承
承 :真意知る者
――貴方の名前は夕暮れ――
過ぎ去る 太陽の影
落ちていく 地平の元へ
行ってしまった貴方を追いかけ
私は 羽ばたける
海の向こうまでも
時は流れ 貴方を待つほど
時に埋もれて 私は汚れ 壊れてしまう
――私の名前は 朝焼け――
――貴方に焦がれるもの――
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酷く荒廃した大地。
暁の丘と呼ばれるその土地は、足を踏み入れただけで植物も、動物も、命有る者ならばすべてが死滅してしまう。
暁の丘は人々だけでなく動植物にも恐れられ、しかし同時に慈しめられている。何故ならば、そこには悲しい逸話が眠っているからだ。しかし、それを知る者は限られている。
そんな人々の畏怖の対象となり誰も近づかなくなった丘を前に、一人の青年が向き合っている。
彼は青空のように澄んだ髪を揺らめかせ、丘から遠く離れた場所でその中心部を見つめている。彼は荒れ果てた丘を目前にしているが、哀愁漂うその立ち姿は荒廃した丘に良く溶け込んでいる。そして、丘だけを見据えて考え込む彼の姿は、知性に溢れた雰囲気を見せており、より一層彼を美しく演出させていた。
「魔術師様、ここに居りましたか」
暫く丘を見つめていた≪魔術師≫と呼ばれた青年は、声が聞こえると同時に背後へと振り返る。彼に話しかけたのは中年の男性だ。男性は明らかに青年に比べて年長者だが、青年に対し敬語を扱っている。
「相変わらず綺麗な歌声だ。惚れ惚れするな」
中年の男性は歌を唄ってはいない。だからこそ、その呟きは彼に対する賞賛ではなかった。青年は目を細め、背後の丘を右手の親指で指し示す。良く耳を澄ましてみると、僅かな歌声が風音と共に流れている。その声は高く、か細く聞こえていた。心に迷いがある者ならば、その歌声にきっと惑わされてしまうだろう。そのくらい、歌声は悲しみを伴うものだった。
「それで何?オレに何か用があるとでも?」
青年は年長者の男性に対し相応しくない口調で言い放つ。彼のその態度の大きさに多少なりとも頭に来た男性だが、それを咎めても彼は一切得をしない。指摘した所で、青年が態度を正さないことは判っており、そして男性は青年を咎める程の権力も実力も持ってはいないのだ。男性は込み上げる怒りを懸命に堪え、用件を口に出した。
「主がお呼びです」
「オレだけ?」
「いえ、相方様にもご同行頂きたく存じます」
男性は自らの怒りを抑え込むように、あえて青年の顔を見ないように頭を深々と下げる。しかし青年は左手を腰に当てて明後日の方角を向いてしまい、男性の一礼を目に留めてはいない。青年が背けたその視線は、空の彼方へと向けられている。
「じゃあ、あいつを呼び出さないとだな」
「相方様はご一緒ではないのですか?」
「さあね。どこほっつき歩いてるんだか知らないが、呼ぼうと思えばすぐに呼び出せるぜ」
彼は再び男性に向き直り、腰に当てていた手を下ろして歩き出した。丘とは反対方面の、男性のいる方に向かってである。
「魔術師様ッ?」
しかし、青年は何も言わずに男性の横を通り過ぎてしまった。
男性は慌てて下げていた頭を上げて振り返る。自分の伝達事項が伝わっても、それが実行されなければ彼は命じられた人物に叱られてしまうからだ。対する青年は、呼び止められても歩み止まることなく進んで行く。男性は諦めたのか、溜息をついた後、肩を落として青年の後を着いていくように歩きだした。
彼らは、聴く者がいなくとも紡がれ続ける旋律を背にした。その歌声は、変わらずに悲しみを露わにしている。
――けして出会えない 朝と夜
動く時は私を殺し 止まる時に私は嘆く――
その歌の真意を知る青年は深く考え込みながら歩む。
「けして出会えない、朝と夜……か」
彼はふと目を細め、髪を掻き上げた。青空のような髪の色は、掻き上げられる事によって自然な美しさを感じさせるものだ。
「ホント、敬意を表するよ」
そして、閉じかけていた目を開いて振り返った。
「その強固な思いに、な」
視線の先には一つの丘がある。
以前は鮮やかな彩りに包まれていた、≪暁の丘≫。
丘からは平穏を願う祈りが流れている。
けれどもそれは同時に、それが叶わない事に対する呪いでもあった。
蓋を閉じた貝のように、その歌も頑なに心を閉ざしてしまったのだ。
その心を開く可能性がある術は、ただ一つ。
青年はその術を知っている。
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