第18話 父と娘(ちちとこ)

  定期的に日本から手紙がやってくる。俺や井岡宛ではない。部長へ

 の手紙だ。元奥さんや娘さんからだ。たまに息子からも来るらしい。


  こちらには電話など存在しない。だからTellイヤリングを使用

 して連絡を取り合うのだが、Tellイヤリングは多数から多数、

 もしくは特定の誰かと誰かと連絡を取り合うもので、目的別にしか

 使用できないのだ。電話のように番号さえ知っていればいいと言う

 ものでもない。

 

  俺達もグループ用としてTellイヤリングは保持している。しかし、

 身内同士でしか会話は不可能だ。それに外してる奴がいると会話が

 伝わらない。基本外出時や狩りの時くらいしか持ってないのである。


  更にインターネットもテレビも存在しないような世界だ。よって

 連絡手段はTellイヤリングを除いては手紙という古典的な手段だけ。


  ただ、部長の様子がいつもと違うのが、そのきょどり具合だ。コーヒー

 カップを床に落とし口に含んだコーヒーが口から床にボタボタと零れ

 落ち、右手にはしっかり手紙を握ったまま。手と体がわなわなと震え

 ている。


  もしかして、元奥さんが再婚でもしたか? 誰か亡くなった? 

 そう言えば、娘のマリカちゃんはもう今年で25歳だっけ。息子は

 結婚するにはまだ早いか。とするとマリカちゃんができちゃった

 から結婚する。そう言う話か?


「部長さん?」

「ああ・・・すまないセリスティア。つい取り乱してしまった」

「どうかされたんですか?」


「娘が今度・・・彼氏を連れてくるんだ・・・」


  あちゃー・・・これはきつい!


「とりあえず、コーヒーカップ片付けますね」

「すまない・・・」


  アレだな、彼氏を連れてきて、お嬢さんを私に下さい!とかそう

 言う奴だな! うーん・・・。嫌な予感しかしない!


  しばらくの間、部長は屋敷を空けていた。用事ができたとの事で

 一度日本に帰るという。一体何の準備をするつもりなんだ!? 興

 信所にでも相手の素性を探らせるつもりか!?



  そしてこれである!


「部長・・・何で・・・フル装備なんすかね・・・」

「決まっているだろう? こちらではこれが正装だ」

「それは、確かにそうなんですが・・・相手は日本人なんでしょ?」


  娘の彼氏とかやらを殺る気満々だ! 

 

  バルバトスやアンネローゼ様、アストリアまで来ている。


「桂山殿の娘さんはアストリア、お前と同い年らしい」

「へぇ・・・そうなんですか」

「それに比べてお前はいつまでたっても・・・」

  

