魔術師なのはヒミツで薬師になりました

すみ 小桜

第一章 薬師になろうとしただけなのに…

第1話

 ――魔術が消滅した世界。

 それでも一握りの者達に扱える者がいた。

 その者達を普通に―魔術師―と呼んだ。

 そして恐怖の対象になった彼らは、その能力を隠して暮らすようになったのである。

 そんな世界に繁栄したのが薬学だった。

 それが薬師という仕事を確立させた。

 それは魔術を使えない者達に希望を与えた。

 それを生業とするエクランド国に、薬師を目指して訪れた一人の少年のお話である――



 自然豊かな森をバックに薬師の国エクランド王宮がそびえ立つ。そして、エクランド国が誇る薬師達が集う街トラス。

 薬師達が憧れる街で、ここで薬師として働けられれば食いっぱぐれる事はない。

 そのトラスに王宮から徒歩十分という場所に、ボロイ小さな家に三人の人影あった。

 一人は、紺色の短髪でえんじ色の詰襟に黒の縁取りの衣装を崩した格好で着こなし、腰には剣を下げている。詰襟には、エクランド国の紋章が施してあった。

 彼は、エクランド国の護衛兵のランフレッド。おどけた感じで男と話していた。

 その相手の男は、がっしりとした体格で、ランフレッド同様短髪だが色は赤。服装は、ランフレッドとは逆で、きっちりとしていて剣も下げていない。

 彼はオズマンド・カータレットといって、ランフレッドの父親の知り合いだった。

 「ティモシー、ご挨拶を」

 そう声を掛けられた人物こそ、この物語の主役の少年、ティモシーだ。

 彼は一見すると、か弱い少女に見える。

 白い肌。肩より少し伸びた銀の髪は、サラサラと風になびき、整った顔を引き立てる。そして背が低い。それが少女に見える一番の原因だとティモシーは思っていた。

 「はい! 私がご紹介に預かりましたティモシーです。今日から宜しくお願いします!」

 ティモシーは、ビシッと背筋を伸ばし、そのまま頭を下げた。そして顔を上げる。その顔には、笑顔はなく真顔だ。

 「いや、そんなにかしこまらなくてもいいって……」

 ランフレッドは、やや引き気味にそう言った。

 まるで、騎士でも目指しているかのような挨拶。薬師目指しているんだよな? と少し疑ったぐらいである。

 「ご迷惑を掛けないないように言ってはありますが、ビシバシしごいて結構です。試験に受かれば、このまま御厄介になるのですから……」

 オズマンドも真顔でそう言った。

 「いや、薬師になるだろう? ビシバシって……」

 どうなっているんだこの親子はと、驚いてランフレッドが言うと……

 「そうですな。どうせ一晩で帰って来る事になるでしょうから。では、私はこれで。息子を宜しくお願いします」

 そうオズマンドは答えた。

 ティモシーは、一瞬オズマンドを睨む。

 軽く手を振ってその場を後にするオズマンドに、ランフレッドに下げた様にビシッとティモシーは頭を下げて見送った。

 それを見てランフレッドは、やれやれとため息をつく。

 「どうぞ」

 ランフレッドはドアを開け、ティモシーを家の中に招き入れる。

 軽く礼をすると、ティモシーは中に入って行った。



 ティモシーは、部屋の中をぐるっと見渡した。

 部屋の真ん中に小さなテーブルがあり、そこに向かい合わせに椅子が設置してある。それだけだった。後は、ドアが三つ。

 (ここ、村の家とほとんど変わらないんだけど!)

 都会の家はすごいと聞いていたので、ティモシーは期待していたのである。がっくしと肩を落とす。

 「取りあえず座れよ。紅茶飲む? もらったやつだけど……」

 そう言ってティモシーに背を向け、部屋の奥に進むランフレッドは、ハッとして振り向き飛び退いた!

 「おい! 何するんだよ!」

 (避けた!)

