弐朝壱夜:二人の旅立ち~4~

 やがてゴルダの姿が見えなくなり、ティオが手を下ろす。名残惜しそうに彼の家の方向を眺めていたレーメもすぐに彼に倣う。


「あ、そうだ」

「?」


 ティオの呟きに、何を言い出すのだろうと感じたレーメが振り返り首を傾げる。見つめられる前までは平然としていた彼だが、視線を感じた事により気まずい表情をみせた。


「あー……昨日はその……何だ。貧相とか言って、悪かったな」

「そんなの、気にしてない」

「そうだよな!本当の事だもんな!」


 貧相発言時の様子とは打って変わり、レーメは言葉通り気にしない素振りをみせる。すると、ティオは調子に乗り余計な事を口走ってしまった。


「……」


 彼女の「反省したのではなかったのか?」とでも言いたげな鋭い視線を浴び、ティオは口篭りながらも再び謝る。


「うっ……。わ、悪かったって!ごめん!」

「そんな事言いたかったの?」

「ちっ、違うって!これから一緒に旅をするし、改めて挨拶をしようと思ったんだって」

「え……」


 レーメは意外さを隠せない表情で目を丸くし、ティオを凝視した。


「気を取り直して。これからよろしくな、レーメ」


 今日も彼の頭は尖っていて痛そうだが、その髪とは反対にティオの表情は優しいものだ。彼の様子を窺い、レーメは少し俯いてしまう。そんなレーメの様子に気付いているのかいないのか、ティオがお構いなしに話を続ける。


「これから長い旅になるけど、最後まで一緒に乗り切ろうな!」


 ティオはそう言って右手を差し出した。彼の顔にはこれからの旅の希望を夢見た満面の笑みが浮かんでいる。最初は戸惑っていたレーメだが、彼の微笑に誘われ、彼女も右手を差し出し返した。


「うん。よろしく……!」




――差し出された手。

 今はここにあっても、いつかその手を離されてしまうのではないか。

 そう思うと胸が痛かった。

 彼に関わらなければ、きっとそんな思いをすることはない。

 今までのように、何にも関わらず、遠くで見ていればいい。

 けれども……。

 それは逃げている事に変わりはない。

 私は、前に進まなければならない。

『最後まで一緒に乗り切ろうな!』

 そう言った彼の言葉に希望を感じて……。

 私はこの手を差し出した。


 暖かい温もりを感じるその手はとても優しくて。

 小さい頃、黄昏の彼に手を繋いでもらった時の事を思い出した。

 私は変わりたい……。

 けれども、あの頃から変わっていない。

 私が変わる為には、前に進まなければならない。

 それは『独り』で進むものだと思っていたけれど、『独り』で進んだ先には変わらないものが待っている事に……本当は気付いていた。

 そう、私は……独りでいたくない……。

 長い間の思いを思い出し、繋いだ手を強く握りしめた。

 せめて……この旅が終わるまでは、ティオに……一緒にいてほしい。

 一緒にいて、私に語りかけてほしい……。

 沢山のみんながそうしているように、私もそうしていたいから……。


――差し出された手。

 脅えたように差し出されたその手が、とても小さく見えた。

 繋いだ手は離すと消えてしまいそうで、オレは思わず強く握りしめてしまう。

 オレは何の区別も無しに誰かに必要とされたかった。

 それまで暖かく過ごしていたはずなのに、たったの一言だけで壊れてしまう上辺の関係ではなくて。

 きっとそう思っているのはオレだけじゃなくて、他にも沢山居るのだろう。

 そんな一つの言葉だけで誰かが悲しむ世界なんて、悲しいだけだ。

 だからこそ……変えたいと思っていた。

 変わって、みんなが笑いあえる世界になれば良いのにと思っていた。

 みんなで日の出を眺めて、楽しく語り合う日が来れば良いのにと思っていたんだ。

 そうすれば彼女も……もっと笑う日が来るんだろう。


 消え入りそうな程小さい声だったけれども、精一杯『よろしく』と言った彼女のその言葉がとても嬉しかった。

 だからこそ、その言葉が切なく感じられて。

 彼女を見放してはいけない……。

 見放してしまえば、彼女はきっと傷つくだろう。

 それだけは……。

 それだけは絶対にしてはいけないことだ……。


 今、新たな思いを胸に……


――私と

――オレは


 旅立つ。

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