第21話 波乱の幕開け

  青空に薄らと雲が掛かった昼下がり、古都アスティアの街道を歩く

 クレア。首ったけの彼は、家でゴロゴロゴロゴロしていて、毎日毎日

 飽きもせずテレビゲームに夢中だ。


  別に彼を見限ったわけでは無い。魔王グレゴリウスだった自分を愛

 してくれるのは、多分これからも彼しか現れないだろう。そして、屋

 敷内には、多数のライバルがひしめき合い、彼の愛を簒奪せんがため、

 虎視眈々と機会をうかがっている。


  だからたまには気分転換を兼ねて、街道を目的も無くぶらぶら歩く

 のだ。街中の人々には顔を覚えられ、中には手を振ってくれる人も

 いる。仲間達は、自分が魔王だったことを内密にしてくれていた。


  本来なら罵声をあげ、罵られる事も多々あっただろう。しかし、今

 の自分は一人の少女クレアとして、新しい人生を送っているのだ。笑

 顔で話しかけてくれる人も居る。かつて生きたあの頃とは別世界だ。


「あれが・・・魔王グレゴリウスの真の姿か・・・」

「いい気なものだな・・・」

「あんな笑顔も・・・見せられたのだな・・・」


  かつては魔王の部下として付き従った男達。悪逆非道だった男が女

 だった。魔王グレゴリウスの素性は正直よく知らなかった。昔、勇者

 として魔王リデギラを討伐し、神に逆らい魔界へたたき落とされた男。


  彼らには不敵な笑み、憎悪に満ちた瞳、執念深く陰湿。逆らうも者

 には一片の情けすら与えない。恐怖に値する男だった。それは今はこれ

 だ。女として生き、その幸せを肌で感じながら生活する毎日。


「しかし、我々を裏切った。今更情でも湧いたか?」

「もう、時間は戻らない。事態は動き出した。もはや後戻りはできん」

「ああ、もはや我々は緩やかな滅びを待つのみ」

「例え、そうだとしても・・・裏切り者には・・・死を!」



「セシリア、出かけるのか?」

「ええ・・・天界から・・・お父様からお呼びが掛かっちゃって」

「ふ~ん」


「多分、お小言か何かだと思うけど、すぐ戻って来るわ」

「お前・・・本当に戻って来るのか?」

「どうしたの急に」


「嫌な胸騒ぎがする」

「そんな、気のせいよ」

「そうだといいが」


  ソファーに寝そべってゲームをしている俺の隣に座り、横から腕を

 伸ばし俺に抱きつくセシリア。


「そんなに私のことが好きなんだ? 嬉しいわ」

「お前、様子が変だぞ、何か隠してないか?」

「チューする?」


「はぐらかすなよ」

「大丈夫・・・大丈夫・・・だから」


  そう言って、俺のほほに優しくキスをする彼女。何かが変だ。元々

 あの女は変な女ではあるが、物憂げな表情でじっとこちらを見つめて

 いた。本当に用事があるときはいつの間にか居ないのが常だから。


「いってくるわ」

「ああ、ちゃんと帰って来いよ」

「うん、いってきます」


  嫌な予感はしながらも、結局は何事もないように見送った。考え過

 ぎだと思いたいが。人間の嫌な予感と言うのは案外当たるもので、特

 に理由も無くそう言った事を感じるときがある。半々位だが。


  あれから毎日のようにだらだら過ごしまともにレベルも上がってい

 ない。それでもこんな時間がいつまでも続くと思っていた。いつまでも

 続いて欲しいと願っていた。


  しかし、そんな願望は音も無く崩れ去った


「うそ・・・だろ・・・」


  アスティア駐留の兵に呼ばれ、兵舎へと向かった俺達。そこで目に

 したのは、心臓辺りを魔法で打ち抜かれ息絶えたクレアの姿だ。幾ら

 彼女が元魔王だとは言え今はレベル10の勇者。悪意があるものに

 とっては造作も無いことだ。


「誰が・・・何のために・・・こんなことを・・・・・・」


