四朝四夜:妖精のいない国~3~
それから三人は、野宿が出来そうな場所を求めて移動した。
ノストの街へ辿り着く前に小川を通りがかった、と言う吟遊詩人の記憶を頼りに街から少しずつ離れていく。
ノストの街から徒歩数十分圏内とさほど遠くもない距離で水もある。その上、落ち葉や枝が多くあることから、火も起こせると判断した三人はそこで一夜を明かすことにした。
幸い街道から逸れた道であるため、野宿をしている彼らの様子は余程の事がない限り知られることはないだろう。
レーメはこれまでの旅路の最中に摘み取った野草や実を荷物から取り出して夕食の準備に取りかかった。その隣ではティオが必死に火を起こし、アーブは小川で釣りをしながら各国の様々な逸話を面白可笑しく話している。
「ティオ、スタンプどうする?」
それぞれの準備とアーブの話が一区切りつくと、タイミングを見計らったレーメが忘れ去られていた話題を引っぱり出した。
「あ、すっかり忘れてた!!」
「八方塞がり……ですね」
「……。役所に忍び込む……?」
レーメは木の実を覆う固い殻を必死に割る作業をしながら、ふと思いついた案を力強く呟いた。
思いついただけであって他意はない。しかし、殻が割れずにいたため力を入れていたせいで、彼女の表情は強張っていた。そんな状態の中で訴えるようにティオを見つめたため、彼はレーメの発言が本気であると錯覚しそうになり冷や汗をかいた。
「いやっ、それは無理だろ!!」
「……冗談」
「今の本気っぽい言い方だったぞ? 目力も凄かったし!」
「殻がなかなか割れないから、力を込めて言っただけ」
「しゃーねーなぁ……。ホラ、貸せよ」
「うん」
表情を緩めてふうっと息を吐いたレーメは、割れずにいた木の実と殻割り器をティオに手渡した。
殻割り器はペンチの様なもので、二つの鋏の間に実を置いて取っ手の部分を強く握るだけで固い実が割れるものだ。
これまで何度も試したことのあるレーメだが、木の実がいつもより硬いせいか今回はうまく行かなかったようだ。
「他の『成人の儀』でスタンプを押しに来た方に頼んで、代わりに押して来て頂くのはどうでしょうか?」
殻割り器に実をセットして軽快に殻を割り始めたティオを、レーメが見守る。そうして二人が黙ってしまったので、アーブは考えていた案を二人に告げた。
「あ、それ良いな!」
アーブの案を聞いたティオは、作業の手を休めて満面の笑みをアーブに向ける。しかし、殻割り器に視線を向けたまま難しい表情をしているレーメが、そう簡単には行かないとばかりに口を開いた。
「でも、『成人の儀』は全員一斉に旅を始める訳じゃない。……次に誰がいつ来るかは、判らない」
「あ、そうか……」
「もしかしたら……一ヶ月以上先になるかもしれない……」
「あら……そうでしたか……」
「でも『成人の儀』の奴らじゃなくても、例えば商人とかに頼めばいいじゃん?」
「商人も同様でしょうね……。次にこの街に訪れるのはいつになるのでしょうか。恐らく、一週間以内には訪れるとは思いますが、それまでの間ずっと入り口手前で待つわけにもいきませんし、どうしたものでしょう」
気付けば『成人の儀』に関係のないアーブまでもが会話に混じっている。打つ手が無くなり、三人は一斉に落胆した。
ティオは視線をちらりとレーメに向けて、彼女の様子を窺った。
フードを被ったレーメが二人分のスタンプを押すことができれば、この街での難題は解決する。しかし、レーメの身に危険が及ぶ可能性が非常に高いため、彼にとっては決して選んではいけない手段であった。
ティオやアーブが行けば、石を投げられて追い出されるだろう。当たれば怪我をする上、最悪大けがを負うだろう。
しかし、レーメの髪の毛が『暁』の色だと知られてしまったら、石を投げられるだけでは済まないだろう。直接暴力で訴える者が出てくるとも考えられる。
それならば、石が投げられることを覚悟した上で自分が行った方が良いのではないだろうか。ティオの考えと比例するように、殻割り器を握る手には今までより強い力が込められた。
「……ティオ?」
ティオの様子の変化に気付いたレーメが、首を傾げて彼の顔を覗き込んだ。
「え? あ……どうかした?」
「凄い顔してた」
「鬼のような……とまでは言いませんけれども、少し顔が強張っていましたね」
「どうしたの?」
本人が気付かないうちに、手だけでなく顔も強張っていたようだ。二人に気を使われ、ティオは苦笑してみせた。
「なんでもないよ、心配すんなって」
「それにしても……これではどうしようもありませんね……。街の人で話の判る方がいらっしゃると良いのですが……」
「そんな頭のゆるい奴、あの街にはいねーよ……」
「そうですか……」
「ティオみたいなのがいれば……」
「オレの頭がゆるいって言いたいのかよ!」
言い合いが始まってしまいそうなやり取りを繰り広げる二人の前で、アーブは頬に手を当てて眉を顰めた。
「街ぐるみでああいった態度を取られていると言うことは、ノストで『暁』に良い反応を示した方は孤立してしまうのかもしれませんね。ですから、私達からノストの方々に接触するのは控えた方が良いのでしょうか……」
