第2話

ダウンロードの開始とともに、一度失った記憶が温かく流れ込んできた。

そう言えば、タケシというのが、私の名前だ。祖父が名付けた。彼は日本陸軍の将校でサムライだった。

黒い鞄、つまり特殊作戦群の最新鋭の装備ユニットが開き、中から二基のアーマーが、自律歩行するメタルの蜘蛛のように軽やかに這い出した。

いくつかのオプション装備と補助バッテリーを担いだり、引きずったりしている。意思を持たない者たちだが、健気で可愛く見えてきた。

一基は黙々と私の下半身にまとわりつき、しなやかで強靭な両足に変化した。神経を接続すると、猛烈な痺れですぐには動かしたくない。

二基目は背中にしがみつき、触刺を何本も撃ち込み、脊髄と一体化しながら、最も活動的な部分は、右肩から伸び上がって、複雑な関節と危険な武器を内蔵する腕になった。

その一部が分離して胸の上を横断し、左腕を覆った。その中でマイクロチップたちが傷に群がり治療を始めた。私は痛みに「クソ」と毒づいた。

言語機能が回復したらしい。

左手の中に、複合機能型の眼球が転がり出てきたので、向きに気を付けて右側の眼窩にはめ込んだ。何種類かのモニター画面を確認する。「異常なし」だ。

私は完全に落ち着きを取り戻した。

ゴキブリ型の軍用犬も私の変化に気づいたようだ。どちらが支配者か解らせる必要がある。

軍用犬は、鼻毛をだらりと垂らして私の様子を窺っている。怯えが伝わってきた。ブーンという攻撃音はなく、四肢をネチネチとか、パキパキと音をたてて収縮させ、防御形態に入った。

彼らはゴキブリの遺伝子を配合したことで強靭な生命力を持つ。十歳の子供並みの知能を持ち、交配なしで子孫を残す。逆恨みされたくもないので、跡形もなく抹殺することにした。

寝転がったまま、火力を叩き込んだ。五秒かけて、九ミリ弾を百発、腹の卵巣に焼夷弾を三数。

ゴキブリは散り散りになった。ようやく立ち上がり、残骸をバーナーで焼いた。こいつらは戦闘の記憶を遺伝できるという説明を聞いたことがある。卵巣を念入りに焼いた。まったく醜い生物だ。

問題があった。泣き虫のノウ氏にゴキブリの外骨格の破片が何発か刺さって死にかけているようなのだ。少し待つと完全に動かなくなった。手のつけようがない状態だ。そもそも、センサーを始動した時から脳波を感じない。

硝煙が換気されるのを待った。「あー、あー。この演習の生存率は六十パーセントのはずだが?もしもし?」

応えはない。カオ、ニク、ノウ各氏の死体を順番に指し示した。「訓練にしては状況付与がおかしいだろう」

ニク氏の顔に見覚えがあった。「こいつは同じ基地にいたぞ。ファルーキ小佐だ」確か、レンジャー所属の環境対応型のサバイバルのエキスパートだ。宇宙空間でもしばらく生きられるという噂すらあった。

「ファルーキの死の責任は貴様にもある」

壁からジョス施設長の声が響いた。「協力して対処することも可能だったはずだ。ほかのゲームでは、現にそうしたプレーヤーも複数いる。いずれにしても合意の上で訓練に参加した。最新の装備を勝ち取った。貴様にとっては最高の結果じゃないか」

「最低の気分だ。早く肥溜めから引っ張り出してくれ」

「承知した。おめでとう。そいつは貴様の装備だ。従って敵地潜入の任務も貴様のものだ。成功すれば救世主として、我が国の…もとい人類の歴史に名を刻む」

「冗談じゃない。しかし、自分の顔を思い出せないんだが」

「記憶媒体のトランスに不都合があるんだ。一時的な相貌失認。調整中だから少し待て。視覚記憶は、要素が複雑で記号化が不安定な場合がある。大した問題じゃない。鏡を用意しておくさ。じっくりテメエの面を拝め」

なるほど、その後、私はジョスの隣で鏡越しに自分の顔を観察した。なかなか男前だった。

「悪くない」笑ってみた。「しかし、変だな」

「自分の顔を忘れちまったか?」

「ガキのころ、親父にアゴをやられちまって、骨というか、神経が壊れてて、顔半分が笑えないんだ。ヤバイ顔になる」

「ほう。知らなかった」

「治らないと思ってた」

「良かったじゃないか。ゴキブリにびびって大騒ぎしたショックで繋がったんだな。今の方がずっといいぜ」

「黙れ。装備も任務も貰ってやる。さっき、俺が泣いたなんて誰にも言うな」

「ああ」ジョスは短く答えた。鏡の中で、二人とも無表情だ。


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