第4話
ジョス施設長に面会を求めたところ、すんなり認められた。
「どうした?」
私はユーコと二人で写った写真を見せた。「こいつがタケシだ」
男の顔は、死んだノウ氏のものだ。頭蓋骨から後頭部とその中身を切除される前の姿だ。
私がノウ氏と呼んだタケシは、冷たく整った顔立ちだが、笑顔は顔半分が醜くひきつれている。
「あー、それは違う。少し違う」
「違うものか。確かに俺はタケシだと思ってるが、顔も性格も別物になっちまった。タケシは酒を飲んで暴れ、妻を殴る。ピアノは弾けない。何より、この顔だ。この顔だよ。俺は誰なんだ?」
「まあ聞け。単純じゃない。記憶はタケシのもので間違いない。内臓はほとんどファルーキだ。顔と大脳辺縁系は、最初に死んだヤツのものだ。顔も性格もいいヤツだった。名前は聞かない方がいい」
ジョスは水を一口飲んだ。手が少し震えている。水ではないようだ。
「体はファルーキの細胞がベースになってる。まあ、ちょっとDNAレベルでいじって、骨格を強くしてるがな。天賦の逸材のファルーキと、色々と素敵な生き物たちの化物並みに頑強な肉体、タケシの豊富な戦闘の記憶で出来ている。素晴らしい。完璧だ」
「顔は?妻は?」
「ルックスはまあ、奥さんの好みも入ってる。それくらい女のわがままは許すべきだ。もちろん知ってるさ。タケシの粗暴な性格に嫌気がさしてたんだな。で、名無しのお前と浮気してた。嬉しそうにしてなかったか?」
「俺?」
「そうさ。男前で、性格がいい。奥さんのことは本気だった。よき夫になるだろう。何より軍人の鑑だ。ヤツらとの闘いにおいて経験不足だけ。それ以外、文句なしだった」
「記憶媒体を抜いた状態を試す訓練じゃなかったのか?」
「そうさ。今や記憶はメモリーチップの時代だ。一方で、ハッキングや偽変造のリスクもある。チップがない状態でどこまで戦えるかが基礎能力さ。貴様は優秀だった」
「他人の記憶を使うのは違法だろうが。記憶の移設は中短期だけで、長期記憶は技術的にもコピーできないはずだ」
「進歩と技術革新。あれやこれや。まあ、規制の重要性は、貴様に言われずとも解ってる。しかし、人類が死滅したら、法の支配もクソもあるかよ。支配するのはあのくそ忌々しい貝殻オバケどもだ」
ジョスは一息ついた。「問題はタケシの記憶さ。実際のところ朝鮮半島で戦って生きて帰ったのはヤツしかいないんだ。それをあの馬鹿が活用できると思うか?下手すりゃ忘却回路を作動しかねない脳みそゼロ。おっと、失礼。お前の悪口じゃない。その頭の記憶は宝の山なんだ」
「タケシの記憶、ファルーキの体。俺は誰なんだ?ユーコの相手ってのは、コイツは誰なんだ」
「他のだれでもない。この御時世、顔と性格はファッションに過ぎない。貴様は、強いて言えば、生まれ変わったタケシだ。悔い改め、面の皮と大脳辺縁系を取り替え、腹の底から清め、心身ともにいいヤツになった。専門家の研究が正しければ、人格は記憶と一致することを優先する。そして、性格が作るのは未来だ。過去に縛られることはない」
「いやに饒舌だな。そいつは何だ?」
ジョスは拳銃を取り出した。「見せたいものがあるんだ。二つある。ひとつは今すぐ見せてやる」
「俺を撃とうってならやめとけ。このスーツは鉛弾ぐらい空中で受け止める。全部てめえのケツに突っ込んでやる」
「下品だな。所詮、記憶が人格を作る。大脳辺縁系が生むのはまやかしだ。悪いがまた操作させてもらうよ」と言うとジョスは自分の頭を撃ち抜いた。
血に染まった真っ白な骨が飛び散り、汚ならしい眺めになった。
「ムカつくぜ」と呟く最中に、今度は後ろから撃たれたので、アーマーの触覚が受け止めると、弾道に沿って、秒速五百メートルで来たところに投げ返した。
振り返ると、ユーコの顔の半分が吹き飛んでいた。殴るよりも酷いことになった。
怒りはもうない。
また、気を失った。
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