第6話 ミックとヒロミ

  俺が異世界に戻るとギルドには部長がいた。部長こと桂山敬吾は

 ゆうに50を過ぎているおっさんだ。もう少し頑張って働けば多少支給

 額は少ないにしても年金暮らしで悠々と暮らしていけるはずだ。


  俺は1kgものゴールドインゴットを日本で購入し、換金所で現地

 通貨と交換した。現在日本で物を購入する際は主にゴールドインゴット

 を売り払い換金して購入する事が主流となっている。なのでアスティア

 の取引所では価格が上昇していた。アスティア金貨500枚程度になった。


  アスティアは古都でアスティア金貨はその頃から鋳造が始まった金

 貨だ。その頃の名残でアレルカンティアではアスティア金貨が流通する

 主な貨幣の一つとなっている。価値は日本円に換算すると1枚大体1

 万円程度だ。500枚もあると結構な重量がある。とは言うものの、銀

 も混じっていてガワだけ金で彩られている貨幣なのだが。


  最初は仕事を押しつけられた怒りで殴りかかろうとも思ったが、

 部長も覚悟を決め、こちらにやってきたようだしとりあえず話を聞く

 事としよう。


  会社を辞める直前の部長は頭がつるつるに禿げ上がっていて何もか

 もに疲れ果てていた様子だった。妻子に逃げられそれは相当なショック

 だったのだろうと推測できる。逆に若返り髪の毛がふさふさな部長は

 生き生きとしていて活力を感じる。やっぱ髪って大事ね。


「部長、どうしてここに・・・そこまでにハゲあがってることを気にして

 いたんですね・・・」

「お前らの中での私のアイデンティティーはそれしかないのか!?」

「ハゲてない部長は部長じゃ無いっすよ」


「まぁ・・・いい。確かにそれもある」


  やっぱり、相当気にしてたんだな!


「妻や娘にもハゲハゲ言われ続け、息子は私を見て将来いつハゲあがる

 のかと戦々恐々としていたのは確かだ。息子が自分の髪の量チェック

 をしているのを見る度に切なさが募る」

「要約すると疲れちゃったんですね」


  部長の話は長いので先に要約して話をぶった切る。


「・・・まぁ・・・そう言うことだ」


「それにしても随分あっちに長いこといたんすね」

「理由はそこのハゲが知ってんだろ!」

「あそこも廃業か~世の中せちがないっすね」


「長い間無断欠勤してたにも関わらず最後は退職金も弾んでくれたけどな」

「ブラック経営者ってみんないい人らしいっすからね」


「それで、わざわざ部長は俺を待っててくれたんですか?」

「別に、丸々一月ここに滞在していたわけでも無いしな。それにしばらくは

 周辺を観光したり近辺の状況を調べていたよ」


「それにしても、よく井岡のことが分かりましたね」

「露骨に避けられればそれは目立つしヒロミちゃんが色々教えてくれた

 からな。」


  もうヒロミちゃん呼びっすか。


「それに、お前は必ずここに戻ってくると思っていた」

「どうして?」

「簡単だ、ここにくれば人生やり直せる。誰しもが思うことだ」


  ああ、この人も後悔してたんだな。


  日本にいても過ぎた時間は取り戻せない。しかしここに来れば女神

 セシリアが、戦士として戦うために中年を過ぎた俺達を若返らせてくれる。

 代償は日本での快適な生活を捨てること、魔王を倒すために戦うこと。


  もはや、頼みの綱の家族というコミュニティから分断された存在の

 俺達が流れてくるのも無理も無い話だ。結局それだけが頼みの綱だった。

 それすら失った今では人生やり直せるならと言う思いも強いのだろう。


「みいいいいいいいいいいいいっく」

「おお! どうしてそんな姿に!」

「なぜだ、なぜなんだあぁあああああああああああああああ」


  辺りの冒険者達が不意に騒ぎ出す。何かあったのか? 小さい男の

 子がギルド内をとことこ歩いているだけなのだが、確かにここには

 不釣り合いに思える。まさか・・・。


「ママぁおなかすいたよぉ」

「あら、ヒロくん。パパは?」

「お仕事してる最中に寝ちゃって起きない」


「しょうがないわね、ご飯用意するからそこに座って待ってて。

 それと、おめーら変な小芝居すんじゃねーよ! 新入りが信じちゃう

 だろうがよ!」


  ごめん、騙されちゃってた! 異世界だからそう言うこともあるの

 かもしれないって! 


「むぅ・・・危うく騙されるところだった・・・」


  部長! あんたもかよ! そんなんだからキャバクラのねーちゃん

 にも引っかかるんだよ!


「あ、まーちゃんだ」

「おーヒロ、見ないうちにでかくなったなー」

「そんなに変わってないよ」


「そういや、ミックってヒロミちゃんの旦那さん?」

「ああ、先輩には言ってなかったすね。昔、俺やヒロミと一緒にPT組

 んで一応魔王討伐に向かってたんすよ」


「ミックって事は外人さん?」

「いや、幹生って言うおっさんっす・・・。自分のことはミックって

 呼ぶようにって。憧れてたらしいっす」


  ああ・・・昭和時代とかそういうのあったなぁ・・・。


「で、ヒロミちゃんとできちゃってPTは解散しちまったと」

「ま、そう言うことですね。子持ちで魔王退治もクソも無いですし」


  なるほど、こいつらはそう言うつながりだったんだな。しかも組んだ

 当時は全員まだ♂だったはず。よくまぁ・・・結婚する気になれた

 もんだ。その幹生さんってある意味勇者だな。


  そうこう話をしているうちに血相を変えた若い男性が息を切らし、

 ギルドに飛び込んできた。その両手には小さい女の子を抱いていた。


「ヒロミ、ヒロは見かけなかったか?」

「そこにいるわよ」

「ああ、やっぱりここだったか」


「あ、ミック」

「おう、マコちゃん」

「ヒロも一緒か・・・よかったぁ・・・」


「目を離した隙に?」

「ああ、仕事で徹夜が続いて仮眠して、うとうとしてたらいなかった」

「翻訳してるんだっけ?」


「うん、子守しながらになるとどうしてもそう言う仕事がうってつけだ

 しね。ローラン王国や日本政府から頼まれるんだ」


「おまえは・・・須藤・・・」


  うん? 部長の知り合いか?


