第3話 クエスト

 空気が重い。僕は今そう思っている。

 空気に重さなんてあるのか?何かの攻撃魔法か?

 そんな質問が来ると思うがどれも違う。僕は寮の部屋のベッドで寝転がって教科書を読んでいるのだ。こんなところで魔法攻撃されるわけがない。

 空気が重いというのはもう察しの通り。「この場を離れたい」と思う方の意味だ。

 答えを言ってしまうとカナリアの機嫌がとんでもなく悪い。今も机で勉強しているんだけどシャーペンが走る音と共に溜息が度々聞こえる。その頻度も尋常じゃない。


「カナ―」


「うるさい」


「まだ何も言ってないんだけど……」


 ちょっと声をかけようとしてもこれだ。名前すら呼ぶのが困難なレベルである。


 原因はわかっている。ベルベットに負けたことだ。だがカナリア本人も負けるのはわかっていたはずだ。相手が相手なのだから。


「いくら実力の差があってもあんな低級の炎魔法であたしの水魔法が破られるなんて……!どうしたらあんなに強くなれるのよ……!」


 カナリアは歯ぎしりしながら教科書の内容をノートに書いている。こんなにイライラしながら勉強してる人初めて見たよ。


 実際僕も驚いている。カナリアが言った通り属性魔法の原則なんか関係なしに水魔法を撃ち破ったのもそうだが……属性魔法を2つ以上持っているということにもだ。

 魔人が持つ属性魔法は1つだけ。そのルールだけは今まで例外はいない。

 弟子の自分でもベルベットが複数の属性魔法が使えるなんてこと初めて知ったから戸惑っている。


(ベルベットっていっつもフワフワニコニコしてるけど謎が多いんだよな……。僕のことも何か知ってるみたいだけど教えてくれないし……)


 僕は寝返りを打ちながらそんなことを考える。別にベルベットが嫌いになったとかそんなことはないけど。「何かを隠している」という事実が僕の心に靄を作る。


「………ちょっと頭冷やすわ」


「どこか行くの?」


「どこでもいいでしょ。散歩よ散歩」


「はいはい」


 カナリアはノートを閉じると外に出ていった。

 ずっと不機嫌のままだとこっちが外に出ようかと思っていたから助かる。

 しっかりと機嫌を戻してきてくれ。……機嫌が戻っても僕に対する態度だけはあんまり変わらないと思うけど。


 話し相手もいないので(元々いないようなものだけど)さっきカナリアが書いていたノートを勝手に見てみた。

 そこにはびっしりと文字が羅列している。教科書の予習や今日の復習。

 さらにはそれだけじゃなくベルベットとの魔法の撃ち合いに関する自分の見解や反省も丁寧な文字で細かく書かれているのだ。


 カナリアの実力は天才と言えるレベルなんだと思う。試験の時に見た感じだとすごい戦い慣れしてたし魔法だってすごい。けどそれ以上に努力をしている。

 僕は皆よりも劣っている。それも少しどころじゃない。だからこそ周りよりも努力が必要だ。


(僕はカナリアくらい努力をしているか?授業の内容がさっぱりわからない自分に予習なんてものは無理だが……復習くらいならできるじゃないか!)


 カナリアの努力に触発されて自分もノートを開く。まだまだ白紙の多い自分のノートに文字を書き始めた。今日の授業の復習を。


「自分ももっと努力しなきゃな…!」










 遅い。僕は今そう思っている。


「カナリア、いったいどこまで散歩してるんだ……?」


 カナリアが帰ってこないのだ。30分くらいで帰ってくると思ったのだがもう1時間半も経っている。どういうことだ?


「探しに行くか」


僕は部屋着だったので上から制服を羽織って外に出る。

カナリアの身に何かあったとかはさすがに考えられないけど、この遅さはわからない。




 ♦




 周辺を探してもいない。そこでベルベットのところかなと思って教員用の寮に行ってみた。


 アーロイン学院の教員にも寮が用意されている。これに入る入らないは自由なんだがほとんどの教員は利用している。

 主に生徒の質問なんかをいつでも答えられるようにするためと、もしもの時の外敵から学生を守るためである。


 ベルベットがいるとされている寮の部屋をノックした。今は8時なのでまだ寝ていないと思う。ベルベット、寝るのはいっつも遅いし。


「……あれ?いないのかな」


 が、反応がない。電気はついているのに。またノックをする。しかし反応なし。


「ベルベットー?いないのー?」


 周りに住んでいる教員の人に迷惑かもしれないが声をかけてみた。するとあら不思議。中からドドドド!という音と共にすごい勢いでドアに何かが迫ってきている音がするではないか。

 ガチャ。ドアは開く。


「アスト?何かあった?」


 ラフな部屋着にカナリアと同様にメガネをつけていたベルベットは僕の前に何事もなかったかのように現れた。

 ベルベットは外に出る時、ヨレヨレのトンガリ帽子に黒いローブがいつものファッションだが家の中では割と普通な恰好をしている。これは使用人か弟子の自分しか知らないことだ。あとメガネをかけたりすることも。


「ノックしても反応ないからいないと思ってたよ。寝てたの?」


「や~そのぉ……居留守使ってた。アストと知って飛んできたけど。あはは……ご、ごめんなさい……」


 ベルベットは両手の人差し指を合わせてモジモジしながら白状する。目も泳ぎまくっていた。


 先生としてそれは良いのか?生徒の質問を受け付けるための寮なのに居留守て。

 絶対生徒からの質問が面倒くさいからだろうな。ベルベットって自分の時間を誰かに割くのが好きじゃないからな。昼の時もすっごい嫌がってたし。


「僕のルームメイトのカナリアが散歩に行くって言ってから1時間半も帰ってこないんだよ。ベルベットのところに来なかった?」


「カナリアって昼の子よね?まずアストとあの子が一緒のところに住んでるってことが初耳なんだけど?そこ詳しく—」


「あーもう話脱線させないで!カナリア来たの?来てないの?」


「む~。……来てないわよ。そうね……トレーニングルームは?」


 トレーニングル―ム。アーロイン学院の施設の1つで魔法騎士のために体を鍛える器具や魔女のために魔法を練習するための特別な部屋まである。

 身体能力に関しては魔法で補助がかけられるのだが魔法が使用できない場合を想定してのことで魔法騎士は体も鍛えるのだ。


 魔人の中でも魔法使いはその名の通り魔法に頼りすぎていることもあって魔法がないと何もできないなんてことにならないようにしなければいけない。

 器具は人間と同じ物。これは魔女が魔法で肉体を改造できないかなどを試してみたのだがそんな魔法は創れなかったからだとか。


「そうかも。見てくるよ」


「私も行くわ」


 ベルベットは指をパチンと鳴らすと部屋着からいつもの帽子とローブに変わっていた。メガネは外してローブの中に入れる。ベルベット、外出モードだ。




  ♦




 ベルベットと2人でトレーニングルームへ。

 「トレーニングルーム」とは言ったが1つの大きな建物にいくつもの鍛錬用の個室があるといったもの。


 その建物の中に行くと……すぐにカナリアは見つかった。

 よく見るとカナリアは誰かを待っているようだった。1つの個室の前でそわそわとしている。

 少しするとカナリアが待っていた個室の扉が開く。そこから現れたのは……


(確か試験の説明をしてた……『ガレオス』)


 全魔法騎士の憧れと言っても過言ではないトップレベルの魔法騎士だ。

 今トレーニングが終わったと言わんばかりに鋼の肉体を薄い上着一枚だけでほぼ剥きだしにしている。強者というオーラが溢れんばかりだ。すごい……!


「うげぇ~なにあれ。脳まで筋肉になってそう……もうあんなの魔人じゃなくて魔物よ魔物」


 横にいるベルベットはそんな失礼なことを呟いていた。いやほんとに失礼すぎるだろ。

 そのガレオスさんが自分の部屋へ帰ろうとするとカナリアが呼び止める。


「待ってください……『お父様』!」


「……」


 ………お父様!?聞き間違いじゃないよな?あのガレオスさんがカナリアの?

 思えばガレオスさんのファミリーネームは知らなかったな。「ガレオス・ロベリール」ってことか。


 カナリアがそう呼び止めるもガレオスの反応はない。無言だ。


「あた……私、魔法騎士になりました。試験も……2位の成績で」


「なぜ、魔法騎士になった」


 ガレオスは重くのしかかるようなプレッシャーを感じさせる声でそう問う。カナリアはグッと何かをこらえるような顔になる。


「お母様のような魔法騎士に……なるために……」


「………」


 カナリアのさえずるような弱い声はガレオスに届いているのか。ガレオスは再び沈黙する。


「必ずっ!お父様が認めるような魔法騎士になりま―」


「お前には無理だ。諦めろ」


「—ッ!」


 カナリアは持てる力を振り絞るように声を出すがガレオスはそれを無情にもバッサリと切り捨てる。冷徹な目でカナリアを見下ろした。


「試験は見た。お前の実力では魔法騎士など務まらん。せいぜい仲間を逃がすための囮になるくらいだ。すぐにどこかで野垂れ死ぬ」


 カナリアは力が抜けるように俯いた。ガレオスの言葉に何も反論できない。

 事実、アストには結果で負けている。2位という結果では何も誇れることなどない。


「言いたいことはそれだけか?死にたくなければすぐに辞めることだ。今なら魔女コースか魔工コースに移るのも問題はないぞ」


 ガレオスはそれだけ言ってカナリアの前から去った。


「……む?」


 だがアストとベルベットは入口に立っていたので必然的にその去ろうとするガレオスと出会ってしまう。

 ガレオスはベルベットを見ると次に横に立っているアストを見た。そこで目を見開く。


「お前が『アスト・ローゼン』か」


「僕のこと知ってるんですか?」


「Aルーム入学試験1位通過の者だろう。知っていて当然だ。それも、バハムートを倒した者となるなら尚更な。あのバハムートはあそこで討伐されるつもりはなく試験が終わればまた保存されるはずだったんだが……」


「それはすみませんでした」


 倒したいとは思ったがまさか本当に倒せちゃうとは思わなかったのでどうしても謝罪に力がこもらない。こっちも殺されかけたしね。

 それよりもあの竜がやられるはずがないって想定で出てきてたっていうのはカナリアの言う通りだったんだな。それだけすごい魔物だったってことだ。


「お前は良い魔法騎士になれるだろう。もっともっと強くなれ。期待している。もし、強くなったなら私の下でさらに鍛えてやってもいいだろう」


 ガレオスさんは僕の肩に手を置く。力は入れられてないのにズシリと重く感じた。これがトップレベルの魔法騎士の圧力か……!