  既に彼女の体は冷たくなっている。ほぼ即死だったという。回復魔

 法で既に傷は塞がれ、出血も止まっている。しかし、衰弱しきった彼

 女を死の淵から蘇らせるには至らなかった。


  もし、リザレクションの魔法が使えるのなら彼女も蘇ったかもしれ

 ない。しかし、今ミレイアは留守中でセシリアは天界だ。死後数時間

 経過した今ではもはやリザレクションの効果も無い。


  もう、彼女のあの柔らかい笑みは戻らない。二人抱き合って愛を囁

 き合った時間も。怒って、拗ねて、笑い合ったあの頃。俺はただ、

 泣いた。これ以上無いくらい大声を上げて喚いた。人生でこれほど泣

 いたことは一度としてなかったはずだ。


  皆が目を腫らし、泣いている最中、ミレイアが現れた。


「これは・・・何という事でしょう・・・」

「ミレイア・・・お願いだ・・・何とか・・・ならないか?」


  一瞬間を置き、ミレイアはすっと手を差し出した。その手には首飾

 りが握られている。


「ここに、この首飾りの魔石の中に彼女の魂が封じ込められています。

 この魔石は神に認められた英雄の魂が封じ込められるもの。彼らは

 魔と戦うときに神の力によって仮初めの肉体を与えられ蘇ります。


 彼女は魔王と成り下がったとは言え元は英雄。私が天に召される最中

 の彼女の魂を導きこの中に封じ込めました。そして、知っての通り、

 もはやリザレクションに効果はありません。いえ、そもそも彼女は魔

 

 界の邪法により、老いを知らない体。リザレクションは効果がないのです」


「じゃあ・・・どうにも・・・ならない・・・のか?」


「彼女の体と、魂は私が一旦預かりましょう。体を浄化せねばなりません」

「それじゃ・・・クレアは・・・」


「私がどうにかしましょう。但し、これだけは覚悟して下さい。彼女

 にはあなた方と過ごした時間の記憶は戻らないことを。当然、勇者

 としての時間も、魔王として生きた時間も全て記憶から消去されて

 しまいます」


  一瞬、言葉に詰まる。それでも俺は・・・。


「はい・・・それでも構いません・・・むしろ、すっきり忘れた方が

 彼女のためかも知れません・・・」

「分かりました。彼女は連れて行きます。それと、今まで彼女を愛してく

 れて、本当にありがとう。心の底から感謝しています」


  大事な人を失った悲しみ。あのクレアは戻ってこない。そう思うと

 ただ、ただ、涙が溢れるばかりだった。帰った後も涙は止まらなかった。


「彼女がいないと寂しいものね・・・」

「ああ、それにセシリアが帰ってこない・・・」

「一体・・・何が起こったのかしら?」


  翌日、ソファーに腰掛け呆然とする俺とロザリアとリザリー。既に

 別邸が建築され、部長達はそちらに移っていた。それでも頻繁にこちら

 に顔を出すが。今日は、気を遣ってくれているようで、こちらにはやって

 来なかった。


「ゴンザレス・・・いつの間に・・・」


  気づいたときには目の前にゴンザレスが立っていた。


「リザリー・・・本当にいいのね?」

「ええ、一度エルフォリアに帰るわ」


「おい! どうしたんだ?」

「ちょっといってくるだけよ、そのうち帰ってくるから」

「そのうちってどれくらいだよ!?」


「分からない・・・」

「なんだよ・・・それ・・・」

「昨日ミレイアに言われたの。エルフォリアでまた、よからぬ事が起こる

 かもしれないって」


「待てよ! 俺は、お前まで失ったらどうしたら・・・」

「分かってる・・・分かってるよ。それでも、私は勇者。勇者リザリーよ。

 いかなきゃ・・・」


  一度魔王を倒したと言うのにまた、彼女に背負わせようというのか?


