#013 実践! プロパガンダ必勝法
一時限目の終了後、最初のひとりとしてクラス委員長の山口さんにぼくらの計画をレクチャーした。
それから授業の合間の休み時間ごとにぼくのもとへ説明を聞きに来る人の数は順調に増え続ける。昼休みには短い時間では聞き取れなかった細かい情報を求め、ふたたび自分のところにやってくる人も現れた。それら多くのクラスメイトひとりひとりにこの企画の意図と、どのような内容であるのかをつぶさに伝えていく。
こうして、午後の授業が始まる前には教室内の約半数の人間が放課後のHRより前にこちらの計画を知ることとなった。
「情報は始めに大きく見出しを掲げて、時間差を置いてから詳細を発表するようにしなさい」
先輩に指示された通りの要領で朝のHRでは計画の存在だけを匂わせた。
そうすることで人々の興味を掻き立て、相手側から能動的に情報へアクセスするよう誘導する。
「他人を洗脳……いえ、自分たちの味方につける最善の方法は必要な情報に向こうから寄ってくるよう思考を操作……
ところどころ、ろくでもない思想が見え隠れするのは先輩がいつもの発作で情緒不安定になっているからだろう。多分にあの人はテンションが高まると、自分の言動に制御が利かなくなってしまうのだ。本音が漏れるとも言う。
だが、副会長のアドバイスが実践的で有効なのは確かだった。
事実としてここに至るまで自分の案を支持してくれるクラスメイトの数は相当に及んでいる。理由は言わずもがなで、我が校においてもっとも聡明であり、なおかつ誰よりも美しいと噂される彼女の威光だ。
「副会長の厚意によって、自分たちは特別にこの役割を与えられた」
という感じでつぶやけば、それが事実かどうかは別にして級友たちの心を揺さぶるには十分だった。
もちろん、相手側もただ黙って時を過ごしていたわけではない。
主に女子のグループを中心として、こちら側にネガティブキャンペーンを展開していたのだ。
「東堂は副会長に接近して、生徒会に都合よくクラスを利用しようとしている。これは自分たちの計画を邪魔するための陰謀だ」
上記のような内容をまことしやかに囁いている。
しかし、こちらとしてはまさに【副会長】とのつながりこそが唯一にして最大のアピールポイントなので、それを指摘されても「事実ですが何か?」と開き直るだけだった。さらに現在の問題点は『おもいっきりステーキ』という企画の実現性を問うことが最大の話題であるのに、彼女たちの発言はそこから目をそらして、ぼくと副会長の個人的な関係性をあげつらうにとどまっている。
こうした言動はかえって、【論点そらし】という印象を級友たちに与えていた。残念だが個人のゴシップでクラス全員に関わる問題を左右することは出来ない。結局のところ、そうした行為の積み重ねによって彼らは中立的な立場を示しているクラスメイトたちの
こうなると相手の言説は一転して、こちらを利するだけの結果を生み出していく……。
そして静かに時は満ちた。
放課後、みなが固唾を飲んで見守る中、ぼくはもう一度、教壇のうしろに立つ。
級友たちを見下ろし、視線の圧を感じながら最初の口火を切っていった。
「それでは、うちのクラスの文化祭での出し物について討議を開始しよう。最初にぼくの方から生徒会側の提案を説明するから、それについて意見があれば遠慮なく発言してほしい」
まずは約束通りに副会長から示された案を語り始めていく。
◇◇◇
『校舎前、集会用テント設営と配布物展示並びに飲食物の実演提供販売について』
諸元
高さ200cm 奥行き267cm 幅355cm
常設運営用テント 学校倉庫備品 片側三基、二対計六基を使用。
設置場所
学校正門より入る校舎前通用路の両脇に設置。
利用目的
・来場者への学校案内、各企画の説明や実施場所、並びにタイムスケジュールを記した校内見取り図の配布。
・招待者が来校の際の受付対応。
・飲料物の販売
・軽食の実演調理、及び販売。
人員配置
・受付等は文化祭実行委員と生徒会執行部が主に担当。
・その他は若干名の有志を生徒より募り、調理実演販売を委託。
機材並びに物品の仕入れ。その他の設置物。
