第13話 傷跡

  ロザリア王女の姉、アンネローゼ第二王女がお忍びでやってきた。

 女神ミレイアの治療のお陰で正気を取り戻した。仇敵ゴブリンキング

 と魔王を倒した礼を伝えに来たそうだ。


  ただし、今リビングでは井岡、ミック、バルバトス、部長の4人で

 雀卓を囲い麻雀をしている。護衛にはアストリアがついてきた。

 立ったままだとうっとおしいのでソファーに座らせたが。


  入り口には名も無き一般兵が二人ほどで警備に当たっている。

 交代要員として更に二名。今はお茶とお菓子の差し入れで休憩中だ。

 リザリーはそう言った気遣いのできる女の子だ。


  どこかの誰かさん達と違って。


  そして、今俺はアンネローゼ第二王女殿下にまじまじと様子を見ら

 れている。あんまり見られると恥ずかしいんですけど!


「ロザリア、あれは何だ?」

「ああ・・・クレアがりんごを剥いて悟さんに食べさせてるところです」

「それにしても、私の知っている魔王と随分・・・」


  そう、クレア(元魔王)が俺にりんごを剥いてあーんして食べさせて

 くれている。男のロマン。男の夢。ちょっとだけ憧れたりしたものでは

 あるが・・・俺は手に持っている果物ナイフが気になってしょうが無い!


「あ~んして~」

「あ~ん」


「おいしい?」

「オイシイヨ」 


  心の中ではリンゴなんて多少品種の違いはあれど、全部味なんて似た

 ようなもんだろって思っては居るが、口に出して言えない理由がある。


  下手なことを言えば、彼女がリンゴを剥いている果物ナイフが、

 こちらに向けられるからだ。俺の顔は完全に引きつっていた。


「・・・あれは脅されているのか?」

「多分・・・手に持っているナイフが気になってしょうがないんでしょ

 う・・・」


  それにしても、アンネリーゼ王女が来ているにも関わらず、よくも

 まぁ・・・麻雀とか続けられるもんだな・・・。気にしないで良いとは

 言われているものの。じゃらじゃらじゃらじゃら、牌の音がうるさくて

 かなわん。


  そして、セシリアと言えば仏頂面で携帯ゲーム機をやりながら、

 こちらをちらちら見ている。せっかく美人に生まれて来たのにそんな

 顔してたら台無しだぞ。いや、元々頭からして残念だったな!


「お茶をどうぞ」

「ああ、すまない。ありがとう。君たちには感謝してもしきれないのに、

 逆にもてなされてしまうとはな」


「いいえ、お気になさらずに」  


  ええ子やリザリーは。いいこ過ぎる。こう言う素朴な子をお嫁さん

 としてほしかったんや!


「悟さん・・・どこ見てるの?」

「いや何でも無い! 王女様に失礼なことしてないかなーと気になった

 だけだよ!」


「あなたはね・・・私だけみてればいいの」


  怖っ! この女マジで怖いんですけど! 違う意味でセシリアは

 怖かったけど、この子は直接的すぎてこえーよ! たっけてぇー!


「クレアさん、クレアさん。先輩顔引きつってるんでそろそろ解放して

 あげてくれない? それ以上やると本当に嫌われちゃうよ?」


「わかった・・・」


  すまん、井岡。助かった! 名残惜しそうにとぼとぼとナイフと皿を

 持って調理場へ歩いて行くクレア。何度も何度もこちらを振り返る。こわっ!


「大変そうだな」

「実際、力も自信も無くして落ち込んでるみたいなんですけどね。全然

 そう言う素振りは見せなかったけど」

「あれも、可愛そうな女だな・・・。虐待に次ぐ虐待を受け続け、

 愛に飢え続けた結果があれだ」


  メサイア様とミレイア様の対応が悪かっただけなんだけどね・・・。

 

  昨日はあのセクシーランジェリーでベッドの中に忍び込まれドッキ

 ングしてしまった。お陰で他の女の子達の顔を正視できない。井岡の

 メンタルには恐れ入るよ。よくもまぁ、次から次へととっかえひっかえ

 できたもんだ。当然、褒められたもんではないが。


  ドッキング後に色々昔話を聞かされた。彼女はなかなか性欲の強い

 女で何ラウンドしたか覚えてない。避妊具の使用は嫌がったが、何とか

 納得させて使った。まだ子供は欲しくないんで!


  彼女は幼い頃母親と父親と三人で暮らしていて母親が働いて家計を

 やりくりしていたのだそうだ。その母親も少女期に亡くなった。父も

 幼い頃は真面目に働いていたそうだが、いつしか酒に溺れるようになり、

 性欲のはけ口にされるようになった。


  そして、母が亡くなると体を売って稼いでくるように言われ、父親の

 酒代の為にその体を売って酒代を稼いでいた。そうしている内に妊娠して

 流産の繰り返し、ろくに食事も与えられず、殴る蹴るは当たり前。


  何度も死にたいと一人で泣いていた。身も心もボロボロになった。

 せっかくの美貌も台無しで段々老婆のような様相になっていた。まだ

 少女だった故に、家を出ることもできなかった。


  例え、家を出たとしても娼館へ売り払われるのが関の山だ。家出娘

 を捕まえて売り払い。親に売り払われ、攫われ。そんなことが日常的に

 行われていた時代だ。


  そんなときに女神ミレイアと出会った。奇しくも、魔王が現れ世界は

 恐怖のどん底に突き落とされていた頃だ。飲んだくれの父親も気づいたら

 家から居なくなっていた。どうなったかすらも分からない。


  モンスターに襲われたのか、もしくは喧嘩でもして殺されたか。

 しかし、クレアにとってはもうどうでも良いことだったのだろう。

 自分を愛してくれない父親など。どうでも。


  ミレイアはクレアにとても優しくしてくれたのだという、そして

 ある日、選ばれし勇者なのだという事を女神ミレイアに告げられた。

 

  そして、行きたくないのであればそれでも構わないとも。実に彼女

 らしいと言えば彼女らしい。ただ、彼女は未来視ができるのでどうせ

 クレアが魔王退治に行くことは知ってたんだろうけどな!


