片腕のハンス
まよりば
第1話
今にも日が沈もうとしている。番人が大きな砂時計を門の横に置く。残された時間は5分。
ハンスはただひたすら走っていた。村を救うために。
彼の村は、貧しかった。村人の殆どが、その日暮らしをしている中、とある旅人がその貧しい村を訪れた。村人たちは、貧しいながらも旅人を客として饗し見送った。
そして、村に疫病が流行った。
始まりは川向うに住むヒルデだった。急な発熱と嘔吐が十日ほど続いた後、吐血して彼女は死んだ。流行り病だと気づいたときにはもう遅く、、一週間後には川のこちら側の家のハンスの妹まで感染してしまった。
折しも領主直々の見回りが五日後に迫っていた。三日後には領主たちは城を出る。村で一番早馬を飛ばすことのできるハンスは、二日後の日没までに、城への報告と薬の調達を頼まれた。
ハンスは愛馬で駆けた。あいにくの雨で、一日目に走れた距離は予定の三分の二ほど。二日目の朝は大雨で風も強く、馬に乗れる天気ではなかった。
ハンスは宿に馬を残し、自力で城まで行くことにした。
朝からぶっ通しで歩いていけば日没までには城へ着くだろう。
そう思っていたのだが、道標を見逃し、二時間ほど無駄にしてしまった。しかも、続く雨で足元は最悪。滑る上に、靴が傷つき穴が開きかけている。
ハンスは覚悟を決めて走りだした。
城だ。雨も昼過ぎには上がり、雲の切れ間から光が差している。走り続けたハンスが安堵しかけたその時、門番が砂時計を取り出した。間に合わなかったらどうしよう、そんな思いで頭がくらくらする。自らを奮い立たせるため頬を叩き、ハンスは気持ちを切り替えて、両足に力を込めた。
残る砂は半分ほど。
ハンスは走った。足は痛いし、頭痛もひどい。静かな夕暮れに、はっはっという自分の息がやたらうるさく感じる。
顔を上げ、ハンスは睨むようにして門を見つめた。留まることなく砂が落ちるのが見える。
城門に続く橋を渡ったところで、ズルっとした感触がハンスの足を捉えた。靴の綴じ目が割れている。ハンスは即座に靴を脱ぎ捨てた。
城門の前には石畳が敷き詰められていた。石畳は、ハンスの足裏を容赦なく抉る。焼けるような痛みがハンスを襲った。
痛みで足が止まりそうになり、ハンスは我に返った。
砂は変わらず落ちている。残りはわずか。
胸のポケットから手紙を取り出すと、ハンスは可能な限り手を伸ばす。
直後、城門は閉じた。
ハンスが次に目を覚ましたのは、ベッドの上だった。病に伏せていたはずの妹が涙目でこちらを見ている。起き上がろうとしたハンスは、右腕がないのに気づいた。
「腕一本か」
妹が悲しそうにハンスを見る。
「ギリギリだったようだね。逆にもう少し早ければ、首やお腹が切れていたかも」
「兄さん……」
「薬が間に合ってよかった。片腕だけど、それでもまた元気な君と抱き合えて嬉しいよ」
カーテンが揺れている。風がハンスと妹の涙を撫で、優しく吹き抜けていく。
片腕のハンス まよりば @mayoliver
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