・外部業者と一括で契約。調理用機材及び調味料、下処理を終えた具材を当日、朝に配達予定。その他、休憩用の机や椅子、必要機材等は業者よりのレンタル。
以上。
簡潔にまとめられた企画書に目を通していく。
わかったのは当日に臨時のテントが設営され、そこで外部からの来場者を案内する本部を立ち上げるということだった。
さらに付随して書き込まれた【一般生徒からのボランティア】を募って行われる屋台形式の飲食店。ここにうちのクラスが人員として参加するわけか。
「……つまるところ、これはボランティアの名前を借りた特定クラスへの優遇措置ですか?」
取りあえず頭に思いついたことを口にする。
どうして実行委員会がこのような企画を自ら発案しているのか、その理由がわからなかった。
「そういった面があることは否定できないわね」
わずかに微笑んだ副会長がぼくの質問にそう答える。
企画書に目を通した自分がまず感じたのは、多分にうちのような当初の計画が
そうした、キチンと計画通りに物事を進められなかった生徒たちにも文化祭という特別な祭りを一緒に体験できるよう、こうした屋台形式の店舗をあらかじめ準備しておいて生徒たちに協力を仰いでいる。これがぼく自身の見解だった。
「でも、意外にこういった出し物は君が思っている以上に需要が大きいのよ。なんと言っても当日はたくさんの人間が学校にやってくる。その人たちは校内をせわしなく動き回って喉が渇く。たしかに喫茶店形式の模擬店はいくつかあるけれど、それだけですべての人の需要を
言われてしまえば合点もいく。
確かに学校というところは意外なほどに物がない。自販機も大手飲料メーカーのものは体育館の入り口付近に設置されているのがひとつだけで、教室がある普通科棟などはよくわからない地場産業の小さな販売機がポツンと置いてあるだけだった。きっと面倒な規制があるのだろう。購買も必要最低限度の商品が売られているだけで、昼休みにお目当てのパンが買えなかった日などは、わざわざ学校近くのコンビニへ買い出しに出向く生徒も少なくない。
「それに飲み物が手に入れば、次はお腹を満たしたいと思うのが人間の習性よ。こちらはもっと深刻ね。なにせ、文化祭当日にお弁当を用意してやってくる生徒はまずいない。それだけでざっと千人以上の空腹を満たす必要があるの。かと言って食事を提供できるのは調理実習室で店舗を開く予定の調理研究部と一年生のクラスが企画した『カレー店』。あとはせいぜい、パンを使った喫茶店の軽食程度ね。だからこそ、簡単でもいいから空腹を満たせる露天の屋台は絶対に必要なのよ」
「だから、わざわざ生徒会が企画を申請して出店するのですか?」
「本来は学校側が用意するものだけど、文化祭の前提が”生徒たちによる自由な祭典”という触れ込みである以上、教職員が表に出るわけにはいかないのよ……」
なかなかに世知辛い話である。
本音と建前をここまであからさまに使い分けないといけないものだろうか?
「疑問を感じるのは当然ね。それでも誰かがなんとかして支えなければ現実的な問題には対処不可能なの。これが『生徒会のお仕事』よ」
そう語る副会長の声はどこか冴えない。彼女自身もまた理想と現実のギャップに挟まれているのだ。
――だれかがやらねば、世の中は動かない……。
つくづく現実はクソである。
「どうする、東堂くん? 生徒会の手先となってクラスのみんなを学校側が用意した都合のいいポジションへ押し込める計画にあなたは手を染められるかしら?」
露悪的な表現でぼくを
その姿はまるで世界をこの手に収めんと画策する悪の大魔王であった。
――でも、ぼくにはわかっている。
自分には都合よく困難を克服し、だれもが納得する形で問題を解決して見せる英雄的な力はない。
せいぜい、やれることは現実的な選択肢の中から最善の一手を選び出すだけ。後はそこに持てる力を集中して、事態を収拾に結びつけるしかなかった。答えなど最初から決まっているのだ。
「やりますよ。それしか問題を穏便に処理できないなら、ぼくの結論はひとつだけです……」
両手に企画書を握ったまま、先輩にそう応える。
目の前の彼女がわずかに安堵したような表情を見せたのは、ぼくの錯覚だろうか?
