ファーストバイト・オブ・ザ・デッド(現代ファンタジー)

First, after ninty-nine

 ▼▼▼


 好きか嫌いで言えば、好き。


 好きか大好きで言えば、大好き。


 四つで出逢った初恋を、私は十七歳まで温めて、死んだ後まで引き摺っている。


 ▽▽▽


 四歳の私は、書けない平仮名で手紙を書いた。


「すきです」


 と書いたはずの手紙は、数年経って見返せば、「す」の文字だけがかろうじて、そう読めなくもないように見えた。


 何故私がそれを数年経って見返せたのかと言えば、勿論、相手に渡す前に引っ込めて、宝物入れに隠したからだ。


 五歳の私が書いた手紙は、「き」の字が怪しい他は、そこそこ文字の体裁を為している。


 六歳の私は小学校で書き取りだって始めていたので、自分の名前だって添えられた。


 誕生日を迎えて七歳の私は、ちょっとした挨拶なんかも書いている。


 縁取りが増えたり、愛の言葉が増えたり、時候の挨拶が増えたり、枚数や、手紙自体を書く回数が増えたり。自分の成長の過程みたいで面白い。


 ――面白い? そんなわけがないでしょう。


 あれらは全て、私の敗北の歴史だ。


 ▼▼▼


 五月に入って、気温が一気に上がったように思う。


 随分と喉が渇いた。ぼたぼたと汗が肌を這う感覚がある。何か飲む物が欲しいな。


 学校帰りに何度もお兄ちゃんに奢って貰った、ジュースの自販機があった。


 自販機は故障しているのか、真っ暗に沈黙したままだ。


 どうせお財布も持ってないけれど。


 小さい頃、お兄ちゃんを追いかけて走り回った公園が見える。


 高校生にもなって公園の水飲み場でというのも恥ずかしいなあ。


 それ以前に、公園の入り口は閉鎖されているらしい。


 喉が渇いた。何か飲む物はないかな。


 ▽▽▽


 プレゼントにと拾ったけれど、芽が出て捨てられたドングリも。


 枯れるまで部屋に飾っていたタンポポも。


 おもちゃの指輪も、手作りクッキーも、万年筆も。


 累計99度の、私から「お隣のお兄ちゃん」への求婚プロポーズは、全て、戦場に立つまでもなく、私の敵前逃亡で終わっていた。


 友好の意思自体は伝わっているだろうけれど、それがプロポーズに至るまでの恋心だなんて、本人どころか、周りの誰一人知らない。はずだ。


 前回だって、本当はそこで決めるはずだった。


 だけど日和ひよった。


 目の前まで行ってから、いつも通り挨拶をして、コンビニの駄菓子を奢って貰って、そのまま手紙は見せる事すらなく、隣同士の家へと二人で帰った。


 『大事な話があるので、このあと会えますか?』


 スマートフォンの便利な所は、打ったテキストがボタン一つで送信できることと、送ったメッセージが一瞬で届く事。


 それから、一度送って、既読がついてしまえば、取り消しができないことだと思う。


 ▼▼▼


 どうにか喉を潤して、一息。


 私の探し人に付き合ってくれる人も増えて、今は何人くらいだろう? 1、2、3……うーん、100人くらい?


 首がかゆい。


 ▽▽▽


 100度目の私に隙はない。


 逃げ場のない状況、隠し様のない角2封筒、たとえ私が日和っても、お兄ちゃんから「話って何? あ、もしかしてその封筒?」と声を掛けて貰える、100%の確実性、二段構えの作戦だ。


 封筒の中には、雑誌についてたピンクの婚姻届が入っている。


 ……我ながら重いとは思うし、前振りなしにこんな物を渡したら、引かれるかもしれない。


 それならそれで仕方ない。だって、それでもゼロよりはマシだろう。


 封筒を抱えて、待ち合わせの場所、駅中の喫茶店に走る。


 待ち合わせの時間には、あと30分はある。改札前で手鏡を覗き、髪をいじって最後の悪あがき。


 そこへ、朝のラッシュみたいな勢いで、改札の方から人が押し寄せてきた。


 改札から溢れる人波は何だかとても慌てていて、「噛まれた」「血が」「刺された」「蜂?」と、本人達も何が起こったのか解っていない様子だった。


 押し潰されそうになりながら、柱の陰で人の流れを遣り過ごしていると、「通り魔」「血塗れ」「化け物」と物騒な言葉が増えて行き、悲鳴や怒号も大きくなる。


 ようやく減ってきた人の群れを見て、私も逃げた方が良さそうだな、と、少しだけ柱の脇から改札側を覗き見た。


 ▼▼▼


 町外れのショッピングモールで、やっと見つけた。ガラスの自動ドアは開け放しになっていて、お兄ちゃん達はお店の棚や何かで、それをふさいであげてるみたいだ。


 私達は駆け寄りながら、声を掛ける。


「…ォオ……ギィ……ヂャァ……」


 お兄ちゃんはすぐに私の声に気付いてくれた。


 どるるるる、と唸りを上げながら、お兄ちゃんはチェーンソーを振り上げ答えてくれた。

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