第5話 部長 桂山敬吾

  井岡誠は俺が務めていたブラック企業の後輩だった。それが女神様に

 ちょっかい掛けようとして、去勢された上幼女に変えられるという無様

 な醜態を晒す事となった。但し、奴は下から上まで守備範囲が広く、

 しっかりロリコンなので気にもとめなかったようだが。


  むしろ幼女生活を満喫しているようにも思える。ギルドの連中には

 そのまま誠、もしくはまーちゃんと呼ばれている。まーちゃんって・・・。

 ぷっ・・・。笑っちゃいかんな。


  但し、ロリコンの変態冒険者に日々狙われる毎日のようで、襲われ

 ないように自身のレベル上げには抜かりはなかった。それはそうか。

 こんな幼女が生きていく為には力が必要だな。ま、女神様をレイプ

 しようとして幼女に変えられたわけだ、自業自得と言えばそれまでだが。


  俺もそれなりに、好き放題させて貰った。その結果。童女井岡は

 俺から離れようとしない。すっかり懐かれてしまった。


  異世界に来てはや、二週間。幼女の体をいじくり回しただけで結局、

 何もしていない。まだレベルが1な俺とマッチングするようなレベルの

 冒険者が他にはいないらしく、正直どうしたものかと途方に暮れていた。


  ただ、幾つか気になったことがあったので井岡に質問をぶつけてみた。


「なぁ、その服どこで手に入れたんだ? 一応ここアスティアの街じゃ

 そんな服見たこと無いんだが?」

「結構めざといっすね。日本に戻って買ってきたりかな~? 特に下着

 類はまともなのないっすから」


  は・・・? こいつ今なんて言った? 日本に戻った・・・だと!?


「まさか、日本に戻れるのか!?」

「ええ、まぁ・・・。でも今更戻ってどうするんすか? また社畜人生

 続けるんす? 俺はもうそんなの嫌っすよ。魔王を倒したら、男に

 戻してくれるって言ってたけど、今更戻ってもねぇ」


  日本に戻れる。こっちに住み着くにしてもあちらでやり残したことを

 全部始末しないと。携帯、回線、アパートの解約。高い違約金を払う

 事になりそうだが、なけなしの100万円を留守の間全て引き落とされる

 のは癪だ。


「それよりも、まーちゃんと毎日いいことしよ?」

「うーん、飽きた。毎日毎日それだけだとさすがにな」

「ひでぇ!」


「逆に聞くけど、お前俺で良いの?」

「いいっすよ。素のままで暮らせるし、先輩ちょろいし」


  こいつ! 俺のことそういう風に思ってやがったんだな! 実際問

 題、40になっても嫁の当てもない俺にとっては願ったりなのかもしれ

 んが。


「あ、セシリア様」

「え、悟さん・・・まだレベル1だったの! 何してるの!」

「たりめーだ。レベルが近い冒険者はいねーし、ここのこともよく分か

 らんし、しばらくこいつといちゃついてただけだっつーの」


「ホモ!?」

「こんな可愛い童女がいたらお前なんかも霞むわな」

「なんですって! だったら!この子を元のおっさんに戻すんだから!」


「ちょ! いらんことすな! それにお前女神だったんかい! ラピス

 とか嘘ついて! 嘘ついてるのは分かってたけど。何でまたそんな簡

 単にバレる嘘つくの? バカなの?」

「あー、あれっすよ。セシリア様は神界でも使いを与えられない平女神

 なんで」


「つまり、駄女神なのを見栄張って必死で隠してたって事か?」

「ちょ、先輩、だめっすよ! セシリア様は幾ら駄女神だからって、

 モノホンの女神様なんすから! 何されるか分かったもんじゃ!」


  駄女神セシリアはぷーとほほを膨らせてむくれている。そんな仕草

 もまた、可愛い気がしないでもないが。こんな嘘つき女とは金輪際、

 関わらない方が良さげ。


「いきなりこっち来たから準備もクソもねーからさ、一旦あっち戻るよ」

「先輩戻ってきますよね?」

「あー、うーん・・・」

 

  この際良い機会だしこいつらと縁を切った方がいいのかもしれんが、

 これから先の当ても無い。行くなら行くで両親にも言っとかないとな。


「捨てないで~!」


  しがみつく童女井岡。これの面倒を見続けるのもなぁ・・・。

 

