーギュストはちゃんと書類に目を通していた。

 ティモシーが女性として見られる事は承知していたが、いちいち言う事でもなかった。口説いて恥をかくのは、自分の預かる知る所ではないと彼は思っていたのである。そして今回は忠告もした。

 「では明日からお願いします」

 「あぁ。わかった」

 エイブは軽く頷いて、作業に戻った。

 明日から一週間、ティモシーはここのお手伝いをする事になった。

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