第10話

 「おい、人が来る前に取りあえず移動だ」

 ティモシーの腕を掴んだまま男はそう言うと、研究所の方面にティモシーを引っ張り移動する。緑色の髪の男もベネットの背中に刃物をあて、彼女に前歩かせ一緒に進む。

 五分ほど歩くと、脇の森の中に連れて行かれ、さらに五分ほど歩かされた。

 「まあ、この辺か……」

 ティモシーの腕を掴んでいた男がそう呟いた。

 「さて、お楽しみタイムといくか」

 そう言うと緑色の髪の男は、ベネットを突き飛ばす。突き飛ばされたベネットは尻餅をついた。

 「ベネットさん!」

 「人の事を気にかけてる場合じゃないぜ」

 そう言ってティモシーの腕を引っ張り引き寄せた。

 「離せよ!」

 「おっと。同じ手は食わないぜ!」

 蹴りあげようとしたティモシーだが足払いをくらい倒れ込む。そこへ男が伸し掛かろうとする。

 「だったらこれでどうだよ!」

 ティモシーは、高く足を上げた! それは男ののど元にヒットしそのまま倒れ込む。そして、ピクリとも動かなくなった。

 (ふう。危なかった)

 「全く、お転婆なお嬢ちゃんだぜ」

 ベネットに乗りかかっていた男はそう言うと立ち上がり、ティモシーに襲い掛かってくる。大きくナイフを振りかざし、ティモシーを追い回した。

 ティモシーは、足場が悪いのと手を縛られバランスが取り辛く防戦一方だ。

 (っち。思ったより手が縛られていると動きづらいな)

 「うわ!」

 枝に足を取られティモシーはひっくり返り、これ幸いと男は腹の上に乗っかった。

 「鬼ごっこは終わりだ」

 男は首元にナイフを突きつける。

 (くそ。仕方がない……)

 ティモシーはプイッと横をく。男はニンマリとした。

 「そうそう、大人しくしてりゃ痛い目に遭わなくてすむぜ」

 足で攻撃出来ない以上、どうする事も出来ない。ティモシーが男だと知って、一瞬怯んだ時に仕掛けようと観念したフリをしたのである。

 「えい!」

 その時、ベネットが思いっきり横から男に体当たりをした!

 男はそのまま横にひっくり返る。ティモシーは驚いてベネットを見た。

 「ティモシー大丈夫?」

 彼女は震えながらもそう聞いて来る。

 ティモシーは頷くが、男が起き上がりナイフを振り上げた!

 「貴様!」

 「ベネットさん!」

 ティモシーは慌てて上半身を起こした。頭の上に構えた左腕にナイフは振り下ろされた!

 「うっ!」

 「キャー」

 ティモシーは痛みでそのままうずくまり、ベネットは悲鳴を上げる。

 (思ったより痛い……)

 痛みで動けないティモシーの頭をがっしりと掴み、男はティモシーの上半身を起こす。顔を上げたティモシーを見て男はニンマリとした。

 「いたぞ!」

 三人はハッとする。見ると巡回の兵士が数名現れた。

 「っち。気づかれたか! おら、立て!」

 男はティモシーの頭を鷲掴みしたまま立ち上がる。

 「いた! ちょ……」

 ティモシーは、引っ張られ無理やり立ち上がらされた。今度は、左手を捕まれ引っ張られる。

 「いた……」

 ティモシーは顔をしかめた。怪我した方の手が引っ張られたので痛みが走ったのである。

 男はそのままティモシーの後ろに回り、首元にナイフを突きつける。

 兵士は緊張した顔で対峙する。

 美少女が手首を縛られ、左腕から血を流した状態で、首元にナイフを突きつけられていたからである。

 「いいか近寄るなよ」

 男がそう叫び一歩後ろに下がる。勿論ティモシーも一緒だ。

 「こい!」

 ナイフを首から外すと、手を引っ張り森の奥へ走り出す。

 倒れていた男は数名の兵士に取り押さえられ、ベネットが保護されるのを見てティモシーは安堵する。

 (よかった。後はこいつだな!)

 普通なら引っ張られるものだが、ティモシーは男と一緒に走った。全速力で森の中を駆け抜ける。

 男は息を切らし後ろを振り返った。

 「ふ、振り切ったか?」

 ティモシーの方は、ほとんど息を切らしていない。

 ただ突っ立いて抵抗しないティモシーから男は手を離した。

 「大人しいじゃねっぇか。そのままにしていれば、命までは取らねぇよ」

 「お前、薬師なのにそこら辺のゴロツキみたいだな」

 その言葉に、男はティモシーをギロリと睨む。

 「ふん。この街で働けば食いっぱぐれないって聞いて来てみれば、エクランドの薬師ばかり優遇されているじゃないか! やってられるかよ!」

 この男は、他国で薬師になった者だった。待遇に不満を持っていたが、それで関係ない人に当たるのをお門違いだ。

 「でもそれ、アリックさんのせいじゃないだろう……」

 「何言ってやがる! あいつが一番ひいきされていたんだ! 俺より一年後に入って来たガキが、数年後俺より立場が上になりやがった!」

 薬師にはマイスターという資格があり、七年以上の実績がある者に受ける権利があるが、そうそう受からない。

 男が言っているのは、会社内での規定による試験の事である。エクランド国では、それによって階級が上がり立場も上がる。大抵は一年ごとに受けられる為、実力がある者はどんどん偉くなっていく仕組みである。勿論給料も比例する。

