四朝四夜:妖精のいない国~2~

『暁』と『妖精の歌』の話題が落ち着くと、アーブは二人に問いかけた。


「お二人はノストに『成人の儀』の途中で立ち寄ったのでしょう? 確か……そう、スタンプを押すのでしょう?」

「そ、そうだ! このままだとスタンプが押せないぞ!」

「あ……街に入れないから……。ど、どうする?」

「どうするって……どうすればいいんだ?」


 すべてのスタンプを押し終えることが出来なければ『成人の儀』は完了できない。袋小路に迷い込んでしまったように二人は顔を寄せて唸り始めた。


「もしかして……私のせいでしょうか……。お二人にご迷惑をおかけしてしまいましたね……」

「それは気にしなくて良いって。俺、あいつらの態度にはずっと腹立ってたんだ。言いたいこと言えたし、ちょうど良かった」


 申し訳なさそうに身体を竦ませるアーブの言葉に、気にしなくて良いと言いながらも街の人たちの態度を思い出すティオ。

 彼は不愉快な出来事をなるべく思い出さないように努めようとしたが、頬を膨らせている様子から上手くいかなかったようだ。


「そう言って頂けると大変ありがたくはあるのですが……」


 ふと、途中まで言いかけたアーブは、不意にレーメへと向かい問いかけた。


「一つ、思いつきました。彼女……ええと……。お二人のお名前をお聞かせくださいますか?」

「そう言えばアーブの名前は聞いていたけど、オレ達の名前は言ってなかったよな。オレはティオ。こいつの名前はレーメって言うんだ」

「ティオ君とレーメさんですね」


 ティオに人差し指を向けられたレーメは、自身で名乗らない代わりとでも言うようにフードが捲れないように軽くお辞儀をする。


「レーメさんは先程からフードを被っているでしょう? 私たちのそばを離れていましたし、街の中にも入っていません。彼女なら、街の中に入ってスタンプを押すことは出来るのではないでしょうか?」


