#018 リストランテ・スズシロ
「ああ、【JKラーメン】というのは
不思議に思ったぼくが部長の佐々原さんに尋ねると、なんだか照れたような表情で彼女はそう答えた。
「わたしはちょっと恥ずかしいんだけど、滝口さんたちがそのほうがみんなの注目を集めやすいって言うから……」
説明を受けてようやく納得した。それから彼女は部屋の一角に置かれている机に向かい、何かを探し出す。手にしてこちらに示したのは、文化祭で使う予定の小道具だろうか。長い木の棒に下げられた、切り込みが入った白い布。そこに赤い筆文字で『JKらあめん』と書かれていた。
「服飾室から余った布を分けてもらい、書道部の部長さんに文字を入れてもらったの。あとはそれを暖簾の形に作り直したのよ……」
「随分と器用ですね」
出来栄えに驚いて思わず感想を漏らした。プロの店で使われるものと比べてもまったく遜色ない。
「クラスにコスプレ好きな子がいて、お裁縫が得意だから手伝ってもらったの。細かい型取りはネットで調べたらすぐに出てきたわ」
情報化社会は技術を拡散する。やろうと思えば、高校の文化祭程度でもここまでやれるという事実に少しだけ戦慄した。
「お待たせしました! 塩ラーメンふたつです……。って、あれ東堂くん?」
ぼくらが並んで腰掛けている固定式の調理台兼、テーブル。そこへ佐々原さんと同じように上半身を割烹着で包んだ料理研究部の部員がトレイにドンブリを載せて運んできた。頭にかぶせた頭巾からわずかに見え隠れしている色素の薄い茶色の髪と両の瞳。人懐こい性格はクラスでも友達の多い滝口さんだった。
「こ、こんにちは……」
クラスメイトに対してこの挨拶は自分でもどうかと思ったが、これ以外に言葉が思いつかなかったのも事実だ。
街で知り合いに出くわした時、軽く会釈でごまかそうとするのは本物ではない。
慌てて身を隠そうとするのが真のコミュ障なのだ。
「でも、どうして東堂くんが副会長と一緒に並んで……」
トレイをテーブルに置きながら、不思議そうな眼差しで彼女はつぶやいた。
不釣り合いな男女が奇妙な組み合わせで同席していれば、何か理由を求めるのが人の自然な摂理である。
「実行委員会と生徒会が合同で企画の視察を行っているんだ。今日は、ぼくが副会長のお供をしてここに来たというわけだよ……」
事実を言葉巧みにぼかしながら相手がもっとも納得しやすい言い訳を口にしていく。
「ああ、そういうことなのね。文化祭のお仕事か。副会長さんもご苦労さまです」
滝口さんはこちらの説明に得心し、出来上がったラーメンのドンブリをぼくらの前に並べた。盛りが少ない方を先輩の手前に配し、袋に包まれた新品の割り箸を最後に置いていく。
「それじゃあ、ごゆっくり。よかったら感想も聞かせてね」
空になったトレイを胸の前に抱え、屈託のない笑顔で接客に務める。
それからパタパタと可愛らしい足音を残しながら仲間たちの元へと戻っていった。
「……いくじなし」
周囲にだれもいなくなったタイミングで突如、副会長が小さくつぶやいた。
「え? 何か言われましたか……」
聴こえたことの意味がわからずに質問を返した。でも、彼女はすまし顔のままでそれ以上は何も語らない。
――まあいい。いまはともかく目の前の試食に集中しよう。これも仕事だ。
レンゲを使ってまずはスープを一口すする。鼻の奥を立ち昇っていく香りと舌で感じる味わいを確かめた後、箸を使って麺をたぐった。弾むような歯ごたえを二口、三口と楽しんでから具材に手を付ける。添えられていたのはシンプルな構成でモヤシ、ネギ、メンマ、ナルトの四種類。チャーシューがないことに最初は戸惑ったが、食べてみて理由はすぐにわかった。このラーメンはスープの
「どうかな? 東堂くん。思ったことを素直に聞かせてほしいんだけど……」
ぼくの元へふたたびやってきた部長の佐々原さんが意見を求めてくる。
一度、副会長の方を向いて彼女の同意を確かめた。小さくうなづいた先輩の顔を見て、思うところを
「期待以上においしかったですよ。メニュー通り、野菜の甘みとおいしさがよく滲み出していました。スープとの相性を考えて具材を絞ったのもいいと思います。サッパリとした感じの味わいにうまく沿う形で違う歯ごたえを楽しめました。個人的には非常に好きな味でしたよ」
ぼくの感想を聞いて佐々原さんが嬉しそうに目を細める。
この人はきっと自分が丹精込めて作り上げた手料理を他人がおいしそうに食べてくれる瞬間、無常の喜びを見出すのだろう。
「ただ……」
それなのに、ぼくは言葉を続けようとした。
余計なことなのかも知れないが、出来る限りは公正な意見を残しておきたかったからだ。先輩もこちらの発言をあえて遮ろうとはしていない。これまで述べた感想と自身も味わった経験から、ぼくが何を言おうとしているのか暗に察しているのだろう。
でも、そのとき……。
「部長! 来ましたよ!」
ん?