 つまりこの男は、アリックより実力が劣っていると自分で言っているのだ。しかしティモシーは、会社の仕組みなど知らない。

 ただ他国では、実績も関係してくるので務める年月が長い者が立場が上の方が多い。

 「そんなの知るかよ。意地悪して会社に迷惑掛けても働かせてもらってるんだから文句……」

 「ふん。お前達のせいでその会社も首になった!」

 ティモシーがいい終わらないうちに、男が声を荒げて叫んだ。

 「あぁ、それで待ち伏せか。でもそれも自業自得だろが!」

 「立場がわかってないようだな!」

 男はナイフをちらつかせる。

 突然ティモシーが翻し走り出した。男は慌ててその後を追う。

 相手と体格差もありナイフも持っている。さっき対峙してみて普通に対戦してもダメかもしれないと思ったティモシーは、相手の隙を突く事にしたのである。

 少しスピードが落ちたティモシーに、男は捕らえようと手を伸ばす。その手を掴み相手の勢いを利用して背負い投げた!

 「ぐはっ」

 男は見事に吹っ飛び、仰向けに倒れた。

 足で男のナイフを遠くに蹴とばす。

 「あんまり薬師を汚すなよ! 俺だって大人しくしているのに……」

 最後は愚痴も入っていたが、そう締めた。

 「いました! 大丈夫ですか?」

 振り向くと兵士がいた。後ろからぞろぞろと現れる。

 ティモシーは頷いて、その場に座り込んだ。安堵して座り込んだように見せるが今更である。



 ティモシーは、森の泉研究所で怪我の治療を受けた。

 研究所には医者を常勤させる規則になっている。普段は一緒に研究しているが一般的だ。

 ティモシーが治療を終えた頃、ランフレッドが現れた。

 万が一を考え、配達が遅れた場合は巡回兵に連絡するように、各社に伝達してあった。そして時間になっても届かなかったので、連絡を受けた兵士達はティモシー達の捜索を開始し王宮にも連絡した。発見が早かったのはその為である。

 だがティモシーの姿を見たランフレッドは、それでも甘かったと痛感する。

 真新しかった制服は汚れ、左腕は包帯が巻かれ捲られた袖は血の跡があった。よく見れば、手首も赤くなっていて、顔を冷やしている所を見れば殴られたのだろうと推測できた。

 二人を捕らえるか、配達に行くティモシー達に警護を付けるべきだったと。たかが薬師と事を軽く考えていたのである。

 「申し訳ありません。私がついていながら……」

 絶句しているランフレッドにベネットが言った。彼女に目をやり、怪我はなさそうだとランフレッドは安堵する。

 「いえ。俺のミスです。怖い思いをさせて申し訳ない」

 ランフレッドは、ベネットに頭を下げた。そして、ティモシーに近づきポンと頭に手を乗せた。

 「よく頑張ったな」

 叱られると思っていたティモシーは、驚いてランフレッドを見上げた。その頭を軽く撫でる。

 「腕、大丈夫か?」

 「うん。まあ。ナイフで少し切られただけだし……」

 「ナイフだと!」

 逃げている時に何かにぶつけたと思っていたランフレッドは、つい驚きの声を上げた。まさか凶器まで用意すると思わなかったのである。

 逆恨みだとしてもやり過ぎだ。

 「そういえばあの人、エクランドの薬師が優遇されているって不満だったみたいだ。アリックさんが後に入ったのに、数年後立場が逆になったとか言っていた」

 「お前、聞きだしたのか!」

 こんな状況なのに、どうやってと驚く。

 「聞いたら教えてくれたけど?」

 「聞いたって……」

 ランフレッドは、ティモシーの予測不可能な行動に驚かされる。まだ今年で十六。彼から見れば、後先を考えない子供なのだ。

 「エクランドでは実力がある者が上に立つ。それが普通なのですが、たまに他国からきて不満を言う者もいますが、彼らのような者達は初めてです……」

 ベネットは、そう言って深いため息を漏らす。

 今、他国で諍い増え不穏な動きもあると情報が上がっていた。エクランドは薬師の国なので、そこまで素行の悪い奴らはいなかったが、今回の件で警戒した方がいいな。とランフレッドは強化を願い出ようと決めた。

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