「なーにが『私の下で鍛えてやってもいいだろう』よ!アストは絶対に渡さないもん!くれぐれも変な気起こして弟子にしようなんて考えるなー!しっしっ!帰れ筋肉マン!暑苦しいのよ!」


 ベルベットは弟子を取られてたまるかと守るように僕の腕に抱き着いてきて顎でさっさと帰れと入口の方を指していた。しかもガレオスさんの声マネまで織り交ぜて。やめなさい!


「ベルベット……胸当たってるって……」


「ほら見たかー!そっちの筋肉より私の胸の方に興味津々よ!」


「もうやめろこのバカ師匠!恥を晒すなー!!」


 これ以上ベルベットが変なことを言わないように頭を叩く。

 今が夜ということでトレーニングルームを使っている人が少なかったからまだ良かったけどもし昼とかにこんなこと言われてたら学校中に噂になってたぞ。


「すみません。自分で言うのも変ですがこの師匠は僕のことになると少々アホになるので……」


「そのようだな」


 「あ、アホ!?」とベルベットはこっちを見ていたが無視無視。


「では、精進しろ。アスト・ローゼン」


「はい!」


 ガレオスさんはそう言って去っていった。僕もいつかあんな風に存在感を出せるような魔法騎士になりたいものだ。

 間違っても今自分の横でその英雄の背中に向かって中指を立てているようなのにはなりたくない。これ僕の師匠なんですけどね……。


「……あっ」


 僕は気づいた。その視線に。振り向くとカナリアがこっちを見ていた。

 その視線には悲しみと悔しさが入り混じったような……複雑な何かを感じた。敵意だけは明確に感じ取れてしまった。

 ベルベットはそのカナリアを見て「な、なんだ!やるかー?」と虚空にシュッ!シュッ!とパンチを繰り出していた。コラッ刺激しない!っていうかほんと何しに来たの……?




  ♦




 その後、ひたすらカナリアに威嚇行為をしかけていた迷惑なベルベットをなんとか部屋に押し込んで僕とカナリアは自分達の部屋に帰った。

 ベルベットは僕とカナリアがルームメイトということを知ってからずっとあんな調子なので困る。教師と生徒のはずなのに何を張り合ってるんだ。

 まぁそんなことは置いといてカナリアは無事帰って来たので良かった良かった。


「いや~カナリアがどこ行っちゃったんだろうって心配してたんだよ?」


 半分本当で半分嘘だ。どこ行っちゃったのかって考えたのは本当だけど心配は嘘である。誤解しないでもらいたいがカナリアは僕より強いので心配はないという意味だ。


「……」


 カナリアは無視。机に座ってノートを開く。

 はぁ……またこれだよ。


「ねぇ。ガレオスさんとカナリア。いったい何があったの?」


 僕は核心に迫る。もうこんな空気は今日一日で終わりたい。多分だけどベルベットに負けて機嫌が悪かったのも原因はこれだと思う。

 カナリアは「勝つ」ということに異常な執念を持っているのだ。


「なんであんたにそんなこと言わなきゃいけないのよ」


「ルームメイトだからだよ。こんな重い空気を何日も続けてたらこっちの身が持たない。今日限りにしよう」


「……」


 カナリアは自分の服の袖をギュッと握る。さっきガレオスさんにかけられた言葉を思い出して耐えているみたいだ。


「もうあたしがあの人の娘だってことは知ってるんでしょ?」


「……うん。さっきのを立ち聞きしちゃってたから」


 魔法騎士の英雄『ガレオス・ロベリール』。その娘がカナリア。ベルベットはガレオスさんと知り合いみたいだからその話に間違いはないって言ってたけど……。


 カナリアは自分が使っている得物でもある水色のレイピアを手に取り、僕と目を合わせて話をする。


「あたしのお母様—『レイラ・ガルフィリア』はね、魔法騎士だったの。お父様とはアーロイン学生時代に知り合ったみたい。当時は女で魔法騎士なんて今よりも珍しい存在だったから凄かったのよ」


 カナリアのお母さんも魔法騎士だったのか。昔のことは僕にはさっぱりわからないことだけど……今でも女の魔法騎士は少ないと言われてるのにそれよりもだなんて。相当すごかったんだな。


「お母様は強くて、優しくて、あたしの目標だった。いつか自分もお母様のような魔法騎士になりたいと思ったの」


 僕はこの話を聞きながらある部分にずっと引っかかっていた。それが気になる度に嫌な予感がチラつくのだ。


「でも『第三次種族戦争』の時に亡くなったの。人間に殺された」


 ……嫌な予感は的中した。カナリアがお母さんのことを話す時のほとんどが過去形だったからもしかしたら……と思っていたが。


「それからお父様は人が変わって……弱き者は戦いに出てくるなって考えになったの。魔法騎士を目指していたあたしにも『お前に才能はない。魔法騎士にはなるな』って言って……あたしはそれが悔しくて、力を認めてほしくて……!」


 それでカナリアは負けることをここまで気にするんだな。お父さんに認めてほしいから。今は亡きお母さんのように強くなりたいから。

 それが正しいかどうかは僕にはわからない。


 魔法騎士は魔女よりも戦闘能力が重要なものだからガレオスさんの言い分を否定することはできない。

 ましてや自分なんかじゃカナリアのどこを見て「才能がない」なんて評価ができるのかさっぱりわからないのだから。

 でも、僕としてはカナリアの夢を応援したい。お父さんやお母さんのような立派な魔法騎士になりたいだなんて良い夢じゃないか。


「すごいよねカナリアは。本当に魔法騎士になっちゃうんだから」


「あんただってすごいわよ。試験の話はくどいほどしたからもういいけど……ベルベット様の弟子だなんて初めて聞いたわ。あの方は弟子を一切取らない主義って聞いてたのに。多分あんたが初めての弟子よ」


「そうなんだ?」


「そうよ!普通じゃ弟子になんかなれないわ。まさかベルベット様とあんたの親が知り合いとか?そのくらいじゃないと考えられないわ!」


 カナリアは意外にも興奮気味に食いついてくる。その質問は僕にとっては……


「わからないんだ」


「わからない?」


「うん。僕、記憶がなくて……親の顔も知らないし過去にどんな風に戦ってのかもわからない。ベルベットが拾ってくれたんだけど……どうして僕なんかを拾ってくれたのかも教えてくれない」


「なによそれ……」


 さすがに奇妙な話だよな。僕は自分に関することは何一つわからないからカナリアの親の話はすごく羨ましいんだ。「自分」というものがしっかりと構築されているから。憧れや悲しみに過去が結びついているから。


「魔力が纏えないのもそのせいなの?」


「それもわからない。もしかしたら過去の僕も纏えてなかったのかもしれないしね」


 僕は冗談交じりでそんなことを言う。

 僕は今の弱さを記憶喪失のせいにはしたくない。唯一残っている「今の自分」さえも否定したくないんだ。過去に縋ってしまえば今の自分がしてきたことを全て否定してしまうことになるから。

 僕だって必死に努力はした。けれど魔力は纏えなかった。それが結果だ。


「なんかごめんなさい……」


「いいよ。気にしてないし」


 せっかくカナリアが話してくれたのにまた空気を悪くしてしまった。自分が振り出しに戻してどうする。


「このレイピアね、【ローレライ】っていうんだけど……お母様が使ってた魔法武器なの。お母様の形見なのよ。この剣は」


「そうだったんだ……綺麗な剣だね」


「ありがと。自分でもそう思うわ。だから早くこの剣に相応しい自分になりたいの」


 カナリアはレイピアを抜く。美しい宝石のような水色の剣。何度見ても見惚れてしまう。


「あんたは何のために魔法騎士になりたいの?」


「僕は……過去の自分を探すため。執着してるわけじゃないけどちゃんと知りたいんだ。自分が何者なのか。昔、ベルベットから『真実を知りたければ戦うこと』って言われて。それで魔法騎士になろうって思ったんだ」