「今まで・・・ありがとう。楽しかったよ・・・」

「絶対! 絶対だぞ! 絶対帰って来いよ!」

「うん、そのつもり」


  そう言って、リザリーはエルフォリアへと帰って行った。物憂げな

 表情が入り交じった笑顔。いくな!とも俺も行く!とも言えない自分が

 本当に情けなかった。実際いったところで役に立てるかすらも分からない。


「なんだよ・・・これ・・・」

「悟さん・・・」


  力なくソファーにうなだれる俺。そして続いてやってきたのが・・・。


「姫! 一大事でございます!」


  バルバトス将軍だ。


「? どうした?」

「魔王城が・・・奪還されました・・・」


「何だと!」

「それで皆はどうしている?」

「それが・・・」


「アルベルト第四王子が亡くなられました・・・」


 その言葉に硬直するロザリア。


「うそ・・・うそでしょう・・・」


「魔王城に向かう途中、敵の大群に襲われ、遺体も回収できなかった

 とのことです」


  目に涙をため、それでもしっかりとした口調で答えるバルバトス。

 あの、気丈だったロザリアが絶叫し、嗚咽し、泣き叫ぶ。アルベルト

 第四王子はリリアと同じく、ロザリアが可愛がっていた弟だ。


「姫、城へ戻りましょう・・・魔道士を待たしております」


  ひとしきり、泣き終わったロザリアへバルバトス将軍が声を掛ける。

 正直、俺としても何と言って良いのか分からなかった。みんなが

 居なくなっていく・・・。


「すまん・・・悟。みっともない・・・姿を・・・ぐす・・・」

「いいさ。泣きたいだけ・・・泣けば良い・・・」


  そう言って優しくロザリアを抱擁する。


「すまん・・・もう戻れないかも知れない。」

「それでも、待ってるから」

「ありがとう・・・」


  魔王城が陥落したと言う事はここでも何かが起ころうとしているのか?

 

「バルバトス将軍」

「今は、我々にも状況が把握しかねております。分かった事があれば後ほど

 連絡を入れますゆえ、今はコレにてご容赦を」


「ありがとう」

「いえ、礼には及びませぬ」


  まだ、気持ちの整理がつかないまま仲間が次々と去って行った。

 良くないことという者は立て続けに起こるものだ。


「またこの面子だけになっちゃったっすね~」

「ああ・・・」

「皆さんがいないと・・・火が消えたようです」


  数日後、日本への異世界ゲートが封鎖されたことを俺達は知る。


(ダメだな・・・後悔しても、後悔してもまた後悔する・・・いつまで

 経っても進歩がない)



  あれから幾日から経過した朝、部長が久々に食卓に現れた。


「行くのだろう?」

「・・・」


「部長はより戻したばっかりでしょ~」

「ああ、妻には怒られたよ・・・マリカには・・・泣きつかれた」

「下手したら今生の別れになるかも知れませんよ」


「ここに来るとき一度は覚悟したことだ」

「とは言っても、テレポートで戻って来れますけどねぇ」

「何が起こっているのか分かるまで静観するのもありだろう」


「でも、まだ先輩レベル12っすよ」

「そうだな」

「結局ここに来てゴブリン狩った記憶しかないっすよねぇ」


「何度かセリスティア周辺でキャンプ張ったけどな」

「今度はレンタルじゃない馬車が欲しいところだな」

「馬の世話が面倒っすよねぇ・・・」


  最初から、どうしたいかなんて分かりきっている。


「ミレイア・・・」


  どうやら俺が考え事をしている最中にやってきていたらしい。


「皆さんに話しておかなければならないことがあります」

「?」

「セシリアはもう帰って来ることはありません」


「・・・どういうことだ?」

「彼女は我々神にとっても人間にとっても最後の切り札。世界再構築の

 奇跡『リヴァイヴ』を使えるのは彼女だけなのです」


  世界再構築? どういうことだ?


