第2話
翌日、ティモシーは、前を歩くランフレッドに無言でついて行く。
時刻は七時前。早い気がするが、受付は七時までなのである。
言われた通り大人しくしている。取りあえずは、会話は最小限に留める事にした。それで何とかやり過ごす事にしたのである。
徒歩十分。無事に王宮の正門についた。
そこに門番と受付係がいて、ランフレッドに頭を軽く下げる。
「おはよ。で、試験受けたいだけど……」
ランフレッドが受付係の男にそう声を掛け、ティモシーを指差す。ティモシーは、少し緊張して頷いた。この緊張は、大人しくしなくては……との思いからきたものだ。
「では、これに記入お願いします」
受付係は、スッと受付用紙とペンをカウンターの上に出した。
ティモシーは、ペンを取ると自分の名前を書きだす。
物凄く視線を感じる。
(男だって! ……落ち着け。兎に角今日は全部無視!)
そう思い、しっかりと男性に○を付け、ペンをランフレッドに渡す。
用紙には、後見人の欄と住所があった。
今回受ける試験には必ず後見人が必要で、住所は知らないので一緒に書いてもらう事にしたのである。
「はい。これを首にかけて下さい。入ってすぐ左に大ホールあります。そちらが会場となっております」
にっこり微笑んだ受付係は、ティモシーに赤いカードを手渡した。それには98と番号が書いてあった。
それを頷いて受け取り首に掛ける。
「じゃ行くぞ」
書き終わったランフレッドは、建物の中に入って行く。ティモシーもそれに続いた。
「お前はあっち。まあ、頑張って大人しくしてろよ」
そうランフレッドは言って、受付係が言っていた左側を指差した後、彼は真っすぐと奥に入って行った。
ティモシーは、うんと頷き会場を目指す。
(大人しくしていれば試験は受かる!)
自分の実力は全く疑っていなかった。
(そういえばあの人、護衛兵って言っていたけど誰の護衛だろう?)
少なくとも王宮に務める人なのだろう。しかも護衛するぐらいの役職の者。だとするとランフレッドは、それなりの腕があるのだろうなと考えた。
完全に不意を突いたのに、避けられた訳だと思いつつ、ティモシーは会場に入った。
会場は凄く広かった。テーブルと椅子が整然と並んでいる。
ティモシー以外の者は席についている様子で、直ぐに係りの者が近づき、こちらですと席に案内される。
ふと隣を見ると……隣といっても席二つ分も離れている。カンニングなど出来ない。
隣の者は首から下げた青いカードを手に持ち、ジッと見つめていた。
それには97と書いてあるのが見える。数字はでかでかとカードに書いてあるので、離れていても見えた。つまりは、受付順に座らされていた。
バタンと、会場に入って来た時の大きな扉が閉められる。ティモシーが最後だった。
会場がシーンと静まり返り、正面奥にあった檀上に一人の男性が立つ。
艶やかな黒上を肩で切り揃え、他の監査官同様に濃い紫色の装束で、両手を後ろに回し足は肩幅まで開いて、背筋をピンと伸ばし立っている。
「試験を受けに来た皆さん、おはようございます!」
眼鏡の奥の黒い瞳を細め、全員を見渡して大きな声で話す。
「私は、薬師監査官官長のオーギュスト。これから試験を行うのに当たって、少しご説明させて頂きます」
オーギュストは、試験の説明を始めた。
まず初めに、不正を行った者は二度とこの国では試験及び仕事は出来ない。と口火を切った。
最初に筆記が行われ、実技は呼ばれるまでそのままで待機。呼ぶときは番号で呼ぶ。
筆記試験の点数がよかった者から壇上に上がり実技を行う。
勿論、筆記試験に受かった者だけである。
その後も合格者が発表になるまで席で待機。
合格者は呼ばれるので、壇上に上がる。
そして、そのまま認定式を行い終了となる。
ランフレッドの言っていた通りだった。
説明が終わると、試験官達が一斉に問題用紙とペンを配る。
そして開始の掛け声で、六十分一本勝負が始まった。
ひたすらペンを走らせる音が響くのみ。
(これなら余裕だ)
ティモシーは、自信満々に答案用紙を埋めていく。
選択問題はない。全て自分の言葉で書くようになっていた。
そして一時間後、終わりの合図で用紙は回収される。
それから席で待つこと三十分。オーギュストが壇上にあがった。
(やっと来た、待ちくたびれた……)
何もする事もなく、席もそれぞれ離れているので話す事も出来ない。なので、オーギュストが壇上に上がる前から会場は静かだった。
「お待たせしました。三名ずつお呼びします。十七番、二十二番、九十八番。壇上へ」
(やっと実技が出来る! 兎に角大人しくしていれば大丈夫!)