 僕の動機はカナリアと比べたら全然弱いかもしれない。それでも自分で選んだ道なんだ。後悔はないし決心はある。


「あんたはほんと不思議なやつよ。全然魔法使えないし体術や剣術もそこそこ。なのに底知れない何かがある。わからないことだらけよあんた」


 レイピアを収めてカナリアは改めて僕を見据えた。


「でも、これだけはわかる。悪いやつじゃないわ、あんた」


「ありがとう」


 ようやくルームメイトらしくなった僕とカナリア。話し合うっていうのは大事なことだ。黙っていても何も解決しないんだ。何も。




  ♦




 その夜、とある大部屋に教師達が集まり会議が行われていた。

 もう他の全教師が集まっているというのに15分遅れでベルベットがその部屋に入ってくる。


「君達アホなの?こんな夜中に会議なんて普通しないでしょ。正直迷惑なんだけど」


 ベルベットは入るとすぐに座っている教師陣全員に向かって暴言を吐く。

 だがベルベットの言っていることも当たっていてもう仕事が終わっているはずの夜に会議を行うことは普通ではない。


「ベルベット、座れ」


 ベルベットはこれでも魔法使いでは名実共に最高レベルの存在なのでここの教員であっても誰も何も言えない中、奥に座っている男―ガレオスだけは彼女に対して発言できた。


「人間の間ではこういうの『ブラック企業』って言うの知ってる?あ~あ、魔人もここまで堕ちちゃったかー」


「誰のせいだと思っている。朝にするとお前は寝坊するだろう。今日寝坊したのがその証拠だ」


「あ~……私のせい?うわ……」


 さすがのベルベットでも自分の寝坊のせいで全教員がこんな夜中に集まっていると知ると居心地が悪くなる。黙って空いている席に座った。


「別に寝坊の1回くらい良いじゃんねー?」


「え!?あ…は、はいぃ……」


 横に座っている自分よりも若い女の教師に絡む。その教師はこの場所ではベルベットよりも先輩にあたるが英雄相手に縮こまってしまって反論など出せなかった。


「ベルベットも来たことだ。始めよう。明日から始まる『クエスト』のことだ」


 ガレオスが座っている者達に向けてそう言うと会議は始まった。欠伸をしながらそれを聞いていたベルベットは早速首を傾げる。


「ねぇねぇ『クエスト』ってなに?」


 挙手して勝手に発言する。会議が開始直後に止まってしまったがベルベットはそんなことを気にしない。


「『クエスト』とはここの生徒達が早く人間や魔物との戦いに慣れるために科す試練のこと。難度はE~A、そしてSまでの6段階。人間の世界に入って数日の生活から隠密活動に始まり、高難度になると魔物の討伐や破壊活動などになってくる。……この制度が始まったのは最近の話ではない。お前も学生時代はやっていたはずだが?」


「そうだっけ?そんなこともあったような……なかったような。で、それについての何を話すの?」


「明日、各生徒はペアを組んでこの『クエスト』をこなすことになる。そこで生徒のレベルにあった『クエスト』を今から割り振っていこうと思うのだ。ちなみに1年の実力でいうとレベルDが妥当。魔法騎士の『クエスト』を例に出すと内容は……人間世界で数日間の生活だ。入学試験の成績が良かった生徒はレベルCを受けさせることになっている。レベルCはさっきの内容に含め魔物の討伐も行うことになる」


「ふーん。入学して2日目でいきなり大変ねぇ」


「死にたくなければすぐに経験を積むことだ。ぬくぬくと学びだけで満足しているようでは優秀な魔法使いにはなれん」


 ガレオスの言葉に周りの教師は何度も頷いていた。

 まだ入学したばかりの者にとってはいきなりに思えるかもしれないがこれは「試練」なのだ。乗り越えるべきものである。


「とは言ってもさっき説明した通り最初のうちは厳しい内容ではない。普通にやれば死にはせん。……それでは割り振りを始めようか」


 ガレオスがそう言うと教師達の間で魔法騎士、魔女、魔工と3のコースに分かれた。

 クエストの内容が同じ場合もあるがコースによって細かいところでやるべきことは変わってくるので分かれて話し合いをするのだ。


「え~っと私は魔法騎士の方に行けばいいのかな……」


 ベルベットはとりあえずこいつについていけばいいやとガレオスに近づいた。そこではもう話し合いが始まっているので途中から入り込む。


 そこでは生徒のプロフィールと入学試験結果が書かれていた資料を出してはその生徒に妥当なレベルのクエストを教師達が話し合っていた。


「1組の『ライハ・フォルナッド』ですが試験結果は480ポイント。Bルームの他の試験生を圧倒しての1位の結果でした。しかも女性の魔法騎士ですよ!この生徒は間違いなくレベルCのクエストで問題ないのでは?ルームメイトは……ちょっとこの子自体に事情がありまして1人で部屋に住んでいるのでパートナーなしの単騎でのクエストとなりますが……この実力なら構いませんよね?」


「異議なし」


「異議なし」


「異議なし、だな」


 ガレオスを含めそこにいた全員が異議なしとする。

 ベルベットだけは「アストは511ポイントだったから……ふっ、勝った……!」と謎の張り合いをしていた。


「次の生徒は……あっ」


 魔法騎士コースの教師達の前にまた新たな生徒のプロフィールが出される。


 そこには『カナリア・ロベリール』と書かれていた。


 教師達は皆カナリアがガレオスの娘であることを知っているためチラッとガレオスの反応を窺う。判断はガレオスに任せるというものでもあった。


「………カナリア・ロベリールはレベルDのクエストで決まりだ」


 ガレオスは重く唸る猛獣のような声でそう告げる。


 レベルDとはまだ学生生活が始まったばかりの今ではそこまで悲観するほど低いとは言えないし、まさに現時点では平均といったものだが優秀な生徒がレベルCを受ける中でレベルDのクエストを受けさせられるという意味を察するのは難しいことではない。


 つまりは「優秀な者達と比べるとまだまだ」ということだ。


「しかし……カナリアさんの試験結果は450ポイントですよ?Aルームでは2位の結果でしたが……さすがにレベルDではない気が……」


「カナリアの強さはこの私がよく知っている。あいつにはまだ荷が重い」


「そ、そうですか……」


 それは違う。一般的に言えば試験で2位の結果まで掴んでいる生徒はレベルCで問題ない。

 そもそもこれより先に出ていた他の生徒でカナリアよりも結果が劣っている者でもレベルCを受けている者がいるのだ。カナリアがレベルDというのはどう考えてもおかしかった。


「では……ルームメイトになっている『アスト・ローゼン』がパートナーになるので彼もレベルD……と?」


「……仕方あるまい」


 ガレオスからすればアストに期待していることもあり彼こそレベルCを受けてほしかったが、カナリアがパートナーとなるならばそれも仕方ないことだと判断した。


 ……のだが、アストがこんなことになっていて「彼女」が黙るはずがない。


「ちょっとちょっと!あんたらあんまりふざけてると全員焼き殺すわよ!?なんで私のアストがレベルDなのよ!!」


 両手で机をバーン!と叩いてベルベットは猛抗議する。

 ベルベットの「焼き殺す」発言だったり「私のアスト」発言だったり教師として大問題なところに全員驚きを通り越してドン引きしていた。


「試験の結果は確かにAルームで1位だったが基本戦闘能力があまりに低い。潜在能力は計り知れんがな。レベルDが妥当と言えば妥当だ」


 ガレオスは冷静な分析をする。私情で言えばアストにレベルCを受けさせたいというのはあるが私情抜きで言えばとてもレベルCが務まるとは思っていなかったのは本当なのだ。


「レベルCは意地でも受けさせないと?」


「そういうことだ」


「じゃあ仕方ないわね」


 意外なことにベルベットはすぐに引いた。周りの教師も肩透かしを食らう。だが次に放った一言はその全員を驚愕へと叩き落した。



「アストには『レベルB』のクエストを受けさせることにするわ!!」



 ベルベットが腰に手を当ててそう言い放つとすぐに反論が飛んでくる。


「ちょっと待ってください!入りたての生徒にレベルBは無理です!」


「レベルBは人間との戦闘などが想定に入ってくるんですよ!?しかも魔人殺しの技を備えた人間との!」


「魔物の討伐にしたってレベルBとなれば相当危険な魔物との戦闘になります!」


 次々に出てくる反論にベルベットは耳を塞いで聞こえない振りをした。

 今まで相手がベルベットだからここの教師でも何も言えなかったがこの話だけは別だった。それほどに新入生がレベルBを受けるということは前代未聞なことなのだ。


「ちなみにだが……前に2年の学生がレベルBを受けて死体で戻ってきた。2年生でさえも下手を打てばなんの慈悲も無く死ぬ。そんなクエストだということは知っているか?」


 ガレオスはジロリとベルベットを睨む。1年経験を積んだ者でさえ死ぬことがある。その事実を突きつけた。


「大丈夫よ。私もついていくから」


「アスト・ローゼンがレベルBを受けるということはパートナーのカナリア・ロベリールもそれを受けることになるということだ」


「自分の娘くらい少しは信用したら?上手くやれるかは置いといて少なくとも生きては帰ってくるんじゃない?」


「お前のその態度が問題だ!!最悪、自分の弟子さえ助かれば良いと思っているのだろう?」


 ガレオスのこの言葉にはベルベットも止まってしまう。自分の心の中にそう思っていた部分があったかもしれない。

 ベルベットにとってはアストのことだけが大切なのだから。裏を返せばアスト以外のことはどうなろうと知ったことではない。


「あーもー。わかったわよ。あなたの娘さんもちゃーんとサポートしてあげるから。それでいいでしょ?……それでも死ぬようなら見込みはなかったってことよ。諦めなさい」


 自分から危険なクエストに放り込もうとしているというのにこの態度である。

 だがベルベットの実力はガレオスこそが一番よく知っていた。そのサポートありきでもレベルBを突破できないのは見込みがないと言われても仕方ないかと考えてしまう。


「言わせてもらうけどさっきからDとかCとか温いのよね。経験積ませるなら1回死ぬ思いさせた方が早いわよ?私のアストならいきなりSを受けさせてもいいと思うけど?ま、我慢して今回はBということでね~」


「……」


 ガレオスは黙っている。他の教師も彼の言葉を待っていた。

 魔女コースと魔工コースの方にも今の論争は聴こえていたみたいで今ではこの部屋にいる全員がどういう結果になるのか見守っていた。


「………いいだろう。レベルBクエスト、許可する」


「ガレオスさん!?」


「本当にいいんですか!?」


 一気に部屋の中は騒々しくなった。ベルベットだけは「よっしゃー!」と拳を天高く突き上げていた。


「ただし、もしどちらかが死ぬようなことがあればお前もそれなりの責任を取ってもらうぞ」


「あーはいはい責任ね。いくらでも取ってあげるわよ」


 まぁカナリアって子の今の実力なら十中八九死んじゃうと思うけどね。

 と、心の中で呟いたのは誰も知るはずのないことだった……。




  ♦




「クエストか……」


 後日の朝、教室に着くなりアストはカナリアからクエストの話を聞いた。クエストの存在やその難度についての話。そして今日からそれが始まるということを。


「あたしとあんたのペアで受けることになると思うわ。受けるのはきっとレベルCよ」


「えぇ……レベルCは僕には荷が重いけどなぁ」


「あんたせめて魔力だけは纏えるようになりなさいよ!ほら!さっさと魔力出しなさい!」


「痛い痛い!頭叩いても出ないって!」


 自分としてはレベルDくらい、最悪レベルEでもいいんじゃないかと思ってしまう。ん?レベルEのクエストってどんなことするんだろう?