「その話は・・・よしましょう・・・父上」


  部長曰く、一人で会う度胸が無いからみんなも一緒に居てくれ、だそう。

 アンネローゼ様はにやにやしている。絶対面白がってるな。それにしても

 アストリアが来てくれて助かった。部長が暴れたら俺と井岡だけじゃ手に

 おえないからな。


  今の部長はレベルが40あり、クラスチェンジ済みでキングになって

 いる。タンク職最強の固有職であり、王または王の素質を持ちうる者

 だけが成れるという非常にレアな職業だ。


  アストリアは職業軍人なので既にパラディン50だ。バルバトスは

 ジェネラルだ。両方共汎用の上級職なのだ。


  そして、遂に運命の時がやって来る。


「こんにちはー」

「はーい、今行きますぅ」


  セリスティアがメイド服姿で来客を応対する。一応、俺も向かうか。


「こちらで部長さんがお待ちです」


  男女の二人連れ、ああやっぱりそうだ。マリカちゃんだ。


「や、大きくなったね。正直小さい頃にしか会ったこと無いけど、美人に

 なってて驚いた。そちらが彼氏さん?」

「こんにちは、お久しぶりです。峰山さんは相変わらずですね。全然変わ

 らなくて地味。あれ? そちらの小さいお嬢さんは?」


「マリカちゃん久しぶり。俺、井岡誠」

「うそ! あのイケメン井岡さんがこんな姿に? 話では聞いてたけど

 かわいいー。ハグハグしていい?」


「それで、そちらは?」

「ああ、紹介するね私の彼氏の鷹山雅彦さん」

「どうも、鷹山です」


「桂山部長の部下だった峰山悟と井岡誠です」

「良かったらこれを」


  そう言ってすっと名刺を差し出す。○×商事の主任さんか・・・。

 一流企業じゃん・・・。正にエリートオブエリート。


「ただ、先に言っておくと。部長かなり殺気立ってるから・・・」

「ああ・・・多分そうだと思ってた・・・」

「多分、みたら引くよ」


「・・・まさか・・・」

「ふっ・・・そのまさかだよ・・・」


「来たか・・・」


「初めまして皆さん、桂山敬吾の長女のマリカです」

「おお、あなたが桂山殿の娘さんか、美人ですな~」

「初めまして、私はマリカさんとお付き合いさせて頂いております、鷹山

 と申す者です」


  ガンッ!!!


  鷹山氏が挨拶を終わった途端剣の鞘を床に叩きつけ威嚇する部長。


  二人とも既に引き気味である。


「お父さん・・・何・・・その格好・・・」

「こちらではこれが正装なのでな、流儀に会わせただけだ」


  嘘つけ! いちゃもんつけて彼氏を亡き者にしようとしてんだろ!


  相変わらず、アンネローゼ様はにやにやしていて楽しそうだ。


「とりあえず、そちらの方の紹介をお願いしていい?」

「ああ、まずあの青い髪の少女が女神セシリア、赤い髪の女の子がクレア、

 元部下の二人は知っているな? 小さいときに会ってるだろう? プラ

 

 チナブロンドの少女がローラン王国第三王女ロザリア殿下。ブロンド

 の女性がアンネローゼ第二王女殿下。それと壮年の男性がバルバト

 ス将軍で、こちらの若い男が将軍の息子でアンネローゼ様直属の護衛

 

 アストリアだ。それと出迎えてくれたのがシスターセレスティアだな。」


「シスター???」

「良かったらそこにおかけ下さい。立ったままでは話がしにくいでしょう」


「そして彼女がリザリーだ」


  テーブルの上にカップを差し出すリザリー。どうしてこんな大人数が

 集結しているのだろうと訝しげなマリカ。それはそうだろう。普通で

 は無い。更には威圧感たっぷりで鷹山氏を睨み付ける部長。


「お父さん、やめてよ。雅彦さんが困ってるでしょ!」

「いや、いいんだ・・・」


  これはやりにくい! 部長は全身フル装備で剣を鞘に入れたまま床に

 立て杖のように握っている。何かあれば襲い掛かりそうな勢いだ。


「それで話というのは?」


  ギロリ、その鋭い眼光を鷹山氏に向ける部長。威圧感タップリに

 威嚇するような目つきで。


「お父さん・・・娘さんを、マリカさんを私に下さい!」


  一瞬間をおいてすっと立ち上がる部長。そして柄を握り、剣を鞘から

 抜き出そうとする。


「部長! 落ち着いて!」

「許さん! 誰がお父さんだ! そんなこと認めん! 認めんぞ!」


  嫌な予感がしたから予め近くにいてよかったわ!

 

「ひぃぃぃぃ――――――――――――」


  腰を抜かし後ずさる鷹山。


「おっさんやめろ!」

「こんな男を認めるわけにはいかん! 叩き斬ってくれる!」


  話し合いをする前から! ちょっとは話を聞いてやれよ!

 ほうほうのていで部長を押さえつける俺と井岡。まずい引きずられる。

 さすがレベル10勇者の俺とアークメイジの井岡。これじゃ無理!


「おい! アストリア! 見てないで手伝え!」


  アストリアもすぐに押さえに掛かる。三人で抑えればさすがに斬り

 かかる事は出来まい。


「離せ! 離さんか! 許さん! 絶対に結婚なんぞ許さんぞ!」

「おちつけ、ハゲェエェェェェェェェェ――――――――――――!」


  一度部長は動きを止め、剣を一度鞘に戻す。


「取り乱して済まん・・・」


  そう言って、俺達が力を緩めた途端再び斬りかかろうとする!


「ちょ! フェイントかよ!」


  既に鷹山氏の顔は蒼白になっている。そりゃそうだ。こんな奴世界

 広しと言えどもここにしかいないだろう。


「部長、ダメにしても取りあえず話くらい聞いてあげたらどうですか?」

「聞くまでも無い。興信所に素性を調べさせたら面白いことが分かった、

 それに○×商事に勤めている部長の畑山と言う男は私の同級生でな、色々」

 教えてくれたよ」


  やっぱり調べてたんかい! さすが部長。元エリートだけあって何に

 でも全力投球。さすがに引くわ!


