第4話 エリアリーダー
「うん……?」
僕は、目覚めた。なんのことはない。よくある眠りからの覚醒だ。
なのだが……起きてすぐに違和感を感じる。
僕は机で寝ていたはずなのに、今はふかふかのベッドに寝そべっている。何を言ってるかわからないと思うけど……いや、僕にもわからないぞ???
そこでさらなる違和感。シーツの中、僕の腕に何かフワッとした物が当たっている。ベッドにいるというだけでも不思議なこの状況。いったいシーツの中に何がいるというのか。
……待て。徐々に覚醒してきた頭で何かを察してしまった気がする。ベッドはベルベットとカナリアが使っていたはずだ。僕が今ベッドにいるということはどちらかのベッドに僕はいるということ……!
横をチラッと見るともぬけの殻になっているベッドが1つ。あれは位置関係から見てカナリアの方のベッドだ。
そうじゃなくても今は朝7時。しっかり朝起きることができている時点でカナリアで間違いはない。
ということは……ということは……!!
「こら!これはベルベットの仕業………あれ?」
僕はシーツを捲って腕に当たっている何者かを引っ張り上げる。それは……
「ば、バーニングベアー……お前だったのか……」
ベルベットがリュックに入れていた寝る時のお供のヌイグルミ。熊の魔物のバーニングベアーだ。
赤い体毛の熊の可愛らしいヌイグルミが「なんだよ」とこちらを見ている。
フワッとしてたのはお前の自慢の体毛だったか。けっこう気持ちよかったぞお前。
しかし思い切り掴んでしまったせいか……
「ベアー!ベアー!……ベアー!ベアー!」
「うわ、なんか喋りだした!これ音声付のヌイグルミなの……?がっつり子供用のじゃん……」
どこか変なボタンを押してしまったみたいだ。ベルベットはいつもこんなヌイグルミと一緒に寝ているというのか。ひどい冗談だ。
「って……待て待て待て」
腕の感触で完全にわからなかった。下腹部に……何か「いる」。これはもう間違いない。
僕は自分の体全体が見えるくらいシーツを捲り上げた。するとそこには、
「……むにゃ」
「………」
やっぱりいた。金髪の幼女が。まさか変身魔法で脳の年齢まで下がったんじゃないよな?
ベルベットは僕の下腹部にしがみつくようにうつ伏せで寝ていた。
しかも僕の服に噛みついてて剥がそうにも剥がれない。おかげでヨダレまで服についちゃってるし。赤ちゃんか。
「は~な~れ~ろ~!」
「んぐっ!あぎゅっ!むぐっ!」
チョップチョップチョップ。
痛そうな声は聞こえてくるのに一向に起きない。まだしがみついたまま。ちょっと軽くイライラしてきたぞ……。
と思っているのも束の間。カラン!と何かを床に落とした音が近くで鳴った。そこを見るとコップとハミガキが落ちている。その主は……
「……あんた何してんの?」
「………カナリア、これはその……」
当たり前だがカナリアだった。もうドン引きという感じでこちらを見ている。顔が青褪めてもいた。体もガクガク震えている。
「起きた時はボーっとしてて気づかなかったけど、なんであんたベッドにいんの?しかも……それってベルベット様よね?あんたまさかほんとにロリコ―」
「違う!……お、起きてベルベット!」
僕は絶対に机で寝たはずだからこの奇怪な状況は全てベルベットの仕業なんだ。ベルベットが起きれば説明してくれる……はず……!
「むにゃぁ……♡」
「起きてー!!」
僕は半泣き状態でベルベットの頭をバシバシ叩く。
って……絶対起きてるだろ!!声がさっきとなんか違うぞ!!
「おはよ~」
「………」
なんとかベルベットを起こすことに成功した。あーもー僕の服にヨダレが……。
僕はティッシュでそれを拭いて、早速問い詰める。
「僕がベッドにいたのってベルベットがやったんだよね?」
「だって……机で寝てるの可哀想だったし……」
しゅん……と落ち込む。それを見て許してあげようかと思ってしまったが簡単に許してしまえばそれこそロリコン疑惑が復活してしまう。
「どうやって寝てる僕をベッドまで運んだのさ」
「魔法でヒョイッと浮かせてそのままベッドインさせたの」
「インをさせないでインを!なんでそういうことをするの!」
「………ぐすっ。そこまで言わなくてもぉ……うぅぅぅ……」
僕がツッコむように怒っているとベルベットは膝を立てて座る……人間の間では「体育座り」と呼ばれる格好で下唇を噛みながら涙を目に溜め出した。
精神年齢まで子供になったのか……ああ違う、元からこんなんだった。
「とにかく!朝っぱらからこんなことやってたら身が持たないよ……」
もうこの空気に耐え切れずさっさと終わらせる。ベッドで眠れたはずなのに机で眠るより数倍近く疲れたのはなぜなんだ……。
「さてと、今日から本格的に調査を始めるわよ!」
この宿を拠点として僕達はミリアド王国で調査を始める。調査というのはもちろんこの国のどこかにいる「魔物使い」だ。
ベルベットは時間を置いたことでちゃんと立ち直っている。実はあれから30分間泣き続けていて僕とカナリアを困らせまくっていた。
「調査っていうけど具体的にはどうするの?」
僕が気になったのはそこだった。誰でも気になることだと思うが情報があまりにも少なすぎるのだ。
この国のどこかにいる、「魔物使い」と呼ばれている、人間を探す、と。
キツイ。キツすぎる。国の中からある特定の人間を探すというだけでもかなり骨が折れる話なのに相手の特徴なんかは一切判明していないときた。これ不可能に近いのでは?
