第7話
基本、調合は立って行う。
コの字に配列されたテーブルで行い、三人の中心に立ってベネットは指導を行う形だ。左からダグ、アリックそしてティモシーの順だ。
午前中は、そこでひたすら調合を行う。
暫くは
準備を済ませると調合が始まった。
擦る音とすごい臭いが部屋中に漂う。始まって数分でティモシーの顔色は青白かった。
二時間調合し十五分の休憩後また二時間調合。調合が終わると、窓を開け換気しつつ片付けと掃除をして昼食。その後、配達などの仕事をこなす。それを毎日繰り返す事になる。
二時間立ちっぱなしは、薬師にとっては当たり前なので苦にならないが、今の作業はティモシーにとっては苦行だった。
「ティモシー、あなた何をやっているのよ!」
ベネットの言葉にティモシーは、ピタッと手を止める。
(やっぱりバレた……)
本来全て擦り潰してから臭いを消すための材料をいれるのだが、当たり前だがそれでは凄い臭いを放つ。なのでティモシーはこっそりと、先に材料を入れたのである。臭いを軽減させる事が出来るが、この薬の効力も軽減させる事になる。
「材料はこの草を全て擦り潰してからよ。効力が落ちるから絶対に先に入れてはダメ! わかった?」
「……はい」
ティモシーは、ベネットの指導に項垂れて元気なく返事を返した。
他の者には叱られてしょげている様に映っているが、ティモシーはこの方法を取れない事に落胆しただけだった。
その後、言われた様に擦り終えてから材料を入れ作業した。何せベネットが目を光らせているので、仕方なくそうするしかなかったのである。
「そろそろ休憩にしましょう」
ベネットがそう言った途端、ティモシーはしゃがみ込んだ。
「おいおい、体力ないな」
ダグはそう言うも足が疲れたのではなく、臭いによって具合が悪いだけでだった。
「大丈夫?」
「吐きそう……」
アリックがティモシーの隣にしゃがみ込んで聞くと、ティモシーは口を押えてそう返した。
「あなた臭いに酔ったの? まあ、皆が通る道よ。早く慣れる事ね」
ベネットは手厳しかった。
「兎に角、外の空気吸おうか?」
アリックはそう言うと、ティモシーの肩に手を回し立たせると部屋から連れ出す。通路の突き当りに外に出る扉があった。外と言っても小さな部屋程のバルコニーである。
「それじゃ、俺も」
ダグも後を追って部屋を出る。それをベネットは見送った。
彼女はポツリと呟く。
「あの子、今まで出会った事のないタイプね。このままだと完全に浮くわね。それにあの子、この作業した事があるような手際だったわ……まさかね」
一般的に苦臭素草の調合は個人では行わない。何故ならば、次にに行う他の薬に混ぜる調合が難しいからである。それはマイスタークラスが行うほどの難しさだった。
なので依頼して出来上がった薬を手に入れるのが一般的。自分で行うのは医者ぐらいである。それでも匂いがきついので、そういう専門の会社に依頼するのが他国では一般的である。
エクランド国では、トラス街のこれらの作業はほぼ王宮内で行われ、それ以外の場所では国が運営している会社が行っている。
この事からティモシーが、この作業に携わった事があると思わないのは当然でだった。
ティモシーは、アリックに連れられて外へ出た。バルコニーの柵につかまり立って風に当たる。
爽やかに吹く風が、ティモシーの髪をサラサラとなびかせ、その度にキラキラと銀色に輝く。その様は、少女にしか見えない。
アリックは、ティモシーにしばし見惚れていた。
「おーい!」
どこからか声が掛けられ、それが下からど気づきティモシー達は、そこに目をやった。
王宮の裏手にあたり、何もない広場に二人の人影が見えた。その奥には森が広がっている。
その二人はルーファスとランフレッドだった。
ルーファスは髪は灰色でレモン色の衣装の為、ランフレッドの方が遠くから見ると目立つ。その彼が手を大きく振っている。
「え? ルーファス王子?」
「誰だあれ?」
アリックは王子に驚くもダグの方は手を振っているランフレッドに目が行ったようだ。
(げっ! ランフレッド!)
