Chapter 4 ~学級委員長・礎清歌~ 脱線

 日が落ちて月明かりの差す、薄暗い夜の教室に、俺と委員長は二人、立っていた。


「…ねぇ、床入くん。あなた、自分のキャラクターって理解してる?」


「は?」


「キャラクターよ、キャラクター。床入くんが、自分にどんなイメージを持っているかということ」


「さぁな…そんなの考えた事も無かったよ」


「そう…じゃあ今ここで、考えて」


「…独り言の大きい奴だろうな」


「周りのイメージ…例えばクラスメイト達もあなたと同じようなイメージを持ってると思う?」


「…思う。」


「概ね一致していると思うわ」


「そりゃどうもな、それで、何が言いたいんだよ?」


「…私は、どう?」


「委員長がクラスの奴らに持たれているイメージって事か?」


「そう、私のイメージ。」


「そりゃ、勉強ができて、真面目で、優等生ってイメージだよ」


「そうね、私もそう思う。きっと他の皆も同じようなイメージを持っているはずよね?」


「何だ?エゴサーチがしたいのか?」


「私は、よね?」


「…そうだよ」


「少しの間、身の上話に付き合って貰えるかしら」






 ___私は、物心ついた時から「清歌ちゃんはしっかり者だね」とか「清歌ちゃんは頭がいいね」とか言われて育ってきました。

 幼い頃から頭は良い方でしたし、先生からも気に入られていたので、クラスや委員会などのリーダーを任せられる事もしばしばでした。

 小・中学と同じような学校生活を送り、

 高校生になった今でも、私は学級委員長を務めているのです。

 クラスメイトや先生方は、私の事を信用しています。「礎に任せておけば大丈夫」「委員長は頭がいいから」皆、そう言うんです。

 …物心ついた時から、いったい何が変わったというんでしょうか。


 自分の意志でここまで歩いてきたはずの道は、知らず知らずのうちに、他人の敷いたレールに置き換わっていました。

 私に貼られた「真面目な優等生」のレッテルは、いつしか私を縛りつけるようになりました。

 他人の敷いたレールの上を歩いて、他人の持っているイメージを崩さないように行動する。


私は私が分からなくなりました、

自分が人間なのかそうでないのかですらも。

ただ他人のイメージ通りに振るまっているだけなら、人形と何ら変わりありません。

ずっとそうやって生きてきたのに、今さら自分を変えようだなんて、遅い。

ましてや、それは周囲の人間への裏切りを意味している。


 現状維持と変化。相反する二つの心が互いにせめぎあい、私の心は次第に壊れて行きました。

全ての束縛、固定観念、自らの持つアイデンティティーですら投げ出してしまいたい。

あらゆるものが、邪魔。

 

人間関係も、将来への不安も、全部が全部。

それは、自らの纏う衣服ですらも__

それでもなお、私は「真面目な優等生」のイメージを壊せなかった。



「…ずっと重荷だったのよね、のイメージが」


「分からなくもない話だと思うが、それとさっきの事と…何の関係があるんだ?だいたい、俺みたいなコミュニティの狭い奴のイメージをぶち壊しても大した影響にはならないぜ?」


「本当に、誰でも良かったのよ。あなたがたまたまそこにいただけ。私が私自身をぶち壊せるっていう事実さえ、確かめられればそれでよかったの。」


「委員長、俺は…」


「…あんなことをしても、床入くんひとりのイメージさえ壊せなかった。人前でいきなり肌をさらけだすという、私という人間のイメージから最もかけ離れた行為に及んでさえね…。」


 窓枠が軋む。


「…もう、どうでもよくなっちゃった」


 床に亀裂が走る。


「__ねぇ、床入くん…私ごと…壊れて!!」


 委員長の制服が弾けると同時に、窓ガラスが砕け散り、床が割れた。


 同時に空を切る音がしたかと思うと、次の瞬間、何かが俺の肩に突き刺さった。

 突き刺さっていたのは、木刀ほどの大きさがあろうかという巨大な____だった。


絶叫が教室に響く。肩から焼けるような痛みが溢れる。

 


消しゴム・ボールペン・三角定規・スティックのり・蛍光ペン・彫刻刀…次々に巨大なサイズの様々な文房具が虚空から現れ、俺をめがけて飛んでくる。


「何だよ…ッ…!コレ…!?」


「何ってそりゃあ、腐れ××委員長の想像よ」


「ルージュ!?どこだ!?どこにいる!?」


委員長このコの夢の中覗いてるだけよ。私の思ったとおりね、自意識過剰というか、常に誰かに見られているって意識があるのよ。けれど見られているのはの自分…。悩み過ぎて人格破綻寸前じゃない」


「何でもいい…!早く…ッ…ここから…出してくれ…!」


「無理よぉ、夢の中だもの。委員長このコが目覚めるまでは出れないわよ」


「じゃあ…どうしろっていうんだ…!」


「戦えばいいでしょ?」


「無茶いうな…ッ!あんなバンバン文房具投げつけてくる奴に勝てるか…!肩に鉛筆刺さってんだぞ…ッ!」


「アンタ、雄淫魔インキュバスでしょ」


「だから…何なんだよ!?」


「ここは、夢の中。」


「何言ってんだ!」


「想像の世界。」


「だから何を…ッ」


淫魔サキュバス雄淫魔インキュバスの能力は、性的な夢を見せること…分かるわよね?」


「想像しなさい!雄真アンタ武器オカズを!!ぬらぬら粘液の滴る触手に締め上げられて、矯声をあげながら快感に悶える委員長あのコを!!」



 鳥肌が立つ。身体が熱くなる。制服を突き破り、尻尾と羽が生える。角が生える。

 そして次の瞬間。


 虚空から粘液の滴る触手が出現する。

 触手は、放たれた文房具を打ち払い、少女の体に絡み付く。



「さぁ、反撃開始よ!委員長あのコっちゃいなさい!」





__壊れた窓から差し込む月の光。

暗く、瓦礫の香りが漂う教室。

血走った瞳に、荒れた吐息。

壊れた教室に響く、殺意に満ちた叫声。

凛々しく、貞淑な印象など消えて、

破壊欲に囚われ、俺を睨み付ける委員長。


「…委員長、ごめん!だがこうするしかないんだ!」


俺は触手で委員長をさらに締め上げる。


「なによ、全然エロくないじゃない、もっと触手をカラダに這わせていやらしく…」


「うっせぇ、黙ってろ!」


虚空からカッターナイフが出現する。

チキチキと音をたて、刃が出てくる。

触手がいとも簡単に切り裂かれた。


「なっ…嘘だろ…!?」


「だから言ったじゃない、触手をカラダに這わせていやらしくって。考える事ができればいつでもなんでも出せるのよ?何にも考えられないようにしなきゃ勝てないの。委員長あのコをイかせるか、雄真アンタが死ぬか、ふたつにひとつよ。それで、どっちを選ぶのかしら?」


「…決まってんだろ、そんなの」


 答えは決まっていた。無茶苦茶な理由で凶器を投げつけられた上、雄淫魔インキュバスのくせに童貞のまま死ねるはずなどない。















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