 白羽の矢が立ったレーメだが、無言のまま勢いよく首を横に振る。


「無理……ですか?」


 二人と出会ったばかりの吟遊詩人には、彼女が一人で街の中に入ることを拒む理由が分からない。

 アーブが怪訝そうな表情で顎に手を当てて首を傾げようとした瞬間、ティオが感情を込めた強い口調で吟遊詩人の案を否定する。


「レーメ一人に行かせるのは危険だ! あいつらに何されるかわかんねえよ!!」

「な、何か理由がおありですか?」


 ティオの様子にアーブは圧倒されている。

 レーメはそんな彼らの様子を交互に見つめた後、何かを考えこむように顔を俯かせた。


「……そ……」


 世界中を旅し、暁と言う言葉に反発しない吟遊詩人。そんなアーブになら、暁と呼ばれて嫌悪される髪を見せても問題ないのかもしれない。

 そう思ったレーメが声を出そうとするが、うまくいかずに言葉を詰まらせてしまう。


「そ?」


 ティオと彼に詰め寄られていたアーブが揃ってレーメへと顔を向けると、彼女は両手で掴んだフードを慌てて深く被る。


「そ……」


 一呼吸したあと、すぐに観念したように溜め息を付く。声にならないその溜め息は、勇気を振り絞った合図のようでもあった。


「それは……」


 そして掴んでいたフードを、一瞬だけ躊躇すると自らの手でそれを頭から思い切って取り上げた。


「……」


 自然と零れた吐息は、頭髪を隠すものへの心残りを表すようでもあった。ほう……と言う息とともに、暁色の短髪が柔らかな布からはらりと揺れる。

 遮るものがなくなり二人からの視線を正面から受け止めた彼女は、肩を縮めて居心地が悪そうな様子で口を開いた。


「私の髪の色は……『暁』と同じ色だから……」

「レーメさんはその髪を隠していらっしゃったのですね」

「……」


 外したフードを両手できゅっと強く握りしめながらレーメがゆっくりと頷くと、アーブは申し訳なさそうに口を開いた。


「ごめんなさい……。そうとは知らずに、レーメさんに酷なことを言ってしまいました……」

「レ、レーメ……見せちゃって良いのかよ?!」

「たぶん……大丈夫。ギンの周りにいる精霊はギンを信頼してる」

「精霊?! それと今の話に何の関係があるんだよ?!」


 納得していない様子を見せるティオを、レーメはなだめて見せようとする。


「気が立っている人、精霊に優しくない人、そう言う人は……精霊に怖がられるから。ギンはそうじゃない」

「レーメさんも精霊が見えるのですね」

「ん」

「アーブも見れるのか? それじゃあ……アーブも魔法使い?!」


 ティオは今度はアーブの肩を掴んで問いかけた。

 彼はレーメとアーブの間を行ったり来たりと忙しい様子だ。


「い、いいえ。違います」

「なんだ。魔法使いじゃないのか」


 真剣な表情を見せて顔を寄せるティオに、アーブが再び戸惑いの表情を見せながらも答える。

 考えていたものと異なる回答が返ってきたことに落胆した彼は、地面に腰を落ち着かせた。


「それに、精霊が見えるすべての人が魔法を使える訳ではありません」

「そうなの?」


 吟遊詩人の発言に、レーメは首を傾げた。


「はい。あ……けれども、魔法使いの第一条件は精霊が見えること、であることは変わりありません」

「アーブって何でも知ってるんだな」

「博識?」


 興味深そうに問い掛ける二人に対して、アーブは謙遜してみせた。


「そうでもありません。私はずっと世界中を廻ってきましたから……色んな方々と沢山の交流を交わしてきての知識なのです。お二人も、この旅を続けている内に見聞が広まるかと思います」


 その控えめな態度は表面上だけではなく、心からのものだろう。二人の目を交互に見つめたアーブは静かに苦笑する。まだ知りたいことは沢山ある。そういった雰囲気を感じさせる笑みであった。


「じゃあさ、聞きたいことがあるんだけど」


 ティオは授業を受ける生徒が質問するときのように、右手を高く挙げた。


「レーメみたいな『暁』の髪をしてる奴って、他にも居るのかな?」

「ええ、いますよ。珍しくはありますが、世界中を視野に入れると全くいない訳ではありません」

「マジで?! その人はどんな生活をしてたんだ?」


 アーブの心境を知ってか否か、ティオは昔話をねだる子供のように次々と吟遊詩人へ質問を投げていく。


 名前を出されたレーメは身を竦めてしまっているが、ティオは質問に対する答えが気になって仕方のない様子だ。彼は彼女の様子には気付かず、一つ一つ丁寧に語るアーブの答えに聞き入っている。


「残念ながら見かけただけですからそこまでは判りかねます……。ただ、レーメさんのように髪は隠してはいませんでした」


 問い掛けてきたのはティオだったが、不安そうに見つめてくるレーメを安心させようと、アーブは彼女に対して優しく微笑んだ。


「いつか、安心して外を歩ける日が来ると良いですね」

「アーブはレーメの髪見て、その、……あー! 何とも思わないのか?」


 言い方を考えたものの、ティオは歯に衣着せた物言いが苦手だ。

 結局のところ素直に疑問を口にすると、アーブは特に気にした様子を見せずに頷いてみせる。


「ええ。この国の方々のような強い思い入れは、良い意味でも悪い意味でもありませんから……。それに、レーメさんの髪は美しいと思います」


 その言葉に対してレーメは何も返さなかったものの、恥ずかしそうに俯いた。そして、あまりにも照れくさかったのか、レーメは話を逸らし始めた。


「こ……今夜はどうする?」


 とは言ったものの、彼女が空を見上げるとまだ日は沈んでいない。

 太陽の傾き具合から見ると、日が沈むまであと二時間はかかるだろうか。


 少し早い話題だが、彼らには宿を取る以前の問題があった。

 街から追い出されたばかりの彼らは、街に泊まる事は出来ないだろう。

 それならば、まだ余裕がある内に話し合って野宿する場所を決めておいた方が良い。


 ティオもレーメに倣って空を見上げ、現在の状況を嘆くように溜め息をついて彼女の意見に同意した。


「街はすぐそこだけど野宿するしかないよなー」

「それでは、私もご一緒してよろしいでしょうか?」


 街に泊まれないのはレーメとティオだけではない。

 ティオが追い出されるきっかけとなった吟遊詩人も同様だ。


「ああ、いいよ! アーブなら色んな話聞かせてくれそうだしな! レーメはどう?」

「私も」


 大人が一緒に居た方が好都合だと言うのもあるが、二人ともそんな事は念頭に置いていなかった。

 アーブを除け者にする理由など二人にはない。何よりもアーブの知る様々な伝承を聞いてみたいと単純に思ったのだ。


「じゃあ決まりな!!」


 ティオがアーブに向かって手を伸ばすと、二人は握手した。レーメも慌てて二人の後を追うように手を伸ばす。


「有り難う御座います。それではお休み前にいろんなお話をさせて頂きますね」


 好奇心旺盛な二人に話ができるとあってか、旅の吟遊詩人はとても嬉しそうに顔を綻ばせた。

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