「ねぇカナリア。レベルEのクエストって何するの?」


「おつかいよ。人間が住んでる街に行って指定された物買って帰ってくるだけ。ごく稀にそれだけでも魔人ってことがバレて殺されるやつがいるみたいだけどね。そんなやつって人前で堂々と魔法使ったとかいうアホくらいだろうけど……」


 なるほど。聞けば聞くほど僕ってレベルEのクエストがピッタリじゃないか。魔法もロクに使えないから絶対バレないし。

 カナリアも僕と一緒にレベルE受けてくれないかなーなんて。そんなこと言ったらカナリアに殺されるか……。


「レベルEなんて死んでも受けないわよ」


「まだ何も言ってないよ!?」


「顔にそう書いてあんのよ!」


 ビスッ!と目潰しをしてくる。目がァ!




「はい注目。これからクエストの割り振り結果を発表しますので静かに聞いてください!」


 教師が1人現れた。会議で話し合った結果が書かれているであろう1枚の紙を手に持ち3組の生徒達の前でそう宣言する。


 そこからどんどん発表されていく。

 やはり底辺の3組だからと言っていいのかほとんどの生徒がレベルDのクエストに割り振られていた。それどころかレベルCのクエストを受ける生徒がまだ出てきていないまである。


「そして最後に……アスト・ローゼン、カナリア・ロベリールのペア!」


「来たわ…!」


「この流れじゃレベルDかもね……」


 とうとうやってきた自分達の番。しかしこれまでレベルCを受ける生徒は出てこなかった。この様子を見ると3組の生徒は全員レベルD受けさせられるのかもしれないとアストは思っていた。……が、


「レベル…B。レベルBのクエストです」


 発表していた教師が少し躊躇った後、それが公になった。3組の生徒全員は一瞬キョトンとして……次に悲鳴のような声が上がる。


「B……?嘘でしょ!?」


「待って、Bって何するの?EとかDと聞き間違えてないよね?」


 カナリアとアストは当然戸惑っていた。もしかしたら聞き間違いじゃないかと考えたのはその方がまだあり得ることだからだ。



「心配しなくても大丈夫よ。私も一緒に行くから」



「ベルベット!?いつの間に……」


 気づけばアストとカナリアの後ろにベルベットがいた。やはり早起きが辛かったのか若干の寝癖と寝ぼけ眼と共に。見た感じまったく頼りにならない。


「ベルベット様、これはどういうことですか……?」


「んー?後で全部話すよ。後で」


 ベルベットはそう言うので今は聞かないでおく。それからクエストに関する諸々の注意を聞いて……




  ♦




「レベルCを受けさせてくれなかったからレベルBを受けることにした~?」


 教室に出てから問いただした。ベルベットが得意気に話すから何かと思ったけどなんてことをしてくれたんだ!!


「もっと段階を踏んで強くさせてよ!なんでいきなりそんなことになるのさ!」


「え~?階段って段とばししない?私階段上ってる時、途中で面倒くさくなっていつもとばすんだけど」


「ベルベットが階段上る時の話とクエストの話は関係ないよ!」


 僕がベルベットにギャーギャー文句を言うのとは真逆でカナリアは、


「お父様があたしをレベルDに……?くっ……!」


 レベルBを受けることよりもその過程で出てきた話の方を気にしていた。

 自分の父であるガレオスさんが自分のことをレベルDが妥当と考えたことが精神的にきているのか。


「いいわ……レベルBをこの時期にクリアしたとなればお父様もきっと認めてくれるはず。やってやろうじゃない……!」


 カナリアはむしろやる気になっていた。そ、そんなぁ……


「じゃあ私達がやるクエストの内容を今から言うわよ」


 僕はまだ納得してないんだけど……。はぁ……もうやるしかないか。試験の時と同じだ。ここまで来たら前に進むだけだ。


「私達に科されたのはある標的の人間を倒すこと」


「標的の人間?」


「そう。『魔物使い』と呼ばれる人間。最近、野良の魔物を従えては魔人を襲わせてる人間がいるのよ。そいつはこっちでBランクの賞金首になってるの。顔写真はなくて正体もまだ不明なんだけどね」


 へぇ……賞金首なんているんだな。初耳だ。

 そんなことよりも「魔物使い」……ね。ここの入学試験でも魔物を使っていたように魔物を仲間にして戦うやつもいるんだな……。どうやって魔物なんかを従わせてるのかは知らないけど。


「目的は人間の街に行って、そいつを見つけて倒すことなんだけど。それ以外にも魔物の解放もしなきゃいけないの」


「魔物の解放?」


「要するにそいつは何体も魔物を飼ってると思うからそれを見つけて全部逃がせってこと」


「つまり僕達がやるクエストは『魔物使いの撃破』と『飼っている魔物の解放』の2つってことだね?」


「そういうこと。さすがに人間相手はまだ無理だと思うから1つ目の方は私がやるわ。アストとカナリアは魔物の解放の方をお願いね」


 そんなに人間との戦闘はレベルが違うものなのか……。

 僕としては魔物の方が恐ろしいように思えるんだけどなぁ。魔法使いと見てくれは何も変わらないみたいだし。


「人間相手はまだ無理……」


 カナリアの方を見ると少しだけ不満そうだった。

 なぜかは聞かなくてもわかる。自分は人間相手にも遅れは取らないという自信があるんだろう。


 魔法騎士の目的は人間や魔物との戦闘。特に人間との戦闘は魔法騎士にとって存在意義に近いものである。功績に関して言っても魔物の討伐よりも大きい。


「ほとんどの人間は戦闘能力なんて無いに等しいけれど、『ハンター』は本当に危険なの。私達魔人を殺すエキスパートを相手にして死んでいった仲間はいくらでも見てきたわ」


「とは言っても僕はまだ出会ったこともないしね。戦った経験もないから警戒しようにもうまく気が入らないというか」


「仕方ないわ。まだ学んでいる身のアスト達には『危ない』っていう言葉でしか聞いたことがないからそうなるのも。こればっかりは実際に戦って知るしかない」


「だったら……!」


 カナリアはそれなら今戦っておくべきではと考える。経験することは早いに越したことはない。


「それでも今はまだ力を蓄えてる時よ。今のあなた達じゃ相手によっては秒殺間違いなしだから」


 ベルベットはそんなことを笑顔で言いだした。秒殺……。

 まだ下級の魔物にすら倒すのに手間がかかる自分には早すぎる相手だよな。そもそも少しばかり強い魔物ですら逃げるだけでまともに戦ったことすらないし。


 けど、試験で最高ランクの魔物であるバハムートをも倒したあの「魔王の力」なら……。

 自分の手のひらを見つめてそう考えていたアストをベルベットは面白そうに見ていた。


(アスト……本当に悪いけどまた試練を超えてもらうわ。でも、きっとあなたなら大丈夫。……カナリアって子が助かるかどうかはアスト次第よ?)


 ベルベットはカナリアに不敵な笑みを向ける。

 ガレオスや他の教員には悪いが自分の弟子のためなら他の生徒なんてどうなってもいいと思うのがベルベットだった。



 


  ♦





「さて、と。準備はできたわね?」


 僕とカナリアは大きな荷物を抱えてベルベットの前に立つ。

 荷物の中身は何日か宿泊するための物。クエストの内容は人間の街で何泊かする前提になっているのでその準備をしておかないといけなかったのだ。

 僕は着替えと剣や本を持って行く。カナリアもほとんど同じ。あの水色のレイピアも腰にさげている。あと人間の街に行くため服も制服ではない。


 これは魔法武器の良いところでもあるのだが人に見られても不自然に見えないのだ。

 魔女なんかは杖を使っているがそんなものを人に見せては「自分は魔女です」と名乗っているようなもの。だから魔女は自分の使っている杖を魔法で造り出した別空間にストックしていて戦闘時にそこから引き寄せるようにしている。


 じゃあこういった宿泊する場合などでも自分の荷物類全部をその別空間とやらにストックしていればいいじゃないかと思うかもしれない。

 それはそうなんだがベルベットに聞くところによると「あんまりなんでも入れるとゴチャゴチャしすぎて自分の欲しい物をすぐ引き寄せられなくなる」そうだ。


 便利そうでそこまで便利じゃない。そして言わなくてもわかると思うが自分は別空間なんて造る魔法なんてものは使えない。ああ、使えないとも。悪いか。


 あと壊れてなくなっていた僕の剣はついさっきベルベットの館のメイドさんであるキリールさんが学院までわざわざやってきて僕に届けてくれた。





 ~数十分前~


「剣が破損したとベルベット様から聞いたので届けに参りました」


 ベルベットに替えの剣が欲しいと言っておいたのでいつ来るかと思っていたらキリールさんに届けさせていたんだな。移動魔法使えるんだから自分で飛んで取ってくればいいのに。


「これからクエストなんですよ。難度はレベルBです。……何かアドバイスとかありませんか?」


 キリールさんは先輩の魔法使いなので聞いておいて損はないはずだ。


「アストさんがレベルBクエストですか……残念ながら命ここまでということですね。短い間でしたがありがとうございました。あなたのことはきっと忘れません」


「まだ死んでないし、そんなに救いようないの僕!?」


 あっさりと殺さないで!!死なないようにアドバイスをください!