「!!!! 敬吾!! 敬吾じゃないか!!!  ははははははは、

 ふさふさになってら」


  結局みんなに髪のことで弄られる部長。どうやら部長を語る上で

 髪の毛の話題からは逃れられない宿命らしい。


「会うのは何年ぶりだ?」

「十年ぶりくらいか?」


  久々の友人同士の再会。学生時代の同級生で同じ一流企業に勤めて

 いたのだそうだ。社長と部長は会社を立ち上げ、須藤さんはそのまま

 勤務して重役まで上り詰めたのだそうだ。


「お前が・・・こちらに来た理由は何となく分かる。ただ、結婚して

 いたとはな」

「お前こそ・・・てっきりうまくやってるもんだと思ってたが」

「妻とは別れたよ」

「そうか」


  今、ミックとヒロミちゃんの子供達は井岡が面倒を見ている。

 こいつはこいつで友人同士の再会に水を差すのは悪いと思ったのだろう。

 ただ、こいつ結構子供に好かれるんだな。赤の他人なのにぱっとみは

 姉弟みたいにもみえる。逆に俺のことは怖がって近づこうともしない。


「慣れてんな、井岡」

「俺長男でしたからね、妹や弟の面倒てたし」

「子供好きなの?」


「人並みには」

「そうか、俺は苦手だ」

「ごめんね~うちの子達の面倒みさせちゃって、あっちが盛り上がっ

 ちゃってさ」 


  時間はもう既に夕方過ぎで日は暮れている。おっさん二人は酒を飲み

 昔話に華を咲かせている。


「でも、やっぱ自分の子供は可愛いものよ。お母さん、お母さんって、

 懐かれると余計にね」

「そういうもんかね」


「あんたたちそれにしてもやることなさそうね」

「とりあえず、何して良いか分からんからなぁ」


「それだったらうちの旦那の仕事手伝って貰えない? 分量が分量だけに

 体壊さないか心配でさ」

「俺ら、毎日書類漬けだったんだが・・・」

「私も手伝おうにも書類仕事は苦手で・・・」


  あの、気難しい顔をしていた部長があんなに笑っている姿って

 あんまり見たことないな。結局いつも俺達が見ていた部長の姿ってのは

 一部分でしかなかったって事だ。


  こちらに戻ってきてまず最初に手を付けたのは幹生さんの書類作成の

 手伝いだった。心が弾むような冒険や戦闘では無く、いつも散々やって

 きた書類とにらめっこするお仕事。


  こちらの言葉と文字はくる際に女神セシリアが勝手に読み書きや会話

 ができるようにしてくれていたらしい。だから言葉関係で困ることは特に

 なかった。


  こっちは普通に電気も使えて水道もある。女神セシリアがスカウトして

 連れてきていたらしい。あの駄女神でも役に立つことはあるんだな。まぁ、

 日本側ではそれが問題になってはいたが。


  ゲートが開通しているお陰でPC等も存在していてアレルカンティア

 言語から日本語に翻訳するときはPCが使えるのだが逆は手書きとなる。

 膨大な量なので大変だった。


  幹生さん曰く、アレルカンティアの言語も使えるように技術者が

 頑張ってくれてはいるようだが、人数も少ないので何年先になるやら

 だそうな。子守は井岡が担当する。お前書類仕事手伝え!?


  ま、こっちきていきなりまた書類仕事とか社畜だった俺達らしいっちゃ

 俺達らしい。物価も大抵の物が十分の一以下で金貨500枚もあれば、

 贅沢さえしなけりゃ一生生活できるとのこと。


  逆に日本製品を購入するときその高さがネックになる。


  ノートPCは廃業した会社から貰ってきた奴だ。さすがに新品を

 買うのは抵抗あったし、多少型遅れとはいえまだ十二分に使える。


「すまんな、日本政府とは年間契約だからやたら物量ぶち込んできてな」

「普通は数人でやる分量だな」

「とは言っても、官僚にはまだアレルカンティア言語が分かる奴がいない」


「ローラン王国側からも仕事来てるんですね」

「最初はそれからだったしな、分量幾つにつきこの金額ですよって奴」

「ただまぁ・・・安いっすね」


「うん、それはしょうがないこっちは物価そのものが安いし、家族4人を

 養って行くには何とか。だから、日本政府からの仕事も請け負ったわけだ…」


  日本政府とは年間数百万で仕事を請け負っているとのこと。通りで

 いい家に住んでいるわけだ。ただ、これだと人雇うのは厳しいな。現地

 人では正直どうにもならんし。かといって日本人を雇えるほどでは無い。


「すまんね、どうにかこうにか今回分はこれで終わったよ。ほんと助かる」

「いいっすよ、いつもヒロミちゃんには良くして貰ってるし」


  こんな感じでいつまでたっても俺達の冒険は始まらない。

  

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