奥の方で固まっている料理研究部の部員たちから危機を告げる悲痛な叫び声が上がった。
「な、なんですか……?」
「いけないわ! もうそんな時間なの?」
佐々原さんも急変する事態に対応するべく表情を引き締めていた。
状況がつかめないまま視線をあちこちに移していると、廊下から騒がしい物音が聞こえてくる。声の大きさから判断すれば明らかに男子生徒の集団だった。
「佐々原さん、いるかな? 今日も仲間を連れてきたんだけど」
開け放たれている入り口を抜けて、背の高い男子生徒が顔をのぞかせる。よく陽に焼けた肌と発達した筋肉。安定した下半身の様子から運動系のクラブに所属している先輩だろうか。スポーツマンらしいハキハキとした様子で部長の佐々原さんに呼びかけた。
「あ……うん。今日もありがとう、西村くん。何人くらい?」
「あー……。ちょっと待って。ひいふうみい……十三、おれを入れて十四人だね」
西村と呼ばれた上級生は廊下の方に首を出して、引き連れてきた仲間の数を伝える。随分と多いな……。意識的に集めなければ自然には届かない数だ。直感的にそう考えた。
「副会長、どうします?」
正直、人が多いのも
「……まだ、彼女から視察の理由を聞いていないわ。もう少し事態を見守りましょう」
「理由ですか? 単に味の感想が欲しかっただけでは……」
そう言えば、ここへ来る前に副会長は部屋で「料理研究部から視察に来てほしい」と請われていることを明かした。来てほしいと言われたからには、伝えたいことがあるのだろう。一体、なんだ?
「モニタリング調査なんて、数を揃えなければ意味がないわよ。一個人の感想程度でいちいち味の構成を考え直す必要もないわ」
「では、どうしてぼくたちに……?」
「
ドンブリで提供されるウェルカムドリンクというのもすごいが、言わんとしていることは理解できた。祖母の家に行くと、求めてもいないのにやたらと出てくるお饅頭か……。あの部長さんの性格なら、もっともな話だ。
色々と考えているうち、室内にはぞろぞろと屈強な男子生徒たちがなだれ込んできていた。そのうちの何人かは部屋の片隅にいる副会長の姿に気がついて、軽く会釈をしたり挨拶を寄越してくる。隣に座る存在感が希薄な一年生など箸置き程度でしかなく、みな当然のようにスルーしていく。
――それにしても……。
彼らを迎え入れた後、料理研究部の人たちは慌ただしく動き始めた。
クラブ活動としてギリギリの構成要員しか持たない彼女たちは、みなそれぞれの持ち場で奮闘を開始する。調理を始めるもの、配膳の準備に勤しむもの、接客の応対に走るもの、様々である。
男子生徒たちの目的はすでに明らかだ。思い思いの座席についた彼らたちは、いまかいまかと食事が出てくるのを待ち構えている。それから出来立てのラーメンが順番に完成し、男たちの腹を満たしていった。
これだけのオーダーをこなしていくのは実際、かなり大変だろうと思う。飢えた狼と同様に、”飢えた高校生”というのも立派な野獣だ。以前、動画で見た猫カフェのキャストたちのほうがはるかにお行儀がいいと個人的には考えている。猫はいい……。自由で気ままでそれでいて実に高貴な存在だ。
「どうやら、これが相談したい中身のようね」
悦に入っていたぼくの意識を呼び覚ますように副会長の声が耳に届いた。
「相談ですか?」
「ええ、そうよ。実は調理実習室が大変なことになっているのは薄々、気がついていたの。けれど、ここまでの騒ぎとは思っていなかったわ」
――ああ、そうか。
”料理研究部がここ最近、毎日のように不特定の人たちへ食事を提供している”
先輩はそれを知っていて、ぼくを連れてきたのだ。
飲食にまつわるサービスというのが実際にはどのように行われているのかを目の前で確認できるように……。だが、現実は予想したよりもずっと深刻だった。こんなところだろうか?
