第25話 勇者アストリア 中編

  猛獣たちの咆哮、人々が猛る声、絶叫、甲高い鋼鉄の音。

 多種多様な音が辺り一面に響き渡り、戦場を形成する。

 真っ白な荒野を赤い血で染め上げて。


  「怯むな! あと少しだ、もう少しで主力がやってくる!」


  迫り来る猛獣たちの群れ。

 要塞を、兵士を、叩きつぶさんが為に次々と襲い掛かる。

 

  ここは、魔王城攻略の為の最重要拠点、ヴェガリウス要塞。


  ここが陥落すればローラン王国は大半の戦力を失い、反抗の機会すら

 失ってしまう。

  

  それだけは是が非でも避けねばならぬ。


     ======天空城の一室にて======


「どうやら、魔王城へ攻めあぐんでいるようだな」

「ああ、防戦一方だ」


  天空城に与えられた二人だけの一室。

 数百年ぶりの夫婦の営みを終え、奇跡の宝玉の力を借り、地上の状況を

 観察する二人。ローラン王国の始祖、アスティアとアストリアだ。


「あと一歩、あと一歩、何かが足りないと言うところか……」

「その事なのだが、セシリア様にお願いをしてきた」

「蘇り、地上へ降りる気か?」

「それでは、新たな英雄は生まれない。それにもう存分に生きたさ」

「どうするつもりだ?」

「我が魂を触媒として、力を継承させる。紋章として刻み込む」

「水くさいことを言うな、お前一人では行かせない……」


  再び、重なり、口づけと熱い抱擁を交わす二人。アスティアが

 上に跨がり、全体重をアストリアに預ける。


「すまん……」

「お前と生き別れた数年は寂しかったぞ……幾ら我が子達が居たとしても」

「その我が末裔(こたち)の危機だ。指を咥えて待っているわけにもいかんのだ」

「それは分かっている。だが、誰に力を継承させる気だ?」


「今、最前線で尚且つ、王家としての役割を持たないもの」

「なるほど、新たな役割を与えようという事だな」

「ああ、今のあの子にこそ必要な力だ」


    =====ローラン王国主力部隊=====


「また戦闘が始まっているようだな」

「ああ、こちらからでも相当数が確認できる」

「ゲルハルト殿下、我々はテレポートで先行いたしますゆえ」

「すまん、こちらも急いで向かおう」


    ====ヴェガリウス要塞前の広野にて=====


  次々と襲い来るのはホワイトウルフやホワイトタイガーなどの雪原に

 のみ生息する凶暴かつ俊敏なモンスターだ。

  ナイト部隊が攻撃を受け止め、後方から弓矢や魔法が放たれる。

 前に出すぎると弓や魔法の援護が届かない。


  彼らは城塞の壁の上に隊列を組んで、入れ替わりながら攻撃を続けている。

  他にも、投石機などの大型投射兵器も次々と放たれる。

 汎用クラスのソルジャーが討ち漏らした敵を駆逐する。

  

  防衛している側だからこそ出来ることだ。

  逆に攻める場合は、固定投射武器や魔法で迎撃されることだろう。


  トロール、ゴブリン、オーク、ウェアウルフ等の亜人族も混ざって

 おり、彼らもまた各々でクラスを保持している。


  次から次へと押し寄せる敵の大群。倒しても倒しても終わらない

 戦闘が、兵士達の精神を消耗させていく。


「勇者アストリアの名前を汚すような真似はできない! ここで踏み

 留まらなければ!」


  敵の攻撃をパラディンの防御スキルでいなし、躱し、反撃をする。

 それでも全ての敵は捌ききれない。

 捌ききれないが故に、ロザリアの部隊が徐々にだが、孤立しつつある。


「ロザリア様の部隊が孤立している! 近づいて援護しろ!」


  あの位置では援護の魔法も弓も届かない。

  アストリアは強引に突破を試みる。


  しかし、届かない!


「ロザリア様! そこは危険です! 一度下がって態勢を!」


  当然、ロザリアも理解はしている。

 しかし、敵に囲まれ、思うように動けないのが現状だ。

  部下が一人、また一人と倒れていく。


  唐突に辺りをつんざく轟音が一つ、二つ、三つ、四つと立て続けに

 起こる。

  凄まじい爆音ゆえに、鼓膜が破れたのかと錯覚するほどだ。

 

  耳が聞こえない中、アストリアは状況を確認する。

  雪で覆われていた大地は地面を露出し、地面は爆発で大きく抉られ

 陥没している。  


「これは…メテオ・エクスプロージョンのマルチキャスト」


  『我らに勝利を!』


  勝利の雄叫びのスキルが戦闘中の兵士達に付与されていく。

  アストリアにも届く。


「悟さん達が……来たんだ……」


『すまん、待たせたな。俺達はテレポートで先行してきた。主力はもう、

 少ししたら着く。ここを凌ぎきるぞ!』


    

