第9話

 次の日、調合室に行くとアリックが『昨日はごめんね』と謝って来た。アリックは何も悪くないだろうと、ううんとティモシーは首を横に振った。

 その日も午前中は、苦臭素草くしゅうそそうの調合に励んだ。

 そして午後。ベネットは頭を抱えつつ三人に指示を出す。

 「今日は二か所に届け物があります。昨日の事もありますので、私も含め二手に分かれて配達します」

 昨日の事とは、アリックとティモシーが絡まれた件である。そうなると、必然的にティモシーとアリックは別行動になる。

 「私とアリックで……」

 「はい! 私はベネットさんと組みたいです!」

 ティモシーは慌てて意見を述べた。ビシッと右手を上げ挙手をしつつ、懇願するような顔でベネットを見た。

 その行動に三人は面食らう。

 女だと思われているティモシーには、男のダグがいいだろうという判断だが、ティモシーにすれば一番組みたくない相手である。

 「お願いします!」

 直立不動の体制から頭を下げる。

 「そんなに俺と行動したくないのかよ」

 ダグは驚いて呟いた。

 (そうだよ!)

 ティモシーは心の中では肯定しつつ、首を横に振る。

 「そういう訳では……」

 言い訳を考えたが思い浮かばなかった。

 「まあ、俺はどっちでもいいけどさ」

 「わかりました。私とティモシー、アリックとダグで配達をします。いいですか? 何かあっても無くても私の指示に従う事。いいわね!」

 ため息をつきながら言ったベネットの言葉に、ティモシーは真面目な顔で頷いた。



 二組に分かれティモシー達は王宮を後にする。アリックとダグは昨日と同じダイヤ病院。そして、ティモシーとベネットは森の泉研究所。

 森の泉研究所は、薬の開発や効果の研究など行う会社で、会社名の通り森の中にあった。時間にして八十分ほど。

 森の中と言ってもそこまでの道は舗装されており、人の行き来は少ないが人通りはある。問題は、最後の十分ほどの距離が研究所の一本道で、研究所に用事がある者しか通らない。しかし待ち伏せでもしない限り、そこで出会う事はまずないだろう。

 昨日と同じ道のりのダイヤ病院の方が、鉢合わせる可能性が高いという判断で、ティモシー達はこちら側になった。

 「ねえ、ティモシー。彼と何かあったの?」

 行くがてらベネットは、心配そうに聞いた。

 「彼とは誰ですか?」

 普通わかりそうなものだが、顔を見ると本当にわからない様子に見え、ベネットは溜息をもらす。

 「ダグよ。拒絶していたでしょう?」

 「え!」

 確かにそうだが、ティモシーはバレていないと思っていた。

 「そういう訳じゃなくて……。えーと。……男が苦手というか……」

 ティモシーは苦しい言い訳をするが、嘘と言う訳でもない。ただ、ダグに関しては魔術師かもしれないからだった。

 「なるほどね」

 だが、ベネットは納得した。

 ダグは、アリックに比べればガサツで遠慮がない。ティモシーは苦手にしているのだろうと、ベネットは勘違いをしたのである。

 「ティモシー。自分でわかっているかも知れないけど、見た目も目立つけど行動も目立つわ。だからちゃんと私の指示に従ってね。この一年間で直さないと大変よ」

 「はい……」

 (言動って……俺、変な事したっけ?)

 返事をするもピンと来ていないティモシーであった。その様子を見て取ったベネットは付け加える。

 「返事はいいんだけど、何と言うか行動が固いのよ」

 ティモシーは目を丸くする。

 (もしかして、父さんに教わった返事の仕方の事か?)