 ティモシーは、ランフレッドに蹴りを入れたのである。だがそれをひょいと避けた。

 「悪い。ちょっと試した……。父さん以外にどけられたの初めてかも」

 真顔で言うティモシーに、ランフレッドは面食らう。

 「お前、初めて会った奴に蹴り入れてるのかよ……」

 「いや、気に入らない奴にね」

 「おいおい……」

 それはティモシーが、ランフレッドを気に入らないと言っている事になる。

 「お前、俺と仲良くやって行く気ないわけ?」

 「そういう訳じゃなくて、父さんが自慢していたからさ。どれ程なのかなって、試しただけ」

 あっけらかんと言うティモシーに、ランフレッドは溜息をつく。

 「言っとくけど普通の薬師は、気に入らないからって蹴り入れないぞ」

 「わかってるよ、そんな事」

 ティモシーはそう答えながら、椅子に腰を下ろす。そしてテーブルの上に手を伸ばした。

 「だって悔しいじゃないか。俺は認められた事ないのに……」

 「八つ当たりかよ。子供だな……」

 「子供じゃない! 今年で十六!」

 ティモシーは、ムッとしてそう答えながら、体を起こし振り向いた。

 ランフレッドは、紅茶をカップに入れて戻って来る。

 「ほら。王族御用達の紅茶だ。俺が淹れてもうまい」

 ティモシーの前にカップを置いて、ランフレッドは言った。

 「ありがとう……」

 それに素直に礼を言ってティモシーは一口飲んだ。

 「美味しい!」

 「だろう?」

 ティモシーは、紅茶はあまり好きではなかった。だがこれは、渋みが少なく飲みやすかった。

 ランフレッドは、紅茶を飲みつつ、椅子に腰を下ろす。

 「で、お前、いつもそんなんなの? 驚かれないか? その容姿にその言動……」

 「いいんだよ。大人しくしていると変な奴が絡んで来るから。勿論、俺を女だと思ってね。大抵そういう奴は手を押さえてくるから、足が出る……」

 「なるほどね……」

 気に入らない奴とは、そういう輩を指していたのだとランフレッドは頷く。

 「俺は、母さんと同じ薬師になるつもりなんだけど、父さんは俺を同じ近衛兵とかにしたいみたいでさ。自分の事、私って言えとか言うんだよ。女じゃないのに……」

 「まあ、そう自分の事言う奴もいるな……」

 そう相槌を打つと、余程うっぷんが溜まっているのかティモシーは更に続ける。

 「やっと試験を受けるのを許可してもらったんだ。その変わりに、落ちたら父さんの望む仕事につくって事で……。あぁ、やっと自由になれる!」

 それを聞いたランフレッドは、驚いた顔をしている。

 「なんだよ? これでも母さんからは太鼓判を貰ってるんだ」

 「いや、そうじゃなくて。明日は王宮専属薬師の試験だ。合格すれば、そのまま王宮専属薬師の地位につく。年に四回行われている中で、滅茶苦茶難易度が高い試験だ……」

 「え!」

 それを聞いたティモシーも驚いた顔をする。

 「筆記試験はいつも通りだけど。明日の試験は、筆記試験の順位がいい者から陛下の前で技術試験を行うんだ。で、受かるのは数名。……だから、あの時一晩って言ったのか」

 ティモシーはオズマンドに嵌められたのだ。普通の試験の時ならば受かっただろう。だが、明日の試験は数えるほどしか受からない。毎年多くても五名ほどだった。

 「それって受かったら、ずっと王宮務め?」

 「まあ、そうなるな。だから明日は百名ほどしか受けにこないはずだ……。まあ、オズマンドさんの方が上手……」

 ダン! っとティモシーは、ぐうでテーブルを叩いた。

 「嵌められた! それじゃ受かっても母さんと一緒に仕事出来ないじゃないか!」

 「はぁ? そっち? おい、受かれば歓喜するほどの役職だぞ?」

 ランフレッドも驚いて大きな声を上げる。

 「一年ほど務めれば、村に戻れる思ったのに! どうしたら……」

 本気で悩んでいる姿を見てランフレッドは頭が痛かった。もし受かったとして、ずっとこの調子だと問題を起こしそうだと。

 「次の試験にしたいって言ったらOKしてくれると思う?」

 「知るか! でもオズマンドさんは、薬師にしたくないんだからチャンスはもうくれないだろうな。そんなに母親と離れるのが嫌なら、試験を受けずに帰ればいいだろう……」

 めんどくさいとばかりにランフレッドがそう言うと、仕方なさそうにティモシーは呟く。

 「一年務めて、何とか理由付けて戻るしかないか……」

 「お前、受かる気でいるのか? 言っておくが試験を受けに来る大半の者が薬師の資格を持った者だ! つまり経験を積んだ者が受けに来るんだぞ? その中の数名しか受からない。わかってるか?」

 ランフレッドの言葉に、ティモシーは真面目な顔つきで頷く。

 「勿論わかってるさ。父さんは受からないだろうと明日にした訳じゃなくて、受けないだろうと思ってしたんだと思う。ふん。父さんの思い通りになんてならない!」

 「お前、マジで受ける気かよ……」

 うんざりしてランフレッドが問う。

 「なんだよ……。その為に来たんだけど!」

 「一つ良い事を教えてやる。試験会場でそんな粗暴な態度とっていたら、なんぼ成績がよくたって受からない。なんせ王宮に務める者を選抜するんだからな。大体お前みたいな奴、薬師の試験を受けに来る者にいないから! そのままだと目立つ事この上なし! 受けても受かんねぇよ!」

 「何それ! 酷い!」

 ティモシーは、ランフレッドを睨み付けた。

 「酷くない! そんなに自信があるなら試験の日ぐらい大人しくしてろよ!」

 「大人しくって……。別に暴れる気はないけど?」

 ランフレッドは、ガシガシと頭をかく。

 「そうじゃなくて、その容姿自体目立つ。だからちょっとした態度でもギャップがありすぎるって言っているんだ。どうしても受けるって言うのなら、明日一日女のフリでもしていろ! 普段私って使っているんだろう?」

 ティモシーは、嫌そうな顔をする。

 「わかった。ご忠告通り、明日は気を付けるよ」

 ティモシーは、そう言って頷く。

 「まあ、頑張れ……」

 ランフレッドが一応そう声を掛けると、ティモシーはもう一度頷いた。

 (この人、見かけによらずお人好しだな。面倒ならほっとけばいいのに……)

 ティモシーは、お人好しで助かったと、冷めた紅茶を飲んだ。

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