思うままに
いつも見てるドラマがそろそろ始まるな、と思うとテレビがつきチャンネルが切り替わった。私はいそいそとソファに座り、あくびを一つ。昨日は夜更かしをしてしまったから少し眠いけどこのドラマは見逃したくない、そう思うと眠気覚ましのアロマが焚かれ、たちまちすっきりした気分になった。
テレビの音量が大きいなと思うと小さくなり、小さすぎるなと思うとちょうどいい音量に調整される。そういえば昼間に掃除をしてなかったな、と思うとお掃除ロボットが掃除を始め、ついでにお風呂も掃除しようと思うと浴室の自動クリーニングがスタートした。
そう、この家の家電は全て脳波コントロール機能がついているため私はただ思うだけで全てを操作できるのだ。
この機能を使うためには頭にチップを埋め込む必要がある。説明を聞いたときは頭に異物を埋め込むなんて! と思ったけど極小のチップを注射で注入するだけだから簡単ですよ、という医者の言葉通り手術は痛みもなくすぐに終わった。料金は高額だったけど支払いは旦那だから問題なし。もちろん脳波コントロール家電を買いそろえた代金も旦那が払ってくれた。持つべきものは気っ風のいい旦那ということだ。
かくして私は全てを思うだけで操作できる便利で快適な生活を手に入れた。家電は私の思考だけではなく感情の機微も読み取ってくれる。ドラマが悲しいシーンになったときは照明が薄暗くなり落ち着いた香りのアロマが焚かれ、楽しいシーンのときは照明も明るくなり気分が高揚するアロマが焚かれる。ドラマを見て一喜一憂する私に合わせてエアコンは常に私が快適と思う室温をキープしてくれるし、ドラマがCMに入ればタブレットはSNSを開いてくれる。至れり尽くせりとはこのことだ
ガチャ、と音がして玄関のドアが開く。
「ただいま」
ぶっきらぼうな旦那の声に私は慌てて立ち上がり「おかえりなさい」と声をかけた。私が好きなドラマを旦那は「低俗な代物だ」と毛嫌いしているので私は脳波でテレビを切り、あとで見るようにドラマを録画する。
「今日は早かったのね、ご飯は食べたの?」
「いや、まだだ」
「じゃあすぐに作るね」
そう言って私は台所に行き、冷蔵庫の中を確認する。使える食材を思い浮かべ「和食」「すぐに作れる」と条件を考えるだけでタブレットにお薦めレシピが表示された。私はぶり大根のレシピを選択すると早速調理を開始する。
タブレットには脳波から読み取った私の進捗状況に合わせてぶり大根の調理動画が再生される。私は動画を見ながら動画の通りに料理すればいいのだ。思うだけでレンジはセットされるし、コンロのスイッチも入りキッチンタイマーもセットされる。そうやって効率良く料理するとレシピ通りのぶり大根ができあがった。
食卓にぶり大根と茶碗によそったご飯、作り置きのきんぴらゴボウを並べ「できたよ」と声をかける。旦那は椅子に座ると献立を眺め、大きくため息を吐いた。
「……ぶり大根、嫌いだっけ?」
私がおそるおそる訊くと旦那は首を振りあからさまに不機嫌な様子で言った。
「こんなのは料理じゃない」
ドン、と拳で机を叩く。機嫌が悪いときはいつもそうやって私を威圧するのだ。
「なんでもかんでも機械任せで作られたものを料理なんて言えるか? あんなのは料理じゃない、ただの作業だ。スーパーで買う出来合の惣菜と何も変わらない」
「でも切ったり焼いたりは私がしてるんだから、全部機械任せってわけじゃ……」
「これには人の温もりが感じられないんだよ」
口から唾を飛ばしながら旦那がそう熱弁する。
「俺の母親は料理本を片手にばたばたしながら料理をしたもんだ。効率は悪かったかもしれないし時には失敗もしたけど、でもそれが俺の家の味だった。全部自分の手でやって初めて家庭の味になるんだよ」
「…………」
「だから家の家電を全部処分しようと思ってる」
「えっ」
驚きの声を上げた私を見て旦那がしてやったりという顔をした。
「確かにこの家電は便利かもしれない、でもここには家庭の温もりがないんだよ。俺は君と温かい家庭を築きたいんだ。そのためにも全て一世代前の家電に買い換えようと思ってる」
「でも、そんないきなり……」
「俺の金で買ったものなんだから文句はないよな?」
そう言われてしまうと私は何も言えず黙るしかない。私の沈黙を了承と受け取ったのか旦那は「明日にも業者に連絡する」と言って立ち上がった。
