#028 時には女衒のように

 仁科さんの提案を要約すると次のようになる。


 生徒会主催で行う文化祭の屋台のひとつ、チョコバナナ屋をクレープのお店に変更するという計画だ。メインの人員は駅前のクレープ屋でバイトしている彼女と隣のクラスの女子生徒。ふたりが生地を焼いて、サポート役の子に具材とクリームを載せた状態からクレープを巻いてもらうという役割分担であった。


「経験者がいるのは心強いけれど、道具や材料はどうするのかしら?」

「その点も大丈夫ですよ。バイト先の店長にお願いしたら、予備の機材一式と具材も在庫の分を安く譲ってくれるそうです。お店の宣伝代わりってことで……どうかな、副会長さん?」


 年上の存在に対し、馴れ馴れしいを通り越して不敬な物言い。近くに居る山口さんの形相がさらに険しくなる。しかし、先輩はさして気にする様子もなく、声を明るくして仁科さんに答えていった。


「……そうね。プロが扱う品物ならクオリティも問題なさそうだし、悪くはないわね」

「本当!?」

「ええ。生徒の積極性を最大限に重視するのが我が校のモットーよ。そうね、詳しいお話をもっと聞きたいから、よかったら放課後に生徒会まで来てもらえるかしら? 煩雑はんざつな事務作業はそこにいる東堂くんへ一任しておけばいいから、あなたは余計な心配はせず、体ひとつで準備室を訪れたらいいわ」


 何気にぼくの仕事量が一方的に増大しているが、まあいいだろう。

 先輩が仁科さんに気づかれないよう、こっそりとこちらに目配せをした。

 言わずともわかる。これは罠だ。悪事を企む魔女の謀略を以心伝心で秒速理解し、調子を合わせていく。


「そ、そうですね。放課後までに書類一式をしたためておくので、生徒会準備室で署名してもらうとしましょうか……」


 わずかに残った良心の呵責かしゃくさいなまれつつも陰謀に加担していく。

 すべては祭りをとどこおりなく進めるためだ、いたしかたない……。などど自分を慰める。


「わかったわ。それまでにもうちょっと具体的な話を進めておくわね。ありがとう、副会長さん!」


 自らが主導する企画を認められたからか、仁科さんは嬉しそうな様子でぼくらに謝意を示した。この無邪気な笑顔が、いずれ不安と恐怖でおののいていくのだ思えば急に心苦しくる。

 なお、クラスメイトが副会長から直々に呼び出しを受けた現実を受け、山口さんは半ば狂わんばかりに大きく目を見開いて仁科さんを睨みつけていた。彼女にしてみれば、そこがたとえ悪の巣窟であろうとも、憧れの存在に近づけるチャンスは嫉妬と羨望の対象なのだろう。世の中は不思議だ。不謹慎とも言う……。


 ◇◇◇


 そして時は過ぎ、いまは放課後の生徒会準備室である。

 室内には美しくも冷酷な雰囲気をまとった副会長と案内役の自分、さらにはまんまと釣られた犠牲者の仁科さんがいた。


「あ、あれれ……。どうして、窓のカーテンが閉じられてるの?」


 一歩、足を踏み入れるなり、ただならぬ気配を感じ取った仁科さんが警戒心をあらわにして、そうつぶやく。


「ん? 心配する必要はないわよ。ただ、ちょっと陽射しが強いだけだから」

「外は曇ってるけど……」

「紫外線は雲を突き抜けて直接、肌に影響を及ぼすわ。十代の敏感な肌には大敵なのよ」


 適当な受け答えをしつつ、先輩はさり気なく自分の席から入り口の扉へと身を移した。

 そして大きな音をたてながら、スライドロック式の鍵を締める。これで彼女はカゴの中の鳥だ。容易に逃げ出すことは適わない。


「あ、あの……。屋台の打ち合わせは?」

「そんなものは一切合切、そこにいる東堂くんに任せてしまえばいいわ。業者さんとの折衝からブースの設営まで気がついたら終わっているわよ」

「え? そ、そうなんだ……。すごいね、東堂くん」


 前日準備まで自分の担当か……。まあいい、そうなるだろうという嫌な予感がしていたから、企画書の申請者欄にはクラス委員長の山口さんに署名してもらっておいた。これで彼女も善意の共犯者である。容赦なく巻きんでしまおう。