「そこもちゃんと考えてあるから安心して。私の予想だけどまず『魔物使い』はこの国の『エリアリーダー』の誰かよ」
「エリアリーダー?」
ベルベットの話によるとこの国には「エリアリーダー」と呼ばれる人間が各エリアに1人ずついるとのこと。
第二次種族戦争で人間が魔人から世界を取り戻してからミリアド王国は自らの土地をエリアに分けた。
これは大きすぎる国の土地を隅から隅まで魔人による攻撃がないように監視をするのが難しいということが理由になっている。
エリアに分け、各エリア毎にハンターの組織を置いて自治をさせる。そうすることでより細かく監視をすることに成功していた。
どこが優れたエリアだとかいう話は表向きはないが実力のあるハンターがいるエリアは魔人からも「あそこは近づくな」と恐れられている。ちなみに本部はミリアド城があるエリア1だ。
だが各エリアに「ハンター」を置いただけでは良くなかった。要はリーダー的立ち位置にあたる「象徴」がなかったのである。
エリア1にはミリアド城という圧倒的な象徴があり民は国王の言葉に従って動けばいい。
しかし、他のエリアは誰に従い動けばいいのか、商業をするにしても一々エリアをまたいでエリア1の城まで許可を取りに行かなければならないのか、ここのエリアの土地は勝手に使っていいのか、等々そういった面で大きな問題が出てきた。
そこで各エリアに「エリアリーダー」と呼ばれる者を配置。自分のエリアのことは全てその者に従えということになった。
エリアリーダーは普通の民とは違い貴族だ。
そのエリアの土地全てを所有することになり、そこに住む民は土地を使用して商業や農業をする代わりにエリアリーダーへ税を納める。そういった形で落ち着いた。
つまりその自分のエリアにあるエリアリーダーの家こそがエリア1でいうミリアド城のような扱いとなったのだ。
「なんでエリアリーダーの誰かが魔物使いって言えるの?っていうかそのエリアリーダーって人も皆ハンターになの?」
僕は素直に疑問を口にする。それにカナリアが呆れた顔をした。
「あんた何も知らないのね。そもそもリーダーに選ばれるのはハンターの名家の者達なのよ。言ってしまえばエリアリーダーはハンター組織のトップ集団みたいな奴らなんだから」
「じゃあただのお金持ってる人達ってわけじゃなくてハンターとして実力がある人の家がそうなってるってわけなんだ」
「そういうこと。だからこそ各エリアの自治ができるってもんよ。全てのエリアにハンターの組織と優れた力を持つハンターの家をそれぞれ1つずつ配置する。そうすることで厳戒態勢を敷いているのよ。もしエリアの中で魔人が現れればそこにいるリーダーの指示の下、同エリアのハンター組織が動いて捕らえるっていう風にね」
なんか大国だからこその事情が垣間見えるな。どこから魔人が現れるかわからない今、大まかに全体を見回すだけではダメってことだ。現に僕達が侵入しちゃってるわけだし。
「そこまでしてるのに割とスンナリと国の中に入れたのはなんでなの?」
「あまり入国にキツイ制限をしても意味がないのよ。私みたいに変身魔法を使う者がいればもっと相手を惑わす魔法で侵入したりする者もいる。それに国自体に閉鎖的なイメージもついちゃうしね」
ふーん。それで僕達でも簡単に入れたってわけなんだ。
「でもハンターの中には魔人か人間かを判別できる異能を持っている人間がいるらしいからそこにはみだりに近づかないことね。まぁそれに対抗して自分が魔人であることを隠せる魔法も高位の魔女なら使えちゃったりするんだけど」
「あれ?そんな力を持ってる人こそ門兵に配置すればいいじゃん。魔人かどうか判別して国の中に入れられるんだし。なんで組織の中の方に配置しちゃうの?」
「あんたアホなの?門兵なんてやらされてたら簡単に殺されちゃうでしょ?野晒しにされてるようなもんなんだから。人間側でもかなり貴重な異能らしいし失わないように慎重なんでしょ」
それもそうか……。どうやら国の考え方っていうのは僕には難しすぎるみたいだ。僕の浅い考えじゃ穴だらけなのだろう。
「で、話を戻すけどなんでそのエリアリーダーが魔物使いって言えるの?」
「『魔物を飼う』ことができるほどの人物だからよ」
「?」
ベルベットの言葉に僕は首を傾げてしまう。これにはカナリアも少しわからないみたいだ。
「知らなかったと思うけどこの国では魔物を飼うこと自体が犯罪なのよ?」
「え!?そうなの!?」
言われてみれば街の中で魔物の姿をまだ見ていない。
魔物とは一見獰猛な獣と思われるがマナダルシアではペットとして飼う者もいるのだ。
さすがにとんでもないランクのバケモノみたいなやつは飼えないけどバーニングベアーみたいにヌイグルミになったりと愛玩されている種もいる。
「魔物を飼ってたら警察に捕まっちゃうの。もしかすると魔物を操作する魔法なんか使われて街が襲われたら目も当てられないでしょ?」
「じゃあなんでそんな国に魔物使いなんていうハンターがいるのさ」
実は魔物を使って戦うハンターというのは珍しくはない。そういったハンターは「テイマータイプのハンター」と呼ばれている。
ではなぜその中でも「魔物使い」などと呼ばれて魔人側の手配書にも載るほどに警戒される人物がいるのか。
それはミリアド王国という魔物厳禁の場所だからこそという理由があった。
「ハンター側が秘匿しているのよ。その魔物使いと呼ばれるハンターがこの国の中で魔物を飼っていることを。ハンターと警察っていうのは昔からずっと仲が悪いの」
「仲が悪い?」
「そう。魔人を狩るためならなんでもしようと危険な魔物でも街の中に入れちゃうハンターと、民を守るために存在する警察。衝突するのは明らか。いくら人間一丸となって魔人と戦おうって言っても限度があるだろっていうのが警察側の言い分よ。ハンターの言い分は勝てばいいんだよ勝てば!……ってところ」
「なるほどね……」
「さすがに組織の建物の中に魔物を飼うのは危険だから……リーダーの誰かが自分の家の中で魔物を飼っているわね」
「家の中!?それはハンター組織の建物内より無茶じゃ……」
ベルベットの推理を僕が否定しようとするとカナリアは何かに気づいた顔をする。
「まさか……地下ですか?」
「正解よ。自分の家の下に地下施設を造ってそこで魔物を飼っている。それで警察からも国民の目からも隠しているはず」
そんなバカな。地下施設だって……?
