Chapter 6 ~学級委員長・礎清歌~ 賢者、あるいは愚者
午前八時。眠い目をこすり、着回してヨレヨレのワイシャツに袖を通す。
昨晩、机の上に強引に拘束させられ、泣き叫ぶ少女からブラウスとスカート、挙げ句の果てに下着まで強奪した。死への恐怖と背徳感が俺を陵辱に駆り立てた。
それより、委員長に会うのが怖い。何せ、夢の中とはいえ殺されかけた相手だ。もちろん未遂で済んだが、そう簡単に警戒を解ける訳がない。それに、夢の中の委員長が言ったことは、全て深層心理から来る本音だ。つまり、現実の委員長も、今は何とか隠しているだけで、実際の所は夢の中の性格と大差がないはずだ。
他人の描いたイメージ通りの性格を演じ、他人の期待を裏切らない行動を強いられ、他人の敷いたレールの上を歩いてきた人生。彼女は、誰かの為に生きている自分を、何とかして変えたかった。行動そのものはズレていたが、自らと向き合い、自分が何をすべきかを考え、行動を起こした。だが俺は、そんな彼女のたったひとつの願いすら無慈悲に打ち砕いた。
どちらが正しくてどちらが悪かったのかは分からない。ましてや、あの時どうするのが正解だったのかなんてもっと分からない。
だが、彼女にとってはただの夢であっても、俺にとっては紛れもない現実だ。ならば、彼女の秘密を覗いた者の責任として、彼女ともう一度向き合うべきなのだ。情けない限りだが、それが怖かった。
土曜日ということで、取り立てて勉強に力を入れている訳ではないウチの高校は土曜日授業なるものはなく、もっぱら部活動に勤しむ生徒たちが登校しているだけだった。そのため、平日よりは校内が静かだった。委員長は生徒会の仕事があるはずなので、学校に来ているはずだ。
「ねぇ雄真、ホントに
「確かにそうかも知れないけど、委員長が人知れず苦しんでたってのを知って、それを見て見ぬふりってのは後味が悪いだろ。ほっといたらそれこそ昨日の事が正夢になっちまうかも知れないしな。」
「そんなこと言ったって、どうやって
「だからって、真偽の確認も取らずにお互いモヤモヤしたまま過ごすのも違うだろ?」
「そりゃまあ、そうだとは思うけれど…私は雄真がどうやってあのコ《委員長》を説き伏せようとしているのか知りたいのよ、アンタはただのインキュバスよ?右手に正体不明の力がある訳でも、不死身の体を持つ吸血鬼でもない。現実世界ではただの人間なのよ?いったい何を武器にしようっていうの?」
「……。」
「やっぱり何も考えてない、これだから無能力者は困るのよね」
「いっ、いいじゃねぇか!それに無能力者じゃねぇよ!だいたいクラスメイトの女子と話すのになんで異能の力が必要なんだ!」
「あら、この小説、『異能アクション』ジャンルじゃなかったの?」
「違う!そんなタグはついていない!」
「それで、どうするのかしら?仮に昨日の夢の中で見たことを元に話を切り出すとして、問題はその先よ?大して親しくもない男に、何年も心の中で押し殺しつづけてきた自分の本心を語ってくれるとは思わないわ。年齢イコール彼女いない歴のアンタに、思春期まっただ中の女子高生を丸め込める話術はあるの?」
「…ない」
「じゃあどうする?拳で語り合う?もれなくアンタは婦女子への暴行罪で前科持ちになるけど」
「…嫌だ」
「……アンタね、それはワガママってものよ?何の力もない正義がまかり通るなんて、ありえない。ましてや、自分の都合で他人の秘密を覗き見た挙げ句、それを自分勝手な感情だけで何とかしようだなんて、偽善以外の何物でもないわ。そんなの、エゴの押し付けじゃない。結局、それはただ自分が納得したいだけでしょ?ハッキリ言ってただの迷惑よ。」
「けど…俺は…」
「アンタの
…ここは身を引きなさい。誘惑でもなんでもないわ。警告よ。これ以上事を大きくしない為のね。」
「……。」
「…分かったかしら?分かったら帰りましょ。」
「俺には…どうしようもないのか?」
「ないわ。」
ルージュの言うことには全て芯が通っている。言い返そうにも、ぐうの音も出ない。
委員長を言いくるめられるような話術もない。どうしようもない。打つ手がない。
「…分かった。帰ろう。」
「…それでいいのよ。届かない救いの手なら、差し伸べない方がいいわ。」
例えばアニメやマンガの主人公のように、一人の
つまるところ、正義とは力である。無力な者には何も守れないし、何も変えられない。
勝てば官軍とはこのことだ。
「…悪い、忘れ物を思い出した。取ってくるからちょっとここで待ってろ」
「何を忘れたのかしら」
「週末課題だ、週末課題」
「あらそう。いってらっしゃいませ」
バレてる。絶対バレてる。俺がこれから何をしようとしてるのかきっと全部バレてる。
ありがちな展開だ。それでも俺は自分に嘘をつけなかった。
インキュバスも楽じゃない! 高橋乙戯 @takahasi-otogi
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