呼ばれた三人は壇上に上がった。
壇上にはテーブルが三つ用意されていて、その更に奥には、豪華な椅子が二つ。
壇上の袖から貫禄のあるエクランド国王グスターファスとその護衛。そしてその後ろに続き、王子のルーファスと護衛が三人の前に立った。
勿論、ティモシーは国王に会うのは初めてである。
グスターファスは、がっしりした体格でその鋭い灰色の瞳を細め三人を見渡すと、頷いた。
三人は、グスターファス達の方を向いて作業をする事になる。
合図と共にテーブルの上にある道具と材料を自由に使って、指示された物を作製する。
ティモシーは気がかりな事があった。それは実技の事ではなく、目の前にいる人物だった。
ルーファスの横にランフレッドが立っていたのである。彼は、ティモシーと目が合うと、軽く頷いた。
(なんでそんな所にいるんだ? もしかして護衛の人物って……王子?)
ルーファスの横にいるのだから、彼はかなりの腕前なのだろう。だとすると……。ティモシーは、思っていたのと違うかも知れないと考える。
万が一、ティモシーが薬師になる事を貫いた時の事を考えて、オズマンドはティモシーを彼に預けた事になる。
ふとティモシーは、横から何かを感じチラッと盗み見て、大きくて赤い瞳を更に大きくする。
(魔術を使ってる! 隣の人、魔術師だ! あり得ないんだけど!)
ティモシーは、ヒア汗が出てくるのを感じる。
この世界の魔術師は、今は一握り。しかも術が使われたとして、普通の人でも見えるように使われなければ気づけない。
例えば、手から炎を出すなどである。
ティモシーの横にいる男性の様に、作業する時に使われても気づけない。
そう。ティモシーもまた魔術師だったのである。彼が一年たったら村に戻りたいという理由はそれだった。
母親の側に居たいからではなく、ここに居て魔術師だとバレたくないからだった。
(見なかった事にしよう。この人、落ちてくれないかな……)
ティモシーは、係わって自分も魔術師だとバレるのを恐れたのである。知られれば最悪、殺されるかも知れない。奇特な事に、魔術師の国と名乗っている国もあると聞いてはいるが……。
しかし、ティモシーの隣の人物は受かるだろう。何せずるをしているのだから。最悪、この人物とティモシーだけ合格というのもあり得るのである。それだけは勘弁してほしいと思うティモシーだった。
ティモシーは出来上がり、隣に並ぶ二人を観察する。もしかしたらもう一人も魔術師なのでは? と、疑心暗鬼になっていた。
一番端の十七番は、ティモシーより少し年上に見える男性。手つきは繊細で、優し気な雰囲気だ。黒い髪を汗で顔に引っ付かせて、一生懸命作業をしていた。
多分、グスターファスの前で緊張をしているのだろう。
さて、問題の隣の二十二番は、二十代後半に見える男性で、ひょろっとしていて背が高い。髪は赤に近い茶色。ティモシーと同じぐらい長い髪を後ろで束ねている。
その彼がふとティモシーに振り向いた。髪と同じ瞳と目が合ってしまい、ハッとして俯く。
(バレた? いや、バレるはずはない)
ティモシーは、魔術師だとバレたかもしれないと、気が気じゃない。
魔術は使っていない。実力で勝負したのである。余程でなければ、相手が魔術師あろうがバレようがない。
だが、隣の人物がニヤッとしたのが伺えた。
(こんな事になるのなら、大人しく帰ればよかった……)
ティモシーは、最早にランフレッドはもう役に立たないと思った。相手は魔術師。彼が凄い腕の立つ人物だろうと、勝てないだろうと思ったのである。
「素晴らしい!」
作業を終えた三人に掛けたグスターファスの声に、ティモシーはビクッとしてしまう。
(びっくりした……)
「では、席に戻って下さい」
オーギュストがそう三人に声を掛けた。ティモシー達は、頭を下げ一例すると壇上を降りる為に振り向いた。
ティモシーは、こちらを伺う試験を受けに来た者達の視線が、自分に集中するのがわかった。
(あぁ、もう嫌だ……。あれ……?)
ティモシーは、あるモノに目がいった。それは、カードである。半分以上が青。ティモシーと同じ赤色の人は、女性に見えた。つまりこの色分けは、性別を表すのではないか。
湧き上がった疑問を確認する為、ティモシーは一緒に壇上から降りる二人に振り向く。二人共青だった!
(げっ! 俺、男に○つけただろう! って、何であの人も何も言わなかったんだ!)
勿論、あの人とはランフレッドの事である。知らないはずがないのだから……。
席に戻ったティモシーは、ずっと頭を抱えていた。
受かった所で、取り消しになったらどうしようか? いやいや、自分は正しく記入した。問題ない。でも……。
っと、全員の実技が終わるまで同じ事をグルグルと考えていた。そうした所で仕方はないのだが。
今回の筆記試験に合格した者は、三十名程だった。ランフレッドは、筆記はいつも通りと言っていたが、実際は難しかったのである。
それでも、筆記試験を突破した者達の実技試験は、四時間を要した。その間ティモシーは、あーでもない、こーでもないとずっと頭を悩ませていた為、退屈はしなかった。だが、どっと疲れたのは言うまでもない。
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