じゃあどこかのエリアの地下に魔物が何体も眠っているということなのか?ここの人達はそれを知らずに過ごしていると。なんて恐ろしいことなんだ。
「しかもそんなとこで飼うとなると相当ヤバイ魔物がいるってことよ……飼われてる魔物の解放……一筋縄じゃいかなそうね」
カナリアは腕を組んで溜息を落とす。そうだった。僕とカナリアの仕事は捕まっている魔物の解放だったんだ。
「魔物の解放って言うけど大丈夫なの?地上に出てきたりとか……」
「檻や鎖から出さなくてもいいわ。まとめてどこかの森とかに魔法で転送するし。ただアスト達にお願いしたいのは檻から出ちゃってる魔物がいないか確認していてほしいの。後で転送漏れなんかがあると困るし」
「もし……出ているやつがいたら?」
「捕獲。それが無理なら……討伐ね」
予想通りだ。このクエスト、多分それが想定の内に入っている。
ハンターとの戦闘があるからかもしれないがそれ以外にもかなり獰猛な魔物が飼われていて、それらとの戦闘が加味されてるからこのクエストはレベルBなんだ。
僕は討伐というワードが飛んでくると体が震えてきた。
「アスト?あんた大丈夫?」
僕の様子をカナリアが心配してくる。
今、僕の脳裏にあるのは入学試験の時のことだ。バハムートとの戦闘のこと。
僕はあの試験で間違いなく死んでいた。体の肉を裂く爪の一撃。身をすくませる咆哮。絶望を感じさせる悪魔のような黒い大きな体躯。全てが恐怖を滲ませるものだった。
(あの時の、体から命が消えていく感覚……思い出すだけで寒気がしてくる……)
血まみれになって横たわり死を待っていたあの時間。あれだけは思い出したくなかったが……それが想起されてしまった。
僕の中にある魔王の力のおかげなのか知らないけど今は傷痕なんてどこにもないくらいに完治している。
でも次はどうなるかわからない。一撃で即死するかもしれない。体から内臓をぶちまけて回復なんか不可能なくらいグチャグチャに痛めつけられるかもしれない。体を丸のみにされて胃で消化され跡形もなくなってしまうかもしれない。
そう考えるとまた恐怖が……容赦なく襲い掛かってくる……!
「大丈夫……。ちょっと気分悪くてさ」
「……ふーん。早めに治しなさいよ。いつ魔物使いが見つかるかわからないんだから」
「うん……」
弱音を吐いてはいけない。士気を落とすし魔法騎士になる者が何を言っているんだという話だ。
僕は吐き気のように込み上げてくる弱音をグッと飲み込んだ。
それが見て見ぬふりということにこの時の自分は気づいていなかった。
「エリア1にリーダーの家はないから……私はエリア2にいくからカナリアはエリア3、アストはエリア4をお願い。5時になったら皆エリア4に集合ということで」
「わかりました」
「わかった」
手分けして魔物使いを探すことにした。僕は一緒に探した方が良いんじゃないかと提案したんだが著しく効率が下がるとのことで却下。
ただでさえエリア1を除いてエリアは9つあるからな。どれもメチャクチャ広いし。
エリア間の移動は人間が使っているタクシーという乗り物を使って外壁近くまで行き、そこにいる門兵に話して壁を通らせてもらうという形になる。基本的にエリア移動もこの国に入る時とあまり変わらないということだ。
こういったところに人間と魔人の暮らしの違いが見えてくるのだが魔人の暮らしにはタクシーという乗り物はない。それはもちろん魔法があるからだ。
このように魔法を暮らしに適用させている魔人の生活は人間のものより何段階も便利な生活をしている。
逆に人間側には魔人に対抗する魔法とよく似た力の「異能」を生活に適用するほどには至っていないためまだまだ生活レベルは魔人と比べて平凡なものなのだ。
と、そんなこんなもあり僕はエリア4に来た。
エリアは1~9までミリアド王国の外周をぐるっと回るように形成されていて、その全てに通じている真ん中にはエリア10が配置されている。
エリア1の左右には2と9があり、エリア4の場所は2の左にある3のさらに左だ。つまり1から4に行くにはエリア移動を3回も行わなければいけない。
ここで真ん中に位置しているエリア10からならばどのエリアにも移動できるじゃないかと誰でも思うだろう。
だがベルベットの話によると10はある特定の人物しか入れない特別区域らしいので平民は一々何度もエリア移動しなければ離れているエリアに行けないのだ。ベルベットなら変身魔法で入れそうだけどね。
非常に面倒くさいしお金と時間もかかる。あとエリアエリア言いすぎて頭おかしくなりそうだ。
「エリア10に魔物使いがいたら僕達は入れないしこのクエスト失敗じゃないか……?」
それだけはやめてくれよと祈りながら僕はエリア4を探索する。
ここは見たところ武器がたくさん売られている場所みたいだ。あちこちに武具を売っている店がある……ん?そればっかりか?
