壱朝壱夜:奇跡の罠~2~

 二人と客人の一人が帰路につき始めてからおよそ一時間が経過した頃、一行はやっとの事でゴルダの家に到着した。


 彼の家は森の中にぽつんと建てられている。

 これまでの道程で民家などは一切見かける事が無かった事から、この場所に住処を構えるゴルダが物好きか変わり者か、はたまた訳有りか何かだろうと言う事が窺える。


 ティオはゴルダを椅子に座らせてから大きく背伸びをした。


「やーーっと着いた!」

「ティオや、救急箱を持ってきてくれ」

「はいよ」


 もう少し休んでいたいと思っていたティオだが、怪我人のゴルダの為に渋々と救急セットを探しに行く。

 レーメはと言うと、人の家に上がり込んでいる為か、やや落ち着かない動きをしている。置く場所に困る焼き魔物は、まだ彼女の手に握られている。


 ゴルダ家のリビングに通されたレーメは改めて二人を観察した。


 ティオは藍色で短髪の髪を逆立たせている。触るとチクチクしそうな髪型は自己主張をしているようにも見える。

 背はレーメより十センチ高いくらいだろうか。

 髪と同じ澄んだ藍色の瞳が彼を真っ直ぐな性格に見せようとしているが、レーメからしてみると素直になりきれていないように感じられる。

 何よりも、やたらと張り合いたがるので、彼の歳は自分より下の十五くらいだろうとレーメは思った。


 ゴルダは白髪混じりの黄金色の髪に、ティオと良く似た澄んだ藍色の瞳をしている。

 同色でありながらも孫とは異なる雰囲気を醸し出す真っ直ぐな瞳からは、信念の強固さ感じる事が出来た。

 頑固そうな雰囲気がありながらも、どこか優しさを漂わせている。


 果たして自分は二人にどう見られているだろう。レーメは二人を眺めながら呆然と考えていた。


「レーメ、そこに座りなさい」

「あ、うん」


 真剣に観察していた人物から突然声をかけられた彼女は、肩身が狭そうな口調で返事を返し、ゴルダが指し示した席に恐る恐る座る。

 緊張していたレーメは、膝の上に焼き魔物の腹にあたる部分を乗せる。困惑した表情の少女が魔物を膝に乗せると言う滑稽な様子が出来上がった。


 その様子を見守っていたゴルダは、彼女の緊張をほぐそうと微笑んで言った。


「はは。そんなにかしこまらんでも良い」

「うん……」


 しかし、レーメは相手に気を使われた事によって、緊張をほぐすどころか肩が余計に縮んでしまいそうになっている。


「……」


 彼女は仕方なく、肩を竦めてゴルダが何か言うのを上目遣いに見つめていた。


「おいジジイ!消毒液と包帯で良いか?」

「……ッ!!」


 そんな時、ティオが大声をあげながら液体の入った瓶と包帯を持って現れ、緊張していたレーメは大袈裟に驚いてしまう。しかしティオもゴルダも彼女の様子に気が付いていないようだ。

 レーメは何事も無かった事に胸をなで下ろし、二人の会話を聞くことにした。


「馬鹿者!お前に手当をやらすとロクでもない事になるから救急箱を持ってこいと言ったんじゃ!」

「だってみつからねーんだよ!」

「それはお前の目が節穴だからだ!儂が探して来るからお前は夕食の支度でもしとれ!」

「へいへい」


 ティオが投げやりな返事を口にすると、ゴルダは怪我した足を引きずって家の奥へと姿を消していく。


「レーメはゆっくりしとるんだぞー!」


 そして、彼は数歩の後に、念を押すかのように遠くから叫んだ。


「はぁ……」


 何度くつろいで良いと言われようが、他人の家に上がり込む行為が始めてのレーメは気が休まりそうにない。

 相変わらず肩が竦んだままの彼女は、言われた事とは正反対に椅子に腰を降ろそうとしているティオを眺めている。


「あーあ、ジジイが重くて運ぶの大変だったや」


 彼は勢い良く座ると、誰に言うわけでもなく呟いて肩や首を念入りに回し始めた。


「……」


 その途中、不意に彼とレーメの視線がぶつかり合う。

 しかし、二人ともすぐに顔を逸らしてしまい、レーメは顔を俯かせて手元の焼き魔物を見つめ、今度はティオがレーメの目を見ないようにしながらも彼女の様子を窺おうとしている。


