第二章 仕事が始まったばかりなのに……
第6話
ティモシーは、真新しい薬師の制服に袖を通す。
前ボタンになっており濃いグレー色。ズボンには太ももに大きなポケットが付いていた。
「ブカブカ……。何これ、お尻まで隠れるって……」
ため息をつくと、ベットに腰を下ろし、首元からペンダントを出し見つめた。
(これさえあれば大丈夫)
このペンダントは、母親が作ったマジックアイテムで、ティモシーの魔力を封じ込めるモノだ。余程の事が無い限り、魔術師だと見破られる事はない。勿論、これを身に着けている限り、ティモシーは魔術を使えない。
但し、魔力は見て取れる。つまりは、相手が使うのは見えるのである。できればそういう相手には出会いたくなかったが、もう既に出会ってしまっていた。
「見間違いじゃないよな……。ま、いいや」
ペンダントを見えない様に、制服の下にしまうと、大き目のポーチを腰に巻き付けた。
最初は真っ白だったであろうそのポーチは、薄汚れている。もうかれこれ五年ほど使っていた。
ドアを開け、自分の部屋から居間に出ると、準備を終えたランフレッドが待っていた。
「ま、馬子にも……あははは」
――衣裳。そう言いたかったのは明白である。だがティモシーの姿を見た途端、テーブルに手を付き、腹を押さえて笑い出した。
「っち」
ティモシーは、笑われると思っていたが面白くない。
「悪かったって。で、なんでポーチ? 何が入ってるんだ?」
やっと笑いがおさまったランフレッドは、目についたポーチを指差す。
「これ? 村ではこれをつけて作業をしていて、道具から材料まで入れてある。後は貴重品も……。やっぱりここでは使ってないか……」
村でティモシーは、母親の補佐をやっていた。使う事はあまりなかったが、言われたら直ぐに作業が出来るようにポーチにしていたのである。
両手が空くし、なくしたり忘れたりする心配もない。
「へえ。持ち歩いてるのか。王宮内では、道具も支給されるし、材料も用意されるから持って来ている者は少ないな。貴重品もポケットに入れたり。まあ、邪魔にならないならいいんじゃないか?」
それは、昨日説明で聞いていた。
いつも身に着けていたので、ないと何となく寂しいのだ。
「ところでお前、バッチは?」
「あ!」
ランフレッドに問われ、慌てて部屋に戻った。机に置きっぱなしで着けるのを忘れていたのである。
手に持って居間に戻る。
「どれ、付けてやる」
ランフレッドは、そう言うと右手を出して来た。
ティモシーは、手のひらにバッチを置いた。
付けてもらった方が曲がらず付けられるだろうという判断からだ。
ランフレッドは、受け取ったバッチを左襟に付けた。
「まあ、それがついていれば、薬師に見えなくもないか」
フンとティモシーはそっぽを向く。
ティモシーも何となく付けた事によって、薬師になった実感が湧いたが言わないでおいた。
二人は門番に挨拶をし、王宮内に入った。
「帰りも一緒に帰るから、そこの待合室で待ってろよ」
入ってすぐの右の扉を指差した。
そこは王宮内の人達が、その名の通り待ち合わせに使う部屋だった。
「別に鍵さえくれれば、一人で帰れるけど?」
「ダメだ。ここは村じゃないんだから、お前の様な容姿だとすぐに絡まれる」
ランフレッドは、腕を組み偉そうな態度で言った。
たかが徒歩十分。街中に行くわけでもない。
(何だかんだ言ってこの人、過保護だよな……)
「ふん。別に返り討ちにしてやるから問題ない」
「お前なぁ……。薬師がそんな事したら大問題だ! 勝てる勝てないの問題じゃない! それに大人しくしろって言っただろう? 問題起こしたら俺も連帯責任になるんだ!」
(結局自分の為かよ!)