ちゃんと食事をする場所や宿屋等々そういう店もちゃんとあるが明らかに武器屋が多い。なんだここは。
「おう、そこの坊主!剣だけじゃ物足りねえだろ!盾でも持っとけよ」
エリア1の時のリンゴよろしくここの店は盾を勧めてきた。エリア4は物騒なエリアだな……。
「あの…なんでここのエリアは武器ばっかり売ってるんですか?あまりにも多すぎません?」
ちょうどよかったので盾を勧めてきたガタイのいいお兄さんに聞いてみた。
「んあ?そりゃここが武器と戦いの街エリア4だからに決まってんだろ!別名『死のエリア』よ!」
死て……4とかけてるってことか?誰が名付けたんだそんな……その…ちょっと恥ずかしい名前。
「腕っぷしに自信があるやつは皆ここに来るんだ。ここのハンターも皆筋肉バカだしエリアリーダーも筋肉バカだぜ!」
バカばっかじゃないか!それもう死のエリアどころか筋肉バカエリアなのでは……?という言葉はさすがに飲み込んでおいた。
おっと……今捨ててはおけないワードが出たような。
「エリアリーダーの家ってどこにあるんですか?」
「あ~『アルモス家』か。そんならここからあっちに3kmくらい進んだとこにあるぞ。ほら見えんだろ?あそこにでっけぇ家があんの」
「あ!確かに……あれか」
指された方を見ると並んでいる家の中にどう見ても一番背が高い家があった。大きさも他のより5倍はあるぞ。いかにも金持ちってやつだな。
「リーダーに何か用でもあるのか?」
「実際に用があるわけじゃないんですけど……ちょっと気になることがありまして。そのアルモスさんって人は強いハンターなんですか?」
「そりゃリーダーに選ばれてんだから当たり前だろ!この前なんか街に襲い掛かってきた魔物をぶん殴って倒してたんだからよ!しかも素手でな!!」
「うわぁ……メチャクチャですね」
魔物を素手でぶん殴って倒すハンターって何者だよ……。魔力を纏ってない僕よりアホじゃないのか。
もうなんかこのエリアにずっといると頭が悪くなりそうだ。すごく失礼だけど。ベルベットと変われば良かった。
あ、でもあれ以上アホになられたらそれはそれで困ることだよな……。無視とかしたら「なんで構ってくれないのーっ!」って鉄拳制裁するようになりそうだ。うわっ!想像しただけでウザっ。
けどさっきの情報は決定的じゃないか?このエリアのリーダー、「アルモス家」は魔物使いではないという理由に。
魔物使い……つまりテイマータイプのハンターなら体術を極める必要がない。
そりゃある程度は必要だろうけど魔物を素手で殴り倒すまで鍛えなくたっていいに決まってる。カモフラージュと言われればそれまでだけど。
「さすがに魔物も従えて体術も最強ってバケモノだよな……」
その線はないと願いたい。こればっかりは調査を初めてすぐのエリアだからなんとも言えないけど。
とりあえずエリア4は違うかな……っと。
僕はそう決めて時間までは観光することにした。
何遊んでんだよって思われるかもしれないけどこれも地を知り、いつかここで戦う時のための知識とするためだ。
決して暇だから時間を潰そうだとか考えているわけではない。決して……!
♦
「どうだった?」
エリア4に集まり、宿を取って結果を話し合った。あとなぜかここの宿も1部屋しか空いてなかった。なんでだよ。
「こっちのエリア3は違う。エリア3のリーダーの家は病弱な人が多いみたいで魔物を捕まえに行くこと自体が難しいって言ってたわ。その証拠に一番力を持ってる長女は長く家から出てないらしいし」
「エリア2の方も違うわ~。それよりも私の顔見て『お前の金髪見てたらなんだかベルベットに見えてきたぞ。許さん!』とか言って石投げられたの!覚えとけよエリア2~~!なんで金髪だったら全部私になるのよ。他にも金髪いたもん!っていうか石投げてきたやつの中に金髪いたしっ!!」
皆スカで終わったのか。ベルベットの方はなんか散々なことがあったみたいだ。エリア2の皆さん鋭いな……。
「じゃあ明日はどうする?」
「んーとね。アストがエリア5、カナリアが6、私が7に行こっか。それで5時にエリア7に集合ってことで」
それで結果報告は終了となった。後は各自エリアの感想を言い合う。
「ねぇ。来た時思ったんだけど。このエリアなんか変じゃない?暑苦しいというかなんというか……」
「それは僕も思った。なんでも死のエリアだってさ(笑)」
「なにそれ……」
カナリアは苦笑いを浮かべているがベルベットはプッ!と吹き出していた。まぁ普通は笑うよね。
「けど、ここのリーダーはすっごい強いから気を付けてね。確かアルモスって家の人よね?」
「ベルベットは戦ったことあるの?」
「ん?ボコボコにしたことある♡」
……なんて反応すればいいんだよこんな時。
次の日の朝。僕はエリア5に入った。
また僕が一番遠いエリアに行くのかなと思ったら気を利かせて4から一番近いエリアにしてくれた。集合するのは7だから結局移動しなきゃなんだけどね。
「ここは……また変なエリアだな~」
一言で言おう。図書館と本屋だらけっ!いたるところに本、本、本!本の虫御用達のエリアだ。
よく見るとベンチに座って本を読んでいる老婆。イチャつきながら本を読みあっているカップル。絵本を読んでいる子供。
皆、本を読んでいる。なんですかこのエリア。
「そこの君、本を読んで有意義な時間を過ごしませんか?漫画でも構いませんよ?」
そしてやはり店から声をかけられる。この国は来た人に絶対声をかけなきゃいけないルールでもあるのか。
まぁいいや。この書店の店番をしているメガネをかけたお兄さんに話を聞こう。
「いや……本はいいです。それよりここのエリアリーダーの話を聞きたいんですけど」
「エリアリーダー……ですか?というと『ノワール家』ですね」
「は、はい。その……おかしい質問かもしれませんがリーダーの家の近くから変な声が聞こえたりとかしませんか?地響きとか……」
これは魔物がいるかという質問である。狂暴な魔物を飼っていればたとえ地下に入れていても音が漏れたり何か異変が起きたりするのではないかという考えで。
「ふふっ。……もしかしてミリアド王国は初めてですか?」
「え?そうですけど……なぜそんなことを?」
「先ほどの質問、魔物がいるのかと聞いているようなものですよ。ですが安心してください。この国では魔物を飼うことは禁止されていますしノワール家はテイマータイプのハンターでもありません」
「そうなんですか……」