 気まずい雰囲気のまま、二人は押し黙ってしまった。


「……」

「……」


 ゴルダは早く戻って来ないだろうか。

 二人ともそう思っていたが、沈黙に耐え切れなくなったティオが遂に口を開いた。


「お前さ」

「?」


 呼びかけられたレーメはティオが何を言うのだろうと思い、覗き込むように彼の顔を見つめる。

 しかし、そんなティオの口から飛び出てきたのは、レーメが言葉を失うものだった。


「貧相な身体つきしてるんだからさ、そんなに縮んでるともっと貧相になるぞ?」

「なっ!」

「何食ったらそんな弱っちそうな体型になるわけ?」


 ティオが今話題に出来そうな事と言えばその程度のものしか思い浮かばなかったのだが、レーメからすればそれは無神経極まりない。


「バッ……!」

「馬鹿者ッ!!」


 顔を真っ赤にしたレーメが「バカ」と席を立って言おうとした時、それを遮る者が現れた。


「いてぇっ?!」


 ゴルダが怒鳴りながらティオの後頭部を肘で叩いたのだ。

 ティオは後頭部を押さえながら、ゴルダの事を恨めしそうに見上げている。

 救急箱を手にしたゴルダが、今の会話を聞いていたのだった。

 ゴルダによって一足先に言いたいことを言われてしまい、出そうと思っていた声の行き場がなくなったレーメは呆然とした後、慌てて椅子に座り直した。


「女性への礼がなっとらん!!」


 ゴルダも空いている椅子へ座り、救急箱を開けて自ら治療し始める。


「だからって、そんなに叩かなくてもいいじゃないか」


 ティオの真正面の席で手と口を動かすゴルダに聞こえないよう、ティオはそっぽを向き小さな声で呟いた。


「ティオや、儂は夕飯の支度をするように言わんかったか?」


 ティオの声がその耳に届いた訳ではないが、ゴルダは孫のだらしのない態度を睨みつける。


「少しくらい休ませてくれよ……」


 わざとらしく椅子にぐったりと体を預けながら、ティオは情けない声で返事をする。


「あ……」


 そんな二人のやりとりを遠目に見ていたレーメは、突然何かを思いついたかのように声をあげた。


「ん?」

「どうした?」


 彼女が意味のあるような声を出した事に気づいた二人は、揃って彼女の言葉に聞き返した。


「夕飯……私が作ろうか?」


 泊めてくれるならば礼はしたい。

 そう考えたレーメは、態度は控え目に、だが礼である事を感じさせない口調で、ゴルダに首を傾げて問いかける。


「おお、それはありがたい!」


 レーメの提案にゴルダは感激した。

 レーメがどの程度料理が出来るのか彼は知りはしないが、他人に振舞おうとするならば人並みの腕前である事は確かだろうと考えている。

 何よりも、彼は普段、自身かティオの作ったものしか口にする機会がなく、また、ゴルダの元で暮らすティオが祖父と似た味を作る事は言うまでもない。

 久々の二人以外の料理に期待を持ちたい気持ちで一杯だ。


 しかし、ティオはと言うと……。


「え?この貧相なやつが作れるの?」


 この世のものとは思えない何かを見つけてしまったかのように訝しげな顔で、レーメを凝視している。

 それに加え、失言を口にする事も忘れてはいない。


「……」


 しかし、その言葉を聞き逃さなかったレーメは、当然の事ながら沸騰したかのように真っ赤になった顔になり、ゴルダはこれ以上ないとでも言わんばかりの爽やかな微笑みを浮かべた。その後、ティオの何気ない発言によりその場が荒れた事は言うまでもない。

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