「飯はいい、風呂に入る」
「あっ、じゃあすぐお風呂にお湯を……」
「いい、自分でやる」
そう言って旦那は浴室に向かった。脳波でお湯を張っても手動でお湯を張ってもそこに違いなどあるわけがないのに。
旦那が浴室に入ると私は小さくため息を吐く。脳波コントロール家電が処分されることもショックだが、あの旦那とこれからも結婚生活を続けなくてはいけないのかと思うと憂鬱な気持ちになった。
いっそのこと離婚でも言い渡されれば慰謝料がもらえるのだが、旦那は私に不満があっても離婚する気はさらさらないようだった。私の方から離婚を切り出すことなどしようものなら無一文で放り出されるのがオチだ。
……いっそのこと、事故か何かで死んでくれればいいのに。
「うわぁ!」
旦那の悲鳴が聞こえたので慌てて浴室に行くと旦那が全身泡まみれになっていた。
「どうしたの、それ?」
見れば旦那だけではなく浴室全てが泡まみれだった。浴室の自動クリーニングは切ったはずだし私も起動させていない。旦那は忌々しげに泡を振り払いながら舌打ちをした。
「いきなりこうなったんだよ。くそ、これだから最新家電は嫌なんだ」
ヒュッ、と音がして何かが浴室に入ってきた。それがお掃除ロボットだと認識する間もなく、お掃除ロボットは勢いよく旦那の足に体当たりした。
「うおっ」
床が泡まみれなこともあり、旦那はお掃除ロボットがぶつかった衝撃で足を滑らせると綺麗に倒れ、浴槽の角で頭を打った。
「あなた?」
うつぶせに倒れたまま動かない旦那に近寄り、体を仰向けにする。死んでいた。
「ひっ」
私が浴室の外に出るとクリーニングシャワーが流れ、浴室の泡が全て洗い流された。あとには水に濡れた旦那の死体だけがある。
そう、死体だ。旦那は本当に死んでしまった。さっきは軽い気持ちで死んでくれればいいのになんて思ったけど、本当に死んでしまうなんて……。
……もしかして、私が殺してしまったんだろうか? 私は恐ろしい想像をしてしまった。私が死んでくれればいいのに、なんて思ったから私の脳波を受け取った家電が旦那を殺した……私は知らず知らずのうちに家電を使って旦那を死に追いやってしまったのではないだろうか。
「いや、そんなわけない。だいたい本気で死んで欲しいと思ったわけじゃないし……」
とりあえず警察に連絡した方がいいのだろうか。でも警察になんて言えばいい? 家電が勝手に旦那を殺しましたとでも?
混乱する私はソファに腰を下ろし、頭を抱えた。すると心を落ち着かせるアロマが焚かれ、スピーカーからはヒーリングミュージックが流れた。
「……うん、そうよね。私が殺したわけじゃないもの。あれはれっきとした事故よ」
落ち着いて考えてみれば家電で人を殺せるわけがないし、ましてや家電が勝手に人を殺すわけもない。何が起こったのかはわからないけど、とにかくあれは事故なのだ。
私は立ち上がり改めて浴室を見た。何も知らない人が見れば旦那が間違えてシャワーの蛇口を捻ってしまい全身ずぶ濡れに、慌てて蛇口を戻そうとして足を滑らせ浴槽で頭を打ったと思うことだろう。
そう、何も正直に全てを話す必要はないのだ。下手に本当のことを言ったら警察に疑われてしまうかもしれないから、私が見に行ったらもう倒れて死んでいたことにしよう。それがいい。
私は前向きな気持ちで旦那の事故死を受け入れた。ポジティブな気持ちになれるアロマにも後押しされ、これからのことを考える。
旦那がいなくなったのだから当然家電の処分も無しだ。旦那の財産は相当なものなので私は今まで通り家電に囲まれた便利で快適な生活を続けられる。でも一人で暮らすにはこの家は広すぎるかな、じゃあ旦那と死別して早々になんだけど婚活でもしようかしら。もう金はあるのだから今度は性格が良くて私と趣味が合う人を探そう。
私がそう思うとタブレットに婚活サイトが表示され、そこには「家電が好きな人」で検索された登録者がずらりと並んでいた。今度の相手は家電を勝手に処分しようとするような人ではなく私と一緒に家電を大事にしてくれる人でないと駄目だ。家電はなくてはならないものなのだから大事にするべきなのだ。
「家電は大事……そう、大事……」
私は何かを脳に受信したかのように、そうやって同じ言葉を繰り返し続けた。
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