「理解が早くて助かるわね。それじゃあ、今日と明日を使ってクラスの懐柔に必要な戦術と方法論を一緒に模索しましょう」
はい?
何やら急に血なまぐさいことを言い始めた。ぼくがやろうとしているのはみなの説得であって、別に彼らを恭順させようとは思っていないのだが……。
と、この期に及んでまだヌルい考えに浸りきっている自分を叱り飛ばすように、副会長は冷めた口調で【大衆操作】に必要な思想を自ら語り始める。
「東堂くん、よく覚えておきなさい。たくさん聴衆を大向こうに回して、高所から演説をぶつ政治的指導者。テレビや動画で流されるああいった映像は実のところ、真実をあまねく映し出しているわけではないわ。あの場所に集まってくる群衆の半数近くはすでにリーダーの政治的主張に深く心酔している人たちなの。好きでもない芸能人のコンサートにわざわざ足を運ぶ人がいないのと同じことね」
「言い方はどうかと思いますが、言っていることはよくわかります……」
「何も知らないただ集められた人々はそこで周囲の熱狂に当てられる。人間は自分が信じたいものを自ら選んでいるわけではないの。誰かが積極的に支持しているものなら自分も安心して同じように好きになれる。みんなと同じという安心感が重要なマーケットバリューであって、そこで扱われている内容がなんであろうと大した問題ではないのよ」
「”長いものには巻かれろ”というやつですか?」
「どうせなら一番長いほうがいろいろとポイントがもらえて、お得なのよ」
まるで特典付きお買い物カードを選ぶ主婦目線で政治的な命題を教授してくれる。
彼女は自分が支持されている理由を、きっとだれよりも深く理解しているのだ。だからこそ、そうした人々の声を一切、信用していないのだろう。移り気で気まぐれな大衆の動向を注意深く探って常に最適な方向へ物事が進んでいくよう少し力を加えるだけ。
それがこの、『生徒会と普通クラスの合同出店企画』と言う、一見すると意図がよくわからないアイディアとなって結実しているのだ。
◇◇◇
「…………以上がぼくの提案する新たなクラスの出し物です。何か意見のある人はその場で発言してほしい」
無事に説明を終わらせ、クラスの反応を待つ。
けれど、すでに半数以上の人間は事前に内容を聞かされていたせいか、まったくの無反応だった。こちらから直接、中身を聞かなかった残りのクラスメイトも人づてに概要程度は耳に入れていたのだろう。何も言わずにただ押し黙っているだけだ。
その時、うしろの方の席からひとりの男子生徒がいぶかしむように抗議の声を上げた。
「つまり、校舎脇のテントで焼きそばとフランクフルトを売るのがお前のアイディアなのか」
不満を滲ませた険しい表情。
声の主は松阪くんたちのグループに所属しているメンバーのひとり、田中だった。
ひときわ大柄の体躯によく発達した筋肉。部活とは別に格闘技を
「そうだよ、ぼくらは生徒会と協力して、文化祭当日に設営された本部の隣で軽食の提供を行う。基本的には生徒からボランティアスタッフを募るけど、今回はクラス参加という形で申請するんだ」
露天形式で開かれる店舗の内容は副会長に見せられた企画書の二ページ目以降に細かく記載されていた。その中でぼくらが担当するのは飲料物の販売と、鉄板を使って調理する焼きそばとフランクフルトだった。もうふたつ、対面に配置されたタコ焼きとチョコバナナ屋は別のグループが担当する。
「それって、おれたちがしないといけないことなのか?」
田中があからさまに不平を鳴らした。
やはり、副会長が予想したとおり、世の中は正しいかどうかで成否が決まるわけでない。強いやつが勝って、弱いものが退けられてしまうのだ。
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