第8話
昼食後、三人は調合室に戻った。
ベネットから午後からの指示が出されるのである。
三人は、自分の席に立っていた。
「ティモシーとアリックはダイヤ病院に配達をダグは薬剤庫のチェックをお願いします」
そう言うと彼女は、ティモシーとアリックの前に小包をダグの前には鍵を置いた。
薬の配達は基本薬師が行う為、王宮で作った物は王宮専属薬師が配達に行く。勿論余程の物でなければ下っ端の新人の仕事である。しかも歩きだ。
ダイヤ病院は徒歩で約四十分。もし二時間以上かかる場所でも悪天候を除き、歩いて配達に行く規則になっていて、一度王宮に戻り届け終わった事の報告もしなければならない。
今回、ティモシーとアリックにしたのは、ティモシーに一般的常識の知識を教える為で面倒見のいいアリックが適任と見たからだ。
ティモシーは、めんどくさいと思うものの街に行ける事に素直に喜んだ。ランフレッドは、連れて行ってくれそうもない。一人で出掛けるなど言語道断だろう。でも仕事なら文句は言えまい。
「嬉しそうだな。二人共」
面白くなさそうにダグは言う。
アリックもティモシーも嬉しそうな顔をしていたからだ。特にティモシーの笑顔など初めてだった。
(は! 顔に出ていたか!)
慌てて顔を引き締める。
「はしゃぎ過ぎないようにね!」
ベネットは、ティモシーに釘を刺す。
(はしゃぐって、子供じゃないんだから!)
と思いつつもこくんと頷いておく。
それを見たダグは、声は殺しているが肩を震わせ笑っていた。ついティモシーは彼を睨む。
こうしてティモシーとアリックの二人は、ダイヤ病院に向かった。
アリックが『街中の見学は帰りだよ』と王宮を出る時に言っていたので、ティモシーは楽しみで仕方がない。
薬師にとって四十分など時間にしてみれば短い。何せ普段は、数時間立ちっぱなしで作業をするのだから。
アリックも楽しみだった。ベネットからティモシーにある程度の常識を教えて欲しいと言われ、少しぐらいなら寄り道の許可をもらっているからである。なので二人の足取りは軽かった。
二人は無事ダイヤ病院に荷物を届け、待ちに待った自由時間? である。
ティモシーにとって初めて見る物ばかり。
村には、日用必需品を売っている雑貨しかなかった。こういう余暇を楽しむ為の物などない。あったとしても見に行く暇もなかったが……。
薬師を目指すティモシーは、普段は母親の手伝いをし、空いた時間には父親のオズマンドが惜しみなく稽古を付けてくれていた。
そんな生活がティモシーにとって普通だったので、特段不満はなかった。
「すごーい。色んなものがある」
ティモシーは、目をキラキラさせて色んな物を見てまわった。
(こんなの見たら村を出て行って、都会に住みたくなるわけだ。でも俺は戻らないと……。だから一年間はここで楽しもう!)
一年後に戻る気持ちは、街中を見てまわっても揺るがなかった。
ティモシーにとって、魅力的なこれらの物より家族が大事だった。自分が魔術師だとバレれば、必然的に親のどちらかが魔術師だという事になり両親も危険にさらされるのだ。
そしてダグの存在も大きい。同じ魔術師だが、魔術を使ってまで手に入れた地位だ。邪魔だと思われれば、何をしてくるかわからない。なのでティモシーにとって彼は脅威だった。
「おや? アリックじゃないか? いいご身分だな。堂々とさぼりなんてな」
その声に驚いて振り向くと、ニヤニヤした男二人が立っていた。
両方とも三十代後半ぐらいに見える。そして薬師が着る一般的な服装をしていた。
アリックは、嫌そうな顔をする。
「ティモシー行こう!」
アリックがティモシーの手を取ってその場から移動しようとすると、緑色の髪をした男が道を塞ぐ。
「ティモシーちゃんって言うの? こいつまだ仕事中のはずだから俺達が相手してやるよ」
(はあ? ちゃんって何だよ! 子供じゃねぇ! って、俺も薬師だ! 見ればわかるだろう!)