「まともな魔法戦闘もこなせないのにレベルBクエストを受けるとはただのアホ……失礼、バカかと」


「言い直す必要ありました……?それにベルベットが勝手にやったことなんですよこれは」


「ベルベット様が?あの方も相当なアホ……失礼、頭のネジが少々吹っ飛んでらっしゃる可哀想な方ですがなんの考えもなくそんなことをなさることはありません……多分」


 すみません。聞き間違いじゃなければ自分の主のことすごい勢いでディスってません?それに最後自信なくなってるし。

 今ここにいるのは僕だけだからいいけどベルベットが聞いてたら絶対ショックで泣いてたな。


「ベルベット様はアストさんに期待しているということですよ。下手に私のアドバイスを聞くよりも自分なりにやれることをやってみては?まずはそこからです」


「そう……ですよね。ありがとうございます」


「ただそれでも1つだけ助言するとすれば、あなたは今すぐに教師に土下座でもしてレベルEのおつかいクエストに変えるのが身のためです」


 なんでいい感じで終わってたのにそれ言うんですかぁ!






 と、そんな感じでキリールさんから剣を受け取るだけでなく色々言われたりしたのだ。

 とにかく頑張れよってことだ。そう受け取っておこう。


「ベルベットは何を持って行こうとしてるの?」


 キリールさんとのことを思い出しているとベルベットが大きいリュックを背負っていたのが目に入った。

 人間の街で宿泊なんて初めてだからそれについての先輩であるベルベットはいったい何を入れているのかと気になった。


「えーっと、これ」


 大きいリュックに手を突っ込んで、そこから出てきたのは………大きいサイズのヌイグルミだった。


「『バーニング・ベアー』っていう魔物のヌイグルミよ。これがないと眠れないのよ~」


 バーニング・ベアーというのは熊が魔力の影響で変異した魔物だ。

 竜のように口から火を噴き、赤い体毛に鋭利な爪と牙を有している。体の大きさも変異前から平均して約2倍ほど大きくなっているらしい。


 そんな魔物が可愛くヌイグルミとなっている物をベルベットは持ち込もうとしていた。

 ベルベットの館で住んでいた頃は彼女の寝室に入ったことは少ないからこんなヌイグルミと一緒に寝ているなんてこと知らなかったがあまりに緊張感がなさすぎる。


「あとは本とペンとノートに着替え。それくらいかなー」


「それだけ!?リュック内のスペース取りすぎでしょバーニング・ベアー!」


 リュックがデカかったのって大きいヌイグルミを入れていただけだったのかよって。リュックの中の半分以上をヌイグルミが占拠しているぞ。


「これがあるかないかは私にとって大きな問題なの!それこそ杖を全部忘れてきてもこれだけは忘れてはいけないくらいに!」


「そんなアホな」


 杖って魔女にとって自分の命を預ける武器でもあるんだが?

 まさかあのヌイグルミまで魔法道具なんて話はあるまい。ベルベットにとっては戦闘より睡眠が大事なのか。


「あとは……最終準備をしなきゃね」


 そう言ってベルベットは虚空から杖を出現させる。何をするつもりなのかと思うとその杖の先を自分の頭に当ててボソボソと何か呪文のようなものを呟いた。何かの魔法を使った…?

 僕とカナリアは急に何をするのかと疑問に思っているとボンッ!と煙が発生し、ベルベットはそれに包まれた。


「ゴホッ!ベルベット!?何を―」


 ベルベットの身に何が起こったのか心配になり煙をかき分ける。煙が晴れたそこには……


「よし。この姿も久しぶりだなー」


 小さな金髪の幼女が立っていた。声もキンキンと高い幼女特有のもの。え?え??ベルベットはどこに……?


「何をキョロキョロしてるのアスト?私がベルベットよ?」


「えぇ!?どうしちゃったの!?小っちゃくなってるけど……」


「ふっふっふ。変身魔法よ。人間の街に行く時にはいつもこの姿になっているの」


 マジマジとその姿を見る。ベルベットは元から僕よりも身長は低いがさらに低くなり今では頭が僕の鳩尾くらいしかない。

 手足や顔も幼さが見える。胸もぺったんこ。これが魔法による効果だと言うのなら大成功間違いなしだ。


「にしてもなんでこんなことしなきゃいけないの?」


「今から行く街の人間には私の顔と名前が割れてるから見つかり次第即殺されるのよ。しかも50億くらいの懸賞金までかけられちゃってる始末なの。本当嫌になるわ」


 と、金髪の可愛らしい幼女はやれやれといった風に溜息を落とす。

 容姿とは違って言ってる内容は恐ろしい。見つけ次第即殺されるって何したのベルベット……。しかも50億って。


 お金の話が出たからそこにも触れておくが人間達が使っているお金は世界で統一されていて「ゴールド」というものだ。

 どこから手に入れたんだと聞きたくなるがなんと魔法使いもこのお金を使って生活している。なので僕達が人間の街で宿泊するためのお金に心配はまったくないのだ。


「ちなみにこの幼女モードでの名前は『ベル・ローゼン』よ。可愛い名前でしょ?」


「ベルベット・ローリンファリスじゃなくて?」


「ローリンファリスってなによ!?」


 良い名前だと思うけどなぁ…ローリンファリス。それにしても……


「ローゼンって僕につけてくれた名前と同じだね」


「ふふん♪設定としてはアストのぉ……妻ってことにしてるから……きゃっ、言っちゃった!」


「いやそこはどう頑張っても妹でしょ。こんな幼女を妻にしてたら僕が捕まるって。勘弁してよ……」


「勘弁ってなによ!どういうことー!!」


 プンプンと幼女さんは怒っている。そりゃ元の姿のベルベットなら……ってことはあるがこんな幼女と一緒になってたら僕まで懸賞金をかけられる羽目になる。それどころかそんな悪評が学校中に広まれば退学一直線だ。


「と、とりあえずもう移動するわよ……『ラーゲ』」


 ベルベットは若干涙目で『ラーゲ』を唱えた。眩い光に包まれて、次の瞬間には…僕達は森の中にいた。


「あれ…?森?」


「そうよ。今から私達は『ミリアド王国』っていう国に行くんだけどいきなり街の中に移動しちゃって誰かに見られでもしたら魔法使いだってバレちゃうでしょ?だから街の少し離れた手前に位置する森を『ラーゲ』で飛ぶ場所に設定してるの」


 あーそっか。普通に誰に見られるかわかったものじゃないのに街中に移動するやつなんかいないよな。


「少しだけ歩くわよ。魔物も出るだろうから倒しながらね。魔法は使っちゃダメってわけじゃないけどあまり派手なものは禁止。わかった?」


「わかりました」


「僕はそもそも『ファルス』しか使えないから問題ないね」


 これも人間にバレないようにするためだ。今から人間の街に近づいていくっていうのにその近くの森でド派手に魔法戦闘なんかやっていれば即バレだし。

 僕一人なら街に着く前に魔物相手にやられちゃうだろうけど今回は僕だけじゃなくてカナリアやベルベットという心強い味方がいる。安心して進めそうだ。




  ♦

 




「そっち行ったわよアスト!」


「うん!」


 森の中でも容赦なく襲ってくるブラックウルフ。木々を潜り抜け死角からその牙を突き立てようとしてくる。

 魔物の中では最低ランクに位置するブラックウルフだが森の中という条件では最低ランクとは言えない力を見せてくる。僕達が慣れていない環境では獣の方が優位に立てるのは当たり前だ。


「ベルベット!そっちに5体!」


 もちろん魔物からすれば相手に気を遣うことなんてない。幼女だろうが慈悲も無く牙で蹂躙するのは変わらないのだ。

 現在幼女モードのベルベットに5体のブラックウルフが迫る。僕やカナリアとは違い見るからに戦闘能力がなさそうな相手と見るや集中して狙おうと獣の本能が体を動かせたのか。


 しかし、それは誤算も誤算。超大誤算だった。


 ベルベットが少し念じると虚空から剣が出現する。それを手に取り迫ってくるブラックウルフに向けて走り出す。

 何度も煌く剣閃。ブラックウルフは気づく間もなく体を3、4つに分裂させられる。

 可憐という言葉を体現させた小さな女の子が獣の死体を量産させていく様は美しいとさえ思えてしまった。


「あー、やっぱこの体動きづらっ!」


 ベルベット(幼)は戦い終えると腕をグルグル回して小さい体躯に文句を言う。 やっぱりあれって自分の想定してる動きとかにも誤差が出てくるんだな……。

 動きづらいとは言ってもかなり流麗な動きだった。それこそ僕やカナリアなんかとはレベルが違う早い動きだったとも言える。


 魔女は魔法に頼ることが多いことから魔法騎士には体術でまったく敵わない。だから魔女であるベルベットがたとえ学生である自分たちよりも体術や剣術で良い動きをしているのはいくら戦いの経験という言葉があっても理解し難いことだった。