「ところで仁科さん。あなたには個別に聞きたいことがあるの。答えてもらえるかしら?」

「な、なんですか……」


 一転、声のトーンを抑えて、目の前の座席に座る下級生を問い詰めていく。

 これはあれだな。女の子を甘い言葉で誘い出し、逃げられないように囲って一方的にこちらの要求を飲ませるパターンのやつだ。

 いまも変わらぬ女衒ぜげんのやり口を臆面もなく展開する先輩。まんまと捕らわれたウサギ状態の仁科さんが不安そうな表情を浮かべている。


「あなたと三年生の長谷川さんの間の個人的関係性についてよ……」

「え? どうして、そんなこと!」

「慌てるということは、身に覚えがあるわけね」

「で、でも、それを副会長さんが聞いてどうするんですか……」


 すっかり怯えた様子で相手を見上げながら仁科さんが先輩の真意を測ろうとする。


「実は長谷川さんがあなたを巡って、同じく三年の竹中さんと文化祭のステージで勝負を挑もうとしているのよ」

「はあ? な、なんですか、それ! あたし、何も聞いてないです!」


 突然の話に心底、驚いたような声を上げる仁科さん。

 ああ、やっぱりな。何から何まで長谷川先輩の独断専行だったのだ。となれば、ますます状況は先輩にとって有利に運んでいく……。


「そうね。このまま放おっておくと、文化祭当日にふたりの上級生がステージ上であなたの名前を連呼していくことになるわ。女の子としてはちょっと憧れるシチュエーションだけど、実際にやられると迷惑この上ないわね」

「あ、当たり前です! もしそんなことになったら、恥ずかしくて次の日から学校に来れなくなります! 絶対にやめさせてください!」

「わたしたちとしても急な話で正直、困っているの。あなたが協力してくれるのなら、うまく話を収めてしまいたいと考えているところよ」


 巧妙に会話を誘導し、どこまでも自分の都合に合わせて相手の同調を取り付けていく。

 あくまでも本人の希望に沿って事態が動いているのだと勘違いさせるためだ。

 ”強制性”の有無は後々、問題が顕在化したとき、自らの無罪を保証するものである。


「それで、何が原因でいまのような状況になってしまったのか、とりあえず聴かせてもらえるかしら?」


 いつもの座席に腰を下ろし、犯罪被害者に事の真相を質すような声で仁科さんに口を割らせる。


「え、えっと……。最初はただの好奇心から長谷川先輩に応援メッセージを送っただけなんです。そこから始まって少しづつ個人的なやり取りを続けていたんだけど……」

「何かあったのかしら?」

「ああ……いえ、特には。ふたりきりで会うようなことは絶対に避けていたんで、おかしな事態になることはありませんでした」


 存外にしっかりとした対処を心がけている様子の仁科さん。

 少し感心したような表情を先輩が作った。


「最初からちょっとは警戒していたわけね。で、どうなったのかしら?」

「……先輩ってあんまり人の話を聞いてくれないんです。自分が伝えたいことを言うのが一番って感じで。初めはそういうところがラッパーっぽいって考えていたんだけど、段々とただ一方通行なだけの人なのかなって思うようになってきちゃって……」