  クレアはただ、ミレイアの力になりたかった。だから男になりたい

 そう言った。女神ミレイアの力で男になり、仲間を集め魔王を討伐する

 ことができた。


  苦楽を共にした仲間と言えども彼らにも家族があり、恋人がいて

 魔王討伐後はみな、離ればなれになったという。英雄として祭り上げ

 られても、利用されるだけで、満たされることは無かったという。


  ミレイアだけは自分のことを理解してくれたし、叱ってくれた。

 そんな彼女をグレゴリウスは好きだった。だから、手に入れたかった。

 抱きしめたかった。


  しかし、そんな純粋な思いは全能神メサイアによって打ち砕かれた。

 そして、激高して気づいたら剣を抜き襲い掛かっていた。しかしメサ

 イアに魔界にたたき落とされ、またそこから血で血を洗う戦いが始まる。


  魔界のモンスターは獰猛かつ凶暴で次から次へと襲い掛かってくる。

 それでも血反吐がでるような思いを抱きつつも、グレゴリウスはへこ

 たれなかった。メサイアに対する怒りとミレイアに対する執着のみが

 残った。


  いつしか、グレゴリウスは魔界のモンスターを蹂躙するまでになった。

 勇者の力だけでは無く、魔界人の協力を得て魔界の力をも取り込んだ

 のだ。


  魔界人とモンスターを統べ、彼は誰が言い出すことなく王となった。

 魔界の王に。魔王となったグレゴリウスはまず、地上への進出を目論

 みる。

  

  いつか、仇敵メサイアを討ち果たすために足がかりとして地上を制圧

 することを考えた。もはや、あの当時共に戦った仲間などとうに寿命が

 尽き死んでいて自分は魔界人の秘術によって不老の力を得ていた。


  地上へのゲートを構築し、地上の幾ばくかの地域を支配下に収めた。

 ただし、もうそこには女神ミレイアの姿は無く、女神セシリアが交代で

 やってきていたのだ。

  

  そのセシリアというと長い間まともな成果をあげれず、今に至る。


  魔王グレゴリウスのやってきたことはけして許せることではない。

 でもどこか憎めない。彼は、彼女は、純粋に誰かに愛されたかった

 それだけなのだ。


  しかし、力がある故に歪んでしまった。


  もし、もっと早く彼女のことを愛してくれる誰かが存在していたの

 なら、ああはならなかったのかもしれない。


  俺は彼女の自室に向かい、部屋をノックする。返事がない。鍵は、

 掛かっていなかった。どうやらふてくされて寝ていたらしい。俺は

 ベッドに座り、寝ている彼女の髪を優しく撫でる。


「あ・・・」

「おはよう。特にすることも無くてさ」


  後ろから俺に抱きすがるクレア。おっぱい当たってきもてぃいいい!


「セックス、する?」

「昨晩やりまくったじゃん」

「足りない、あんなんじゃ足りないの」


「また、後でな」

「ちゅーして」


  そう言って俺に甘えてすがる彼女に俺はキスする。ちゅーっとね!

 そして、息が苦しくなるまでずっと抱き合い、見つめ合う。


「私みたいに重い女は嫌い?」

「いいや、そしてち○こ握るんじゃない!」

「え~」


「全く。別に肉体重ねるだけが愛情じゃないだろう?」

「分からない」


「今は分からなくても良い、お互いそう言うのがなくても信頼関係を

 築き上げて、一緒に暮らせるそう言う日が来る」

「嘘、私の知ってる男の人は私の体ばかり欲しがった」


「嘘じゃない。それに爺さんばあさんになって毎日セックスしてるか?」

「・・・・・・」


「お前は今まで、ろくな男とで会わなかった。それだけだよ」

「じゃあ、悟は私にずっと優しくしてくれる?」


「ずっと優しいだけじゃないけどな」

「意地悪・・・」


「人と人が一緒に生きていくって事はつまりは、そう言うことだろう?」

「うん」


「セックスしよ?」

「お前、人の話聞いてた?」


「しないの?」

「今はほら、姫さんとか来てるしさ」


「また、してくれる?」

「約束はできないな、それに愛情なんてそんなにすぐに深まるもんじゃない」


「悟っておっさんみたいなこというね」

「実際おっさんだよ」

「そうなの?」


「40歳」

「通りで、枯れてる訳だ」


「お前も人のこと言えないだろう!」

「女の子に年齢のことを言うのはダメだよ!」


「もう、何か眠くなってきた・・・」

「一緒に寝よ」

「ああ、布団に入れて貰うからな」


「だから弄るなよ!」

「したいの」


「しょうがないな、一回だけだぞ」


  皮肉なものだな・・・誰かを抱いていないと、もしくは抱かれて

 いないと安寧を得られないなんて。


  彼女の心の傷は根深い。それでもお互いわかり合える日が来るといいな。


  正直、ヤキモチ焼かれる度に刃物を向けられるの怖いんで!

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