ティモシーは、何故そんな所にいると驚く。
「今、そっちに行くから!」
ランフレッドがそう言うと、二人はバルコニーの真下にある扉から王宮の中に入って行った。
「なんでここに来るんだ?」
不思議そうにダグは言うもアリックはわからないと首を横に振った。
暫くすると、言ったように二人はバルコニー来た。
「よう。仕事はどうだ?」
ランフレッドはティモシーに声を掛ける。
「え? ティモシーの知り合い?」
「あ、思い出した。試験の時、王子の隣にいた護衛だ」
なぜ、こんな人と知り合いなのだと二人は、ティモシーを見た。
注目を浴びるティモシーは、ムッとしたままランフレッドを睨んだ。
「俺はティモシーの保護者兼後見人だ。あ、それと見ての通りルー……ファス王子の護衛でもある。宜しくな」
「私の方がついでなのか?」
ランフレッドの紹介にルーファスは不服を述べる。
「ティモシーは、村から出て来たからこっちの常識を知らないみたいなんだ。ご迷惑を掛けるとは思うが宜しく頼む。それと、変な気は起こすなよ」
ついでの様に付け加えた『変な気を起こすなよ』が、ランフレッドが伝えに来た事だった。自分の立場を利用し、事が起きないように事前に牽制するのが目的だ。
だが二人にはそれよりも、ランフレッドがルーファスの言葉を無視した事の方が驚きで困惑する。
「あ、そうだ。午後からも仕事あったみたい」
そんな二人に気づかずに、ティモシーは丁度いいとばかりに伝えた。それにも二人は驚く。
「やっぱり? 変だと思ったんだ。午後から配達とかあるはずなのにってさ……」
「え! 知ってたの? 何で教えてくれなかったんだ!」
「知るか! ないと言い切ったのはお前だろう?」
二人の言い合いに、アリックもダグも茫然とする。それは勿論、ルーファスの前で繰り広げられているからである。
「ランフ!」
「はい。なんでしょうか?」
ルーファスに呼ばれたランフレッドは、皆の前なので丁寧に受け答えをするも今更だった。
「二人が引いている。全く……。護衛としての腕は確かなんだが、いつもこんな調子だ。まあそれは置いとくとして。私もたまに君達の仕事を見学させていただく。……今の調合ではない時に……」
二人はハッとする。
本来なら苦臭素草の調合の後は、臭いを消す材料を混ぜた水を体に振りかけ臭いを消すが、具合が悪いティモシーを外に連れ出す為に忘れていたのである。
「はい! 承知しました!」
だがティモシーは、直立不動でそう返事を返し皆をギョッとさせる。
そんなティモシーをランフレッドは、『ちょっとこっちこい』と皆と離れた場所へ連れて行く。
「なんだよ」
「お前さっきみたいに受け答えしてるのか?」
「そうだけど? あんたが粗暴な態度をとるなっていうから……」
ランフレッドは大きなため息をついた。
その様子を三人はジッと見つめていた。何を言っているかは聞こえないが、さっきの返事の事だろうと察しはつく。
「あのな。兵士じゃないんだから。女の様にすれって言っただろうが」
「嫌だよ! あれでいいだ……」
バン!
「あなた達、いつまで……」
ティモシーの抗議の最後の方は、現れたベネットの大きな声でかき消された。
「これは、ルーファス王子!」
まさか王子がいるなど思っていなかったベネットは、慌てて頭を下げる。
「そうえいば君が今回、この者達の指導に当たるんだったな。宜しく頼む。特にあの子に一般常識を教えてほしい。あのランフでも手に負えないようだ」
「はい。承知しました」
ベネットはそう返事を返し、ティモシーを見た。
もう具合が悪いのは治ったようで、ランフレッドに何か言われたのかむくれた様子がわかった。
「ランフ!」
「はい。ただいま……」
王宮に入って行くルーファスにランフレッドは走って行く。その際、ティモシーに『頑張れよ』と声を掛けた。
(何しに来たんだ。全く……)
これでもランフレッドはティモシーを気に掛けているのだが、ただ口うるさいと思われているだけだった。
二人が去った後、ベネットはティモシーに近づき声を掛ける。
「はい!」
ティモシーは、先ほどと同じように直立不動で返事を返す。初めは緊張からかと思ったが、これがティモシーの返事の仕方だとベネットは気がづいた。
彼女は、ティモシーの両肩に手を乗せる。
「もっと肩の力を抜いて、自然に返事をしてごらんなさい」
「え?」
ベネットにそう言われても、ティモシーは困惑するだけだった。
村に居た時は、返事などの躾は父親のオズマンドが行い、母親は口出ししなかった。
だがそう言われれば、従うしかない。ティモシーは、頷いて返事を返した。つまりは、ランフレッドが言ったように、女らしく振舞えと捉えたのだった。
その後四人は部屋に戻り、調合を再開し二時間後部屋を出る。勿論今度は、臭いを消すのを忘れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます