ヒミズの晶子さん - 2

「…ざ…さー…!」


土の天井を通し、地上から微かに聴こえる声援。

シャベルを縦横無尽に振り回し、風間晶子はグラウンドの下を掘り進む。


「風間さ……! がんば…てー!!」


地中走は特殊な競技だ。

ただ、全身運動である穴掘りによって自ら道を切り開く、それをもって「特殊」と言うのではない。


お互いが地面の中にいるせいで、対戦相手のいる位置が、地中の選手には見えないのだ。

競争でありながら、実質的には「自分との戦い」でしかない。

恐怖というより、不安。それだけを抱えて孤独に掘り、走る。


たまたまオリンピック協会の偉い人が思い付いた競技と、私立土山高校を毒牙にかけた悪徳コンサルタント業者の書き殴った競技が、まったく同じだったという偶然。

それは、土山高校の名を「オリンピック競技の世界最前線環境」として、国内に知らしめることとなった。


既に三年生になっていた風間は、今なお地中部の部長にしてエース。

大会なんて存在するはずもなく、ただ黙々と地下を掘り続けた二年間を経て、突然訪れた地中競技の世界的流行。

土山高校地中部は国内に敵無し、海外を含めてもランキングトップの絶対的集団となっていた。



ゴールの鉄板に突き当たった所で、シャベルを地表へ突き上げる。


「ぷはっ」


目が眩む前に胸ポケットからサングラスを抜き出し、視界を覆う。

競争相手である他校の選手のコースを見れば、進捗を示すうねはまだ、全行程の中ほどにしか届いていない。


「勝者、土山高校三年、風間選手!」


ワアッ、と歓声が上がる。

圧倒的力量差。それも当然だ。


二年の経験? その程度の問題ではない。


風間晶子の持つ生まれつきの、否、生まれる前からの才能の差。



風間晶子は、実は単なる人間ではない。



風間晶子は、ヒミズ(トガリネズミ目モグラ科)の化身なのだ。

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