「神も魔も魔法もない地球のような世界になります。元いた人々も蘇り

 ますが、同時に記憶も失います。全て無かったことになるのです。

 自分の都合の良いように世界を作り替える究極の奇跡。それが

 『リヴァイヴ』。魔に我々や人間が滅ぼされかけたときに使用する、

 最終手段でもあります」

 

「それは・・・」

「ええ、私は勿論、セシリアも消えます」


「本当に究極の手段だな・・・」

「しかし、魔の手に世界が落ちる事を考えれば致し方ない処置でしょう」

「そんなことはさせない・・・」


「もはや私の未来視も不可能なほど強力な闇が世界を覆っています。

 そして、残された希望は唯一。あなた方のみ」


「それでも、俺は・・・前に進む道を選ぶ・・・」


「セシリアは天空城から離れることが出来ません、ロザリア姫も近々

 魔王軍と衝突することになるでしょう。リザリーはエルフォリアの敵の

 手に落ちました。クレアが蘇るまで今暫く時間が掛かります。

 

 彼女達を見捨てるも助けるもあなた方の手に委ねられているのです」


「今何が起こっているんだ?」

「古代に神々と邪神との戦いがありました。勝ちを収めたのは我々神々です。

 そしてつい先日、邪神ベルガリスと四人の古の魔王達が蘇りました」


「なぁ?メサイア様って言う人は何をしてるんだ?」

「先日の、邪神ベルガリス軍との戦いでお亡くなりになられました・・・」

「・・・」


「ベルガリスは大けがを負い、しばらくは身動きがとれないでしょう。

 そして最高神の座にセシリアが着きました。今は『エインヘリヤル』

 を発動し天空城に立てこもり中です。現在天空城は『エインヘリヤル』


 で復活した英雄達が防衛に着いています。かつての魔王を倒してきた

 選りすぐりの精鋭達です。彼らが防衛している以上すぐに陥落すること

 はありません。しかしいつまでも持ちこたえられるとは限りません。


 邪神ベルガリスは『リヴァイヴ』の発動だけは何が何でも阻止したいの

 です」


「他の神々はどうした? いないのか?」

「先の戦いで全滅しました。残りはセシリア、ゴンザレスと私のみです」

「絶望的じゃないか・・・」


「しかし、あなたにはそんな絶望的な状況にも負けない強い力が宿って

 いるのです。あなた個人の隠しスキル『不屈の闘志』『起死回生』です。

 まず『不屈の闘志』はピンチになればなるほどステータスが上昇し、


 HPやMPが回復していきます。次に『起死回生』これは、ピンチに

 なったとき、強力な倍撃を繰り出す秘技中の秘技。倍率はレベルに左

 

 右されますが、二つのスキルが合わさったときどんな強敵も薙ぎ倒す

 事が可能でしょう」


「ちなみに、これを持っているのは?」

「この二つを合わせ持っているのは全世界でもあなたのみ。レベル10に

 到達した時点で隠しスキルとして既に入手済みです」


「実はセシリアって凄くね?」

「ええ、そうね。何が何でも連れてくるって張り切っていたわ」


  それで、あのしつこさか・・・。それにしてもあの女・・・、

 最後かも知れないって言うのに何も言わなかった・・・。


  あの屈託ない笑顔がや憎まれ口が今も尚、俺の心の中に刻みつけ

 られていて離れない。


「リザリーは?」

「彼女はしばらくは大丈夫でしょう。あなたをおびき寄せるために

 保護をしているようですし」


「エルフォリアのいにしえの魔王って言うのも俺のことを恐れてるのか?」

「そうです、あなたは魔王や邪神を打ち倒す可能性がある歴代でも最強の

 勇者。神々がいないこの世界で彼らにとっての唯一の邪魔者です。残った

 我々には戦闘能力がありませんので・・・」


「いくよ・・・皆を取り戻すために」


  過ぎ去った時間はもう戻らないのかも知れない・・・それでも俺は取り

 戻す! 彼女達を、彼女達の笑顔を!

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