ゆうしゃりばんばん
王都を包む市壁の一画には、他と違って、真新しい石の積まれた場所がある。
まだ世界に魔法が溢れていた頃、魔法で作った滑らかな一枚岩の壁の一部だけを、人の手で積み、セメントで埋めた壁が塞いでいる。
十七年前に勇者ドナが、魔法で開けた穴の跡だ。
ばーん、ばーんと笑いながらあちこち破壊するドナに、彼女に付き従うアメデーオは呆けた顔で、
「魔法って……すごいものですねぇ」
と言った。
誉められたドナは、
「すごいでしょ!」
と自慢した。
十七年経った今のドナなら、当時のアメデーオの言いたかったことも解る。
久し振りの王都で、継ぎ接ぎの壁を見たドナは、つい先日のことを思い出した。
息子のメルと娘のジルが、魔法で物置小屋を半壊させたのだ。
どうにか自分達で修復させたものの、子供は壊すほどには直す方は得意でないようで、修繕住みの壁には所々凹凸が残っていた。
アメデーオが「君の方が酷かった、何せ、やったらやりっ放しだから」と笑うのを、ドナは不機嫌に睨み返していたけれど、実際の傷痕を見れば何とも言えない。
とは言え、やれと言ったのはアメデーオだ。
主犯は彼ではなかろうか、とドナは思う。
今より世界に魔法が溢れていた頃、勇者は世界を救う者だった。
明確な「敵」がいなくとも、例えば火事になった森を再生したり、沈んだ島の人を避難させたり。
数十年に一度の大災害の時に、神に選定され、人を救う。
誰をどう救えという指示はなく、勇者は自分でそれを考えた。
そうして誰かが救われたら、神も満足するのか、それからしばらく勇者は現れない。
また何か大きな問題が起こると、勇者は選定される。
近年の研究では、魔力は世界から人へ与えられる物ではなく、人が世界へ放出するのだという説がある。
専門家曰く、魔力の濃い場所で魔法を使いやすいのは、漏れ出す魔力が少なくなるから、とのこと。
何の証拠もないんだけど、とアメデーオはドナに補足した。
「お母さん、猫拾ったわ! 怪我してるから魔法で治していい?」
「いいよ、ジル。飼い猫みたいだから、飼い主も探してあげなさい」
「お母さん、裏の森に熊が出たって! 退治してきていい?」
「うーん……危ないから、お父さんと一緒ならいいよ、メル」
自分は世界を救えているだろうか、とドナは首を傾げた。
まあ、駄目だったらきっと、神は次の勇者を選定するだろう。
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