「エリア6の『アルヴァタール家』がテイマーなわけありませんしねぇ……。前に噂されてたのはエリア7の『ヴォーント家』ですね。あそこは後継ぎもいないのにそれに焦らず何やら怪しげなことを行っているみたいですし」
エリア7……!ベルベットが調査してるとこだ。一番強いベルベットのところで良かったよ。何か問題が起きても心配ないし。
そんなことよりも気になったことが1つだけある。
「なんでエリア6の『アルヴァタール家』ってところはテイマーじゃないって決まってるんですか?」
「あそこは全ハンターのトップに位置する人達でとても有名なところだからです。一挙手一投足が耳に届いてきますし、そんなトップの者が魔物を飼ってるなんてなれば……ねぇ?それに魔物よりも自分の腕の方を信用しているでしょうし」
「へぇ……」
アルヴァタール……なんだか気になる名前だ。なんでだろう…なんで……。
「おや?どうしました?」
「え?」
「涙を流されていますが」
僕は頬を触れると雫が手につく。店番をしているお兄さんはハンカチを貸してくれた。どうして涙なんか……。
「すみません。ありがとうございました。僕はもうこれで」
「はい。お気をつけて」
僕はその店から離れた後もずっと頭の中のモヤモヤが晴れなかった。なんでハンターのことが気になるんだ。なんで……
♦
そしてエリア7で結果報告。
「エリア5は違う。リーダーはテイマーじゃないってさ。確定情報ってわけじゃないと思うけど実際にそこにいる人が自信を持って話してた」
「エリア6はハズレ。誰かに聞いたとかそんなことよりも身の危険を感じたわ……。最強のハンターの『アルヴァタール家』がいるエリアとか完全に貧乏くじよ……。しかも今はそこの長男が失踪中らしくてエリア中ピリピリしてるし」
「……」
うん……?ベルベットが黙っている。どうしたのだろうか。
「ベルベット?」
「ん?どしたの?」
「ほら……結果報告」
「あ、そっか」
ボーッとしてたのか?よくあることだからそれ以上気にしないけど。
「エリア7だけど………当たりね。『ヴォーント家』、あそこで間違いないわ。地下の方に微かな魔力も感知できた。飼われてる魔物の魔力ね」
「!!」
噂通りか……!エリア5の本屋のお兄さんも中々情報通だったな。当たっちゃったよ。本当にここ、エリア7のリーダーが「魔物使い」だった!
「明日の昼にヴォーント家に入る。そして夜になったら作戦を決行するわ」
「入るって言うけど…どうやって?」
「それは任せて。ちゃーんと入れるから」
「?」
嫌な予感しかしないけどベルベットに任せるか。現状僕とカナリアじゃリーダーの家の中に入る作戦なんて思いつきもしないし。
そう言うとカナリアから「一緒にしないで」とキレられそうなので絶対に声には出しません。思うだけです。はい。思うことは、自由です。
♦
次の日の昼がやってきた。そして昨日の楽観的な僕とベルベットを殴ってやりたい。ベルベットに任せるなとも言ってやりたい!
「今日から執事をやってくれるアスト君。メイドをやってくれるカナリアさんにベルさんか。いやぁ~助かるね。ここの家は使用人を雇ってなかったもんでね。私はコールド・ヴォーントだ。これからよろしく」
なんとリーダーの家に使用人として入らされた!!
こんな強引に入り込む手法だとは思いもしなかったぞ。もう少しバレずにする努力はなかったのか。
でも……文句ばかり言っても仕方ないか。もう時間は巻き戻せない。一応侵入に成功はしてるわけだし。
カナリアとベル(ベルベット)はエプロンドレス―メイド服に着替えている。
カナリアはスタイルも良いし色んな服が似合いそうだ。現にメイド服がすっごい可愛い。
ベルベットは今の体型が少女だからかコスプレしている女の子みたいだ。マナダルシアでもイベント事で魔物の姿に仮装してる女の子いたよ。それに似てるよ。
にしても……
(この人が……魔物使い?)
とうとう魔物使いと思われるハンターとの対峙。だがまったくそんな気がしない。普通に優しそうな男の人だ。年齢は人間年齢で40歳後半くらいの男の人。
後継ぎがいないって言ってたけど……本当に家に他の人間が1人もいないぞ。それどころか貴族なのに使用人すら1人もいないなんてありえるのか?
怪しくなさそうでいてメチャクチャ怪しそうな人でもあったコールドさんは優しそうに微笑みながら花に水をやっていた。僕は執事ということなのでその仕事を変わる。
ベルベットとカナリアはこの家の掃除をすることになった。掃除道具を持ってどこかへ消えていく。おそらくこの家の中の調査目的だな。助かる。
「君」
「は、はい!なんでしょうか?」
「名前……アスト・ローゼンと言ったかね?」
「はい!そうです!」
僕はコールドさんの問いかけに対して元気よく返す。暗い印象を与えてしまうと何かを企んでいるんじゃないかと思われるかもしれないからだ。それじゃなくても明るい顔を見せて悪いことはない。
「ふむ……。いや、まさかな……」
「なんですか?」
コールドさんはエリア1で会った老人と同じく僕の顔をジロジロと見てくる。
別に嫌というわけじゃないが魔人が人間の家の中に侵入しているんだ。どうしても緊張してしまう。
「……なんでもない。そういえば一緒に使用人になってくれたベルさんは君の奥さんだと聞いたが……」
「その話は違いますから!本当は妹です!」
ベルベットめ……またその設定を引っ張ってきたな。勝手にここの使用人になってる時点でそんなことも吹き込まれてるなとはもう察していたけど。
「ははは。良かった良かった。そういう趣味かと思ってね」
「ははは。勘弁してくださいマジで」
もう二度とベルベットとはこの国に行きたくない。
「少し席を外すよ。花の水やりを続けてもらえるかな?」
「あ、わかりました」
コールドさんはどこかへ消えていった。外に出たわけではないから家の中のどこかに用事があるのか。
ここにいる間は使用人でもあるので警戒されないようにちゃんと言われた通りにしておく。
どうやら花が好きみたいで家の中のあちこちに花を置いてあるとか。それ全部に水をやっていくのは疲れそうだ。今までよく1人でやっていたな。
どんどん花に水をやっていく途中、とある花に意識を奪われた。
(この花……マリーゴールドだ)
それで思い出したのはカナリアがこの花が嫌いだと言っていたこと。理由は教えてくれなかったんだよな……。
僕の予想だがこれもお母さん繋がりかも?ここ数日でカナリアが感情を大きく動かしていたのはお父さんやお母さんのことばかりだった。
んー、お母さんかガレオスさんがこの花のこと嫌いだったとか?