「鷹山君とか言ったな。君はマリカに隠していることがあるだろう?」

「いえ・・・隠し事なんてものは・・・」

「幾ら隠そうとも、嘘をついても私には分かる!」


  俺にも分かっちゃった! 髪の流れ方とかがちょっと不自然な箇所が

 ちらほら。ぱっと見じゃ分からん! 最近の技術は凄いなぁ。


「それにだ、ここは危険な世界だ。幾ら日本人と言えどもモンスターに

 襲われればひとたまりも無い」


  なんつー例えだ! 明らかに脅してるやん! あんたが一番危険だわ! 

 もみ消すつもりだ! その為にアンネローゼ王女殿下を呼んだんかい!


「それに、こちらでは不敬罪というものがあってな・・・礼を失する行

 いがあれば、私のこの手で処刑することも出来る。例えばそうだな・・・

 私に下卑た視線を向け、ねぇちゃんやらせろや・・・等の暴言を吐いた

 為、切り捨てたとかな」


  えん罪だ! えん罪で人殺ししようとしている! 何なのこの人達!


「言いたくないか・・・それならば」

「あわわわわ・・・・・・」

  

  そう言って部長は剣を投げ捨て、鷹山に近づく。そしてその髪を引っ

 張ると・・・。とれた。ヅラが。


「こんな隠し事をしているような男に娘はやれんな!」

「鷹山さん・・・ハゲだったの?」


「いや、隠し事をしていた事は済まなかった。いつかは言おうと思ってたんだ」

「娘はハゲが大嫌いでな。私もハゲハゲと忌み嫌われたよ・・・」

「信じられない・・・」


「何か言い残すことはあるか?」

「それでも私は彼女を・・・」

「畑山に聞いているよ。色々と。君は出世競争に乗り遅れ既に後輩にすら

 後れを取っているそうだね」


「・・・・・・」

「そして、仕事を辞めるのも時間の問題。いずれ居場所がなくなり、

 会社を辞めざるおえなくなるところまで追い込まれる」


「それに極めつけは初婚でないこと。三度目らしいじゃないか離婚は。

 それで、君は四度目の離婚体験でもしようというのかね?」


「お父さん・・・」

「帰りたまえ、君のような奴には天と地がひっくり返っても娘をやる

 わけにはいかん」


  最後の助けを求めるべくマリカに視線をやる鷹山しかし、その表情は

 侮蔑に満ちていて覚悟を決めたようだ。


「鷹山さん・・・もう終わりね、帰って」

「マリカちゃん・・・」


  最後の頼みの綱もたたれ、すっと立ちよろよろとした足取りで去っ

 て行く鷹山。


「お父さん・・・ごめんなさい・・・」

「いや、いいんだ。私も厳しすぎたかもしれん。でもマリカが不幸に

 なると分かっていて反対しないわけにはいかないんだ」


「お父さん・・・私もここで暮らしていい?」

「ああ・・・勿論だとも。マリカが例え結婚できなくてもお父さんが

 一生面倒みてやる」


「嬉しい! やったー! あいつしつこくて清々したわー。会社辞めて

 連れてきて正解だった。お父さんならそう言ってくれると思ってたもん」


 は? なにそれ。俺達は唖然とする。


「ははは! なるほど、そう言うことか、これは一本取られたな」


  高らかに笑い声をあげるアンネローゼ王女。


「つまりは、こうなることを見越して来たって事でしょ~。お金持ちに

 なった父親に一生面倒見て貰いたくて」


「マリカ・・・」

「パパ! 大好き!」


  要するに・・・働きたくないクマ!!! ってことかよ!


「これからもよろしくね~」


  くっそ、騙された。一瞬でも同情した俺がバカだった! えげつねぇ!

 この子超えげつないわ!


「なんなら、峰山さんが面倒見てくれても良いよぉ~?」

「お前、このラインナップ見てよくそう言うこと言えるな!? まず部長に

 殺されるわ!」

「だよね~でも、まぁ・・・いいじゃん」


  こうして予期せぬ居候が増えることとなったのである。

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