episode1~ビデオテープ2
樹海のなかは湿気が重くのしかかるようでとにかく不快だった。
俺は視聴者が一緒に歩いているかのような気分になれるようパッパと視点を切り替えるようにはせず、ゆっくりと足元を映し出すようにしていた。
今回、照明がかりをつとめる麻生ディレクターはハァハァ言いながらもうへばりそうだ。
運動不足にも程があるが、20代の俺と違って40代にもなれば普通かもしれない。
真っ暗ななか歩き回るのはなかなか骨がおれるがガードレールに巻き付けたロープがぴんと張るくらいの距離は進みたいもの。
ロープの端は羽間さんの腰に巻いてある。時折枝にロープが引っ掛かるもののなんとか進めそうだ。
俺は力強く光る懐中電灯に浮かび上がる汚い空き缶や菓子のゴミを映し、時折風で揺れる枝葉を撮る。
と、麻生ディレクターが「おい、あれはなんだ?」と呟いた。
タレントが居ないのだから別に俺達が黙っていなくてはならないというものでもない。
むしろ恐怖を煽るような雑談は歓迎される。
で、俺は
「どれですか?」と聞きつつカメラを麻生さんが突きつけている指の先に向けて…うわっと叫んだ。
映し出されたのは空中に浮かぶ白い布だった。ドクドクとこめかみが脈打つ。
あれはなんだ?
三人とも言葉もなく、闇に浮かぶ白い布を見つめ…羽間さんが出し抜けに笑った。
「あれは浮いてるんじゃない…ぶらさがってるんだよ!」
ひきつった笑い声を発しながら、ずんずんと奥へ進む。
確かにそれは細い枝に引っかけられているだけだった。近くで見るとよくわかる。
暗闇に溶け込んで枝が見えなくなっていただけだが、目をこらすと布ではなく服だということがわかった。
「ワンピースか?」
触れるのも気色悪い気がしたのか、麻生ディレクターが服を枝にひっかけて落とす。
湿気をたっぷり吸っていたのかふわりともせずに落っこちた。
「みたいですね…あちこちに染みがある…なんか黒っぽい染みが」
俺はこれはまさか血液ではないか、と勘ぐったが他二人の顔が同じことを考えているように曇っている。
「こりゃあ気味悪いな。ほかになにかないか?」
辺りを探ってもとくになにもない。だがこのワンピースの出現だけで求めていたインパクトは得られたような気もする。
「じゃ、とりあえず進みますか…」
先にいく二人の緊張した背中を撮ろうと俺は後ろへ回り込む。
と、足に何かが当たった。
見ると半分近く枯葉に隠れたビデオテープだ。ハッと息を呑む。
見たところ痛んでいるようには見えない。
俺は咄嗟にカメラを切り、ビデオテープをウェストポーチにしまいこんだ。
キツかったがなんとか入る。
「おい、なにしてんだ」
麻生ディレクターが苛立ったように声をかけてくる。
俺はビデオテープのことなどおくびにも出さずに二人のあとを追った。
そこからは特に何があるわけでもなかったが、腐りかけたシューズや枝にぶらさがった意味ありげなロープなどが撮れ、もう充分だと判断した。
どうせ二時間番組の一部分、15分さくくらいの動画だ。二時間も回しておけば編集でやりくりできるだろう。
疲れきった俺達は「結局、なんにもでなかったな」などと悔しいようなホッとしたような気分で社に戻った。
麻生ディレクターはこれから編集が待っているが俺と羽間さんはお役ごめん。
ようやく家路へと向かった。
ハンドルを握りながら腹に硬い感触が伝わるのを意識した。
もしかしたら
期待が高まる。
物凄いものが映っているかもしれないぞ…。
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