  井岡はテレポートと究極魔法メテオ・エクスプロージョンの

 マルチキャストを使用したお陰で、MPがからっけつになったと要塞

 の中へ引き籠もってしまった。


  少し休憩したら、後ろから援護しろと言っておいたが、あてにはすまい。


  セリスティアに防護魔法や強化魔法を貰った後、部長と俺は最前線

 へと駆けだした。


  どうやらロザリアが孤立しているらしい。救出しなければ。


『マスリザレクション』


  数百名単位で死者を蘇生していく。聖女や女神だけが使える蘇生

 魔法だ。ただし、何事もなかったかのようなミレイアとは違い、

 セリスティアは一度が限度のようだ。


  恐らくは今の魔法でMPを使い果たしたはずだ。賢者と聖女には

 MPの自動回復メンタルヒーリングのスキルがあり、徐々に回復する。


  しばらくしたら戦線に復帰してくれるだろう。


  俺と部長は最前線まで剣を振るい一気に突っ走る。


  もう少しと言ったところで、空から大きな翼音(しょおん)が聞こえる。


「あれは……ヴィルム!」

「いかん、かなりでかいぞ!」

「みんな、下がれ! 着地の衝撃でやられてしまうぞ!」


  ヴィルム。それは翼のある高位の竜族の事だ。体は厚い鱗で覆われ、

 鋼鉄製の剣の一撃すらたやすく弾き返す。


  その為、対竜族用のドラゴンキラーと呼ばれる武器類が作られた。

  今はそんなものはない。しかし、ブリューナクならいけるかもしれない。


  もう少しの距離が遠い。


「姫様あぁぁぁぁぁ――――――――――――――――――――」


  アストリアが叫ぶ声が辺り一面に響き渡る。

 ヴィルムが着地した衝撃で周辺の兵士が、ロザリアが巻き込まれた。


  大地を覆う厚い雪がクッションとなり、大事は免れたが、身動き

 一つ取れない。

  

  ヴィルムはその巨体に似合わず俊敏で次の一撃を繰り出す。

 アストリアがとっさにロザリアを庇い、スキルを発動させるが、威力を

 殺しきれず、攻撃が直撃する。


  とにかく、目の前のヴィルムを排除しなければ! 大きな翼音は、

 またひとつ、またひとつと遅れて聞こえてくる。


  確認できるだけでも数体のヴィルムがやってきている。


「こうなれば、いきなり全開だ!」


『ブレイジング=ブラスト!』


  勇者99になったときに覚えた俺が保持する最強の剣スキルだ。

 灼熱の炎を魔力で剣に纏い、滅殺する奥義。


  灼熱の炎が大型竜族ヴィルムへと襲い掛かる。


「あああああああああああああああああああああああああああ!!!」


  右手の勇者の紋章が光り輝き更に激しさを増す。

 

  獣たちの王ドラゴンが、大きな咆哮を、断末魔の呻き声を上げ絶命する。


「ロザリア、アストリア! 無事か?」

「アストリアが……アストリアが……目を覚まさないの」


  涙を流し懸命にヒールを施すロザリア。


「アストリア! 部長、アストリアが!」

「分かっている! ここは俺が守る!」


  眼前のヴィルムに怯むことなく、部長は防御スキルを発動させ相対

 する。俺もブリリアント・ヒールをアストリアに処置する。



  混濁する意識……ロザリアを庇い、ヴィルムの一撃はスキルを

 貫通し、自分に致命傷を与えた。


  俺は…ここで死ぬのか……?

  誰かが自分の名を呼ぶ声が聞こえる。

  ロザリー……

  悟さん……

  俺は……あなたのように……なりたかった……


  アストリア……アストリアよ……

  

  誰だ……聞いたことがない声……

  しかし、とても懐かしい……


  今、お前に力を与える

  今お前にこそ必要で、お前が切望する勇者の力を……


  ローラン王国を…ローラン王家の皆を……

  その力で守ってあげてください

  頼みましたよ……


  愛しい…愛しい…我らが末裔(こ)よ……


  暖かい光が、アストリアを包み込む。



「アストリア! アストリア! 生きてるなら返事をしろ!」


  何だ? まだ死んでは居ないはずなのに意識が戻らない。

 空から、柔らかい光がアストリアを包み込んでいる。


  暖かい、魂の煌めき……。


  その光は彼の右手に収束し、紋章を象る。剣と盾の紋章を。


「これは……勇者アストリアを意味する剣と始祖アスティアの象徴盾……」

「なんなんだこれは?」

「ローラン王国を意味する紋章だ」

「一体何が?」


  ゆっくりとアストリアが瞳を開ける。


「アストリア、聞こえているか?」

「ええ……どうやら意識が飛んでいたようで……夢を見ていました」

「どんな?」


「お二人が、俺の名を呼んでいて……その後、聞いたこともない男女の声が」


 その瞬間アストリアの右手の紋章が煌めく。


「これは……」


『勇者アストリアよ……みんなを頼みましたよ』

     

「!!!」

「これは……まさか……そうか……通りで懐かしい訳だ…」


  アストリアは……泣いていた。

  自分に力を与えてくれた主を理解した。

  代々その血は自分に王家や家族に受け継がれている。

  彼らの面影は今も尚、生き続けているのだ。


「勇者アストリア、始祖アスティアよ……この力を与えてくれたことに

 感謝します……」


「アストリア、立てるか? 感涙するのは分かるが……」

「ええ、自分はアストリア。勇者アストリアです。国を、皆を守らなければ!」


  勇者アストリアは涙を拭き、今立ち上がる!

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