「いやーありがとうね」
「あ、コールドさん」
マリーゴールドにも花をやっていると用事が終わったであろうコールドさんと鉢合わせする。ニコニコして花を見ていた。
「ここにある全ての花はね。ここで使用人をしてくれた人達が好きだった花を飾ってあるんだ」
「昔は使用人の方がいたんですか?」
「ああ。皆去っていったがね。こんな男1人の家にいてもやりがいがなかったのかな?はっはっは」
物凄い自虐ネタを放り込まれてなんて返せばいいのかわからないよ……。
「でも、良いですねそれ。辞めていった人だとしてもその人達を忘れないためですか?」
「そうだねぇ。僕のために時間とその身を割いてくれた人でもあるしね」
……とんでもなく良い人じゃないか。全然魔物使いになんか思えないし本当にこんな人が戦うのかどうかっていうのも怪しくなってきた。リーダーなんだから強いハンターに違いはないと思うけどなぁ……。
家中の掃除をやっているとすぐに夜になってしまった。家は貴族というだけあってかなり広いのに掃除をする人数は僕達だけ。
しかも今までコールドさんが1人で適当にやっていたのだろうかすごく汚い場所もあった。大量の時間を消費してしまうのは予想できたことだ。
そしてやってくる夕食の時間。ここは使用人である僕達が料理を作らなくてはならない。
「私がディナーをお作りしましょうか?」
ベルベットが手を上げて前へ出た。
………。
……今、ベルベットは料理が得意なのかと思ったやつがいるかもしれないがそれは間違いである。下手だ。超下手。
過去にベルベットが「ハンバーグ」という料理を作ろうとしてたことがあったのだが……なぜか夕食の時間には肉のミンチでできた「ゴーレム」が館の中を徘徊していた。
ゴーレムとは魔法使いが土を使って造る自分の代わりに戦わせるような人形のこと。魔力を注入すれば戦闘力もそれなりにある。
属性魔法の「土魔法」を使う魔法使いは特にこれを作るのが得意で戦闘力も普通の魔法使いが造った物とは全然違ったりする。
ただの料理失敗とかで焦げたとかならわかるけどなんで土人形の肉verが生み出されてるんだよって話だ。しかもけっこう強くて僕負けちゃったし。なんのギャグだよ。
それでわかったと思う。この場で率先して出るべきやつではないということが。
さすがにベルベットは自分に危害を加えてこない限りは無暗に人を殺したりしないので毒殺なんかしないと思うけど……もしここでまたゴーレムなんかがこの家の中を歩いてたら魔法使いって1発でバレるよ?
「それではお願いしようかな。自分も料理はできるがたまには他人の料理も味わってみたい」
「はい!がんばりまーす!」
ベルベットはキッチンの部屋に入った。頼むよ……簡単な料理でいいからね?
「サーモンのマリネにミリアド国産の高級肉とフォアグラのローストでございます」
やってしまった。今テーブルに並べられているのは料理とはとても言えない物体。黒い……なんだろう……何かだ。困ったな、黒しか言うことがないぞ。
「お、おぉ……?これはこれは……」
「さぁ、どうぞ」
「どうぞって……えぇ……」
ベルベットは目の前に出したブラックマターを食べろと脅迫……じゃなかった勧める。
コールドさんはナイフとフォークを手にしながらもこの魔物みたいな料理への対応に困っている。本当にこれはナイフとフォークを使うものなのか?という疑問すら浮かべてそうだ。
「で、では……」
コールドさんは恐る恐るナイフで「サーモンノマリネ」という名の魔物を切ろうとする……が。
「あれ……?き、切れん……」
なんとサーモンノマリネは斬撃に強いみたいだ。さっきからガリガリという音を立てるばかりでまったく切断される気がない。
この様子を見て僕の横にいるカナリアは焦り、小声で僕に話しかけてくる。
「ちょ、ちょっと!ベルベット様って料理下手なの……?」
「見ての通りと言いますか……」
「食べたら死ぬんじゃないのあれ……?」
「………」
「なんで黙るのよ……!」
なんとかマリネを切断することに成功したコールドさんはフォークでそれを突き刺す……ことももちろんできないのでなんとか掬い上げて口に運んだ。
「ぐぶっ!マ、マズー!!!!」
マリネを喉に通したコールドさんはゴホッ!と吐血する勢いで咳き込んだ。皆も食べ物以外は口に入れないようにね。
その後はカナリアがちゃんとした食事を作ってくれた。カナリアは勉強もできれば料理も得意ですごく美味しかった。
ベルベットはしょんぼりしながら料理を口に運んでいた。もうこれに懲りたら食材を使って魔物に近い何かを生成しないでほしい。
「使用人用の部屋があるからそこで今日は休んでくれ」
僕達はコールドさんの指示で使用人専用の部屋に移動した。そこで自分達の荷物を整理する。
「さて……始めるわよ」
ベルベットの声を合図に僕とカナリアは服を着替えて剣を装備する。今からは使用人ではなく魔法騎士としての時間だ。
「カナリアと見て回った時に気づいたんだけどキッチンに隠し通路があった。そこで決まりよ」
「すごい……しっかりと見つけられたんだね」
「これでも場数は踏んできてるから」
久しぶりに頼りになる言葉を聞いた気がする。こういったことになればさすがと言ったところだ。
「じゃあここからあたしとアストはキッチンから潜入。ベルベット様は……」
「私はあのリーダーさんの目を引き付けるわ」
準備をして打ち合わせをしているともうコールドさんも寝静まった頃だ。今になっても彼が魔物使いとは思えないが……先へ進めばわかることか。
「よし……行くか」
僕とカナリアはあっさりとキッチンに辿り着く。
寝ている時間を狙っているので当たり前だが何かの間違いで出会ってしまえば服装も服装なので戦闘になってしまっていたかもしれない。
