第26話 勇者アストリア 後編

  今更ながら、ミレイアは嘘つきだと思う。

 彼女は俺のことを最強の勇者だと言っていた。

  

  しかしながら、俺が保持する固有スキル『不屈の闘志』と

 『起死回生』はこの2年間発動した形跡はない。

  

  冷静に考えてみれば、MMORPGならゴミ扱い。もしくは一芸

 スキルとして状況によっては有用なのだろう。


  ただし、この世界において、わざわざ発動ギリギリまで瀕死状態で

 戦おうなんて物好きはいないだろう。


  ヴィルム十数体に囲まれてピンチのはずなのに、

 ちょびっと発動しているだけだ。


『ライトニングスラッシュ!』

『ブレイジング=ブラスト!』


  飛翔しているヴィルムに目がけて、俺とアストリアの究極剣技が炸裂。

 息絶えたヴィルムは雪原に落下し、その肉の体と血を辺りにまき散らす。


  そして、時々要塞側からも『アルティメット=フレアー』と

 『ライトニング=ブラスト』の同時詠唱が飛んで来て、空を飛翔中の

 ヴィルムの頭部を吹き飛ばす。


  『メテオ=エクスプロージョン』では味方の俺達まで巻き込んで

 しまうからだ。そして、すぐ要塞にひっこむを繰り返す。


  さすがにヴィルムのような、超巨大なモンスターに斬り掛かる事は

 しない。

  正直近づくのが怖いのもあるが、究極剣技ならば、そもそも近づく

 必要がないからだ。 


  ただ、数が多すぎる。究極剣技は使用MP量も多く、既に魔力が

 半分程度尽きている。

  このままでは、倒しきれない。

 しかも、あいつらが大量にいるお陰で本隊が近づけない。


「アストリア! 大丈夫か?」

「悟さんこそ」


「このままでは、埒が明かないな」

「MPが尽きそうだ」

「確かに、じり貧ですね」


  今のところ勇者の紋章の力があるお陰で、

 ヴィルムを一撃で屠る事ができる。

  しかし、一体ずつ潰していったんじゃ、いずれMPが底を尽き、

 殺されてしまうだろう。


  本当は要塞まで待避して、MPの回復と行きたいところだが……。

 後ろには味方が展開していて、亜人タイプと混成のモンスター達と

 死闘を繰り広げているのだ。


  今ここで下がれば、彼らがヴィルムの餌食となる。

 それは避けたい。


  ヴィルムの一体が俺達目がけて急降下する。

 減速する素振りも見せない。もの凄い勢いで落ちてくる。

 もはや、自分の命を惜しんでいる状況ではないと判断したか?

 

  とっさに飛び退き、待避する。


  最初は爪やブレスで襲い掛かってきていたが、

 もはや攻撃が当たらないと悟ったのか体当たりを仕掛けてきた。


  やつらも必死だ。数による攻勢で俺達をすり潰すつもりだ。

  

  状況は刻々と差し迫っている。どうする?


  俺とアストリアの剣技では一体ずつ潰すのがやっとだ、

 かといって勇者の魔法の威力ではたかが知れている。

  勇者の紋章の力を借りたとして、ヴィルム程の大物を倒せるか……。


「なぁ……勇者の紋章……何かいい案ないか?」


  俺の問いかけに答えるように勇者の紋章が、

 唐突に輝き出す。

  そして、アストリアの持つ英雄と王の紋章も共鳴するように

 輝きだした。


  そして、二人の頭上に大きく紋章が浮かび上がり、煌めく。


「これは……」

「合体魔法だと……」


「これなら……いける!」

「ええ、しかし詠唱する時間を稼いで貰わなければ」


「分かった、敵をここに惹きつけて集める。それほど長く持たんぞ?」

「部長、お願いします!」


「唸れ、唸れ、マナに眠りし五素の力よ」


「行くぞ! 『マジェスティック=コリジョン』」


  俺達が詠唱を始めると同時に、

 部長がマジェスティック=コリジョンのスキルを発動させる。


  そのスキルは周囲に存在する敵に、威厳ある威圧をばらまき、

 自分に敵意を集中させるエンペラー固有のスキルだ。


  範囲がとてつもなく広いため、基本は使わない。

 レベル上げ時に、雑魚をかき集め、

 メテオ=エクスプロージョン焼きをする時に大いに役だった。


  つまり今多数の敵とヴィルムは、一斉に部長に襲い掛かろうとしている。


『カイゼル=フェアタイディグング』

    

  エンペラーの持つ防御スキルの一つ。

 魔法プロテクション、マジックシェルの上に更に上書きできるスキルだ。

 短時間の防御障壁を発生させ、敵の攻撃を凌ぎきる。


「その、偉大なる雷の力にて」

「雷撃の嵐を持って」

『全てをなぎ払え!』


『インプレグナブル』


  魔法詠唱終了直前に、

 部長がダメージ無効の防御スキル『インプレグナブル』を発動させ、

 俺達を囲い込み、魔法の衝撃に備える。



『フルミネーション!』



  雷雲を呼び、合体魔法フルミネーションが発動する。

 周囲一帯に雷撃が雨や嵐のように降り注ぎ、敵を一気に纏めて焼き尽くす。


  飛翔していたヴィルムも地上に居たモンスター達も誰彼構わずに

 雷撃が彼らの命を奪っていく。当然味方がいる場所には届いていない。


  その雷撃による轟音は要塞まで響き渡っていることだろう。


  ヴィルムももがき苦しみ、耐え抜こうと暴れるが、

 最後は力なく地上に叩きつけられ絶命した。


  死因は落下死。


  雷に耐え抜いたものの、その衝撃の凄まじさに体のコントロールを

 奪われ、雪の大地を真っ赤に染め上げていた。


  フルミネーションの直撃を受けたヴィルム達は例外なく絶命したのだ。


「すげぇ……これが紋章持ちの勇者二人による合体魔法、

 フルミネーションの威力か……」


「イメージ映像としては、頭に直接映し出されていたものの、   

 ここまでの威力だとは」


  しかし、敵の打ち漏らしも、ちらほら散見する。

 ヴィルムを射程内に収め、味方に当たらないように範囲を絞ったせいだ。


「しかし、これ以上戦う余力は残ってないぞ? フルミネーションで

 相当に体力を削られてしまった」

「こちらも同じく」


「私が援護するわ。とにかくヴィルムは片付けたのだし、待避を」


  本隊の雄叫びが聞こえてくる。

 突入するタイミングを計っていたのだろう。

  ヴィルムが討伐された今なら、彼らが犬死にすることもあるまい。

 

「どうやら、ゲルハルト殿下が到着されたようだ」

「ヴィルムの大軍は始末したし、

 後は任せて一旦テレポートで要塞に戻ろうか」

「ええ、そうしましょう」


  まもなくして、雪原いっぱいに存在していた多数のモンスターが

 到着した本隊によって蹴散らされた。


  次は、いよいよ本命の魔王城突入戦だ。

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