「ベルベットって剣も得意なの?」


「あれ?言ってなかったっけ?私、学生時代は魔女以外にも魔法騎士と魔工のコースも掛け持ちしてて全部卒業してるから」


「全部!?じゃあベルベットって魔女でもあるし魔法騎士でもあるし魔工でもあるの…?」

「本業は魔女だけど正確に言うとそういうことになるわね。その証拠に自分の杖のほとんどは自分自身で作ってるし。たまに他の人に頼んだりすることもあるけど」


 カナリアもそれを聞いて「バケモノね…」と驚いている。っていうかコースの掛け持ちってできるのか。


「しかも全部トップの成績だったのよ?どう?もっと驚いてもいいのよ?」


 おい、ドヤ顔するな。そういうところだよベルベット。


「剣術くらいならベルベットに勝てるかなーなんて思ってたんだけどな……」


「黙っててごめんね」


 ベルベットに謎が多いのは今に始まったことじゃないから別にいいけどさ。なんだか自分が本当に弟子なのかと疑問が出てくる。

 僕よりも皆の方がベルベットのことを知ってるんじゃないかな?僕が皆よりも知ってることなんてダラけた生活面くらいだよ……。


「あっ、そろそろ着くわね」


 ベルベットが指さすと森の終わりが見えた。そこまで進むと……大きい外壁に一際デカイ門が建っていた。

 これが入口か……。どうやらこの街は壁に囲まれているみたいだ。


「この壁は魔人に対抗するためのものね。こんなことしてるのはここくらいだろうけど」


「ミリアド王国って有名な街なの?」


「この世界には5つの大きな国が存在するの。ミリアド王国はその1つ。別名『光の国』と呼ばれているところよ」


「光の国?」


「ここは5つの国の中で一番大きなところなの。人もいっぱいいるし活気づいてるのよ。人の活気で光り輝いている国ってことで光の国」


 へー。じゃあ今から僕達が入ろうとしてるのはこの世界で最も大きい国なんだな。




   ♦





「お前達、止まれ」


「……」


 門の前まで行くと門兵が僕達を止めた。門兵なんてものを想像してなかったので体も固まってしまう。


「ミリアドに何をしに来た?」


「学校の課外授業でここに来ました。ミリアド王国で商業を学びに」


 門兵からの問いにカナリアが前に出て答える。

 ここはベルベットが答えてくれるのかなと思っていたんだけど幼女がスラスラと答えまくってたら怪しすぎるな。カナリアで正解だ。

 今、ベルベットは僕の腕に抱き着いて不安そうな顔をしながら猫かぶっている。「怖いわあなた…」とか言ってるけど僕の妹っていう設定だとあれほど言ったよね?


「滞在期間は?」


「1週間ほどを考えています」


「ふむ……そこの女の子は?見たところ同じ歳には見えないが……」


 ここでベルベットが怪しまれた。課外授業なのに小さな女の子がついてきているのはさすがにおかしい。

 だが、ここで妹設定が活きる。兄が心配になった妹ならば無い話ということはないだろう。


「僕の妹です」


「妻です」


 ………。………ん?


「もう一度聞くがその女の子は?」


「僕の妹です」


「妻です」


「……」


 門兵は聞き間違いじゃないよな……と困惑していた。今の内にベルベットと打ち合わせをする。


「ちょっと……妹って言ったよね?」


「だ、大丈夫よ。きっと夫婦に見えるはずよ!」


「もうすでに怪しまれてるんだけど……別の意味で!」


 ベルベットとギャーギャー言い争うと門兵はショックから抜け出したのか問いを再開する。


「君は……ロリコンなのかね?」


「違います!」


 そんなこと聞かないで!


 そんなこともありながらなんとか氏名を書いて入国することができた。僕は大切な何かを失った気がした。







「いやーすごいね!僕達の国とは大違いだよ」


 ここはミリアド王国の中の「エリア1」と呼ばれる街。


 ミリアド王国は全ての土地が外壁で囲まれて「エリア」という名で区分けされておりそれぞれが別の街のように機能している。それが全部でエリア1~10まであるのだ。


 エリア1はミリアド王国の中でも主要の街。街の奥にはミリアド城という城がある。つまりエリア1はミリアド城下町なのだ。


 ここにあるのは大きな建物に色んな店。そして人、人、人。

 魔法使いの国のマナダルシアも決して活気あふれていないわけじゃないがここを見てしまうと見劣りしてしまう。それほどに街中が祭り事のように輝いていた。


「そこの兄ちゃん!リンゴ1個50ゴールドだよ。買ってけ!」


「はい!」


 横にある店から声をかけられる。僕はお金を入れている袋から言われた金額を取り出してリンゴを1個買った。それを食べているとカナリアは呆れた顔をする。


「あんた浮かれすぎよ……」


「カナリアも何か買えばいいのに。リンゴ美味しいよ?」


「あんた見てたらそういう気分全部抜けたわ……。あんまり浮かれてると痛い目に遭うわよ」


 カナリアは店なんかには目もくれずもう宿屋を探していた。まだ昼くらいなのに。こういう時は楽しまないと損だと思うけどなー。


「おっ!そこの兄ちゃん!リンゴ1個42ゴールドだぜ!買ってけよ!」


「はい!……って42!?」


 僕はさっきリンゴを買った店を見ると店員の人はそれに気づき目を逸らした。おい!そこの店50ゴールドで売ってたよね!?


「だから言ったでしょ。バーカ」


「ぐぬぬ……!」


 国の入口付近の店ということで勢いで買ってしまった僕はさっそく痛い目に遭った。それから僕は店からの声を警戒するようになった。もう浮かれないぞ…!



 いつまでも3人で固まって行動するのも面白くないので僕達は自由行動を取ることにした。

 人間の街で魔人が単独行動をするのは危険かもしれないがそれよりも好奇心の方が勝ってしまったのだ。仕方あるまい。


 人間と魔法使いは聞いていた通りまったく外見で変わったところはないのでこれといって悪感情は湧いてこない。それどころか愛想が良い人もいるし好ましいくらいだ。


「なんで人間と魔人はずっと争ってるんだろう……。分かり合えそうなのに」


 魔人の中には人間も恐れる異形の者もいるが誰しもに感情はある。分かり合えないことはないと思うのだが。

 魔人は人間を排除しようとする。人間は魔人から自分達の住む場所を守るために戦う。


 最初は魔人の方が悪かったかもしれない。

 でも今では互いが「相手に大切な仲間を殺された」という憎しみを連鎖させている状況だ。最早そこに当初の理由など存在しない。


「剣や魔法を捨てて話し合えば……そんなことを考えるやつなんかいないのかな」


 すごく綺麗で輝いている人間の世界と不思議に満ち溢れた魔人の世界。どちらも失うには惜しいもの。

 そしてそれらが合わさればどれほど感動的な世界が現れるのだろうか。想像するだけで震える。


「あれ……これって」


 考え事をしながら歩いていると目の前に何やら掲示板のような物があることに気づいた。そこには何枚もの手配書のような物が張り付けられてある。そしてその中に……


『ベルベット・ローゼンファリス この顔を見たら即殺せ!情報求む!』


 と書かれていた。写真にはベルベットが笑顔でピースしている顔がある。どこで撮られた写真だよこれ。自分で提供した物じゃないよな……?


 中にはガレオスさんの写真もあったり他の魔法使い以外の魔人の物もあったりとこうして見ると現実に引き戻された感が出てきた。ベルベットの言う通りかなり憎まれてるんだな……。


「どうした小僧。そんなもん見て」


「はい?」


 ベルベットの手配書とガレオスさんの手配書を眺めていると後ろから声をかけられる。そこに立っていたのは目つきが鋭くちょっと顔の怖い老人だった。


「お前さん、ハンターのもんか?」


「いや……違いますけど」


 言っちゃうとそのハンターの人達と戦う魔法騎士の者ですけど。


「あの、このベルベットっていう人は何をしたんですか?」


 僕はそんなことを聞いてしまう。少しでもベルベットのことを知りたい。そんな想いから出た質問だが……その質問が老人の顔を険しくさせる。


「このミリアドエリア1におってそんなことも知らんとは罰がくだるぞ!」


「それってどういう……」


「名前を出すのもおぞましいが昔……第三次種族戦争が終わった後のことだ。このベルベットという魔人は人間の振りをしてミリアド城国王の一人娘の姫と友好な関係を築いておった」


「ここの姫様とですか」


「そうだ。姫様とベルベットは誰の目から見ても親友だとわかるほどに親密な仲だった。だがある日、ベルベットは突然親友であったはずの姫を含めて城の連中をほとんど皆殺しにして姿をくらませた。奴が第三次種族戦争にも参加しておった魔人だと気づいたのはその後だった。今にして思えばミリアド王国を潰すために潜入しておったのだろうな」


 あのベルベットが……?ダメだ、全然想像できない。

 確かにベルベットは殺すことに関して何か抵抗を持っているようなやつじゃないけど殺すことを目的には絶対にしないやつなんだ。その話は信じられない。


「ミリアドでベルベットとは災厄の象徴。今ではどのハンターも血眼になって探している」


「そうなんですか……」


 ベルベットの言う通りかなり狙われてるみたいだな。ハンターでもない人にまで恨まれてるとなれば人間の世界で生活するのは難しそうだ。

 それより、もうベルベットの話は終わったのだが老人は僕の顔をさっきからずっと見てくる。なんだ?なにか顔についてるのか?