人間相手はまだキツイと言うし、しかもハンターのトップ集団となれば瞬殺もあり得るから助かったよ。
「ここよ」
カナリアはキッチンの床の一部分を触った。そして……そこがガパッと開き通路を露にする。
そこから地下へと続く階段がこちらを覗いていた。ずっと下に続いていて地獄への入口のように見えてくる。
ここから僕達の仕事が始まる。
「行くわよ」
「うん」
地下への階段に入るとバレないように隠し扉は閉じておいた。これでコールドさんがキッチンに来ても不自然に思って追ってくることはないはずだ。
「ここ……寒いわね。それに暗すぎるわ」
僕達は階段を降りる。下に進むほどに寒さが増してきた。一段一段降りる毎に体が重くなっていっているような気がする。
これは何かの魔法にかかっているわけではなく……自分がそう感じているだけだ。この先に待っている存在への恐れか。まるで嫌な予感の襲撃だ。
少しでもその空気に飲まれると進めなくなってしまう。考えちゃダメだ。時として思考は足枷となる。
この言葉はベルベットが昔教えてくれた言葉。戦闘において考えることは重要だがマイナスに作用することもあると。
「カナリア、僕は試験の時に使ったあの力のことがまだよく理解できていない。正直戦闘になったら使えるかどうか……」
「元々勘定には入れてないわよ。それにまだ戦闘になるかどうかはわからないでしょ?」
「そうだけど……」
胸騒ぎがするんだ。この先に何かとんでもないものが待っているような……そんな嫌な予感がする。
「なに……これ」
かなり長い階段だった。降りている間に10分くらい経った気がする。
階段が終わるとようやく地下に着いた。灯りをつけるスイッチがあったのでそれをつけて視界を確保すると……目の前に広がったのはかなり広大な空間。
そしてそこにはベルベットの推理通り……無数の檻があった。とてつもない異臭も立ち込めている。
「ここで飼ってたんだ……魔物を!」
「待ちなさい。おかしいわ……なんで……」
カナリアは目の前に広がる光景を見て怪訝な表情をしていた。そして僕もカナリアと同じ表情をしていることだろう。考えていることも多分同じだ。
「なんで、ほとんどの檻に魔物がいないの?」
目の前に広がる檻……とは言ったが8割くらいの檻に魔物の姿がなかった。
それだけなら特におかしい点はないように思える。檻から抜け出たという線もあるのだから。
だが僕達が不思議に思っているのはどの檻の中にも血だまりと肉片が転がっていたからだ。
檻を見て回っていると鎖に繋がれて「出してくれ」と暴れる魔物、もしくは真っ赤な肉片のどちらかだった。その暴れている魔物はどこか「助けてくれ」と懇願しているようにも見えた。
「アスト!気を付けて!!」
カナリアはいきなり僕の服を引っ張り警戒心を上げろと知らせる。カナリアの視線の先は……
「あ……!な、な、なんだよこれ……」
檻の中でも異様にデカい、デカすぎる檻。僕の身長の2、3倍はある檻だ。
その檻が……開いていた。キィィ……と音を立てながら開いた扉が不気味に揺れている。
「いるわよ……どこかに。ここに入っていた奴が!」
「いったいどこに……」
一気に警戒心が頂点に達した僕は周りを見渡す。どこにもいない。こんなバカでかい檻の主なら一発でどこにいるかわかるはず―
ズシン、ズシン。
「今……何か足音がしたよね?」
「静かに。音が近づいてくるわ……!」
「! あそこに通路がある!」
僕はさらに別の部屋への入口を見つけた。どうやらこの地下空間は2部屋になっているらしく、こことは別にさらに魔物を収容している空間があったみたいだ。
そしてそこから推理できることは……このデカい檻にいた住人がそっちに移動して他の魔物を蹂躙していたということ。
ズシン、ズシン、ズシン、ズシン。
恐怖が形を成して歩いてくる。足音がこの空間を支配する。一瞬にして空気が変わる。命を乞う魔物達の鳴き声が暴君の登場のファンファーレとなる。
「な………!」
現れたのは―
♦
「トイレトイレ~っと。あれ?トイレってどこだっけ?」
ベルベットはアスト達を待ち続けている間にトイレに行きたくなった。しかし探しても広い屋敷の中では簡単に見つからない。
適当なドアを開けていき進んでいると……大広間に出た。
「も~トイレないのかしらここ?」
ベルベットが半分ネタで独り言を呟いていると……
「こんな夜にどうかしましたか?」
この家唯一の住人。コールド・ヴォーントが暗闇の中、椅子に座ってこちらを見ていた。
発声すると同時に電気がパッ、パッとついていく。
視界が明るくなったことでわかったが、コールドの服装は部屋着などではなく……まるでこれから戦いにでも行くのかと聞きたくなるような戦闘用の服を着ていた。
「や~、トイレってどこにあるか教えてくれませんかコールドさん?」
ニコッと微笑んでベルベットはトイレの場所を聞く。
貴族を相手に女性が「花を摘みに行く」と言わずに「トイレ」と発言することがもうアウトな気がするがコールドはそんなことを気にしなかった。なぜなら……
「お前が行くべきはそんなところではなく墓場だ。ベルベット・ローゼンファリス」
「なーんだ。バレてたならもっと早い段階で言ってくれればよかったのに」
コールドは笑みを消してその名を呼んだ。対するベルベットは否定しない。
さらには魔法でメイド服から瞬時にいつもの黒のローブとトンガリ帽子にチェンジさせた。身長も元に戻る。素性を明かしたのだ。
「最初はわからなかったが……あの少年を見た時に怪しいと感じたのだ」
「アストのこと?」
「何が『アスト・ローゼン』だ……!あれはエリア6リーダー『アルヴァタール家』の長男、『アレン・アルヴァタール』だ!お前が誘拐していたというわけか……!!」