 ここでようやくティモシーは気づいたのである。ランフレッドの言っている事の方が正しいのだと。

 「わかりました」

 真面目な顔で答えるティモシーに、不安はあるものの少しずつ変えるしかないとベネットは思いにっこりして頷いた。

 そして二人は、研究所の一本道に差し掛かる。

 「ティモシーちゃん」

 その声に振り向いて、ティモシーはギョッとする。昨日の緑の髪の男がいたのである。

 「アリックじゃなくて、君の方が来るなんてな。今日はべっぴんさんも一緒とはついてるなぁ」

 ベネットは青ざめる。

 彼らはここで待ち伏せしていたのだ。つまり本気で復讐をするつもりに違いない。

 「どうしてここに配達があると……」

 ベネットが驚いて聞くと、男はニヤッとする。

 「別に王宮の薬師に聞かなくなって、届け先の奴らに聞けばいいだけだろう?」

 男たちは、相手を脅し聞きだしたのだろう。もしかしたら、ここにアリックが来るかもしれないと待ち伏せしていた。まさかそこまでするとは思わなかったベネットは焦る。

 「ティモシー、研究所まで走るわよ!」

 ティモシーは頷く。

 道を戻って交差する道に出る方が研究所に行くより近い。だが、必ず人に出会えるかわからない。それにそちら側の道には、声を掛けて来た緑色の髪の男が道を塞いでいる。

 「おっと、逃がさないぜ」

 走り出した二人の前に、紺色の髪の男が出て来て道を塞ぐ。

 (やっぱり昨日、のしっておくんだった!)

 ティモシーは、目の前を塞ぐ男を睨み付けた。

 「可愛い顔で睨んでも怖くないさ。それより昨日はよくも人前で恥をかかせてくれたな!」

 「今日は俺達の番だ!」

 男たちは恐怖を煽るように、一歩ずつ近づいてくる。

 「ティモシー、荷物を私に。いい? 全速力で走って研究所に逃げ込んで、助けを呼んできて」

 ベネットは、ティモシーの耳元で囁いた。それに頷くと、ティモシーはベネットに荷物を預ける。

 そして走り出した。だが、ベネットの言う通りにする気はなかった。

 どうせ捕まえようとしてくるのだから、暴れるフリをして倒そうと思ったのである。

 予想通り男はティモシーを捕まえようと追いかけて来た。ティモシーは、それにワザと捕まる。

 「離せ!」

 「おとなしくし……」

 ワザと暴れて見せ、ガツンと急所を蹴り上げる!

 ウッと言って、男はうずくまった。

 「ベネットさん、早くこっちに……」

 そう言って振り向くと、ベネットは男に捕まっていた。

 「ティモシー早く行って!」

 「おっと、大人しくしなって。おい、ティモシーこっちに来な。まあ、この女置いて行くっていうならそれでもいいけどな」

 よく見れば、男はナイフを持って首元に当てていた。

 (っち。二人共女だと思っている相手に刃物かよ! まあ、いいや。こいつものしってやる!)

 ティモシーは、怯えたフリをして二人に近づく。あまり上手ではないが、効果はあった。

 「ティモシーだめよ!」

 「よーしいい子だ。おっとそこで止まれ」

 あと少しで手が届く、いや蹴りが届く場所で止められる。何をするのかと見ているとポケットから縄を取り出した。

 「縄まで用意していたのかよ!」

 つい驚いてティモシーは叫んだ。男はニヤリとする。

 「両手を出せや、ティモシー」

 (手を縛る気かよ)

 ティモシーは仕方なく両手を突き出す。

 「ほら早く縛れ!」

 「で、出来ないわ……」

 「殺されたいのか!」

 拒否するベネットに男は叫び、胸元をナイフで切り裂く!

 「やめろ! ベネットさん、縛って!」

 ティモシーがそう言うと、震える手でベネットはティモシーの腕を縛る。

 「もっとちゃんと縛れ!」

 男に催促され仕方なく、しっかりと手首を縛った。

 「ったく、いてえぇな」

 後ろから声が聞こえてきた。

 男は痛みに耐えながらも起き上がり、三人に元へ進む。

 (っち。もう復活したのかよ。気を失わせておくんだった)

 当初の計画では、男が倒れた隙に二人で研究所に逃げ込むつもりだったティモシーは、男に二打目は入れていない。

 バシッ!

 紺色の髪の男に腕を掴まれ振り向かされたティモシーに、男は容赦なく平手打ちをした!

 「っつ……」

 「ティモシー!」

 ベネットが悲鳴を上げるような声で名を叫んだ。ティモシーは俯いたままだ。

 ティモシーは、ベネットが捕まっていて男が復活した以上、隙見て反撃するしかないと大人しくする事にした。

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