アーブは何気なく口にしたのだろう。しかし、『街で孤立する』と言う思わぬ発言に驚いたティオは顔をあげた。
「へっ? なんでだ?」
何故ならば、ティオが街で孤立している理由を知っているかのように感じられる一言だったからだ。当然、アーブにはティオが地元の人間から嫌悪されている理由を話していない。
「私たちが街を追われた時の様子から、そう感じたのです」
対してアーブはティオに凝視されている事など気にせず、語り始める。
「『暁』が毛嫌いされているノストで、もし『暁』を良く思って居る方が一人でも居たとしましょう。けれども、そのことが知られてしまうと、その人物はたちまち周囲から孤立してしまうのではないでしょうか」
吟遊詩人が右手の人差し指を立て、もう片方の人指し指でトントンと突く。それは孤立を表現したジェスチャーだろう。
「ですから皆さん、個人が本心でどう思っているかに関わらず、揃って同じように『暁』を遠ざけようとしているのかもしれませんね」
「……自分の身を守るために?」
「あくまでも、受けた印象から、ですが……」
首を傾げて問いかけるレーメに、アーブは悲しみに満ちた表情で深く頷いた。
「なんだよ……それ」
アーブの考えを聞き、ティオはぽつりと呟いた。
「子供を放っておいてまで自分の身を守るなんて、バカバカしいだろ!」
「ティオ……」
口を開くたびに次第に口調が荒々しくなる。レーメはそんな彼の態度を気にかけるが、かけるべき言葉が思いつかずにどうしたら良いか迷い困惑した表情を見せている。
「そうしなければならない理由が、あったのかもしれません」
「どんな理由だよッ!!!」
「っ……」
遂にカッとなったティオが勢いをつけて殻を割りながら叫ぶと、レーメは驚きで身を震わせた。
「わかんねぇよ! 身内が困っているのにほったらかしにするなんて、ただ詩を歌っただけのあんたに石を投げたりするなんて!! そんなのわかんねえ、自分勝手じゃねーかよ!!」
ティオは今まで自分がため込んでいた思いを二人にぶつけた。二人に思いを伝えたところで何かが変わる訳でもない。それが分かっていながらも、彼の口からは次から次へと言葉が放たれていた。
一通り言い終えたティオが呼吸を繰り返す音が聞こえる中、アーブがゆっくりと口を開く。
「人は誰しも、自らが傷つく事を畏れています」
「……」
アーブの言葉は「独りでいたくない、本当は嫌われたくない」と思うレーメにとって、自分自身にも当てはまると感じた。
「自らの身の安全が保証されるならば……。その為なら、他人を陥れることを厭わない。そんな人々も、この世にはごまんといます」
しかし、同意したくないと思える言葉が続いたことによって、レーメは深刻な表情をしてみせる。
「ノストでは、それがとても極端に現れているだけにすぎないでしょう。困っている人に……身内ですら手を差し伸べることが出来ない。そのことから、彼らは隣人を助ける事で訪れる変化を、災厄の訪れだと感じている表れでしょう。けれども……」
「……けれども?」
「そんな手段で避けていた災厄は、いずれは彼らに戻ってきます。この先、もしもこの国での『暁』に対する認識が変わることがあれば、その時は彼らが孤立することになるでしょう」
「予言みたいな言い方をするんだな」
「起こるとも限りませんが、起きないとも限りませんよ?」
ここに来て初めてアーブが見せた悟ったかのような発言と涼しげな表情によって、ティオの気持ち落ち着きを取り戻していた。恐らくアーブもノストの街の人間に対して思うことはあるのだろう。
「ところでティオ君? その実ですけれども……」
「あ……」
不意にアーブの指先がティオの手元を捉える。ティオとレーメが指先を辿った先には、粉々に砕かれた殻と無惨に潰れた中身が散乱していた。木の実の惨状を目の当たりにしたティオは短く叫び、レーメは恨めしそうに彼を睨み付けた。
「実も砕いてしまって良かったのでしょうか?」
「あーっ!!」
「粉々にしない方がおいしいのに……」
硬い殻とは正反対に非常に柔らかい実は、ティオの腕力と器具によって殻共々粉々にされてしまった。それは一つだけでなく、彼が怒鳴りながらも律儀に作業していた分すべてがそのような状態になっていた。
「悪い! わざとじゃないんだ!!」
「判ってるけど……」
レーメの呟きとティオの謝る言葉が繰り返される中、アーブは二人の様子を見て微笑む。
「それに、きっとそんな環境の中でも、自身の行いを後悔している人はいるはずです。本当は手を差し伸べたくてもできない、そう思っている人が……」
吟遊詩人の小さな呟きは、ティオの耳に微かに残った。
ティオはふと、周囲の顔色を窺うことの多い父親の顔を、ここ数年顔をあわせていないながらも思い浮かべては不機嫌な表情を見せるのだった。
間もなく日が暮れる時刻。空は次第に闇色に染まって行くが、ティオの起こした火によって三人は仄かな明るさに包まれ始めていく。
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