「副会長さん。長くお待たせしてごめんなさい……」
その時、氷水の入った水差しを抱えて、ぼくらの席にひとりの女の子がやってきた。浅く色づいた肌にショートカットの黒い髪。強い輝きが目立つ大きな瞳が印象的な女生徒だ。みなと同じように割烹着と頭巾で体を包んでいる。
「うちの部長があとで話があるから、もう少しだけここにいてほしいと伝言を頼まれました」
中身の減ったグラスに水を注ぎながら彼女は語りかけてきた。
「了解したわ。ところで、あなたは……?」
「あたし、一年の夏川です」
「別に気にする必要はないのよ。この状況がなんなのか、わたしも知りたいから。そう伝えておいて。それより……」
「はい? なんでしょうか」
「あなた、よく働くわね。よかったら生徒会に入らない?」
いきなりのヘッドハンティングである。古代中国の
「え、えと……。あたしは料理研究部で満足しているので」
「週二日、一日二時間からでもOKよ」
人手不足で悩むコンビニのオーナー並にレベルが落ちた。
どうにもこの人は、どんな破天荒な
まあ実際、夏川さんの仕事ぶりは見ている側でも驚かされる。
一度に十人以上の人間を
最初と最後の時間差は優に十分以上だ。早い人なら完食してしまう。だからこそ、どのような順番で配膳していくのかが重要となる。夏川さんはお箸やお冷を用意しながら男子生徒たちと会話を交わし、その中で順序を付けていた。
大食漢で確実にお代わりをする人、じっくり一杯のラーメンを楽しみたい人、それぞれの希望を聞きながら食事の用意を進めていく。こうして彼女は調理担当者が作業に集中できる環境を整えつつ、みなが不満を持たないように現場をコントロールしていった。
「それにしてもよく食べるわね……」
なおも飽きることなく麺を
「スープがサッパリとしていますからね。脂っこくない分、一度に食べ続けることが出来るんですよ」
「そうね。あまり脂分が得意ではないわたしでも結構、楽に箸を進めることが可能だったわ。でも、これでは……」
おそらくぼくと同じような感想を先輩は抱いている。同時にある種の心配も……。
――それにしては人が多いな?
不思議な印象にとらわれる。この違和感はなんだ?
自分の考えに没頭するうち、状況が大きく変わり始めた。
満足して食事を終えた生徒たちが椅子から立ち上がって部屋を出ていく。
最後に残っていた一番はじめに顔を出した【西村】という上級生が部長の佐々原さんと入り口近くで何か話していた。
耳をそばだて、かすかな声を拾おうと試みる。ようやく聞こえたのは、「今日もおいしかった」という謎の言葉だった。
――奇妙なセリフだな。
直感的にそう思った。言葉の中身ではない。シチュエーションがおかしいのだ。
頭の中でグルグルと思惑を巡らせるうち、男たちを見送った佐々原さんがようやくぼくたちのもとにやってきた。
「ご、ごめんなさい……。長く放りっぱなしにしちゃって」
「別にいいのよ。で、いまのが視察に来てほしかった本当の理由かしら?」
「うん、そうなのよ。実は今週になってから突然、毎日のように人が来るようになってしまって……」
「何かキッカケになるようなことは?」
「特別な理由なんて……。一度、試食をお願いして、そこから人が途切れなくなっただけ」
思いつめたような表情の佐々原さんが副会長の質問に応えていく。
顔色に苦労の後がうかがえた。まあ確かに毎日、こうやって男子の相手を続けるのは大変だろう。
「だったら、話は簡単ね。明日からは断ればいいのよ」
当事者の意向や関係者の気持ちをまるごと断ち切り、副会長はそう断言した。
それが出来たら、だれも苦労はしないのだろうな。きっと……。
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