弐朝壱夜:二人の旅立ち~3~

 それからティオによるキッチンの片づけが終わり、旅立つレーメとティオと、彼らを見送ろうとしているゴルダは家の前で並んでいた。


「荷物は持ったかね?」

「だいじょぶだいじょうぶ!」


 レーメの支度は万全であり、心配されているのはティオだ。元々≪成人の儀≫の途中で立ち寄った彼女は、時間のかかる準備などもなく、荷物も少ない。


「手帳、持った?」


 彼の準備に気を揉んでいるのはゴルダだけではない。彼に続きレーメも、少し前まで手帳の存在を知らなかったティオへ問いかける。


「おう!ここにあるよ!」


 元気良く答えたティオは懐から素早く出して見せた。


「弓矢は持ったかね?」

「はぁ?弓矢?なんでだよ」


 準備に対して自信満々の笑みを浮かべていたティオだったが、ゴルダの言葉によって怪訝な表情に変化する。


「ティオは剣より弓の方が得意じゃろう!」

「そうなんだ?」


 昨日魔物と戦った時に彼が手にしていたものは剣だ。弓が得意ならば、何故彼は剣を得物としていたのだろう。


「べ、別に剣でも良いだろ!」

「良くないわい。剣は持たなくても良いが、弓矢は持って行けい!」


 何故ゴルダはそこまで弓に拘るのだろうか?そう思ったレーメが首を傾げる。

 すると、彼はレーメの視線に気付き、聞かれていないにも関わらず簡単に説明してみせた。


「儂が弓を教え込んだからな、ほぼ百発百中だ!」

「ジジイだって弓より剣の方が得意なんだろ?なのに、なんでオレには剣を教えてくれないんだよ」


 腰に手を当てて豪快に笑うゴルダと、ティオの剥れた表情は対照的だ。


 それから暫く二人の押し問答が続いた結果、ティオは剣と弓矢を両方持つ事になった。「剣を持って行きたい」と言うティオと「弓矢を持って行け」と主張するゴルダは、互いが一歩も引かず妥協しなかったのだ。


「荷物増やすなよな」

「それなら剣を置いていけば良いんじゃよ」


 小言を呟きながらも新しく増えた荷物を律儀に背負うティオと、彼が腰に下げる剣を小突くゴルダ。互いが頑固に譲らない彼らは似たもの同士だが、ティオをからかうゴルダの方が上手だ。


「怪我するんじゃないぞ」

「無茶言うんじゃねーよ。ジジイも腰痛には気を付けろよな」


 ヒラヒラと手を振るゴルダにティオが頭を掻いて答える。

 彼らの様子を眺めていたレーメは、ゴルダの行動に暖かさを感じていた。昨日彼によって家へ招かれた時に受けていた印象と同じだ。

 彼女はゴルダの持つ温もりに黄昏の少年の姿を重ね、少年が居た頃を懐かしむ。それと同時に、少年にはなかった何かをゴルダに感じ、羨ましそうな様子で彼らを見ていた。

 ゴルダにあって黄昏の少年になかったもの。いや、正しく言い表せば、黄昏の少年にあってゴルダになかったものなのかもしれない。少年はレーメを気遣うあまり、幾分かの距離を置いていたのだから。


「ん?どうしたんじゃ?レーメ」


 ふと、レーメがゴルダとティオの間に割って入る。二人のやり取りは羨ましいと感じてはいたが、嫉妬した訳ではない。彼女はゴルダに言わなければならない事があると思ったのだ。


「あ……あの」


 レーメは俯いて小さな声で喋ろうとしたがそれではいけないと決意する。


「ゴルダ、泊めてくれて……ありがとう」


 そして、気持ちを落ち着かせる為に一度深呼吸し唾を飲み込むと、ハッキリとした口調で彼に礼を述べた。


「おお。儂こそ、礼を言わなくてはな。夕飯は旨かったし、何よりレーメとの話は楽しかったぞ」


 ゴルダはレーメに近寄り、彼女の頭の上に優しく手を置いた。


「また遊びにおいで、レーメ」


 そして、満面の笑みを浮かべる。レーメもその笑顔に応えた。


「うん」


 彼女の頷きに、戸惑いは一切見られない。もう、ゴルダには「暁が嫌われているのに……」と問わなくても良いのだ。レーメは彼の言葉を十分過ぎるほどに聞いたのだから。


「よし、行こう」


 レーメを促したティオが、ゴルダの方を向いたまま一歩下がった。ゴルダは彼女の頭から手を離して、その手をそのまま二人を見送るために振り始める。


「じゃあジジイ、元気でな」

「おお。全部終わったらちゃんと帰ってくるんじゃぞ」

「年寄りを一人で残すのも心配だからな。ちゃんと戻ってくるって」

「儂はそこまで耄碌しておらんわ!」


 ティオが悪態を付きながらもゴルダを心配する素振りをみせる。素直になり切れない孫に呆れながらも、ゴルダはレーメにも声を掛けた。


「レーメも、終わったらティオと一緒に帰って来なさい」

「うん。ゴルダ……また、ね」

 ティオとレーメの二人も、ゴルダに向かって手を振り、そして歩き始める。


「また、……また会おうね、ゴルダ!!」


 滅多に出す事のない大きな声で、彼女は感情を込めてゴルダに別れの言葉を告げる。

 二人はゴルダの姿が見えなくなるまで手を振り続けて歩いていた。

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