第24話 勇者アストリア 前編

  ローラン王国、それは男装の貴族令嬢だったアスティア=ローラン

 がいにしえの魔王オヴェリス討伐後、勇者アストリアと共に、周辺に

 群雄割拠した貴族を一つに纏め上げ建国した王国だ。


  ローラン大陸には幾多の王国が存在していたものの、魔王オヴェリ

 スにより、各国は崩壊、有力貴族達は自身が保有する領土を守り抜く

 為に 独自の統治体制を敷き、私設軍を率いていた。


  そんな中、幾多の貴族は没落、消失、吸収の憂き目に遭う。男装の

 令嬢、アスティア=ローランのローラン家もその中の一つだった。男

 子に恵まれなかったローラン家はアスティアを男として育て上げ、当

 主の座につかせるつもりだったが、没落し私財を失っためその目論見

 はつゆへと消えた。


  しかし、男装の麗人として育て上げられたアスティアは、稀にみる

 高い社交性を保持しており、更に話術と知謀に長けていた。全ては勇

 者アストリアと出会ったことから始まる。まだ、未熟だったアストリ

 アを仲間に引き入れ、オヴェリス討伐をも成し遂げた。


  魔王討伐後、隠棲しようとしていたアストリアを説得し、王国を建

 国する事を打ち明ける。そして、様々な貴族や友人の力を借り、ローラン

 王国を建国することにこぎ着けたのである。


  そして、アストリアとの間に三人の男子をもうけ、長子の血統が

 ローラン姓を、次男の血脈がロードシルト姓を、三男の末裔がウィン

 フィールド姓を代々名乗っていくこととなる。


  バルバトス=ロードシルトの子アストリア=ロードシルトは始祖

 アスティア=ローランとアストリア=ローランの血を受け継ぐ傍系の

 家系なのだ。そして、ローラン家に嫡子が生まれなかった場合や王と

 しての器にたりうる人物でなかった場合は、いずれかの二家の中から

 次の王として選出される事もあった。


  しかし、現国王アルキオス=ローランは国王にふさわしい人物と能

 力を兼ね備えつつ、子宝にも恵まれていた。更に長子のレオナルド、

 次男のゲルハルト、三男のエリオンは共に国王を継ぐに申し分のない

 傑物達だっだ。

  

  そんな中でアストリアは王家と勇者の血を受け継ぎながらも、力も

 極めて凡庸で知力にもめぼしさが見当たらず、父バルバトスと比べても

 実力も実績も遙かに劣るというのが現状だった。ただ、血族だという

 それだけだ。


  優秀な人物に囲まれていた事が彼自身のプライドを痛く傷つけた。

 アンネローゼ王女やロザリア王女と比べ、弱いわけでもないが、彼女

 達は女性で、自分は男子で更に年長者と言う立場にもあった。


  極めつけは、ローラン家次男のゲルハルト殿下にロードシルトの名

 前を受け継がせようという話も出ていた事だ。ロードシルトは王家の

 血を受け継ぐ名門貴族であり、ローラン家にとって身内で尚且つ、最

 も信用が出来る臣下だ。ロードシルト家の初代当主は王の盾として、

 アスティアやアストリアの子として、武勇に長けた人物だった。 


  自身の名前もそうだ。実際問題名前負けしている。英雄アストリア

 の名前を頂きながら、魔王グレゴリウス討伐時のその他大勢でしか

 なかったのだから。武勲らしい武勲はそれくらいしかなかった。しかも、

 たまたまそこに居ただけなのだ。様々な幸運が重なっただけ。


「アストリア、本国から連絡がありました。本隊が王国を出立し、こちら

 に向かっているとのことです」

「ついに、ゲルハルト殿下がお出でになられるのですね」

「ええ、お兄様も悟さん達も一緒です」


  勇者峰山悟。アストリアにとって、彼は憧れの一人だ。自分も勇者の

 血を引く人間の一人だというのに、ここに来て間もない彼の方が、自分

 などより魔王討伐に貢献していた。自分もそうなりたかった。それと

 同時に自分が、情けなくなったりもした。


「アストリア、もうアンネとは呼んでくれないのですね・・・」

「私達は同じ一族とは言え、あなたは姫殿下で私は臣下なのです。けじめ

 はつけないといけません」  

「ロザリアも寂しがってたわよ。ロザリーって呼んでくれなくなったって」


  実際問題、指揮系統としても彼女が上官で自分は部下なのだ。父の

 バルバトスのように軍の指揮を総括できれば、また話は違ったのかも

 しれないが、アストリアには現場で剣を振るう事しか能がない。その

 事が、彼を一層卑屈にさせていた。


  アンネローゼ王女殿下には正直感謝している。彼女直轄の近衛兵長

 であるにも関わらず、ある程度自由にさせて貰っているからだ。前線

 へ赴き、剣を振るう事も許されている。


  アンネローゼとロザリアは、いつかは誰かに嫁ぐ事となるだろう。

 ロザリアは随分と峰山悟に執心で、今のような非常事態になるまでは

 ずっと彼の元に入り浸っていたのだ。


  まだ、彼女達には嫁入りの話はない。特に魔王に欲望の限りを尽く

 され、傷物にされたアンネローゼの嫁ぎ先などは見つからないのかも

 しれない。そして、自分もその嫁ぎ先の候補に挙がっているのも知って

 いる。ただ、アンネローゼ姫殿下は部長こと、桂山敬吾を大層気に

 入っていて、元妻とよりを戻した際は悲嘆に暮れていたものだ。


「もう一息です。アンネローゼ様。みな、疲弊しておりますが、彼らが

 到着すれば反撃に転じる事ができます。自分も前線に赴きましょう」

「うむ。しかし無理はするなよ。アストリアを傍に置きたいと申し出た

 のは私の我が儘なのだ。ロザリアと共に前線の指揮を頼む」

「承知いたしました」


  

  名前も、今の地位も、名声も、全て人から与えられたものだ。何一つ

 自分の力で手に入れたものはない。それらは彼を、いやが上にも孤独に

 させていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る