「ふむ……?ハンターで思い出したがお前さん誰かに似とるような気がするなぁ……はて?」


「誰かに?」


「うむ……どこだったか、どっかのハンターのもんに似ていたような……」


 なぜだ?心臓の鼓動が早くなる。視界も狭まり頭もクラクラとしてくる。


「たしか……おっ!そうだそうだ」


 老人は何かを思い出したかのような顔になって僕の顔をもう一度見た。


「エリア6のアルヴァ―」


 老人の口からその答えが出てくる。その時、



「アスト」



 この老人と同じように、後ろから声がかかった。だがその声はよく知っているもの。僕の名前を呼んでいる時点でそもそも2択に絞られるが今に限って言えば出てきて大丈夫なのかと心配になる方だった。


 そう、ベルベットである。


「あ、ベル……ベル」


 今は「ベルベット」じゃなくて「ベル」だということを直前で思い出したせいか詰まってしまった。「ベルベル」とか言ってしまったよ。


「ごめんなさい。その人は私の連れなんです」


「なんだそうだったか。妹さんかな?お前さんの兄と話し込んでしまってすまんな」


「いえ妹ではなく―」


「いや妹です!妹!!」


 もうロリコン扱いはマジで勘弁してほしいからすぐに口を封じる。まだ門兵だったから助かったものの街中でやってしまったら即逮捕だ。

 老人はすぐに去っていった。さっきの言葉の続きを聞きそびれてしまったことが心残りになる。


「うわ~。これいつの写真だっけ。映り悪ー。ってか私の許可取って載せろっての。もうっ!」


 ベルベットは自分の手配書を見て顔を顰める。気にするとこそこなんだ……。


「……私のことどこまで聞いた?」


「え……」


 いつもの会話の調子でそんな言葉が飛んできた。僕はドキッと心臓を跳ねさせる。聞かれてたのか…!?


「ここのお姫様と友達になって、突然皆殺しにして逃げたってこと。それだけ」


 ここで嘘をつく必要なんかないし正直に言っておく。それだけ、では済ませられない内容なんだけどね。


 弟子なんだからなんでもかんでも話しておけとは言わないけどベルベットにこんな過去があるとは思ってなかった。これが本当なら……って思うところもあるけどまだ真偽は不明だしなんとも言えない。


「私のこと嫌いになった?」


「それが本当なら嫌いになった」


「えー……」


「でも、本当じゃないんでしょ?」


「………」


 ベルベットはそっぽを向いて頭をポリポリとかく。何も言ってくれない。これは本当だと認めているってことじゃない。言いたくても言えないって反応だ。


「言わなくてもいいよ。僕は信じてるから」


「私のこと信じられるの?」


「いや…そりゃ魔王の力のことだったり僕に隠してることだったりと言いたいことは色々あるけど……ベルは僕の師匠なんだから。これでも2年一緒にいたんだし。……それでも魔法は使えるようにならなかったけどさ」


「そっか…」


 ベルベットは気恥ずかしそうに俯く。ベルベットは隠してることが多すぎるし僕を拾ったことにも何か理由があると思う。

 それでも悪いやつじゃない。それだけは信頼してるんだ。そうじゃないといくら記憶がなくて住むところがないにしても2年も弟子なんかしていない。


「じゃあ、また後でね。僕は街をもっと見てみるよ」


「うん……」


 ベルベットと別れる。少しだけ彼女のことを知れた。相変わらず不思議に包まれたままだけど。




  ♦




「カナリア、何してるの?」


「アスト?」


 単独行動をするのも飽きてきたのでカナリアを探すことにした。カナリアはどこにいるかと思えば花を売っている店の前にいた。

 やっぱり女の子だから花が好きなのかな?


「花、好きなの?」


「お母様が好きだったの。いつも花を買ってきたりするからあたしの家は花でいっぱいだったのよ」


「へー。綺麗でいいね。お父さんも好きなの?」


「お父様はあまり好きじゃないわ。いつもお母様が花を買ってきては困っていたもの。ふふっ」


 カナリアは懐かしそうにしていた。武器もお母さんの形見だし「お母さんみたいになりたいから魔法騎士になりたい」とかカナリアはお母さんのことが本当に好きなんだな。


 僕のお父さんとお母さんはどうだったんだろう。


 そういえば発見だけどカナリアはお母さんの話をする時は僕にも優しく接してくれるな……。これは覚えておこう。今後のためだ。


「それでそれで?他にカナリアのお母さんの話はないの?」


「えっとね……ってなんであたしのお母様の話を聞きたがるのよ。気持ち悪いわよあんた」


 失敗だ!お母さんの話を続けさせて機嫌を取ろうとしたら気持ち悪がられた。

 でもカナリア視点で見れば自分のお母さんの話聞きたがるやつって変なやつだよな……。

 なんとか話を変えようと売られている花の方に目を向ける。


「この黄色い花綺麗だよね。綺麗というか……可愛い花?」


「マリーゴールドでしょ?……あたしそれ好きじゃないのよ」


「え?なんで?」


「教えない」


 なんでか機嫌が悪くなって去っていこうとする。

 こればっかりはどこに悪い要素があったのかがわからない。女の子との会話ってどこに爆弾があるかサッパリ予測がつかないから辛いよ。


 この後も色々と店を回って…自由行動は終了。そろそろ宿屋に泊まることにした。


 まだ時間が遅いわけではないが余裕を持って行動した方が良いとのこと。特に宿が取れないと野宿になってしまうわけだがそれで通報でもされようものなら僕達魔人は厄介なことになるのは誰でもわかることだ。


 なのだが……


「本日空いている部屋は1つだけです……申し訳ございません。ですが本日は人が多いのでおそらく他の宿でも同じ状況かと思われます」


 こんなハプニングが起こることはさすがに予想外だった。


「ど、どうする…?」


「は?わかりきったこと聞かないで。こんな時はあたしとベル様が泊まってあんたが野宿すれば済む話でしょ」


「僕が野宿するのわかりきってたことだったの!?」


 衝撃すぎる事実。だったら僕は今まで何を呑気に街を回るのを楽しんでいたのか。


「全員で泊まるわよ。さすがにアストだけ外に放りだすことはできないわ」


「うっ……!ベル様がそう言うなら……くっ…ぐぬぬ……!うぅぅ……!」


「僕達ルームメイトだよね!?なんで今更そんな苦悶の表情を浮かべるの!?」


 すごく傷つくなぁ……。そんなに嫌な顔しなくてもいいじゃないか。





 部屋に着くと2つしかないベッドにカナリアとベルベットがいち早くダイブした。僕の寝る場所などないぞというメッセージでもある。

 床で寝るのか僕…?せめてカナリアとベルベットが一緒に寝たりとかしてくれたら……


「アストは私と一緒に寝るのよ?」


「床で寝させてもらいます」


「答え早っ!」


 ベルベットが誘ってくるが即拒否。

 たとえ幼女といっても元の姿に戻ろうものなら普通に可愛い女性だし、師匠と弟子とはいえ同じベッドにぶち込まれれば間違いだって起きないとは言えない。僕の理性が持たない。


 それに前からずっと疑問だったんだがベルベットは容姿があまりにも変わらなさすぎるのだ。


 ベルベットの年齢はガレオスさんと同じかそれ以上のはずだ。なのにも関わらず肉体的な様子はカナリアよりも少し年上かな……ってくらいにしか思えない。童顔だからカナリアよりも幼いと言われるまである。

 それも「見える」とかいうレベルではなく本当にそうなっている。要するに時間が止まっているかのような姿なのだ。


 これに関してベルベットは「ずっと昔に魔法の実験に失敗した影響で肉体の進行時間が止まってしまった」とにわかには信じられないことを言っていたが師匠に対してもそういう目で見てしまうので弟子としては辛いことでもある。


 ちなみに年齢に関して言っておくと魔人の1歳~18歳くらいは人間とまったく同じように肉体は変わっていく。例えば魔人の16歳と人間の16歳はまったく同じような発育スピードなのだ。


 ただそれ以上から変わっていく。人間はすぐにピークに達しそこから弱っていくが魔人は250歳くらいになってようやく人間の25歳くらいの状態になる。

 ベルベットは400歳~500歳くらいだと言っていた。魔人と人間の肉体年齢関係で言うと人間の40代くらいにあたるはずだがベルベットの体は人間の19歳、20歳くらい。だからどう考えてもおかしかったのだ。




 カナリア、ベルベットはベッドに陣地を築き僕は置かれてあった椅子に座って机に陣地を築くことにした。悲しい男女の力関係である。

 事前に店で買っておいたパン等の食べ物で食事を済ませるとカナリアは教科書を読み、ベルベットも何やら難しそうな本を読み始める。僕はというとトレーニングでもすることにした。体を鍛えることは重要なことだ。

 なのに……


「見てて暑苦しい」


「えぇ……」


 腕立て伏せをして鍛えているとカナリアから厳しい言葉が飛んでくる。僕だって女子がいる部屋で筋トレなんかしたくなかったよ。


「じゃあユニットバスで……」


「は?あんた頭どうかしてるんじゃないの?そこをあたし達が使うのよ?」


 どうせシャワー出すんだから大丈夫じゃん。と言いたかったけど相手は女子だ。ここはグッと堪えろ。絶対今の言い分は通じないだろうから……。

 ベルベットに助けを求めようとしても本を読んで思考の海に完全に沈んでいるのかまったく気づいていない。僕達の会話も聴こえていないようだ。


 カナリアに怒られたこともあって僕も椅子に座って大人しく本を読むことにした。なんだこの読書空間は。

 僕が読んでいる本は昔ベルベットから貰ったもので「走れ魔女」という小説。人間の世界では売られていないが魔法使いの世界では有名な小説らしいので読んでみようと思ったのだ。ちなみに学校の国語の教科書にも載っていた。


 そうやって全員が本を読んで数時間。教科書をパタンと閉じたカナリアはベッドから立ち上がる。


「アスト、あんた魔力を纏う特訓しなさいよ。あたしが見てあげるから」


「カナリアが見てくれるの?こういっちゃなんだけどベルベットが見てくれても1年くらい進展しなかったことなんだけど」


「今進展するかもしれないでしょーが。ほら、やる」


 無理やり立たされ仕方なく魔力を纏う特訓に入った。僕にとっても最重要課題でもあるからちょうどいい機会なんだが……。


「鎧をイメージして。自分を守る鎧」


「皆それ言うけどさ……やってるけどうまくいかないんだよね」


「あーもー!イメージ力乏しすぎるわよ。剣持って騎士をイメージしてみて。ほら!」


「………ダメだ。纏えない」


「ヘ!タ!ク!ソ!」


 一文字ごとに教科書で頭を叩かれる。痛い痛い!