ティモシーは、ランフレッドを睨み付けた。
「俺、暫くの間は昼過ぎに終わるんだけど? どうすんだよ」
「そうなのか? まあだったら今日は、一旦家に送ってく」
そこら辺は適当な奴だと思いつつ、ティモシーは頷いた。
ランフレッドと別れたティモシーは、調合室に向かった。
部屋は三階で十も部屋があり、新人三人は一番奥の十号室だった。
王宮内を端から端まで歩く感じだ。
ドアを開けると、もう二人は来ていた。
「あ、おはよう。ティモシー」
ドアに振り向いたアリックが、一番に声を掛けて来た。
「おはようございます!」
直立不動。ピシッと立ち、バッと頭を下げる。
その姿に部屋にいた者達は、目をぱちくりとする。
アリック達以外にオーギュストと女の薬師もいた。
彼女の碧い髪は短く碧い眼も鋭い為一瞬男性かと思うも、胸に目をやれば女性だと一目瞭然だった。
「あははは。お前、緊張しすぎ!」
ダグは笑い出す。
ティモシーは単に、オズマンドに習ったお辞儀をしただけなのだが、それを見た者の目には緊張のあまりカチコチになっていると映った。
「大丈夫だよティモシー。もうダグさんが昨日脅すから……」
(俺、何か脅されたっけ?)
昨日ダグが洗礼を受けると言った言葉で緊張しているのだと思ったアリックだったが、ティモシー本人は『洗礼=脅し』ではなかった為、何の事かわからなかったのである。
オーギュストも少し呆れた顔をするが、ティモシーに二人の横に並ぶように言った。
彼は試験がない時は、指導係も兼務していた。
ティモシーが二人の隣に並ぶと、オーギュストは隣にいる薬師の紹介を始める。
「皆さん、おはよう。今日からあなた達の指導を行うベネットだ。暫くは彼女の元で仕事に励み、早く仕事を覚えて欲しい。ベネット、ご挨拶を」
ベネットは軽く頭を下げる。
「紹介にあったように、今日から私があなた達の指導にあたります。わからない事があったら勝手に行わず、必ず聞いてほしい。特にティモシー、あなたは仕事の経験がないようなので……」
ティモシーは、真顔を頷いた。
ここでも直立不動。
ランフレッドの前での姿が本来の姿だが、それを隠す術はオズマンドから習った言動だ。薬師の中で行えば、ただ単に緊張した人物に見えるが、兵士の中に居れば違和感はないだろう。
「大丈夫かよ……」
ダグがボソッと漏らす。
ベネットも苦笑いをし、オーギュストと顔を見合わせた。
ティモシー本人だけが、どう思われているか気づいていなかったのである。
ベネットの挨拶が終わると後の事は彼女に任せ、オーギュストは部屋から出て行った。
「さて、これからの作業について説明します」
ベネットの言葉に三人は頷く。
「まず暫くは、十三時まで苦臭素草の調合をやって頂きます。昼食後、配達があれば配達をして頂きます。ない場合は、倉庫の整理や他の人の手伝いを行って頂きます」
「え! 午後からも仕事あるの?」
「当たり前です!」
驚きの声を上げたティモシーに、ベネットは睨みをきかせ言葉を続ける。
「あなた、仕事をなめるんじゃないわよ!」
普通のか弱い少女だと泣き出すところだが、ティモシーは『はい、申し訳ありません!』と返事を返し皆を驚かせた。勿論直立不動である。
「まあ、わかったのならいいわ……」
仕事をした事がないティモシーは知らなかったが、午後から配達は一般的だった。当然の事だったので、昨日はそこまで説明がないだけだった。
苦臭素草とは、擦り潰すと強烈な臭いを放つ草で、その匂いを消す為の調合が必要だった。凄く苦みがあるが、他に混ぜると薬の効果を高めるので一般的に使用されている草だ。
だがその調合は、ティモシーが一番苦手とするモノだった。臭いで具合が悪くなるのだ。なので村では屋外でやっていた作業だ。それをここで、しかも三人同時に行うのである。
(考えるだけで、具合が悪くなる)
初日から心が折れそうになるティモシーだった。
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