ティモシーもアリックと同じ制服でバッチも付けているが、気づいていないのか紺色の髪をした男がティモシーの手を取る。それを慌ててティモシーは振りほどく。
本当は文句を言いたいが、今口を開くと暴言を吐きそうなので、グッと我慢をする。
「お嬢ちゃん、騙されちゃいけないぜ。こいつコネで王宮に入ったんだからな!」
ティモシーはキョトンとする。
コネも何も自分に劣らない腕を持っているのは、試験の時も今日だって目にしている。
「何言ってんだ? そんなわけあるか!」
「その人達の事は放っておいていいから! いくよ!」
余程悔しいのかそれとも頭に来ているのか、アリックはティモシーの腕を掴んだ手に力を込めグッと引っ張る。
だがそのアリックの胸を道を塞いでいた男がど突く。アリックは、一歩後ろによろけた。
ここは店の目の前で四人は目立っていた。少しづつ人が集まり出す。
「それがそんな訳あるんだなぁ。そいつは試験官官長の甥っ子だぜ!」
「え?」
ティモシーは驚いてアリックを見るが、彼は道を塞いでいる男を睨んでいた。
「僕の事はいいけど、オーギュストさんを悪く言うのはやめろよ!」
「ふん。お前が王宮専属になれるわけないだろう? あの男が……」
「あんたら頭悪すぎ!」
男の言葉を遮るようにティモシーは言った。
「大体筆記試験をパスできたとして、実技は陛下の前で行うんだ。陛下もグルじゃなきゃ、お前達の言っている事は成り立たない! それにオ……私もあの場で見た! 私に劣らない腕前だ! 不正なんかしていない!」
本当は事を荒立てたくない。後でランフレッドに文句タラタラ言われるのが目に見えているからだ。だが、このままでも埒があきそうにない。
手と足を出してはいけない以上、口で負かすしかない。と思いティモシーは口を開いたのだが、彼の言葉にアリックは唖然としていた。
『私に劣らない腕前』という言葉は、余程自分に自信がなければ出てこない。しかも順位で言えば、アリックの方が上である。
「何それ」
アリックは何だかおかしくなって、クスッと笑った。
「何、笑っていやがる!」
道を塞いでいたが男が、睨みながら大声でどなった。
「おかしいからだろう? 大体、私も同じ制服でバッチ付けてるんだ! それに気づかないお前達の目が節穴なんだろう? そんな奴らが何を言ったところで痛くも痒くもない。とっとと、そこ退けよ!」
「てっめえ!」
男は顔を赤く染め、ティモシーに殴りかかるが、サッとかわす。そして、男がよろけた隙に二人は走り出した。
「ティモシー、君煽りすぎだよ!」
アリックはそう言うもスッキリしたという顔だった。そして大の大人に怯えもせず食って掛かったティモシーをさすがランフレッドが後見人だけの事はあると、妙な関心をしていた。
二人は男達を振り切る為に、全力疾走で王宮まで走って帰って来た。
王宮内に入った途端、アリックは座り込み、肩で息をしている。
「大丈夫か?」
それに対し、ほとんど息の切れていないティモシーは、アリックにそう声を掛けた。
アリックは顔を上げティモシーに何か言おうとするが、息が切れている為にうまく話せない。ちょっと待ってと言わんばかりに、手を開いてティモシーに向ける。なのでティモシーは、ジッと待っていた。
そこへ走って近づいてくる人物がいた。ランフレッドだ。
(げ! なんで!)
門番が異変に気づき、知らせるよう手配したのだ。
「何があった?」
息を切らして座り込んでいるアリックを見て、ティモシーに聞いた。
「いや別に走って帰ってきただけ……」
つらっとしてそうランフレッドに返した。
「お前なぁ……。それは見ればわかるって! 走って帰って来た理由を聞いているんだ!」
「アリック……さんの知り合いに絡まれた」
ティモシーは、自分は悪くないと言う顔でそう言った。
ランフレッドは、本当なのかとアリックを見ると、彼は頷いた。
「す、すみません。僕のせいでティモシーを巻き込んでしまって……」
「で、怪我は?」
ランフレッドの問いに、二人は揃って怪我はないと首を横に振った。
それに安堵するランフレッドだが、次の言葉を聞いてティモシーを睨み付けた。
「ティモシーって切れると言い方がきつくなるんだね。きっと相手を怒らせちゃったよ……」
ティモシーは上手く誤魔化せたと思ったのにと焦った。
「だってあいつら……」
「あいつら?」
言葉遣い! とランフレッドに睨まれ、ティモシーはヤバッと言い直す。
「あの人たち、アリックさんが不正して王宮に入ったって言ったんだ……よ。陛下までグルだって!」
その言葉にランフレッドは目を丸くする。
「それ言ったのティモシーでしょう? まあ、そう捉えたのかもしれないけど……」
「お前、そんな事言ったのか……」
ランフレッドは、頭が痛いと額を抑えた。
「二人共大丈夫か?」
そう話に割り込んで来たのはオーギュストだ。こちらも連絡を受けたのである。彼はアリックの後見人だった。
「あ、すみません……。ご迷惑をおかけしました」
アリックは立ち上がり、頭を下げる。
「怪我は?」
「ありません」
オーギュストの質問にアリックは簡素に答える。
「相手はどんな人物でした?」
「……前の会社の人です。素行があまりよくない人達で、今回の騒動で僕だけじゃなく、ティモシーにも仕返しをしてくるかもしれません……」
次のオーギュストの質問には答え辛そうに、アリックは俯いて答えた。
「あの人達、本当に薬師だったんだ……」
ティモシーの漏らした言葉に、ランフレッドはお前が言うのかよという顔つきでティモシーに振り返る。ティモシーは、フンとそっぽを向いた。
「もしかして、あの二人か?」
オーギュストは心当たりがあるのかそう言うと、アリックは頷いた。
「あの二人って?」
「ジェイクとミットの二人です。彼らは、陰湿な嫌がらせをアリックに繰り返していました。それを会社から厳重注意していただいたのですが……」
オーギュストは困り顔だ。
「あの人達は、僕だけじゃなく気に入らない人にもしていたので……。調合リストを隠したり、調合に使う材料をすり替えたり……」
それを聞いたランフレッドとティモシーは驚く。それはもう嫌がらせの範疇を越していた。
「なんでそれで首にならないんだ?」
「証拠がなくて。必然的に彼らなのは確かで……。暴力沙汰を一回起こしていて、次起こせば解雇になるんだけど……それでも彼らは絡んで来た……」
ランフレッドの質問にアリックは辛そうに答えた。
(っち。だったら打ちのめしておけばよかった!)
ランフレッドには何か言われたかも知れないが、相手が強いと思えばもう仕掛けてこないだろうし、会社は首になっていただろうとティモシーは思ったのである。
アリックはその状況に耐え切れなくなって、まだ早いかもしれないが今回の王宮専属の試験に臨んだのだろう。
ランフレッドを通し、街の巡回を強化する指示が出された。
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