「ったく……見てなさい」


 カナリアはそう言って体から力を抜いた。すると…光の粒子のようなものが一瞬だけカナリアの体の表面を駆け巡っていった気がした。気のせいか?


「確認だけどあんたの持ってる剣は魔法武器じゃないわよね?だったらあたしに向けて振ってみて」


「えぇ!?確かに魔法武器じゃない普通の剣だけど……いいの?」


「早くしなさい」


 僕は持っていた剣をカナリアへと振り下ろす。カナリアは腕でそれをガードした。

 通常なら腕でガードしようが肉を斬り裂く。致命傷とは言わないまでも痛々しい傷を創ることは間違いなしだが……


 ガギッッッ!!


(な……固っ…)


 まるで鋼を斬りつけたかのような感触。どれだけ力を入れようが切断することは不可能。むしろ本気で斬ろうとすれば剣が折れるのでは…と思わせる固さだった。


「どう?これが魔力を纏うということ。言葉で聞くのと目で見るのじゃ全然違うでしょ?」


「うん……。聞いてはいたけど本当に剣を通さないんだね……」


「魔法武器の中には魔力を貫通して対象物を斬るなんて物もあるけどね。なんの付加もされていない斬撃や銃撃なんかこんなもんよ」


 凄いな……。目で見てしまうと早く習得したい、習得しなければとより強く思えてきた。今までもそうだったけど。


「宿にいる間は魔力を纏う練習するわよ」


「うん!」







~3時間後~


「あんたおかしいわよ……なんでこんなこともできないの?」


「僕にもわからないんだよ…」


「もう記憶喪失とかが原因じゃない。魔力の扱いそのものに素質がないわ。魔人にとってそれは体の使い方がわからないって言ってるようなもんなのよ?」


 ひどい言われようだ。それって赤ちゃんより下ってことじゃないか。いや、そう言われてるのか。


「流れてる魔力も微量だし……あんた人間に毛が生えた程度よ?魔人として恥ずかしくないの?」


「カナリアの罵倒に僕のメンタルも限界が来つつあるよ……」


 人間に毛が生えた程度とまで言われるとは。僕ってもしや魔法使いだけではなく魔人全体の中でも最下位レベルに弱いのか?

 もしかして……もしかしてだけど魔人の幼い子供にまで戦ってもボコられたりするのかな……?もしそうなら立ち直れないよぉ……。


「今日はもう終わりね。お風呂入ってくるわ」


「はい……どうぞ」


 僕はシクシク泣きながら椅子に座った。今日から最大で一週間ほどこんな罵倒地獄が続くのかと思うと泣きたくもなってくるよ。

 ベルベットもカナリアも優秀な魔法使いだからできないやつの感覚がわからないんだろうな。ここまでやれば普通はできるっていうラインがもう僕には無理なのに。鎧なんていくらイメージしても魔力を纏えないんだ。


「あー疲れた」


 僕はネガティブになってしまったせいかドッと疲れが来てそのまま眠ってしまった。








「ふー。ほんとアストはどうなってんのよ」

 カナリアはシャワーを浴びながら疲れも流していく。疲れが溜まっていたのは街を回ったこともあるが一番はアストがどうやっても魔力を纏えなかったことだ。


(あのベルベット様が魔法の指導をしても無理だったんだからあたしでも……。そうだとしてもあれはおかしい)


 もう才能がないとかそんなレベルではない。アストが極端に魔力を使えないのは何か理由があるはずだ。


(何かの病気?魔力が普通の魔人よりも多すぎたり少なすぎたりっていう病気はあるにはあるけど……アストがそれで体調を崩してるようには見えないしその病気を持ったやつよりも魔力が少ない)


 アストについて考えれば考えるほどわからなくなってくる。


(あとは……元々魔力がなかったか。つまり……『人間』)


 その答えを辿り着くとシャワーを浴びているにも関わらず変な汗が出る。


「そんなわけないわよね。あのベルベット様の弟子なんだもの。人間が魔人の学院に入るだなんて馬鹿げてる。あたしもどうかしてるわ」


 魔人が人間の世界に行くことは多くても人間が魔人の世界に入ってくることは前例がない。

 人間が使う力の「異能」を魔人が手に入れることや「魔法」を人間が手に入れるということも前例はない。

 お互いが取得方法を秘匿していることもあるしそもそも種族が違うことで手に入れることができるのかどうかも不明なのだ。しかし、そのおかげで力の均衡が保たれているわけでもある。



 だが、もし……どちらも使いこなす存在が現れたとするならば。それはこの世界の運命を左右する者になる。


 それこそ「王」とも呼べる者に。


 とは言ってもそれはアストが人間ならばの話。魔法使いの英雄的存在でもあるベルベットがまさかそんなことをするわけがない。


(もう変に疲れちゃったわ……。これじゃ疲れを取ろうとしてるのかどうかわからないわね)


 カナリアはそれ以降アストのことを考えることはしなかった。






 ♦





「アスト……アストっ」


「へ?」


「お風呂。アストだけよ」


 金髪の幼女が僕の背中をポンポンと叩きながらそう耳元で囁いてくる。僕は頭を起こすと……

 髪がしっとりと濡れているベルちゃんが横にいた。頭が覚醒していくと女の子特有の良い匂いが鼻に届き僕は遅れてビクッと反応する。


「べ、ベル……!」


「しーっ」


 ベルベットは人差し指を僕の口に当てて黙らせる。な、なんですかぁ……!?


「カナリア、もう寝てるから」


 そう言って指さした方を見るとカナリアはベッドでスヤスヤと寝息を立てていた。なるほど、それでか。


「お風呂入ってくるよ……」


「じゃあその間椅子と机借りるわね。ちょっとやりたいことあるから」


「いいよ。はい」


 僕は椅子から退いてベルベットを座らせる。僕は服を脱いでユニットバスへ向かった。

 シャワーを浴びてまだほんの少し残っている微睡を追い出す。どうせこの後寝るだけなのに追い出してしまったら寝るのに苦労しそうだがシャワーを浴びる以上これは回避できない。


(僕ってダメだな……。試験が終わって浮かれすぎなんじゃないか?)


 覚醒した頭は魔力を纏う練習がまた失敗に終わったことを思い出させてくる。


 あの入学試験は決して自分の素の力で通れたものじゃないんだ。本来なら僕は底辺の成績を叩き出して失格に終わっていた。「魔王の力」という謎の力でバハムートを倒して偶然合格したに過ぎないんだ。

 僕が強くなるにはその「魔王の力」をちゃんと使えるようになるか、僕自身が強くなるかしかない。近道は圧倒的に前者だろうけど……。


(結局は力を使う僕自身が強くならないとダメなんだ。後者はどうしても避けて通れない)


 シャワーで甘い考えも一緒に洗い流し気持ちを一新させた。




 シャワーを浴び終わって部屋着に着替える。寝室の方に向かうとベルベットは机の上にノートを広げて一心不乱に何かを書き殴っていた。辺りにはノートの切れ端と思われる物が散乱している。


「ベルベット何してるの?」


「ん?えっとね、……魔法を創ってるの」


「魔法を……創ってる?」


「そう。魔女は魔法を創ることも仕事でしょ?私は完全に自分の趣味で創ってるけど」


 ベルベットの言う通り魔女は魔法創生も使命。だが聞いた話によると魔法の創生なんてものは容易ではないらしい。

 簡単な魔法でも何カ月もの膨大な計算や気の遠くなるほどの実験なんかで生まれるものだとか。


「今創ってる魔法はどんなの?」


「んーとね。ザックリ言うとたくさんの敵をパーッと一気に倒しちゃう魔法。昨日から創り始めてるんだけどけっこう難しい魔法だから時間かかりそうなのよねー」


「すごいザックリしてるね……どれくらいかかりそうなの?」


「あ~……5日間くらい?」


 「5日間」で時間がかかるって言うんだ……。きっと他の魔女が聞いたらその場でひっくり返るようなことなんだろうな……。


「でも、今日はもう終わり!寝よ!」


 椅子から飛び退きベッドにダイブした。僕は落ちているノートの切れ端を拾って机の上に置いてあげる。

 チラッと覗いてみるが何書いてるかサッパリわからない。見てると目が回ってくる。


「アストはそこでいいの?」


 僕が椅子に座り机の上に頭を預けて寝る姿勢を作るとベルベットが心配してくる。


「大丈夫だよ」


 この体勢で寝るのはしんどいものがあるが我慢だ。

 「お言葉に甘えてベッドに……」なんてことを言える度胸もないので黙って机と夜を共にしよう。


「おやすみベルベット」


「おやすみ」


 灯りが消え、僕は目を閉じた。





 ♦






「クルル………ルルゥ」


 ここはどこかの暗き闇の中。猛獣の声らしきものが静かな闇を通り抜ける。

 声の主は頑丈な檻の中に閉じ込められていた。それをガシン!ガシン!!と丸太のように太い腕で殴りつけるが出られそうにない。


「ルルルルル…………ルァ……」


 鉄格子を掴んで……出せ、出せ、と言わんばかりに腕を震わせる。しかし鉄格子はビクともしない。


「ルルルルルルルルアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」



 ガンガンガンガンガン!!!!!! 


 鉄格子を殴る、殴る、殴る!


 ここはどこかの闇の中。そしていつか「彼ら」を誘う闇なのかもしれない……。


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