「そうね。時々、見かけるわ。相手の意見に耳を傾けることなく、とにかくマウントを取って自分の主張だけを声高に通そうとする存在が……。勘違いも甚だしいわ」


 鏡に写った自分の姿を見たことのない先輩が感じ入ったようにつぶやく。

 次の瞬間、『魔女は鏡に姿が映らない』という逸話を不意に思い出した。

 先輩のつぶやきが演技なのか本心なのか、ぼくには到底、わからないが、その声を聞いた仁科さんがようやく安心したような表情を見せる。

 相手の意見に異議を差し挟むことなく、ただただひたすらに同調して大きく相槌を打つことが女性の心を懐柔するもっとも賢明な手段であるのだ。


「さてと……。こうなると、あとはいかに穏便な形で相手側へこちらの気持ちを伝えるかね。東堂くん、あなたの方針はどうなの? 何か考えていることがあるのかしら」


 ここに来ての無茶振りである。

 いつもの事とはいえ、無謀にも程があるな……。

 まあいい。ぼくは内心で辟易へきえきしつつ、念の為に用意しておいた腹案をとまどいがちに披瀝ひれきしていく。


「……ないわけでもありませんが、少し問題があります」

「あるのね?」

「一応は。ただ、かなりトリッキーな手法なので、どれほどの確率で成功するのかは正直、自分にも読めません」


 偽らざる気持ちを素直に伝える。

 実を言えば、問題の対処について自分に最終責任が回ってくるのは大方の予想通りだった。先輩は自身に関する事柄であれば、かなり無理やりにでも強権的な手法を発揮して事態の解決を模索する。だが、第三者の立場であっては相手の置かれた状況を尊重して、意外にも穏便なやり方しか提示できないのだ。

 ぼくに対しては……。

 もはや遠慮は無用とでも思っているのだろう。身内ではなく、下僕として……。


「とりあえず説明を聞いてから判断するわ。犯罪的行為に及ばなければ、多少の問題はこの際、目をつむりましょう。何よりもいまは時間がないわけですもの」

「まあ、そういうことでしたら……」


 最終的な判断を仰ぎ、ズボンのポケットから携帯を取り出す。

 スリープモードから復帰したモニターには、あらかじめ設定しておいたテキストが浮かび上がった。

 ぼくはすぐ近くにいる二人に向かって画面がよく見えるよう本体を差し向ける。


「え……!」

「なに、これ?」


 映し出されたものを見て、両者が一様に驚きの声を上げた。

 そこに書かれていたのは、無機質なスタイルフォントで表現されている何行にも及んだ文章の羅列である。



 AGAIN


 ステージの上 いつものあなた ずっと見つめていた

 目が合うたび こころ高鳴り 思いは募る

 目を閉じると 気持ち高ぶり 面影重なる

 SEE YOU AGAIN

 また会いたい 同じ場所で 同じで高さで ふたりきり

 LOOKING FOR YOU

 すぐ会いたい いつか約束 交わしたあの日 まだ憶えている


 客席の中 ひとりきりわたし 声を枯らしていた

 周りを見る 自分と同じ たくさんの子たち

 きっと同じ 自分もひとり 孤独に震える

 LOOKING FOR ME

 でも会いたい 別の場所で 過ごしたあの日 いまでは思い出 

 I WANT TO SEE

 君の笑顔 やさしい声 交わした唇 まだ憶えている


 時が過ぎて ふたりの距離が遠く離れていく

 輝く舞台 あなたが見える ステージの彼方に

 もう戻れない ふたりのあの頃 ずっと気付いていた


 SEE YOU AGAIN

 また会いたい 同じ場所で 同じで高さで ふたりきり

 LOOKING FOR YOU

 すぐ会いたい いつか約束 交わしたあの日 まだ憶えている

 


「…………東堂くん、これは一体?」


 全体を閲覧えつらんしたと見える先輩が驚いたと言うよりも、半ば呆れ顔でこの文章の意味するところを問いただしてきた。

 うん。まあ、その……なんだ。当然の反応かな。


「何かの曲の歌詞なのかな?」


 困惑顔の副会長を横目にして、仁科さんが意外に鋭い洞察力を発揮した。

 もとからして、このような分野に造詣ぞうけいが深いのだろう。

 それを聞いた先輩が落としていた視線を上げて、ぼくの目を真っ直ぐに見つめた。


「曲? もしかすると、これを東堂くんが作ったとか……」

「まさか!? とんでもないですよ。ぼくは優雅な散文詩を器用にモノとするような文学的才能はかけらも持ち合わせていません。だからと言って、これは他人の著作物を勝手に剽窃ひょうさつした盗作というわけではないのです。れっきとしたオリジナルの創作物として作り出されたものです」


 こちらの説明にますます困惑の色を深くしていく先輩。

 では、だれがこれを? という疑問が表情から容易にうかがいしれた。

 焦らすつもりは毛頭ないので、ぼくはもう片方の手の指で自らが持つデジタルガジェットを指し示す。


「作ったのは、この携帯です」


 今度は二人そろって頭の上に疑問符を浮かべている様子が見て取れた。

 なんとなく愉快だな……。

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