コールドは豹変してベルベットを睨む。この事実は人間にとってかなり大きな事件だったからだ。
「アルヴァタール家の長男は次のハンターのトップに君臨するほどの実力を持っていると聞いた。それが突然いなくなったと聞いて我らハンターがどれほど混乱したか」
「それなんだけどさー。誘拐じゃなくて倒れてるところを私が助けたの!勘違いしないでもらいたいんだけど?」
「ふん……なるほど。見たところ彼は記憶喪失だな?そこで助けたという事実を使って何かに利用しようと考えているのか」
「否定はしない。最初はそうだった。けどね……」
ベルベットはコールドに笑みを向ける。今はそうじゃないと言うように。
「今はアストのことが好きすぎて手放せないのよ。もう自分にとって大切な一部分になっちゃってるの……」
ベルベットは自分の胸に手を当てて頬を染める。
その少女のような反応にコールドは吐き気を覚える。
「魔人のくせに惚気おって……汚らわしい!そんなもの、彼が記憶を失っている間だけだ!お前に注がれる愛は所詮賞味期限付き。記憶が戻れば彼はすぐにお前を殺すに決まっている!!」
「……なんかさっきから聞いてたらムカツクことばっかり言ってくるわねあなた」
虚空から杖を出現させる。その先をコールドに向けた。
「私は人間と魔人の争いなんかどうでもいいから問答無用で人を殺したりはしない。けれどあんまり怒らせたら……その限りじゃないわよ」
いつもの声とは違う冷徹な声。殺意が乗った声を放つがコールドは涼しい顔をしている。
椅子から立ち上がり咳払いを1つ。自分の中で戦闘のスイッチを入れたように存在感を膨れ上がらせる。
手には鞭を持っている。鞭こそがコールド・ヴォーントの得意とする武器だった。
「彼らは地下にいるのだろう?」
「それが?」
「お前らが地下の魔物を目的としてここに来たことは知っている。そうじゃないとエリア7まで来て私を狙わないだろう。しかし良かったのかな?地下に何がいるのかは考えなかったか?」
コールドはポケットから何かのスイッチのようなものを取り出す。それを押すとどこかの何かが閉まる音がした。
このタイミングとなると閉まったのは十中八九……地下に通じているキッチンの隠し扉だろう。魔法を使えば破壊できるだろうから大した問題にはならないが……
「アルヴァタール殿には申し訳ないことをする。ここで彼は死んでしまうのだからな。非常に心苦しいが魔人側にいるとなれば殺害もやむなし……だ」
「!」
そこで気づいた。先ほど隠し扉を閉めたのは……アスト達を閉じ込めることが目的ではなく、地下にいる調教した魔物達の中の「王」を地上に出さないためだったのだと。
♦
「あ、あれ、は……」
通路から現れたのはさっきの檻と同じくらいの大きさの体。人型であれど、丸太のように太い腕と脚。鋼と形容できる肉体。そして首から上は人ではなく馬の顔。
手には包丁を巨大化させたような大剣が握られている。その大剣は血で真っ赤どころか赤黒くなっていた。
死の匂いを纏い、そいつは闇から抜け出て来た。
「『グランダラス』……!!」
カナリアは悲鳴に似た声を上げてその名を出した。
「ヤバイの?」
「討伐レートAランクの魔物。そんなのとまともにやったらまず殺されるわ……」
「Aランクって言われてもよくわからないんだけど……」
「マジでヤバイレベルの魔物よ……!レートで言えばバハムートの方が上だけどあれは試験生を殺さないように調整されてた。でもこいつは調整なんてものを一切されてない正真正銘のバケモノ。しかもこの個体は通常のグランダラスよりも異常に大きい……大きすぎるわ!」
カナリアはすぐに逃げを選択する。僕もそれに従った。いくらなんでも僕達の手に負える相手ではなさそうだ。撤退してベルベットにこの魔物の存在を報告しなければ。
……が、そこで目に入った。その存在が。
「待ってカナリア!」
「なによ!?」
「あそこに倒れてる人がいる!」
ここに入ったときには気がつかなかった。この部屋にいた僕達以外の存在。
部屋の隅に倒れているメイド服姿の女性。服はボロボロだが体に傷はついていないのでおそらくまだ生きている。気を失っているだけのはずだ。
「助けなきゃ……!」
「待ちなさい!!」
僕がその倒れている女性のところへ向かおうとするとカナリアが僕の服を引っ張って引き留めた。
「あんた……何言ってるの?あれは『人間』よ!?同じ『魔人』ならまだしもこんな緊急時に人間なんかを助けるっていうの?冗談じゃないわ!!」
カナリアは「お前は何を言っているんだ」「頭がおかしくなったのか」という顔をする。『人間』と『魔人』、その間にある深い溝がそうさせる。
『人間』は自分の母を殺した。なぜその人間なんかを助けるんだと。アストの正気を疑った。
「でも……僕は……!!」
僕はカナリアにその考えは間違っていると言ってやりたかった。
自分の母を殺したのは確かに人間だとしてもあそこで倒れている彼女とは無関係だと。彼女自身にはなんの罪もないんだと。それを伝えたかった。
だが「奴」はそんな暇を与えてくれなかった。
「ルアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ!!!!!!」
空気を引き裂く咆哮と共にグランダラスは跳躍。大きい図体には似合わない俊敏な動きで僕達の前へと立ちはだかり出口を塞いだ。
逃がすわけがないだろう。
グランダラスは僕達を見下ろしそう告げるように大剣を構える。
そして……こうも言っている。
お前達は、ここで死ぬ。
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