「んで、どうやったら帰れるの?」



  そこは、町外れに存在してた。ご丁寧にしっかりしたゲートが据え付け

 られていて入国審査が必要だった。俺はこっちに来たときに作った冒

 険者証と書類を提出しゲートを通過する。


  あちら側にはアレルカンティア人らしき人々が警備をしていたが、

 日本側に入ると警備員と警察官が厳重な警備をしていた。それはそうか。

 お巡りさんに聞くとまだ、ニュースにはなってないが異世界の国、

 ローラン王国と下交渉に入っているのだそうな。


  だから事務方があちらに向かったり、ローラン王国側からも交渉役が

 こちらに来たりと意外と慌ただしいらしい。最初は言葉が全く分からず

 地球上の言語とは別体系のものだったので交渉は難儀したようだ。


  しかし、ローラン王国に在住していた日本人が通訳を買って出て

 くれたお陰で何とか交渉が続いているとのこと。交渉も進んで、

 アレルカンティアへとやってきた人間の安否が冒険者ギルドの帳簿で

 確認できるようになった。


  中には死亡者も含まれていたようで遺族にとっては訃報となった。

 そこで、勝手に日本人をスカウトしてアレルカンティアへ連れて行く

 女神セシリアの事もかなり問題視されているようだ。


  ローラン王国側も女神セシリアに勝手にスカウトしないようお願い

 したのだそうだが、あれはかなりわがままらしく、全く意に介さない

 らしい。なるほど、そうだよな!


  警察側も何度か通報を受けたらしく、その度にお説教が始まるのだが、

 瞬間移動で逃げてしまうそうだ。女神の癖に警察に通報された挙げ句、

 説教の途中で逃げるとか・・・。ダメすぎる。


  久々のアパート。二週間程度空けていて、アパートの鍵はあきっぱ

 だったが盗難被害にはあってないようだ。そもそも盗られるような物は

 存在しないが。印鑑と通帳は無事だ。隠しておいてよかった。


  事情を社長に話し、また明日から出社する事を伝える。ただ、

 スーツのサイズが微妙に合わない。それはそうだ。18歳位までは

 身長が伸びていたのだ。今は一回りくらい小さい。


  翌日、いつものように出社する俺。仕事を辞めるにしても一応顔を

 出しておかないといけないよな。回線と携帯と光電話の契約の解除を

 昨日のうちにやっておいた。高い違約金支払う羽目になったが仕方ない。


  まずは、社長室へ向かい、挨拶と謝罪をした。俺のことを凄く心配

 してくれていたようだ。こんな、社長夫妻だからこそ、俺はこの会社を

 辞めなかったのかもしれない。


  次に部長に挨拶と謝罪だ。朝一できたのに普通にいた。仕事面では

 スーパーマンだった部長。たまに泣き言も漏れるが、それでも黙々と

 仕事をこなす尊敬に値する上司。


「なるほど、そんなことがあったのか・・・」


  異世界に行ったので若返ったと言ったら、最初はなかなか納得して

 くれなかったが、実際若返っているのだ。納得して貰うしか無い。

 そして、異世界に行った間、たまりにたまった書類の山が俺を憂鬱に

 させてくれる。部長曰く、後50年は働ける! やったな! だと!


  働くわけねーだろ! このハゲ! と心の中で毒づいておいた。

 結局、今日も終電間際まで働き詰めになったのだが・・・。俺は、

 一体何をやっているんだろう。


  そして、翌日。桂山部長が仕事を辞めたことを知った。昨日が最後の

 出社日らしかった。今まで働いた分の退職金を貰い、有給休暇を丸ごと

 使い切ったそうだ。


  俺の机の上には部長手作りの役職名札が存在していて、『部長代理

 峰山悟』『後のことはよろぴく』との手書きメッセージに書類の山。


「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――」

「あ゛あ゛ぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ――――」

「あのハゲぇぇぇぇぇぇえええええぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇ―!」


「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――」

「あ゛あ゛ぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ――――」



  社内全域に俺の発狂の叫びがこだまする。もはや誰にどう思われ

 たって構わないと思った。女子社員やおばはん達の可愛そうな人を

 見るような目。一通り発狂の奇声をあげ終わった後、女子社員が俺に、


「峰山さん、社長からお話があるので社長室まで来るようにと・・・」


  昇格の話か? そもそも、昇格や昇給したところで俺にはもはや

 どうでもいい話だった。なぜならば、この一件で辞める事を決めたから。


「失礼します」


  軽くドアを三度ほどノックし、社長室へ足を踏み入れる。専務も

 同席していた。会社のこれからの話だろうな。


「桂山部長の話は聞いたかね?」

「ええ」

「だろうな・・・随分と大きな声が聞こえていたよ・・・」


「お恥ずかしい・・・」

「君の気持ちは分からないでも無い、でももう少しだけ付き合って欲しい」

「いや、もう私は・・・」


「分かっている。もう辞めたいんだろう?ただ、それでももう少しだけ

 もう少しだけ待って欲しい。桂山君や峰山君には感謝しても、感謝

 しきれない。いい夢を見させて貰った。一経営者として」


  俺はこの時悟った。そうか、ついに倒産するのか・・・。いや、

 俺ら薄給で倒産するほど資金繰りは悪くないはず、かといって給料を

 増やせるほどの利益も上げてない。


「廃業するんですか?」

「ああ、君たちには本当に済まないと思っている。でもみんな限界だろう?

 私たちのわがままを突き通したばかりにみんなに辛い思いをさせて

 しまった。半年くらい前に桂山君から辞表を受け取ったときに決めていた」


  社長夫妻の息子達に会社を継ぐ意志はない。一流企業に勤めていて

 こんな零細企業に勤めるよりはよっぽどましな生活をしているはず。

 社長や桂山部長はそもそも俺達とは人種が違う。


  一流大学を出て、一流企業に就職し、自分の会社を起業した。桂山

 部長と一緒に。一流企業マンだったが故に、一般人には相当きつかった。

 給料も薄給だ。みんな、ついていくのは大変だったと思う。


「分かりました、最後までお付き合いさせていただきます」

「うん、ありがとう。退職金もできるだけ弾むから、あと一月だけ

 頑張って欲しい」


  少子高齢化によって継続が困難になった会社も多いという。うちも

 結局その少子高齢化に悩まされた一企業の一つだ。中途採用も新入社員

 もどんどん仕事が辛くなっていって辞めていく。


  女性社員が多いのは共働きならまだ、それなりにやっていけるレベル

 の給料だからだ。コンビニやスーパーでパートタイマーよりは給料はいい。

 俺も給料が彼女達と変わらないのが悲しいところだが。十年以上勤めて

 これだ。そら人は逃げるわな。


  それでも、社長には世話になったし、俺は黙々と一月間何とか凌ぎ

 きった。それでも年収250万の俺に退職金500万。最後の心付けって

 奴か。まぁ・・・それならやっただけの甲斐はあったな。


  俺は、アパートを引き払い、実家に戻った。退職金を含めて600

 万弱貯金がある。しばらくは遊んでいようかとも思った。若返った俺

 の姿を見て両親は大層驚いていたが。二、三日実家でゴロゴロ過ごし

 た後、俺は決めた。異世界に戻ることに。

 

  当然両親には反対されたが俺のことを待っているバカがいる。嫁の

 来手もないような俺だ。もし、働き出したとして明るい未来が待って

 いるとは到底思えなかったから。



「先輩! 遅いっす! 何やってたんですか!」

 

  冒険者ギルドに行くといつものように冒険者達が飲んだくれていた。

 その中にはロリ幼女井岡の姿もある。


「お帰り、随分覚悟に時間が掛かったようだね」

「ああ、ヒロミちゃんか。元気にしてたか?」

「そりゃもちろん、可愛い子供と旦那に囲まれて、今凄く幸せなんだから」


  元♂と言う事を考えたら複雑だがそれでも本人が幸せなのなら

 それはそれで構わないのだろう。井岡だって幼女姿を気に入って

 いるようだ。


「随分と遅かったじゃ無いか。でも必ず来ると思っていたぞ」


  声がした方へ振り向くと、そこには、若返り髪の毛がふさふさに

 なった桂山部長の姿があった。


  何であんたがいんの!?

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